滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



合併して損か得かの話

 市町が合併したらどうなるんや、損か得か。近江の人間はふところ勘定が先立つからすぐ金で計算したがるが、住む人間が主体であるから文化や情緒、夢といった側面からの思い入れも大事であろうと思う。
 文化といえば生活の向上もあるが、歴史や伝統の確認、もっと正しくいえば今あるわれわれの血の流れへの回顧、ご先祖参りにも結びつく。
◇ぼくは長浜という枠にとらわれることは頭が古いと書いたが、日本の歴史は記録の上ではたかだか2000年である。縄文の末期に日本へ稲作技術が伝わったといわれ、村の始まりはそのころからだと考えてよい。
 稲作が生活の土台であれば、狩猟や牧畜のようにあちこち動くことは出来ず、一定の地に腰を据えて、同じ土地を耕さねばならぬ。そこに仲間や家族らとの共同生活が始まり集落が時間をかけて形成されてきた。
 縄文時代が弥生時代になることを縄文の人は知るすべもないし、弥生の人が、その後の日本の統一国家の出現や、さらには王朝時代、武家政治時代、現代の自由民主政治を予測するはずがない。
 人間は存在し、その人間には親があり、遠く祖先があり、確認は出来なくともみんな祖先の血を引いている。
 人間の住む生活の原点は集落であり、昔は村(いまの字(あざ))といった。時代の動きとともにそれが発展して、広域の村に、そして町に、市に発展したのであり、その発展の過程には産業、通信、交通、政治システムの流動と変化が背景となってきた。
◇合併したらどうなるやろ、と思うのは当たり前だが、遠き将来の予測などはだれも出来はしない。ただ、だれでも分かることは、長浜と6町の場合は、それぞれの市町に一人ずついる行政のトップ(市長、町長)7人が合併により1人になるし、同じく副市長、副町長7人も1人ですむし、教育長も1人でよい。
 今は市役所のほか、各町に町役場があるが、これも一つあればよし。教育委員会も社会福祉協議会もその他行政上のもろもろの委員会などもみな一つに集約される。それらをお金で計算すると人件費だけでもびっくりするほどに圧縮される。それに伴って、それぞれの現行の役所の維持、管理費がこれまた厖大な数字で節減できる。
 これを一口にいえば地方の行政改革である。
 この改革がすべての決め手になることを市会議員も町会議員も頭のどまん中に入れておく必要がある。もちろん、議員の数はいまは1市6町に100人程だが、これも3分の1の30人くらいでよいはず。
 その次にすぐにはゆかぬが、行政の職員減らしである。七つある役所が一つになるのだから半分くらいに、いや、3分の1くらいに減らすことができる。こうなると、すべての人件費の節減はものすごい額になる。しかも、一年きりでなく、ずっと毎年のことだから、これらの節約でまた厖大な金を医療費や老人福祉、教育費にまわせば、住民の負担はびっくりするほど減るし、税金も安く抑えることができる。
◇大改革の重点の一つは交通と過疎化対策である。心配性の人は合併すれば議員の数が減るから、住民の願いや愚痴が役所に届かないという。
 その心配のためには区長(自治会長)会の運用を工夫しなければならぬ。末端の集落には必ず区長があり、そのポストには定年後、活動力のある人に期待し、その地区地区の老人会をはじめ、村の慣習や行事などを活性化する必要がある。そのためには、都市化の進んだ地域の若い人や、勤めを持った人たちとの連携を一体化し、老若一体化の夢のある町づくりを進める必要がある。
 われわれの先祖は今ほど金や物に恵まれなかったが、それでも長浜の曳山を12基も出して盛大な祭を執行した。他の町においてもその通りで、ゼニ、カネに関わらず、おこないや、寺の普譜、伝統の茶わんまつり、はっさく祭りなどをやってきた。
 広域になればなるほどみんなの知恵が結集しやすく、金も労力も効果的に光ることになる。
 合併してどうなるか。損か得かを引っこみ思案するよりも、こうしよう、ああしようと前向きに「おらが郷土を光らせること」「よかったね、合併して」と他日喜びあえる方向でがんばらねば指導者とは申されまい。【押谷盛利】

2009年01月17日 15:57 |


このエントリーのトラックバックURL:
http://www.shigayukan.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/2747

過去の時評


しが彦根新聞
 
長浜市
長浜市議会
長浜観光協会