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金田一講演を聴いて(見聞録)

 長浜文芸会館で24日、言語学者・金田一秀穂さんの講演を聴いた。
 秀穂さんは日本語学の権威である祖父・京助氏、父・春彦氏に続く日本語研究の第一人者。現在は杏林大学外国語学部教授を務めている。海外での日本語教育経験も豊富で、最近はテレビのクイズ番組などに出演しているとあって市民約250人が聴講に訪れた。
 秀穂さんは大学の講義や研究室で若い学生を相手に気兼ねなくおしゃべりする関係からか、「最近、若者の言葉が乱れている」との批判に対し、「正しい日本語はどうでもいいんじゃないか」と疑問を投げかけている。
 言葉は「気持ち良いコミュニケーションのため」「より良い人間関係を作るため」に存在し、そして生き物のように、常に変化し続けていると。
 「正しい日本語を知っている人は少数派」とさえ語り、新聞やテレビのニュース番組などは万人が理解できる言葉遣いを求められるが、友人、家族、職場では、その空間でしか通じない言葉がふさわしいという。
◇「あっざーす」。これは最近の若者が用いる「ありがとうございます」の略。テレビ番組でも若手タレントが用いているが、これで感謝の意が伝わるのか、と、多くの大人が眉をひそめていることだろう。
 しかし、格闘技などのあいさつで使用される「おす」は「おはようございます」、寿司店などの「らっしゃい」は「いっらしゃいませ」、宅配便などの「ちわー」は「こんにちは」というように、あいさつの省略はすでに市民権を得ており、言語変化の観点から必然性がある、と秀穂さんは指摘する。
 若者言葉だけでなく、コンビニやファミリレーレストランでの形式的で無機質な、どこか変なあいさつも、言語学上、必要性があって生まれた。
◇「あっざーす」も言語変化上、致し方ないと語るのだが、秀穂さんは「それでも腹が立つ」という。
 というのも、常に言語変化のアクセルを踏んできた若者に対し、すでに言語感覚を確立している大人は若者のそういった言葉遣いを直感的に「乱れ」と受け止め、ブレーキをかける。
 その両者のバランスのうえで、言語は緩やかに変化するという。
◇「言葉は自身の心を表現し、心は言葉で形作られる」―。金田一さんはこう分析している。
 どうすれば気持ちのよい言葉遣いになるのか。それは、人へ伝えたいという気持ち次第だという。
 「あっざーす」「ありえない」「びみょー」「普通にかわいい」など眉をひそめる若者言葉が氾濫する一方で、大人の間でもうんちく本を参考にした形式的な手紙やあいさつが広がっており、それは、薄っぺらな言葉の羅列に過ぎない。
 秀穂さんはそう警鐘を鳴らしている。

2008年11月25日 13:46 |


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