あな恐ろしきかなかね
株は本来は会社の経営に間接的に参加する投資であるが、今のように市場で売買される相場主体の取引は完全なるマネーゲームである。
ゲームである以上、これは博打(ばくち)である。博打は法でおとがめになるのではないか、と反問する向きもあるが、法の抜け穴で、公序良俗を乱すものでなければ許される。
少し面倒な言い方をしたが、例えば競馬、競輪、競艇を考えてみよう。
これは、馬券などクジ引きのような券を買って、競争の馬や自転車、ボートの勝者にかけるシステムで、当たった券が売り上げから経費などを引いて賞金として支払われるのである。
競馬の場合は、先頭の馬にかけたり、1等2等の続きにかけるやり方もあるが、いずれにしても丁とかけて、丁が出れば勝ちという単純なものだから、明確な博打である。
しかし、ほとんどが公営で行われていて、その胴元が府県や市など自治体であり、胴元の利益金は福祉に使うとか、公益という名目があるから法律違反をまぬがれる。公序良俗に反しないというわけ。
公序良俗は、おおやけの秩序と善良な風俗のことをいい、博打でなくともこれに反する場合は法律違反でおとがめを受ける。
そこで、それでも競馬は博打ではないか、という人のために「公営博打」という。冷やかし言葉であるが、真実をうがっている。
◇話を元に戻せば、株も上がったり、下がったりで、笑う人、泣く人、さまざまだが、博打であって博打に非ずというのであるから、これも一種の公営博打といえよう。競馬は良株の馬を育てるという農水省のおすみつき。株は経済界に広く投資をという。これまた財務省、金融庁のおすみつき。
おすみつきだからといって、ケガをしたら手当てをしてくれたり、なにがしかの補償をしてくれるわけではない。
自業自得である。この点は本ものの博打と同じである。
◇ぼくは本ものの博打には仕掛けがあるのではないかと思っている。
博打はバクチ打ちと呼ばれる人のする「かけごと」だが、それで飯を食うのは親分であり、そういう世界の渡世人を「やくざ」という。インチキを悟らせないで、インチキをするのが腕ききのヤクザであるが、素人は1回か2回、甘い汁を吸わされてひどいめにあうことがある。おおやけに利するところがないから公序良俗に反するとして、取り締まりの対象となる。
◇博打は運の善し悪しが伴うから宝クジではないが、全く当たらぬことはない。宝クジも一種の博打であるが、お遊び程度に楽しむのがよい。一攫(いっかく)千金でも、先日の事件のように2億円を当てた女性が金と色ゆえに、交際の男に殺されるという悲劇もときには生じる。あな恐ろしきなカネ。【押谷盛利】
2008年11月13日 15:30 | パーマリンク
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