歌人・赤彦の時代風刺
明治、大正のアララギ派の歌人といえば、正岡子規の流れを汲む伊藤左千夫、斉藤茂吉、島木赤彦が傑出している。
島木赤彦は信州の諏訪湖の近くに住み、小学校の校長などをして、後、東京に出て、歌道一筋、アララギを編集し、後輩を指導した。かたわら小説や童謡も創った。
なかなかの硬骨漢で、世の中の進歩に深い関心を寄せ、文人としても敬服すべき多くの作品を残している。
その中の一つに明治36年に発表した「火串録」というエッセイがあるが、今と違って難しい漢字を使っての文語文なので難解だが面白いところを幾つか紹介して、明治後半の世相の一端に触れてみる。
◇「悪を為して人の知らん事を恐る。悪中なお善念あり。善を為して人の知らんことを急ぐ。善所即是悪根」。
人間の心の急所を衝いたというべきで、悪事をした後、人に知られたら、と内心びくびくと恐れるが、これは悪いと思う心があるからで、それが救いでもある。これに反して、善行をするものは、それが早く人に知られることを願うものだ。つまり善いことをするも、その根は悪である、ということ。
だから善行は人に知られないのが本当の善である、と言うのである。以下分かり易く記す。
◇「南妙法蓮華経の婆さんが日が暮れて道に困っていた。私はこの婆さんをあわれんで家へ連れてきて泊めてやった。実はその道中談を聞いて何かの参考にするつもりだった。ところが彼女は、夕飯を食い終わるや、箸を置くとともに、ごうごうと大いびきで寝てしまったではないか。翌日、彼女は朝飯を食べて出発したが、偶然にも道中で太鼓を叩いているその婆さんに出会った。ところが昨夜の一宿をころりと忘れて私の顔を見ても知らんぷり。アホーなのか、すれからしなのか。人間もこうなったら気楽なもんよ」。
◇「英国(イギリス)の女性は風采の堂々とした男性を好み、仏国(フランス)の女性は美男で愛嬌のある男を好み、曼国(ドイツ)の女性は正直で律儀なる男を好む。蘭国(オランダ)の女性は穏やかで決闘を好まぬ男を好み、伊国(イタリア)の女性は詩人風の男子を好む。露国(ロシア)の女性は文明人より野蛮人として拒絶されるような男を好み、丁抹(デンマーク)の女性は常に国内にいて、外国旅行を好まぬ男を好むという」。
◇「ワシントン、リンカーン(ともにアメリカの大統領)等が米国を生んだと思ってはいけない。米国の家庭がワシントン、リンカーン等を生んだのだ」。
◇「高山彦九郎は流行を追う男だ。藤田東湖はリキミ男だ。佐久間象山は、みえ坊なり。海舟(勝)や南洲(西郷)は彼に比べると遥かにスケールが大きい」「西郷隆盛は情のある人で、勝海舟は意地の人だ。西郷は天性の人で、もって生まれた徳がある。海舟は苦労して修養して自分を磨いた人。もし刺客が西郷に向かえば、感激して心を入れ換えるだろう。
刺客が海舟に向かえば恐れをなして心を入れ換えるであろう。子どもが西郷のところへやってくれば一日中、喜んで遊ぶだろう。もし、老人が海舟を訪ねれば一日中話は尽きぬだろう」。
◇「黒岩涙骨(明治のジャーナリストで、万朝報(よろず・ちょうほう)を創刊し、主筆となった)は、人倫の大本は親子道にあらず、君臣道にあらず、夫婦道なりと説いた。実にいいことをいう話せる男だ。夫婦は互いに慕うべきであり、相信ずべきで、慕う心がなければいがみ、信じる心がなければ喧嘩が起きる」。
◇「結婚には奪掠時代、売買時代、贈与時代、見合時代に区別することができる。いまの日本は贈与時代で、嫁をもらう、嫁にやるという」。
◇「毎日、毎日、あきもせず小言をいうものがある。不幸ばかりで、ろくでもないことをいうが、まるでヘソで茶を沸かすようなものだ」。【押谷盛利】
2009年01月14日 15:28 | パーマリンク
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