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1市6町合併を前に

 長浜市と北部6町との合併話がとんとんと進むと思いきや土壇場に来て難航している。
 いまのところ、合併の成否の鍵は長浜市議会の意志にかかっており、特別委員会は回を重ねるごとに終点に近づきつつあるが、いつまでも棚ざらしにしておくわけにはゆくまい。
 反対派、慎重派を力で押さえるのではなく、いわば、まーるく、めでたしめでたしの線であぜ上がりをしたいのであろうが、そうなるようにぼくも期待している。
 慎重派は時期尚早といっているが、彼らの本心は合併反対ではない。いずれ合併は避けては通れないが拙速はつつしまねば、との思いがある。
 慎重派がかなり多いのは一つには市長に対するさや当てがあるようだ。それは合併後の新市長への思惑がからんでいるともいえぬことはない。つまり新しい長浜には新しいリーダーが必要である、との先見的視野が合併へのふんぎりにブレーキをかけているのではないか、という。これはぼくの憶測でもある。
◇ぼくは合併を問われれば「やらねばならぬ」という賛成派である。
 単なる賛成論者ではない。前市政、前々市政時代から、ぼくは公然と合併推進を主張し、今日に至るまでぶれたことは1度もない。
◇本当のことをいうと、長浜が浅井、びわと合併する前、つまり、坂田郡が当初1市12町合併の話し合いの中にいた当時、1市3郡大同合併するべきだった。
 その間違いの後遺症にいま長浜も北部の6町も悩んでいるのであり、町づくりに追われている米原市の市民もそういう思いはあるにちがいない。
 ぼくがあえていうなれば、1市12町合併を壊した当時の坂田郡の一部町長や一部長浜市議の責任は大きい。
 そもそも坂田郡だけの合併が間違っている。
 なぜなれば、合併するには核となるべき市街地がなくてはならぬが、いまの米原市にはそれがない。
 つまり「市」としての行政体の顔を持たないのである。
◇そんなことは分かりきったことだが、当時の坂田郡は旧近江町長を除き、3町長とも1市3郡合併から離脱した。
 それに輪をかけるように、坂田郡の3町と結んで、1市12町の大合同、さらにはその後の1市9町の合併をもぶち壊す勢力が長浜市議会に存在した。
 いまの長浜市議会の合併特別委員長もその一人で、近江町にまで出かけて、長浜との合併反対を説きに回った。
 見通しを誤ったのか、勘が狂っていたのか、いまの長浜市議会の中にも大同合併の阻止に動く者もいた。
 また坂田郡脱落のあと長浜と北部2郡の合併話が出たとき、木之本、高月、湖北町にも強い合併反対の議員が出た。
 なぜ反対なのか、よく分からないが、多くは感情論であり、その震源地の一つに当時の長浜市議会の一部勢力があった。
◇しかし、あやまちを改めるのが賢明な人間であり、いま、遅れながらも北部との合併が進んでいるのは行政も議員も正常運転の域に入ったといえよう。引き続き、なぜ合併するのか、しなくてはならぬのかを説明する。【押谷盛利】

2008年10月22日 18:35 |


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