篤姫と明治維新前後
NHKの日曜の大河ドラマ「篤姫」が終了した。ドラマをめぐる多彩なる登場人物にさながら明治維新前後の歴史を復習する思いであった。これまでの歴史と違うところは、篤姫を主人公とする江戸城・大奥を舞台とする影の歴史にライトを当てたところであろう。
それにしても痛感するのは、仏法の言葉ではないが、輪廻(りんね)転生(てんしょう)なる人間の歩みである。
幕末から明治維新にかけての日本の政治・経済の大変革は、数世紀をまたねばならないほどの画期的なものだが、その大事業はなんと20年そこそこの短日月で実現化した。その20年が篤姫の全盛期であったことを思えば、ドラマ「篤姫」は明治維新史の裏版といっても過言ではない。
事実、登場人物は維新前後の公家、大名、志士、倒幕派、佐幕派の情熱的な若ものが続々と新しい国づくりに身命をかけている。実に驚くべきことだが、維新回天の先駆者であり、軸であった坂本龍馬が暗殺されたのが1867年、それから10年後の1877年、西郷隆盛、その1年後の78年に大久保利通がこれまた暗殺されている。西郷と大久保は徳川政権を倒し、藩幕体制から廃藩置県を断行した維新の立役者だった。極端にいえば、龍馬の死から、西郷、大久保の死に至る10年間で、日本は天と地ほどの大改革を行った。
歴史の不思議であるが、もし篤姫がいなかったら、勝海舟がいなかったら、一体、江戸はどうなっていたか。あるいは坂本竜馬が勝海舟の弟子になっていなかったら、龍馬は尊皇攘夷派で終わっていたのではないか。あるいは龍馬が生きていたから薩長同盟が結ばれ、倒幕が成功したのではないか。
考えれば考えるほど幕末、維新の20年前後の年月の価値を尊さに圧倒される。
◇輪廻転生とは、生あるものが生まれ変わり死に変わりすることをいう。流転転生(るてん・てんしょう)ともいう。
◇地球上、いっさいのものは、例えば山を、海を見て、不動の如く思うかもしれないが、不動の中に目に見えぬ動きがあり、年月という歴史の鏡に当てれば、何一つ一定不動のものはなく、今日あるものは、あすは崩れ、明後日は消えているかもしれない。それが輪廻転生であり、われわれは、微塵(みじん)の如きほんの一瞬生きているにすぎない。
しかし、明治維新が多くの先覚者の犠牲で10年、20年の短日月に成し遂げられたように、われわれの短い人生もまた長い目でみれば平成の大改革の1ページを綴っているのかもしれぬ。
◇すくなくとも、次の代に恥じぬ日本を申し送ることは、われわれの責任であり、回避してはならぬことといえよう。
それでは、次の代へどんな日本をバトンタッチするのか。
まず、われわれは日本の国民である以上、日本の国土の尊厳と永遠性に意識しなくてはならぬ。それは他国の尊敬を受けることと、他国から侮りや侵略を受けない国家であることを意味する。
さらに、日本の豊かなる大自然を守り、公害や乱開発による国土の荒廃を招いてはならぬこと。
そして、国民が豊かに幸せに文化水準の高い生活をすることのできる国家である。
このような次世代への日本国家を思うとき、一番気になるのは、国民の健康である。
すべての基本は、そこに住み、そこで活躍する国民の健康な心と肉体である。
明治維新を断行した当時の先覚者は、みんな子供のころから厳しい家庭のしつけを受けると共に、内外の書を読み、教養豊かに、かつ、武芸の習練に怠りなかった。
篤姫からそれを学ぶことができたのは幸せだった。【押谷盛利】
2008年12月15日 15:49 | パーマリンク
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