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諸行無常と熊谷さん

 「不思議な話」、「不思議な事件」、「不思議な出会い」。
 だれでも経験することだが、驚くほど不思議な思いをすることがある。
 25日のぼくの心境がそれであった。
 この日、ぼくは正午から好日社の歌会に出席していた。
 歌会が終わって新聞社へ帰ったのは午後5時前だった。帰社と同時に一番先に目にしたのはその日の滋賀夕刊である。4面を見ると「熊谷健三氏が死去」と2段記事でトップに報じているではないか。
 ぼくと熊谷さんとのつきあいは50年にもなろうかという古い誼みである。滋賀夕刊にはときどき小説を発表してくれたり、投書を送ってくれたり、ときには有益な情報や紙面批評を頂いたりして、言わば滋賀夕刊の社友のような貴重な読者でもあった。
 その熊谷さんの死去の記事の隣りに、余呉町の残景寺の住職・横山義淳さんの「仏語・世ばなし」が載っている。
 見出しを見て、あっと驚いたのである。「諸行無常の響きあり」とあるではないか。まるで熊谷さんの死と、諸行無常が響きあっているかの如き編集ぶりで、そのタイミングのよさにびっくりしたのだが、4面の一番下の戸籍欄を見ると「お誕生」が5人。「ご結婚」が12組。そして「おくやみ」に10人。熊谷さんを含めると11人がこの世を去っている。
 生まれてきた赤ちゃん、新しい世帯を持つ新婚夫婦、めでた、めでたのニュースであるが、その一方で、野辺送りの死を迎えるのが諸行無常の人生である。
◇そのとたん、ぼくはこの日の歌会での北川三子さんの歌を思い出した。
 「あかときの舎那院さんの鐘の音 諸行無常と身にしみるなり」。
 これが三子さんの歌である。歌会で諸行無常の歌に触れて帰ったその直後、滋賀夕刊で「諸行無常の響きあり」の横山住職のエッセイを読んで、そのあまりの偶然、不思議さに驚いたことである。
◇さて、熊谷さんは滋賀夕刊を通じて、広く読者にさよならのメッセージを伝えている。
 93歳、文字通りの天寿を全うされたが、死出の旅にあたり、「いま、黄泉(よみ)の世界を目指して三途(さんず)の川を渡ろうとしています。長い間いろいろと有り難うございました。永遠にお別れします。さようなら」と書いている。
 おそらく死期を予感して半年程前に書き残したのでは、と長男の幹男さんは語っている。
 熊谷さんは大腸ガンが転移し、20年の間に4回も入退院や手術を繰り返し、最期は喉頭ガンの放射線治療を受けて自宅療養を続け、家族の厚い介護の中で永久の眠りについたが、生前、尊厳死協会に入会し、無理な延命施術を拒否したこともあって、医師、家族らの協力のなか、ろうそくの火が消えてゆくような老衰死であった。
 わが家で、家族にみとられながら一世紀近い大往生を遂げられた故人の生きざまは見事であり、それまでの人生に珠玉のような光りをそそぐのである。
 熊谷さんは多くの小説や文学作品を世に残したが、現役時代は時計商としてパウにも参加し、商店街の育成にも尽くしてきた。ご冥福を祈るばかりである。【押谷盛利】

2008年11月26日 15:32 |


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