恐慌と政治的力の源泉
5日付の時評「世界恐慌への関心」は、経済学者・ラビ・バトラ氏の著作によるものだが、時が時だけに多くの反響を呼んだ。
ラビ・バトラ氏は世界大恐慌は1995年から2010年に起きると書いたが、この本が出たのは今から15年も前だったことを念頭に入れて考えてほしい。
5日付の時評で確認したように、確かに95年、96年の日本の金融不安は恐慌前夜を思わせた。
日本はこの金融不安を政府の出動で乗り切ることが出来、再び上昇機運に入ったが、それも束の間、約10年後の08年から09年へかけて、政局の不安とともに経済危機が叫ばれ出した。
今回の日本の金融不安は10年前のそれとは異なり、アメリカに端を発する世界大恐慌の一環として認識する必要がある。
◇08年12月の米国G・M、フォード、ハイスラー3社の前年同期の売上比は30%以上のダウンだったが、日本のトヨタ、日産、ホンダ各社もまた前年比30%以上のダウンだった。
この数字を決して過小評価すべきではない。たちまち人員整理、一時休業、操業停止などの再建策が実施されるが、同時に関連産業への影響が深刻である。
あらゆる下請、孫請産業への発注ダウンは中小零細企業を直撃するし、鉄鋼、運輸、倉庫、貿易関連産業の不振につながるであろう。
派遣社員の解雇はさらに正規社員の整理にも波及し、それらが社会不安とともに消費市場へ影を落とす。
◇今回の世界金融不安はアメリカから発したものであるが、米大統領は政府出動を決断し、自動車メーカー・ビッグ3へのつなぎ融資を実施したが、これについても各界から異論が出ている。
例えばシカゴ大学のゲイリー・ベッカー教授は、「特定の企業を合理的な理由もなく守れば不公正であり、得策ではない。破産法を申請すれば負債を大幅に削減できるし、高コストの年金、賃金など労使契約も見直せる」。
「巨額の負債と高コストの労使契約を見直さない限りビッグ3の復活はない。切り込みが甘くなれば最終的には政府の負担は一千億ドル(約9兆円)に達する可能性もある」と批判している(7日付・朝日)。
◇さて、問題提起のラビ・バトラ教授は、「資本主義システムが崩壊する時代、つまり大恐慌が世界を覆う時代には、何が起こっても不思議ではない。思いもよらない場所で、思いもよならい原因で、大戦争が起こる可能性がある」。
また、「一つの社会サイクルが終わり、次の時代が始まろうとするときには、天災や疫病が世界を襲うことが多い。今後、資本主義が終わろうとするとき考えられる天災は、日本なら第2次関東大震災でしょうか。アメリカの場合は明らかにエイズです。エイズは現代の反自然的生活、否定的な行為に対する自然からの回答である」とも語っている。
ラビ・バトラ氏の予測はさらに痛烈で、「現在の円高ドル安は、大恐慌のなかでドル紙幣が紙屑になる日を先取りした動きだ。世界がアメリカに金を貸すのをやめ、ドル価格が礫(つぶて)のように下落するとき、世界は貿易代金としてドル紙幣を受け取るのを拒否し始めるであろう。そのときこそが、ドルが国際通貨であることをやめざるを得ない日である」ときめつけている。
◇この本で興味を呼ぶのは、同氏の理論ともいうべき「社会循環の法則」である。
この理論の根本的原理は、いかなる文明、いかなる社会においても、政治的な力は三つに分類でき、またこの三つしか存在しないという。
政治的な力の源泉は第1に武力、第2に知識、第3は富。
彼はこの法則の正しさを歴史を点検つつも証明している。
この三つの政治的な力の源泉は、いつの場合もそのうち一つがつねに突出して支配的となる。三つがバランスよく政治的な力をもつのではなく、そのうちの一つがある時代を支配する中枢的な力となる。
この力の支配には順序があり、どんな文明においても、最初に政治的な権力を握るのは武人、つまり軍人。軍人による支配のあと、次に知識をもった人間。知識人の支配政治が続き、それに代わって次の支配をするのが富裕者。
こうして、歴史は軍人から知識人へ、そして富裕者へ権力の構造が変わってゆく。アメリカも日本も富裕者権力から軍人権力へと向かう、と彼は指摘するのだが、さて…。【押谷盛利】
2009年01月07日 15:41 | パーマリンク
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