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大臣を棒に振った発言

 中山成彬国土交通相が自らの問題発言で28日辞任した。
 日本の古き、よき伝統を誇りとする国粋型政治家のようだが、東大出の大蔵省出身だから頭脳は明晰であり、政策にも明るく、出身派バツの町村派の事務総長として押しと力があった。
 問題発言のうち、「ごね得」と「日本は単一民族」については取り消して陳謝したが、日教組批判については自説を取り消すどころかさらに一歩進めて、堂々と日教組退治を宣言した。
 言葉は意志や思想を伝える便利な手段であるが、人によりけりで能弁なものもあれば寡黙な人もある。
 古来「芸は身を助ける」というが、「口は身を助ける」とは言わない。それどころか、「口はわざわいのもと」という。
 「沈黙は金、雄弁は銀」の西洋の諺にもあるとおり、口上手、能弁は失敗や落とし穴に落ちる心配があるようだ。
◇口は千里を走るというが、これは人の噂の伝わる速さのすごさを分かり易く解説したもので、今も昔も口コミの威力はすさまじい。いい方向、プラスの面での広がりはありがたいが、逆の場合は取引を壊したり、政治や企業の命に関わるケースもある。
 だから「口封じ」だの、口止めなどの嫌な言葉や、それを逆手に暴(あば)きの恐喝犯罪も生じる。
◇政治家は口で訴えるのが身上だから口下手や口の重いのは不利であるが、頭がよくて口が滑りすぎて、結果「悪し」の場合もあるから難しい。
 大臣を追われた中山氏の場合も「なかなかいいことを言うじゃないか。言えんことを言うじゃないか」と評価する人もある。しかし、マスコミが一斉に集中砲火を浴びせたように引責辞任の結果を招いたのは発言の立場による。彼が一介の政治家として話すのは言論の自由で、もしそれで被害を受けたとか名誉を傷つけられたとしたら、被害者が訴えて白黒をつければよい話で、政治家の場合、一番手っ取り早い白黒は選挙の審判である。
 かつて、リクルート事件で追及された政治家が選挙で当選してきたら「みそぎをすませた」として以前同様に大きな顔で赤いジュウタンを闊歩した。
◇「日本は単一民族」と言って、お目玉を食らったわけだが、多くの日本人は彼だけでなく、今なお単一民族と思っている。
 沖縄の人は列島の日本人を「ヤマトンチュウ」といって、沖縄人と違うようにいうが、単一民族の発言で怒ることをしない。怒るのは江戸期以来のいじめや搾取、人権侵害に泣いた歴史を持つアイヌ民族である。アイヌ文化を守る国会決議がその反省を証明している。
 中山氏がそんなことを知らないはずがない。しかし彼はアイヌを含めて、民族というよりは「日本人」を意識しての単一民族の発言をしたのであろう。
◇「ごね得」も世間にはよくある話で、徹底的に反対して、それでおさまるならば、始めに協力したものはバカを見るではないか。
 また成田空港だけでなく、土地買収に長い年月をかければ、年月の経過で、土地価格が変動する場合、どう対処するのか。
 そういう問題をはらみつつ、公共事業の土地買収は常に難航するがごね得がまかり通る政治に国民の信はない。
 成田空港の場合、反対派は1坪地主闘争を展開したが、あれは反対陣営の戦術だった。ものごとをぶち壊す一つの合法的戦術であるとしても、あれが許されれば新幹線も高速道路も建設は不可能である。
◇日教組批判は中山氏の専売特許ではない。日教組の行きすぎは早くから国民のひんしゅくを買っていたことでもあり、中山発言を勇気あるものとして称賛する人がたくさんある。
 それでも大臣が首になるのは、発言者が大臣であり、日本の国政に直接つながるからである。ただの政治家の発言で国会議員を辞めさせることはできない。その発言を追及して辞めさせるかどうかは一にかかって次の選挙にかかっている。
 近く解散の選挙で、もし中山氏が当選すれば、選挙民は彼の発言を許し、少なくともペケとは断じないことになる。肩書きの重さで大臣を辞めたが、議員を辞めたわけではない。日教組の功罪については後世の史家が語るであろうが、後世を待つまでもなく、日本人としてその間違いや行きすぎは十分指摘しておく必要がある。それについては他日論じたい。【押谷盛利】

2008年10月01日 15:32 |


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