キレル人は減らない
厚生省の元次官夫婦や元次官の夫人を殺害した小泉容疑者は分裂症であり、神経が正常に機能していない、とぼくは推量するが、それは、結果から見て彼自身が重大な判断ミスを犯している点でも証明できる。
彼は犬の死から厚生省のトップ役人をうらみ、逮捕の時点でも官僚への憎しみや批判を述べたが、それは何を目的にしているのか。
世の中に警鐘を打つためか、役人に反省を求めるためか、役人に恐怖心を与えるためか。
いずれにしても目立つような行動をすることは自分の存在感を高め、自己満足を図っているとしか考えられない。
彼が日ごろの鬱憤を晴らしたり、自負心に燃えているとすれば、自分を生かし、その所信を生産的価値に高めねばならぬが、彼はおろかにも殺人という大罪を犯した。
殺人犯は死刑か無期、あるいは長期刑をまぬがれないが、自己愛の強い彼は生きてこそ生きている値打ちがあるが、死刑か無期では自己抹殺であり、自己満足への心と全く相反する。犯行の計画時や瞬間に、彼はそういう事件後の自分の姿を全く考えていなかった。
このような自己矛盾が分裂症なのである。心がキレル、というのは正常な脳の神経が切れることなのだが、切れっ放しなら精神科へ強制入院させる手もあるが、まともな時が多くて、ときにキレルのが困りものである。ときにキレルといっても切れ方が小波(さざなみ)のようにひどく感じられず、少し常人と違う程度で見過ごされる場合と、30年、50年に一度に発生する自然災害のように、あるとき大切れすることがある。
小泉容疑者の場合、ゲリラ豪雨のように突如でっかく切れたに違いない。
◇人間は神さまがうまくお創りになっており、人を傷つけたり、人のものを盗もうと意識した瞬間、「ダメ」「ダメ」と自動的にブレーキがかけられる措置が脳内に組み込まれている。これが良心であり、善悪をコントロールする司令塔が完備している。
司令塔が故障したり、一部が正常に機能しない場合が厄介である。
人々からいやな目でみられることにもなるし、軽犯罪の程度のこともあれば社会を動転させるような事件を起こすこともある。
◇人間は複数の人間の中で生きており、いわば社会的動物である。
で、あるから愛したり愛されたり、つくしたり、つくされたり、助けたり助けられたり。向上すればするほど世のため人のため活動の領域は「私」から「公」へ向かう。
そうした社会的生きものの本然の姿が強者が弱者を助け、仲間は共同の幸せを図る。これが造化の神の御心である。
この神の御心は極めて大きい宇宙大自然の法則と思えばよいが、われわれ人間は、おろかにも科学万能に走り、人間の幸せを科学と技術が保障すると考えるようになった。それが19世紀からの産業革命と20世紀の資本主義を生んだ。
◇資本主義は富が目的であり、おカネがすべてであり、カネが国を強くし、人間を幸せにすると考えた。その幸せ追求の根本にあるのは物質世界である。
このため工業は興り、教育は経済に奉仕し、際限もなく物質文明を追うようになった。
その近代文明のもたらしたものが、宇宙の法則、造化の神の御心への背信だった。
その結果、いま、ふり払うべくもがいているのが複合汚染の反省である。しかし、大方の為政者や経済人はまだ気がついていない。
自然に還れと必死で諭す天上の言葉に耳を傾けない限り、心を病む人、キレル人は増えることこそあれ減ることはない。【押谷盛利】
2008年12月03日 16:40 | パーマリンク
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