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殺人事件と複合汚染

 道義のすたれた世の中を末世(まっせ)という。仏教による言葉で、末法の世。釈迦入滅後の仏法の衰えた世をいう。のちの世、後世。
 末法は仏法の行われる時期を三つに分けた時期のうち、最期の退廃時。釈迦の教えが説かれるだけで修行するものもなく、悟りをひらく者もいない時期。
 さきの秋葉原の無差別殺傷事件、今回の元厚生次官宅への相次ぐ襲撃、殺傷事件を考えると、いよいよ末世、末法の世の到来かと、しみじみ強い不安感にさいなまれる。
◇マスコミや事件捜査の関係者は、本人の言葉や行動、生活の実態等を追いながら、事件の核心や真実を追及しようとするが、ぼくはナンセンスである、と思っている。
 はっきり言えることは、小泉毅容疑者(46)は分裂症であり、神経が正常に機能していない。ということは、あるときは普通人としての知能や判断力を発揮するが、別のときは自己の判断や行動に対するチェック機構(人間としての良心、良識)が消えていくのである。
 言わば、正常に生きているかと思えば、別のときは全く正常性のない生き方をするのである。これがいわゆる分裂症で、根源は脳細胞に存在するが、ロボット時代に入ったにも拘わらず、わが科学は、このうれうべき病気を根絶したり、治癒することはできない。
 しかも、なお恐るべきことは、これら分裂症的人間がますます増えてゆくことである。
 ストップをかけられないところに今日的危機というべきか、文字通りの末世の悲しさを苦しみつつ生きねばならぬのが現代の文明人である。
◇この末世現象はぼくが早くから訴えている新時代の複合汚染によるもので、近代文明の負の部分の集積が近代人の墓穴を掘ってゆくのである。
 複合汚染の実態は限りなく複雑で、広汎にわたっており、一部で懸命に反省と切り換えが叫ばれているにも関わらず、その波は止めようもなく激しい勢いで人類の明日をむしばみつつある。
 複合汚染は、快適な暮らし、豊かな物質、豊かな食糧、便利でスピード感のある生活を夢見た人間の欲望の所産であるといえば皮肉だが、まぎれもなく、この近代的物質文明のゆきつくところが手に負えぬ汚染を副次的に生むことになった。
 しかも、これは物質文明の世界に止まらず精神性の上に画期的な変化をもたらした。それは宗教の衰微、もしくは無神論の台頭、さらには道義心の低下、伝統や歴史の軽視。
 これらは最終的に自然破壊と反自然生活に結びつくようになり、残念なことに、人間を幸せにするはずの近代文明が逆に人間を不幸に、そして人類の破滅路線に向かうのである。
◇複合汚染を詳述するには、紙数が足りぬが、今回の事件のなかに一つのヒントをうかがうことができる。
 小泉容疑者は、犯行の前日、田舎にいる父親に何十年ぶりに電話している。そして、近く手紙がつくはずだから読んでくれ、といった。父は、息子が嫁ごでも迎えてくれるのか、と喜んだというが、この一連の報道の中で、多くの人は、子離れしていない父、父離れしていない息子を思うのではないか。容疑者は未婚だが48歳である。世帯の早い人は孫を見ている年齢である。その、いい齢(とし)をしている男が、子供か20歳くらいの青年の心境で父に甘えの電話をしているのだ。
 このような現象は小泉容疑者だけでなく、今の日本の若い男性にも随分多く見られる異風景である。家庭内で子を育て、20歳前後に毅然と独立してゆく人間の成長、この人間界の自然の伝統が今は乱れられてしまった。さらに言えば、容疑者は定職のないまま普通の生活をし、酒も飲んでいる。実はこういう人間が増えているのだが、それを国も社会も正視していない。精神汚染のほんの一例である。【押谷盛利】

2008年11月27日 14:50 |


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