餓死寸前の貧窮と村長
日本の古代史研究の学者、元立命館大学教授北山茂夫氏は「萬葉集とその世紀・上巻」(新潮社)で、山上憶良の貧窮問答の時代背景を八世紀の前半と解説している。
具体的には持統天皇の曾孫にあたる聖武天皇が即位してからの10年くらいたった天平時代の初めごろに作られたという。
筑前の守を経た老官人の憶良が作って上官に差し出したと推測するが、制作年代は未詳である。
◇それでは貧窮問答の答えの一首、長歌を披露する。
訳文は「萬葉集・高木市之助・田辺幸雄編=角川書店」を参考に意訳した。
【第二段】
天地は広いというが、おれのために狭くなったのか、日月は明るいというが、おれのためには照ってくれないのか。だれでもみんなそうなのか、それともおれだけがそうなのか。たまたま人間として存在し、人並みに成長したのに、綿もない布の肩衣の、海藻のようによれよれになったぼろぎれを肩にかけ、押しつぶれ、へし曲がった小屋の中に、土間へ藁を敷いて、両親は、自分の頭の方へ、女房や子どもは足の方へ、ざこ寝のようにまるく固まって、うめき嘆きこぼすことである。
かまどにはものを焚くことがないので、煙の立つこともなく、米を蒸す蒸し器の中は使わないから蜘蛛(くも)が巣をかける始末。飯をたくことも忘れて、ぬえ鳥のように、か細い不景気な声で何か言っていると、鞭を持った村長の声が寝間の戸口まで来ておれを呼び立ててしまう。世の中の道というものは、これほどまでにどうしようもないものか。
◇土間に藁を敷いて、ぼろぎれを着て、壊れかかったような小屋で、両親、夫婦、子どもらが固まってざこ寝をしている冬のさむざむした様子が目に浮かぶが、それに輪をかけて、食うものもない貧窮の生活。これでは凍ってしまうかもしれぬし、餓死するかもしれぬ。こんなみじめな生活、どうしようもないものか、と嘆く絶望、怒りが想像されてもの悲しくなるではないか。
ごてごていうと、捕らえて罰を与えるぞという、鞭を持つ村長の声も聞こえそうである。
憶良はこの長歌の反歌として、次の一首を頓首謹上として上司に差し出している。
「世の中を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」(巻5、893)。
憂しは辛い、やさしは恥ずかしい。
世の中を辛いとも恥ずかしいとも思うけど飛んでいってしまうこともできかねる。鳥ならほんとにそうするのだが鳥でないから。【押谷盛利】
2009年01月29日 14:56 | パーマリンク
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