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大寒と万葉集の貧窮歌

 このところの冷え込みが激しく、さすが大寒を思わせる。朝の室温を見ると大体5度前後である。外の水道は凍っているが室内は凍るほどでもない。
 ぼくの子供のころは、家の中の甕(かめ)に貯えている飲料水の凍ることがたびたびあった。今は水道から温水を出す設備もあり、室温も暖房効果で快適となったが、ひと昔前の冬は泣けた。寒さがひどいと足先や指先が思うように動かず、放っておくと凍傷になるおそれもあった。
 しかし、子供らはともかく、大人たちは、寒いといって泣いているわけにもゆかず、藁仕事であれ、何仕事であれ、働かねばならない。それこそ歯を食いしばって、春の来るのを待つのである。
◇今から1300年以上も前の万葉集に昔の人々の貧しい暮らしぷりが載っているが、やはり、昔も今も冬の寒さには参ったようである。
 万葉集巻5に山上憶良が、世の中、生きるのが辛いけど、鳥でないから逃れるわけにもゆかぬ、という意味の歌を歌っている。
「世の中を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」。憂しは辛い、やさしは恥ずかしい。
 山上憶良は子を思う歌でも有名である。
「瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば ましてしのはゆ いづくより 来たりしものそ 眼交(まなかひ)に もとな懸かりて安眠(あすい)し寝(な)さぬ」
 瓜を食えば子どものことが思われ、栗を食えばますます気にかかる。どこから来たのだろう。むやみに目先にちらついて、おちおち眠れない。
◇子煩悩な憶良は、大伴旅人のように酒飲みではなかった。宴会の席にあっても、いつまでも歌ったり、遊んだりせず、機を見て、さっと家へ帰った。次の歌は余りにも有名である。
「憶良らは今は罷(まか)らむ子泣くらむその彼の母も吾を待つらむそ」
 憶良はもうお先に失礼しよう、家では子供が泣いておりましょう。その母親もきっと私を待っておりましょう。子や妻を思う歌と対称的に取り上げられるのが、これまた有名な大伴旅人の酒の歌である。
「験(しるし)なき物を思はずは一杯(つき)の温れる酒を飲むべくあるらし(巻3)」
 なんのかいもない物思いなどしないので、一杯の濁り酒を飲むべきものである。
 旅人は、賢ぶって酒飲まぬ男を猿に似ていると、ひどい歌も作っている。
「あな醜(みにく)賢(さか)しらをすと酒飲まぬ人をよく見れば猿にかも似る(巻3)」
◇憶良は酒に溺れることなく、「銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」と歌っている。
 銀や金や宝石も何にしようぞ、これにまさった宝として子どもに及ぶものがあるものか。
◇憶良の代表作は何といっても貧窮問答歌であろう。
「父母は餓え寒(こご)ゆらむ妻子(めこ)どもはさくり泣くらむ」。長歌の一部だが、紙幅が尽きたので、他日に譲る。
「角川書店(万葉集)高木市之助、田辺幸雄編」参照。【押谷盛利】

2009年01月26日 15:13 |


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