滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



父はぼくの人生の鑑(かがみ)

 人生は死ぬまで勉強である、というのがぼくの体験的人生哲学である。勉強とは強(し)いて勉めると書くが、強いて勉めるとは、自分に鞭(むち)打って励むことを意味する。
 わが子に「勉強しなさい」と親がしつけるのは、学習に精を出して、その能力を高めることを期待するからである。
 しかし、勉強は必ずしも学問だけではない。技芸においても仕事上においても勉強は人を向上させる。
 商売人が客に向かって「勉強します」と勧誘するのは値下げやサービスによって売り上げを増やし、また、そのことによって客の信頼を得、店の繁栄につなごうとするからである。
 いずれにしても積極的に励むことであるから、意志が固く、前向きに、ひるみ心のないことが前提である。
◇死ぬまで勉強とは、おおげさにいえば死ぬまで学習ということであるが、それは、本を読んだり講演を聴くというふうに限定的に考える筋のものではない。木に網を張る蜘蛛(くも)からその生きざまや、巣の張り方を学ぶこともできるし、籠で飼っている小鳥や庭に咲く水仙からでもじっと目をこらせば教えられるところがある。
 学習能力は人間の専売特許ではなく、猿や犬、猫にも、あるいは虫けらにもあるのだが、人間が超越してその能力が高いだけだ。
 人間にのみ与えられた特別大きな学習能力、勉強心をあだや、おろかにしてはならぬ、というのがぼくの説で、それは決して難しい理屈や教えではなく、日常生活の中でだれでも実践できる自己完成の道といえよう。
◇ぼくは、意識して「勉強」に立ち向かうわけではないが、新聞の記事にしろ、友人からの電話にしろ、さまざまなテレビの番組からでもそこから何らかの刺激を受けることを期待する。
 刺激を受けることは、なまけ心にパンチを受ける場合もあるし、仕事や趣味の上でのヒントや教えを感知することもある。それは何も相手が人間に限ることはない。天地、自然のいっさいから刺激を受けることができると、自己流に考えている。
◇どの道、人間は未完のまま、あの世へ行く運命なのだから、大手を振って、威張れるような人生は望むべくもない。望まない人はなかろうが、望んでも完成の道は遠すぎるからである。
◇勉強は自分に鞭打って励むことであるが、鞭打つためには先生(先人)、あるいは目標がなければならない。
 自己流で勉強する手もあるが、人の教えや、歴史から学ぶこともあるし、身近な親や先輩を教師とすることもできる。「お前はだれから何を学んだか。これから何を学びたいか」と問われれば、人は一体どう答えるだろうか。
 ぼくは、多くの人から学んできたが、人格的な面や処世の上での教師は父であると確信している。そしてぼくは、なんぼ努力してもとても父にはかなうまいと思っている。
 父へのこの思いは不思議なことに年をとるごとに深まってゆくようだ。父は正直で、お人好しで、仕事いちまきの働き手だった。ぼくの子供のころは今のように世の中が開けていず、一言でいえば国も家も貧乏だった。
 文化的レベルの低い生活に甘んじているのは国の施策の遅れもさることながら、国民一般に産業が振るわず、いわゆる所得が低かったからである。
 低所得で家族を養うとなれば、戸主である父が身を粉にして働くほかはなかった。
 ぼくの父は1年のうち、正月と盆、春の祭り、夏の半夏生(はんげしょう)以外は働きづめだった。
 行商のほか養蚕、生糸、百姓、山仕事、日雇い。しかも父は片眼が不自由だった。それでも一人前以上に働き、村の交際も隣り組の世話もし、その間仕事の愚痴や人の悪口を聞いたことはなかった。母とけんかするところを見たこともなかった。
 ぼくが大学の受験勉強で家に帰っていたころ、父は何もいわずにぼくの肩をほぐしてくれた。【押谷盛利】

2009年01月21日 15:04 |


このエントリーのトラックバックURL:
http://www.shigayukan.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/2757

過去の時評


しが彦根新聞
 
長浜市
長浜市議会
長浜観光協会