滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2008年10月31日

天下の愚策、再び(見聞録)

 麻生太郎首相は30日、総額27兆円規模の経済対策を打ち出した。
 目玉は総額2兆円の給付金を全世帯に支給するというもの。国内の世帯数で割れば、1世帯あたり平均4万円程度となるが、家族規模に応じた支給額とする模様で、「4人家族で約6万円」とする方針。消費の刺激を狙っての策という。
◇総額2兆円の給付は、個人消費の喚起と地域経済の活性化を目的にした1999年の地域振興券の再現だ。
 当時は、総額7000億円をかけ、15歳未満の子どものいる世帯主や65歳以上で住民税非課税者などを対象に2万円分の商品券を支給した。無駄遣いを推奨するかのような奇策だった。
 後に、経済企画庁が行った調査で、増えた消費は振興券使用額の32%に留まったことが分かった。国民の多くが現金の代わりに地域振興券で生活必需品を購入し、貯蓄を充実させた訳で、経済対策が成功したとは言いがたい。
 また、地域振興券の発行を担当させられた末端の市町村は、わざわざ専従職員を配置して発券作業に追われ、大迷惑だった。
 「天下の愚策」と批判を浴びたゆえんだ。
◇9年前の愚策が再び、という点だけでも与党の政策能力を疑うのに、麻生首相は3年後の消費税アップまで明言した。
 段階的引き上げで税率は少なくとも10%にはなるであろうが、国民に現金を配った後に増税するというのは、何とも馬鹿げた話で、果たして、消費者の財布の紐が緩むのだろうか。
 地域振興券の前例しかり、経済効果には疑問符が付く。とすれば、給付金を受け取って国民が喜んでいる間に、解散総選挙でもやろうという腹なのか。
 いずれにせよ、「続・天下の愚策」のツケはすべて国民に回ってくる。消費税率アップの前に、役所の無駄遣いを改めるべきだし、まして国民に無駄遣いを呼びかけるような愚策も見直すべきだろう。

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2008年10月30日

橋下大阪知事を総理に

 「右顧(うこ)左(さ)べん」という言葉がある。右を見たり左を見たり、周囲の状況ばかりを気にして自らの態度をはっきりしないことをいう。
 これは日本人の古くからの特徴で、会議などで自己主張や自らの考え、判断を明らかにしない。
 どうしても賛否の決断をしなくてはならないときはぐるりと見渡して、意見の多い方へ手を上げるか、声の大きい人の意見に同調するか、いずれにしても主体性がないのである。
 日本には封建的な江戸時代から「出る杭は打たれる」という伝統的な世渡り術があった。
 出る杭とは、人より先立って意見を述べたり、行動することである。
 そうすると必ず上から叩かれるか、にらまれて不利になるというのである。
◇こういう右顧左べん型人間が幅をきかしている間は民主主義は成長しない。
 ほかの人がどっち向いているか、どんな意見を持っているのか、そんな人の心にわが考えを合わせなければならないのは自分に自信と信念がないからである。さらに言えば勇気がないからである。
◇その点、ぼくは日本のリーダーとして、これまで小泉元首相を高く評価した。改革の旗を高らかに上げて、自己主張するだけでなく、実行に移した。総理として政策を進める場合、与党の自民党や公明党からしばしばイチャモンがついたが、彼は屈せず所信を断行していった。
 靖国参拝については、中国から激しい反対といやがらせがあり、与党の自民党や公明党からも反対の大合唱があったが、ものともせず、国のため命を捧げた英霊に哀悼の意を捧げるのは国民の務めだと言い切った。
◇小泉さんは、次期選挙に立たないが、議員でなくとも国政に影響を与える活動をするにちがいないし、それを期待したい。
◇今、ぼくにはこれまでにない明るい期待が胸をわくわくさせている。
 それは30代の若さで、颯爽と天下を動かしている橋下大阪府知事である。
 これから大阪府民がどう彼を生かし切るか、注目しているが、ぼくは大阪府民が賢明であれば、府知事に留まらず、彼を総理大臣にして日本の政治をあずけるように夢をはぐくんでほしい。
 彼や前三重県の北川知事、宮崎の東国原知事、橋本前高知県知事、その他改革派知事、あるいは田中新党日本代表(前長野県知事)、その他、現在の与野党の中から秀れた政治家を集めて救国新党をつくれば国民の期待はなだれ現象を生むであろう。そのときの総理は頭脳、度胸、若さ、馬力、能弁において橋下氏よりほかに適任者はいない。
 まさに彼こそは日本の政治家のみならず、かつてのアメリカのケネディーのように世界のリーダーになる器である。
 府知事になって1年も経たぬのに、なみの知事の10年分以上の仕事をしている点を評価するとき、ぼくは確信をもってそう言い切る。
◇ぼくは、かつて、日本の保守政治が国民の信を失ったとき、彗星の如く現れた細川護熙氏に注目した。彼が日本新党を率いるや国民の期待は一気に集中した。その期待が1993年の非自民政権の細川内閣の誕生につながった。
 残念乍ら途中で失脚したが、これは彼の貴族的家柄のひ弱さによるものだった。
 今の橋下氏には細川氏にまさる若さと識見、正義感、ブルドーザーの如き行動力がある。彼の登場で日本は救われる。そう期待したい。【押谷盛利】

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2008年10月29日

時々刻々、橋下知事へ

 時々刻々、世の中は停滞することなく、変化し流れてゆく。古きものは朽ち亡び、新しきものがそれに代わって登場する。
 29日、記者会見して引退を表明した世界女子マラソンの元チャンピオン・高橋尚子さんの涙は劇的だった。
 多くのファンは共感の涙をそそられたことであろう。彼女が00年のシドニー五輪で、日本陸上女子初の金メダルを獲得したときの感激は忘れられない。
 堂々一着の輝く栄姿は、根(こん)も精も尽き果ててその場に倒れこむかと思いきや、どうして、どうして、にこにこと笑顔を振りまき、場内を軽やかに走りながらファンの歓声に応えていた。あの余裕とファンへの温かいシグナルは、おそらく遠く隔てた日本のファンへの挨拶だったのであろう。
 彼女は翌01年、ベルリン・マラソンで2時間19分46秒の世界記録で優勝した。日本女子マラソン界における彼女の功績は永く国民の記憶に留まるにちがいない。
◇高橋尚子さんの引退発表の同じ日、政府は今年の文化勲章の受賞者を決めた。選ばれた8人は11月3日、皇居で天皇陛下から授与される。
 8人の中に、世界の音楽家・小澤征爾、関西になじみの浪速っ子作家・田辺聖子、戦後世界の水泳界に話題を投げた古橋広之進さんらが入っているのが嬉しい。
 古橋さんは、敗戦でうだつの上がらない日本人の心に夏の太陽のような明るい光を投げかけた。フジヤマのトビ魚の異名で、世界の水泳界に踊り出た彼は、日本記録を更新するばかりか、数々の国際レースで優勝した。現役引退後は日本オリンピック委員長として活躍した。
◇今年のプロ野球はシーズンオフに入ったが、かつて甲子園を沸かし、プロ野球界に入っても実力ナンバーワンとしてファンの目に焼きついていた桑田投手(巨人)。清原内野手(オリックス)らの引退が淋しい秋風を思わせた。
 淋しいといえば、阪神ファンに忘れられないのは終始独走しながら、終盤で巨人に追い抜かれてセリーグ優勝を逃した不様であろう。岡田監督は勝利の美酒を奪われた挙げく、球団を去ることになった。
 勝負の世界の厳しさだが、新しい監督に真弓というスターをかつぎ出したことは朗報というべきだろう。
 プロ球界は、かつてONで騒がれたミスタージャイアンツの長島も影が薄くなってきたし、世界の王の王貞治もソフトバンクの監督を退いた。新陳代謝は目立たないようだが、確実に進んでいる。
◇栄枯盛衰はスポーツ界のみならず、あらゆる世界に普遍的であるが、その最も厳しいのが政界である。福田さんの後、麻生さんが颯爽と登場したが、落ち目の自民党の救世主になるか、いや、自民党の問題ではなく、内外に難問を抱えている日本の政治に希望の星となり得るか、日本はもちろん、世界の注目を呼ぶご仁である。
 さて、日本の政治を思うとき、このごろ、つくづく、すごい政治家が出たと注目しているのが大阪の橋下知事である。
 歯切れのいい毒舌といい、当意即妙のさわやかな言論、何よりも不退転の政治信条に撤していることである。
 歴代府政の主体性の喪失が莫大な赤字府政を残したが、彼は大胆に赤字減らしを敢行した。それは一切の聖域を認めず、既得権の甘みにも切りこんだ。
 歴代府知事のなし得なかった教育改革にも体を張った。日教組の害で大阪の子供の成績が悪いと断じて、全国テストの結果発表を踏み切らせたり、問題発言で大臣を棒に振った中山氏を擁護するなど、通常のトップの言い得ない、踏みこみ得ない難しい問題にも臆することなく、正々堂々と主張するのはその背景に府民を思う正義感があるからである。小泉後の日本の救世主を彼に求めたいのがぼくの念願である。【押谷盛利】

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2008年10月28日

秋雨の伊吹山(見聞録)

 朝晩の冷え込みが本格化し、いよいよ秋も深まりを見せてきた。
 日曜日の26日、取材で伊吹山を訪れた。山頂付近は紅葉真っ盛りで見頃を迎えていたが、肌寒さから、冬の訪れがそう遠くないことを実感した。
◇伊吹山は1300種類もの高山植物に恵まれた自然の宝庫として、植物愛好家や登山客から愛されているが、最近は外来植物や平地植物の繁殖、マナー違反の登山客などにより、自然破壊が深刻化している。
 そんな伊吹山で、自然の保全活動に取り組むボランティア団体に、「伊吹山もりびとの会」がある。
 同団体は、伊吹山の自然に魅せられた山好き、花好きの集まりで、地元の滋賀、岐阜を中心に、東は川崎市、西は大阪市までの約70人で構成。貴重で豊かな自然を次世代に引き継ごうと、外来種の西洋タンポポの除去や登山道の整備、ユウスゲ保全のためのススキの刈り取りなどに取り組み、夏場はガイド役も務めている。
◇もりびとの会が、25、26日、8合目駐車場(1200㍍)と山頂(1377㍍)を結ぶ遊歩道の改修に取り組んだ。
 取材のため、26日、現場を訪れた。雨模様だったことから、作業は中止かな、と関係者宅に電話を入れたところ、朝早く出発したという。
 現場はサラシナショウマなどの高山植物が一帯に広がり、夏場、一番の見頃を迎える「東遊歩道」。会員6人が杭を打ち込んだり、木を埋め込んで坂道を階段状に改修していた。雨で足場がぬかるみ、山頂付近ゆえに風が強く、厳しい作業だったが、みんなの表情は明るかった。
 赤土がむき出しになっている場所はぬかるんで滑りやすく、雨が降れば川のように水が流れ、度々、転倒事故が発生しているという。
 観光客が少ない今のシーズンに改修しようということになり、2日間で計10人、地元滋賀、岐阜だけでなく、名古屋からも参加があった。
 2日間で、何とか改修作業を終え、会員は「うまくできました。来年の夏には快適に散策できるでしょう」と爽やか。早くも、来年のハイキング客を歓迎する表情だった。
◇雨の中の伊吹山。景色を楽しめないだろうと予想していたが、高原の向こうに低い雲が雲海のように広がり、時折、吹く風に高山植物が音を立ててなびき、新たな魅力を見せてくれた。
 伊吹山の豊かな自然の表情と、それを守り、後世に伝えようとする愛好家の爽やかさに触れた晩秋の1日だった。

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2008年10月27日

田舎もんと合併推進

 田園といえば聞こえはよいが、まごうことなく田舎(いなか)のことである。田舎の文字で類推するように田んぼのない田舎はない。
 日本は豊葦原瑞穂の国といわれていたからもともと葦が生い繁り、稗(ひえ)、粟、稲が豊かに穫れた田園国家だった。
 大和政権が日本を統一したのは4世紀から5世紀といわれているが、大和朝廷は飛鳥京、藤原京、平城京など都を奈良に置いた。都は文武百官が政治、治安、軍事を担ったから人が集まり、物資の流通や交易が盛んとなり都市を形成した。
 近江に大津京、京に平安京が生まれるとともに、都市は各地に分散してゆき、後の封建国家により領主の城下町はすべて都市化した。
◇田舎の対語は都(みやこ)であるが、今風に言えば地方と都市である。
 京や江戸が突出して栄えたように、地方の城下町も政治、経済、文化、産業の一大王国を誇り、税負担の農民を水呑み百姓として支配した。
 いまも残る「いなか」なる言葉は都市の驕りが地方を蔑視する象徴的表現と考えてよい。
 しかし、明治以降、地方に定着した「いなか」という言葉は、いつの間にか差別意識を超えて、地方、農村を代弁する日常語となった。
 地方人自身が自らを「田舎もの」と高言し、恥じるどころか、その武骨性、正直さを自負するほどになった。
 田山花袋の小説に「田舎教師」があるが、その社会背景である明治時代は確かに「田舎もん」なる蔑視的ニュアンスが強かった。
◇いま、ここで、田舎と都市の優劣や、住む人々の文化性や感性について語るのは本意でなく、この時評の目的は、なぜ、市町合併にぼくが熱意を持つかという素朴な文化論である。
 言葉の響きはともかく、戦後、田園文化、田園都市、職住同圏、地方分権、などの言葉が重用され始めたのは意味のないことではない。はっきり言えば都市のたそがれと地方の再評価が政治上の課題となったことを意味する。
 ぼくが湖北地方の合併を主張するのは、滋賀の辺地であるこの地方を田舎から脱却させたいからである。
 このままの状態で地方の行政が分散化するならば、それぞれの行政機能は著しく後退するであろうし、少子高齢化時代に即応する住民サービスが成り難い。
 若い頭脳は都市に流れ、地方は動脈硬化の嘆きと共に、その最大の武器である第一次産業の衰退を招く。
◇視野高く、将来の新長浜市を展望するなれば、文字通り山紫水明の文化的健康都市の建設でなければならぬ。
 その第1の前提は広大な水資源と林産資源の宝庫である「山」の確保、経営である。長浜以北の山地は一部を除き伊香郡の木之本、余呉、西浅井町以外にはない。
 第2の前提は琵琶湖の活用であるが、滋賀県の将来を見据えるとき、水清き万葉時代からの「淡海(あわうみ―おうみ)」を今に伝えるのは奥琵琶湖でしかない。この近江の誇りは北近江でしか発信できない。そのためにも湖北、木之本、余呉、西浅井町の合併は新長浜市に欠かせないし、奥琵琶湖を生かす経済、文化、観光都市の出現が望まれる。
 第3の前提は旧長浜市街地を核とする湖北一帯の連鎖市街地の形成である。連鎖市街地は、工業と商業の一体感を促進する意味で虎姫と高月、木之本の計画的開発と新産業の導入が不可欠である。
 第4は人材の育成と住環境の整備であり、これらを基本に滋賀の北部都市が「いなかもん」からの脱却を可能とするのであり、その責任は今のわれわれにあり、その射程距離には米原市を含むことは当然である。【押谷盛利】

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2008年10月24日

円高で旅行熱も…(見聞録)

 サブプライムローンを震源とする証券・金融不安は為替市場にも波及し、ドル安、ユーロ安、隣の韓国でもウォン安が急激に進行。円だけが現状維持で、他国の通貨価値が急落している様相だ。
 ソニーが23日、営業利益予想を57%減と下方修正するなど、国内の輸出産業には大打撃となっている。
 一方、ワインなどの輸入品の価格は安くなるので消費者の視点では大歓迎だが、輸出を経済基盤とする日本ゆえに、いずれ家計にもツケが回って来る。手放しでは喜べない。
◇原油高騰による飛行機の燃料代が首を絞め、低空飛行をしていた海外旅行市場は、円高で活気を取り戻しそうな気配だ。
 特に、ヨーロッパでは7月に170円台だったユーロが23日には120円台にまで急落した。
 これを受け、10万円を切る価格でフランスやドイツ旅行できるツアーが登場しているというから、海外旅行を控えていた愛好家にはまたとないチャンスだろう。
◇昨晩のユーロ安のニュースを見て、小欄もさっそくインターネットで格安旅行券や目的地を検索したが、興味深そうな都市や地域がテロや反政府運動により不安定だったり、強盗や誘拐が頻発していたりで、渡航をためらってしまう。
 外務省は危険と思われる地域について、邦人に「退避勧告」や「渡航の延期」、「渡航の是非の検討」など注意を呼びかけているが、10月後半だけで▽パナマ=黄熱(15日)▽タイ=反政府市民団体デモ(16日)▽スーダン=政府・反政府武力衝突(16日)▽イエメン=テロ、誘拐(17日)▽中国=チベット自治区などでの暴動(17日)▽ボリビア=憲法改正手続きのデモ(17日)▽タイ、カンボジア=国境めぐる銃撃戦(20日)▽コンゴ共和国=反政府勢力の武装、エボラ、マラリア(20日)▽パキスタン=外国人標的の誘拐(21日)▽ベラルーシ=爆破事件、デモ(22日)▽アフガニスタン=外国人NGO関係者射殺(23日)▽パナマ=黄熱(23日)▽エチオピア=邦人企業関係者狙う集団強盗(23日)―など危険情報がいっぱい。
 海外で出会えるのは美しい自然や街並み、優しい人々だけではなく、テロや誘拐、強盗など事件・事故、そして病気などの危険も待ち構えている。
 最終的に小欄が目星を付けた都市も「渡航の是非を検討してください」。円高で浮かれた旅行熱を冷ましてくれた。

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2008年10月23日

合併破綻と長浜の覚悟

 合併の成否を決する長浜市議会特別委員会は22日開き、土壇場で合併協定項目に、ノーを突き付けた。この結果、当初の予定であった平成22年1月1日付合併は事実上破綻した。
 法による合併期限ぎりぎりがアウトになった意味は非常に大きい。
 合併は時の流れで避けることは出来ない、と認識しつつも、協議最終段階で受け入れ側の長浜市議会がストップをかけたことは相手方6町にとっては迷惑なことであり、屈辱的とも受けとられかねない。合併協議が最終段階で潰れたことは行政の最高責任者である市長の不信につながる。
 6町の長浜市に対する不信感は最終的には長浜市長の責任に帰する。
 これは内閣が国の運命に関する重要法案を国会で否決されたと同様の重大な意義を持つ。この場合、内閣不信任ととらえて総辞職するか、国会を解散するかが憲政の常道である。
 今回の長浜市議会特別委員会の結論は22年1月1日合併のスケジュールを否決したととらえるべきである。
 本来は、このような重要問題は全会一致で推進すべき性質のものであり、賛否の激論が後に尾を引くようなことがあってはならない性質のものである。
◇なぜならば、市町合併は関係する1市6町の行政を超えた地域住民の将来の命運に関わる歴史的事件であるからだ。
 今回の合併は、長浜市への吸収合併であるが、持参金付きの花嫁というのはむしろ例外で、多くは嫁取りは婿側が支度金、結納金を差し出す。
 長浜市が婿として6町を迎え入れようとするにはそれなりの愛情と将来の一体感、新都市形成への夢と寛容が前提でなければならぬ。
◇その意味では、今回の破綻は決して望ましいものではなく、長浜市民にとってもうしろめたさといっていいのか、後味の悪い印象を残した。
 その責任は一にかかって長浜市長にある。1市6町の住民の命運に関わる外交案件は議会の協力なしでは成り立ち得ない。今回の場合、言うなれば議会が市長不信任をつきつけたようなものである。
 これまで多大な時間と経費を注いで合併協議に一途だった6町側にとっては希望をもぎとられた失望感が「うらみ節」に転化する可能性さえある。
 そうあってはならないから、このさい、長浜市長が本当に1市6町、さらには米原を含めた2市合併を考えるなら自己の名利を捨てて、湖北のために「腹を切る」の哲人的、武士道的自処の望まれるゆえんである。【押谷盛利】

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2008年10月22日

1市6町合併を前に

 長浜市と北部6町との合併話がとんとんと進むと思いきや土壇場に来て難航している。
 いまのところ、合併の成否の鍵は長浜市議会の意志にかかっており、特別委員会は回を重ねるごとに終点に近づきつつあるが、いつまでも棚ざらしにしておくわけにはゆくまい。
 反対派、慎重派を力で押さえるのではなく、いわば、まーるく、めでたしめでたしの線であぜ上がりをしたいのであろうが、そうなるようにぼくも期待している。
 慎重派は時期尚早といっているが、彼らの本心は合併反対ではない。いずれ合併は避けては通れないが拙速はつつしまねば、との思いがある。
 慎重派がかなり多いのは一つには市長に対するさや当てがあるようだ。それは合併後の新市長への思惑がからんでいるともいえぬことはない。つまり新しい長浜には新しいリーダーが必要である、との先見的視野が合併へのふんぎりにブレーキをかけているのではないか、という。これはぼくの憶測でもある。
◇ぼくは合併を問われれば「やらねばならぬ」という賛成派である。
 単なる賛成論者ではない。前市政、前々市政時代から、ぼくは公然と合併推進を主張し、今日に至るまでぶれたことは1度もない。
◇本当のことをいうと、長浜が浅井、びわと合併する前、つまり、坂田郡が当初1市12町合併の話し合いの中にいた当時、1市3郡大同合併するべきだった。
 その間違いの後遺症にいま長浜も北部の6町も悩んでいるのであり、町づくりに追われている米原市の市民もそういう思いはあるにちがいない。
 ぼくがあえていうなれば、1市12町合併を壊した当時の坂田郡の一部町長や一部長浜市議の責任は大きい。
 そもそも坂田郡だけの合併が間違っている。
 なぜなれば、合併するには核となるべき市街地がなくてはならぬが、いまの米原市にはそれがない。
 つまり「市」としての行政体の顔を持たないのである。
◇そんなことは分かりきったことだが、当時の坂田郡は旧近江町長を除き、3町長とも1市3郡合併から離脱した。
 それに輪をかけるように、坂田郡の3町と結んで、1市12町の大合同、さらにはその後の1市9町の合併をもぶち壊す勢力が長浜市議会に存在した。
 いまの長浜市議会の合併特別委員長もその一人で、近江町にまで出かけて、長浜との合併反対を説きに回った。
 見通しを誤ったのか、勘が狂っていたのか、いまの長浜市議会の中にも大同合併の阻止に動く者もいた。
 また坂田郡脱落のあと長浜と北部2郡の合併話が出たとき、木之本、高月、湖北町にも強い合併反対の議員が出た。
 なぜ反対なのか、よく分からないが、多くは感情論であり、その震源地の一つに当時の長浜市議会の一部勢力があった。
◇しかし、あやまちを改めるのが賢明な人間であり、いま、遅れながらも北部との合併が進んでいるのは行政も議員も正常運転の域に入ったといえよう。引き続き、なぜ合併するのか、しなくてはならぬのかを説明する。【押谷盛利】

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2008年10月20日

太郎と一郎あれこれ

 麻生太郎氏が福田後継の自民党総裁になり、首相に選ばれたとき、マスコミは最大野党の小沢一郎民主党代表と比べ、次期衆院選を太郎と一郎の決戦と面白おかしく取り上げた。太郎は祖父に吉田茂という大物を持つが、一郎も大臣歴のある父の2世である。
 一郎というと、いまの民主党幹事長・鳩山由紀夫氏の祖父・鳩山一郎が戦後の自由民主党の初代総裁であった。
 太郎についていえば、自民党若手に河野太郎氏がいるが、彼の父は現在の衆院議長・河野洋平氏、その父、つまり太郎氏の祖父は東京オリンピック前の建設相だった実力者・河野一郎である。三木武吉や大野伴睦、岸信介らと組んで、吉田茂を引きずりおろした55年体制幕開きの闘志だった。
◇政治家は選挙で票を入れてもらわねばならぬので、名前が大事である。早く目に止まり、覚え易くて、忘れにくい名がよい。どの親だって、わが子の出世や幸せを願わぬものはいないから名付けには気を使うことになる。気を使いすぎて、中国の古典などを持ち出す人もあるが、あまり難しくてルビをつけねば読めないのも困る。
 ぼくの友人に大島という男がいた。政治の好きな男で、戦時中の中野正剛の崇拝者だったが、生まれた息子に大とつけた。姓が大島だから「大島大」である。海苔(のり)のメーカーではないが、上から読んでも下から読んでも「山本山」のように、上から読んでも、下から読んでも「大島大」。面白いので忘れぬが、その息子、政治家になったかどうか、今は沙汰がない。
◇一郎は太郎と共に名前の上では多数派であり、人気が高い。ただの一郎では平凡だというので小泉純一郎氏のように純を入れたり、郷土の政治家だった草野一郎平のように下に平をつける手もある。
 これと似て太郎にも上に化粧する名が多い。
 戦前の政友会の大物で、石川県出身の永井柳太郎は雄弁の大家として知られた。滋賀県選出で戦後、衆院議長になった堤康次郎は彼の後輩であり、永井はその先生だった。康次郎は西武の草創者だが、息子たちは政治には進まず経済人となって活躍している。
 いまの東京都知事・石原慎太郎氏は、政界では運輸大臣を経験するなど口八丁、手八丁の実力者だが、元は小説家だった。
 太郎関係では、元総理の安倍晋三氏の父は総理を目の前にして病死した安倍晋太郎。一郎では今の財務兼金融相の中川昭一氏の父は中川一郎元農相で、総裁選にも出た実力者。自民党を出て新党大地の代表となっている鈴木宗男氏は一郎の秘書だった。
◇政治家以外も太郎、一郎関係の有名人は多い。ぼくの尊敬している歌人に佐藤佐太郎がいる。斉藤茂吉に師事し、アララギ派で秀れた弟子を育てている。童話、歌謡曲の作詞家・詩人にサトウハチローがある。本名は八郎。小説家・佐藤紅緑の長男である。
 故人になっているが、芹沢光治良は百歳近くまで小説を書き、日本ペンクラブの会長をしていた。その著「神の計画」「神の意志」などはぼくの座右の書である。
 作家で印象に残るのはこれも亡くなってから日が浅いが新田次郎が忘れられぬ。彼は山嶽小説の第一人者で「強力伝」で直木賞、武田信玄で吉川英治文学賞を受賞している。このほか小説家では城山三郎。
 芸術家では岡本太郎の家系が特筆される。太郎は大阪万博の象徴ともいうべき太陽の塔の作者で国際的に知られるが、彼の父は一平といい、洋画家であり、漫画家、母は岡本かの子で、小説家で歌人。【押谷盛利】

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2008年10月18日

任期は来年9月なのに

 命旦夕に迫るという言葉がある。「めい、たんせきに、せまる」と読む。
 命は「いのち」、旦夕は朝と夕べ。今にも命があぶない、という意味である。
 いまの政局を眺めていると、解散の時期が少しずれたが、それでも年内選挙が不可避といった状況である。11月に解散すれば、その時点で、いまの衆議院議員は職を解かれる。正確にいえば議員でなくなり、ただの人となる。
 任期は4年と法で決められているから解散がなくて任期いっぱいがんばれば来年の9月まで国会議員のバッジを外すことはない。
 ああ、それなのに、無情にも解散の風が激しい。いつ、解散があってもおかしくない状況であるから、任期途中とは言え、その生命は風前の灯火(ともしび)である。
 だから命旦夕に迫るというわけ。
◇4年も任期があるのになぜ解散するのか。議員心理からいえば、もったいない話であるが、そこがそれ生身の阿修羅の世界である。政権がうまく機能しなくて国民から厳しく批判されたり、野党の攻勢に政治的空白が生じたり、あるいは与党内部の対立が政権を揺さぶるなど幾つかの素因はあるが、結論的にいえば、政権の安定と長期化を求めて一番都合のいいチャンスをねらって総理が解散権を行使する。
◇小泉さんは5年半も政権に君臨してきたのに、小泉さんよりも政治的家系が秀れている安倍さんや福田さんが1年で転(こ)けてしまったのは腑(ふ)に落ちぬ、といぶかる人もあるはず。
 端的にいえば将たる器の格差ということになるが、政界という荒潮を乗り切る船頭としての力量と手腕の差によるといえよう。
 安倍内閣も福田内閣も強力な派バツ(森派―町村派)の支援で誕生したが、自派だけでなく他の派バツの応援も受けた。それなのに長続きしなかったのは、閣僚の質にもよるが、与党の執行部の補佐、協力関係のゆるみや違和感なども影響している。
 何よりも政策を国民に提示して、国会のみならず国民の信を得なければならぬが、そうした政策が外交上のスタンスの揺れや、大臣の醜聞、派バツ対立などで政権内部や与党から瓦解の萌芽を招くことが多い。
 安倍さんは理想を高く、よい仕事をしてきたが、それが与党から気に入られなかったのか、叩かれたり、ゆさぶられたり、その上、大臣の不信行為などが足を引っぱって人気を落とした。
 安倍さんが断行した教育改革は「愛国」を教育の根本に据えたし、公務員改革は骨抜きにされたものの、問題を提起し、官僚と、これに連帯する政治家の抵抗の現実を国民に知らしめた。
 ただ、小泉さんの如く、持論を突っぱねる度胸と信念、行動力に欠けた。だから解散権の行使どころか、腰抜けの哀れを見せた。
◇福田さんは借りものの大臣で、ひもつき政治に甘んじたが、それゆえに力も政策もなく、中国に受けがよいというだけでは国民の人気を高められなかった。それどころか、参院選の与党の敗北による、ねじれ国会の矛盾に苦しむこととなった。
 福田さんも安倍さん同様に肩の荷が重すぎたようで、人気の浮上にはほど遠く、解散はやりたくとも刀が抜けず、おっぽり出した。やはり「権力」といわれる通り「力」がなければ持続しない。国民の不幸でもある。【押谷盛利】

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2008年10月17日

教育支援、不可欠(見聞録)

 9月、ブラジル人の少年を含む非行グループが窃盗容疑で長浜署に逮捕され、余罪の追及で、長浜駅前通りで路上強盗にも及んでいたことが分かった。16日の滋賀夕刊では、この少年のほか、別のブラジル人や韓国人が窃盗の疑いで逮捕されたことを報じており、湖北地域でも外国人による犯罪が珍しくなくなった。
 そんな中で、気がかりなのは、ブラジル人少年の非行と犯罪だ。
 出稼ぎの両親に連れられて来日した子ども達が、日本語を理解できないため、学校に馴染めず、疎外感にさいなまれ、することもなくウロウロしている間に、非行グループとの関係ができ、いつしか万引き、ひったくり、車上狙いなどの犯罪に手を染める。
 以上は、ブラジル人の支援活動に携わっている女性から聞いた話だが、要は、外国人の子どもの受け入れ体制の不備が、非行や犯罪を誘発しているとの見方。
◇日本国内の外国人登録者は2007年末で215万人を超え、この10年間で45%増加している。これまでは短期的な滞在で地域社会への浸透が少なかったが、南米日系人の受け入れが本格化して以来、家族単位での長期滞在化が進み、地域社会への溶け込みと交流が課題となっている。
 15日、東京で「外国人集住都市会議」が開かれ、外国人に対する日本語教育の充実など求める提言書をまとめた。会議は、ブラジル人ら南米系が多く住む長浜市や湖南市など7県の26市町で構成され、国に制度改革などを求めている。
 同会議のまとめた資料によると、国内の公立小中学校に在籍する外国人は6万6000人を超え、うち、日本語の指導が必要なのは2万4000人。また、外国人学校に通う子ども3万人のほか、不就学者も数多く存在している。
 日本語の教育についてゆけずに不登校になったり、中学卒業後の高校、専門学校への進学率が低かったりと、外国人児童生徒を取り巻く環境は決して充実していない。
 長浜市の場合でも中学卒業後の進学率は64%にとどまっている。
◇今や日系ブラジル人をはじめとする外国人労働力は日本産業界には欠かせない存在となった。
 しかし、言葉の壁や文化・習慣の違いから来る摩擦、不安定な就労形態、子どもの教育など、彼らの抱える課題を、政府も産業界も放置していることで、外国人の少年少女の不幸を招いているとも言える。
 ドロップアウトしそうな子どもをどう救うのか。
 同会議は、国に対し早急に外国人児童生徒の教育方針を策定するよう訴え、▽学習指導要領への配慮▽学校への専門カウンセラーの派遣▽高校入試での外国人生徒の特別枠の設置―などを求めている。
 外国人も一緒に学べる教育環境を整備することは、日本の子ども達の異文化学習に一役買うだろうし、子ども同士の友情を通して新たな地域交流も期待できるのではないか。

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2008年10月16日

北に屈した米国外交

 アメリカ政府が11日、北朝鮮へのテロ支援国家指定を解除したことが日本外交を痛撃した。
 事前に米政府から話を聞かされていた日本政府は中曽根弘文外相を通じて遠まわしに反対の意志を伝えていたが、日本政府がもたもたしているうちに問答無用とばかり、さっさと解除を発表してしまったアメリカ。
◇それにしても後味の悪い日米外交である。日本外務省のとらえているアメリカ側の情報がどの程度のものであったかは今度のケースが明らかにしたが、正直言って間ぬけのお馬鹿さんだった。
 15日付の産経によると、米朝間では10日に解除するとの密約があったという。
 10日というのは朝鮮労働党創建記念日で、たまたま労働党の党首であり、国家の元首でもある金正日将軍の脳梗塞病臥情報も作用して、いわば北朝鮮の顔を立てて断行したが、日本との調整のずれで11日になった。
 予定の10日がストップしたので、日本政府はやれやれと安心したのであろうが、先方は事前に日本に話した、との道筋論で、その批判を封じる作戦だった。
 いずれにしても日本の反対を無視して、解除に踏み切ったのは確かで、ブッシュ政権の頭の中は日本よりも中国や北朝鮮の方が大事なのであろう。
 米政府の対日本への裏切り行為に日本政府がどんな反応をするかが注目されたが、なんのことはない。麻生首相は14日の参院予算委員会で米政府のやり方について「不満ではあるが、核の問題を動かす一つの手段として分からなくもない」としぶしぶ理解の態度を述べた。
◇これで、日本国民が心配している拉致被害者救済問題は吹き飛んだ。
 北朝鮮は「つべこべいうな。アメリカは理解してくれたではないか。これから制裁もなくなり、食糧、肥料その他の援助もあるはずだ。日本も経済制裁をやめるがよい。そうすれば、拉致問題も調査する」とふんぞり返るに違いない。
 いずれにしても今回の件はアメリカ史上における屈辱的外交であり、ブッシュ政権の苦悩とあがきを際立たせた。
 ブッシュ大統領は、イラクの泥沼闘争から手を引きたいし、差し迫る大統領選までに北朝鮮から名目上の核停止外交を確立しておきたかった。
 したがって、ごてごていう日本につきあいきれず、先行して指定解除に踏み切ったといえよう。
◇しかし、アメリカ世論はどうだろう。アメリカの国会はそれをOKと拍手するだろうか。
 北朝鮮という「ならずもの国家」は現実に日本人や韓国人を拉致して、いまだに帰すことを拒んでいるではないか。
 そればかりか、今度の米朝間の決定についても「核実験場など未申告施設への査察には北朝鮮の同意が必要である」むね明らかにした。
 いま北が査察に応じ、施設の無能力化を約束しているのは、老朽化して、最早や必要のない寧辺だけである。北は取るものは取り、どうでもよいものだけを渡したのであり、その代償は大きい。【押谷盛利】

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2008年10月14日

生態系サービス(見聞録)

 「生態系サービス」なる言葉をご存知だろうか?
 生態系が人間にほどこすサービスを指し、分かりやすい例を挙げれば、植物の持つ二酸化炭素吸収能力だったり、森林の水源保全機能だったり、ミツバチを介した受粉もそう。
 このほか、動物、魚は人間の食料に、植物は建築物や衣服の原料に、風や水は発電などのエネルギーに、微生物は廃棄物の分解にと、あらゆる生活の中で生態系は人間にサービスを提供している。
 にもかかわらず、人間は生態系から恩恵を受けるのを「当たり前」と思い込み、大気や水、土壌を汚染し、森林を伐採し、自然を酷使してきた。
◇今、その生態系サービスを、経済的指標で評価しようとの気運が高まっている。
 バルセロナで開かれている国際自然保護連合の総会で興味深いデータが明らかになった。
 生態系の破壊を、経済的損失で換算したもので、現在進行中の破壊がこのまま続けば、人間が受ける被害額は少なくとも年間5000億ユーロ(約6兆7500億円)に上るという。
 国際研究グループが発表した報告書によるものだが、報告書では、2000年時点で残されている自然の11%が50年後には農地造成や開発により破壊されると予測し、森林伐採による二酸化炭素の吸収量の減少、水源保全機能の喪失、土地の荒廃による農林業の減産などの損失を、排出量取引市場で売買される二酸化炭素の価格などを参考に算出した。
 年間6兆円を超える損失とは尋常ではないが、実はこの数値、陸上の生態系破壊のみから算出しており、海の生態系を含めるとさら膨れ上がるとみられる。
◇人間は、地球の育む自然の恩恵を受けて、豊さを追求してきた。
 鉱石や石油、ガスを掘り起こし、野原や山を削って道路を造り、大気を汚して車を走らせた。森林を伐採し、湾を埋め立て、工場やマンションを建設。飲料や工業用水のため、地下水をくみ上げ、汚して、川に流した。また、防災のためと、谷に巨大なダムを建設し、河川をコンクリート化した。
 地球温暖化により、自然との共存を無くしては未来が無いことに気付いたが、ただと思って酷使してきた自然の生態系の代価、決して安くはないようだ。

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2008年10月09日

幼児と高齢者への虐待

 仏教で末法の世を末世(まっせ)という。
 釈迦入滅後の仏法の衰えた世。転じて道義のすたれた世の中をいう。
 道義のすたれた人心の荒廃した世の中といえば地獄を思う。
 地獄は死後の苦界と思われがちだが、昔から「地獄極楽この世にあり」といわれるように生きているこの世で地獄の苦しみに泣く人が多い。
 仏教では、この世で悪いことをしたものが死後、エンマ大王の裁きによって鬼に刑罰を加えられ、八熱地獄、九寒地獄などの苦しみを受けるところと解釈されている。
 キリスト教では、神の教えに背いたもの、罪を犯して悔い改めない魂が陥って永遠の苦を受け、救われないという世界。
 イスラム教では、不信仰者や不正を行ったものが永劫の罪を受けるところ(大辞泉)。
◇わざわざ地獄を持ち出して、今の世の末世を憂うのは、われながら身の周辺の鬼畜にまさる犯罪や悲劇に怖気(おじけ)立っているからである。
 蟻(あり)1匹、虫けら一つでも殺せないのが人間である。仕事がら、生きものの命を絶たねばならぬ人は、念仏を称えながら、あるいはその霊を供養するほどである。
 毎日、至るところで起きている殺人事件。「人間よ、そなたは、ほんとに人間なのか」と疑いを持たねばならぬほど、鬼畜生まがいの悲惨な犯罪が続発している。
 その犯罪の中でも信じられぬのが「子殺し」「親殺し」である。
◇先日、長浜駅で「子どもの虐待はやめましょう」とのチラシを配っていたボランティアの団体があった。
 まるで「交通違反はやめましょう」と訴える安全週間の行事のようで、「なんと落ちるところまで落ちたもんだ」と情けない思いをしたことである。
 親は、わが子のためには、身を犠牲にしてもその生命を守るものである。食べたいものでもまず、一番に子のことを思う。「寝ていてもうちわの動く親心」、これが親さまである。遠く離れていても「今ごろはどうしているだろうか」と心配するのが親の慈悲心である。
 ああ、それなのに、虐待防止のキャンペーンをしなければ、とはまさに末世である。その虐待の頂点が「子殺し」である。
◇そうかと思うと、逆に「親殺し」のニュースも珍しくない。苦労して愛一筋に育てた子に殺される親の不運は思うだに身のけがよだつではないか。
 このところ、日本の社会問題の特徴は、高齢化と老後の健康であり、介護問題を含めて高齢者の人権や幸せへの関心が高まっている。
 年々の老人福祉月間を笑うがごとく、家庭内での高齢者虐待が増えている。
 6日、発表の厚生労働省の調査によると、2007年度の高齢者への虐待件数は家庭内で1万3273件(前年度比6%増)。介護施設内で62件(同15%増)。いずれの場合も被害者の8割が女性だった。家庭内虐待は4割が息子によるものだった。
 家庭内の被害者は77%が女性で、その40%が80歳代であった。認知症が4割あり、加害者は息子(41%)、夫(16%)、娘(15%)の順。
 虐待は暴力など身体的なもの(64%)、暴言など心理的なもの(38%)、介護放棄(28%)財産を奪うなど経済的虐待(26%)。
 施設内での虐待は加害者の84%が介護職員であった。
 虐待による死亡は27件、うち13件が介護者による殺人、7件が介護放棄による死亡。4件が心中だった。
◇弱きものは乳幼児、高齢病床者。いずれにしても物の溢れ、快適環境を追う現代社会が、はらからである弱者を虐待したり、殺したりする、この末世をどう救ったらよいのであろうか。【押谷盛利】

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2008年10月08日

大物歌手5人と暴力団

 10月9日付「週刊新潮」に極めつけの特大見出しで、大物「暴力団組長」の誕生日コンペとパーティーに「細川たかし」「小林旭」「角川博」「松原のぶえ」のショッキングな記事が出ていた。
 その解説記事は次の通り。
 「芸能界と暴力団。両者は今でも地下茎で密接に結びついている。それを如実に物語るイベントだった。さる大物・暴力団組長の誕生日を祝う盛大なゴルフコンペ&パーティー。参加したのは細川たかし、小林旭など錚々たる大物芸能人」。
◇この記事によると、ゴルフコンペは9月16日、富士山の絶景を真正面に望む静岡県のゴルフ場で行われた。
 主役は山口組系暴力団A組長。その誕生日を祝うイベントで、彼は裏社会ではその名の轟く大物組長。
 「豊富な資金力を背景にのし上がってきた経済ヤクザで、武闘派として恐れられており、多方面で隠然たる力を持っている。この日のコンペには、A組の若頭など幹部組員だけでなく、他の暴力団のトップや幹部も大勢参加した」と暴力団関係者の談話も載せている。
 コンペには、細川たかし、小林旭、角川博、松原のぶえ、中条きよしらのほか、元グラビアアイドルの須之内美帆子やセクシータレントの益子梨恵らも揃っていた。
◇ゴルフのあとパーティーがあり、会費はコンペ代を含めて5万円。
 15日の夜は前夜祭があり、A組長の小・中同級会に小林、角川、松原の3人が出て歌を披露した。
 翌16日の歌謡ショーは、角川博と松原のぶえが司会役、新人歌手の一曲のあと、角川、松原が数曲、その後、細川たかしが「北酒場」「兄弟仁義」ほか2曲を熱唱。小林旭が大トリで、3、4曲のあと「熱き心に」を披露した。
 これだけの豪華メンバーを一堂に会させる大胆極まりない大暴力団パーティーを世間はどう見るのか。さきに施行された暴力団対策法なんか遠くかすんでしまっているではないか。
 編集子は警察関係者の厳しい批判を次のように掲載している。
 「こうしたパーティーを暴力団が催すのは資金集めの意味もあり、一種の興業。会費のほかに組長の誕生日祝い金を包む者もいる。だから参加する芸能人は客寄せパンダ。暴力団の資金集めの看板として利用されているのと一緒です」。
◇ところで、この週刊新潮記事は早速、年末のNHK紅白歌合戦の出場取り消しに発展する可能性が不可避となった。8日付、朝日は「組長とゴルフ」報道、5歌手出演見合わせ、の2段記事で、NHKが細川、小林、松原、角川、中条の5歌手について、番組への出演を見合わせる方針を決めていたことを明らかにした。
 当然、紅白歌合戦の出場は難しく、NHKは、細川出演の11月23日放送分の「のど自慢」と、細川、小林、角川出演の12月13日放送分の「BS日本のうた」は代役を立てる。5人の出演する番組は、再放送や既に収録済みの場合も放送をとりやめる。
◇ぼくは、週刊新潮の記事を高く評価し、言論人の一人として敬意を払うが、同時にNHKの過敏な反応に拍手したい。問題は、見合わせの期間だが、朝日の記事では短くとも数カ月と見られるとあるが、それでは余りにも寛大すぎるのではないか。最低1カ年くらいは謹慎させるべきであろう。
 去る昭和61年、歌謡曲の大御所・北島三郎が暴力団の新年会に出席したことが発覚し、NHKの紅白歌合戦を辞退したことがあるが、国をあげて麻薬追放や暴力事犯一掃に懸命の今日、芸能界の大物歌手が裏社会と関係し、その組織の拡大発展に協力することは許されざることである。
 NHKだけでなく、民放各局も断固として出演禁止に踏み切るべきであろう。【押谷盛利】

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2008年10月07日

車より旅行の時代(見聞録)

 振袖に身を包んだ華やかな女性による長浜の大園遊会は、秋の湖北の風物詩としてすっかり定着し、今年も今月18日に開かれる。成人式でしか、振袖を着る機会がなかった若い女性は、年に1度の和服のオシャレを心待ちしているのではなかろうか。今年の参加者は県内を中心に東は栃木、西は兵庫まで1100人以上の申し込みがあった。
 市街地の散策で、新しいお店を発見したり、旧友と再会するのも楽しいだろう。豪華景品の当たる大抽選会も魅力の一つ。会場では当選者が発表されるたびに、歓声とため息が混じり合う。
 景品は地元の65の企業、団体が、浜縮緬など和装関係をはじめ、海外旅行やホテル宿泊券など計160点を提供。今年は50万円分の旅行券が2人に当たることから、参加女性の目の色も変わりそう。
◇それにしても、これだけの景品を提供する長浜の企業のキップの良さに感心する。それは、夏の花火大会にも通じる。
 以前、彦根で記者をしていた頃、彦根の花火大会で企業の協賛金や市民の寄付が思うように集まらず困っているとの話を聞いた。
 長浜と彦根の花火大会は、県から交互に補助金(今年は900万円)をもらっている。補助金のある年は盛大に打ち上げられるが、無い年は市が補助金を上乗せしたり、企業、市民の協賛金に頼ることになる。
 県の補助金が出なくても、長浜の場合は、企業や市民の協賛金で事業費の3分の2をカバーし、1万発の打ち上げを維持している。
 一方、彦根は今夏の花火大会で、従来の1万発から5000発へと規模を半減させてしまった。協賛金が思うように集まらなかったためだ。
◇さて、園遊会の目玉賞品の自動車が、今年から無くなり、旅行券に切り替わったのは6日付けの滋賀夕刊で報じたとおりだが、せっかく善意で提供している協賛団体も、すぐに転売されてしまうのでは、後味が悪る過ぎるし、すでに車を持っていたり、駐車場が無かったり、では、当選した女性も、嬉しさ半分。
 旅行券に切り替えたのは、良策であろうが、自動車よりも旅行を喜ぶというのは、いかにもモノに満たされた現代っ子らしい。

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2008年10月06日

山から見た家と汁団子

 過ぎたひと昔前を振り返ると、子供の心には天使が宿っている、と、つくづく思う。
 大人のような、うらみつらみ、偽善偽装、威張り、遠慮、かけひき、損得計算など全くない世界を生きていたように思う。論語に「思無邪(思いよこしま無し)」というぼくの好きな言葉があるが、子供はまこと、邪心無しである。
 子供のころ、知り合いのお婆さんが、大人たちの会話の中で、「子供は罪がない」と、しばしば言っていたが、それが「思無邪」の論語の心だろうと、このごろ考えるようになった。
◇金持ちと貧乏人の違いが際立って、それを格差社会、と、このごろ言うようだが、昔は格差がなかったか。冗談じゃない。昔の格差は今のような生ぬるいものではない。しかし、昔の人は、格差けしからぬ、などと言わなかった。貧乏は家が背負っているものであり、今の代の責任ではない。口惜しかったら反発して、金を儲ければよいではないか、と諦めの反面、それを反面教師にお金持ちの仲間になろうと歯を食いしばった。
 人の2倍、3倍働いて、着るものも食べるものも始末して、一途に金を貯め、田を1枚、2枚増やすものもあれば、農繁期を終えれば都会へ出て12時間もそれ以上も働いて仕送りする若者もいた。
◇同級生や先輩には金持ちの子も貧乏人の子もいたが、だれ一人、金持ち顔、貧乏顔をするものはなかった。けんかすれば腕力の強い者が弱いものを泣かすことはあったが、今のように教室で暴れるものや、ワル仲間が集団で先生を困らせるようなこともなかった。
 成績では優れたもの、そうでないもの、わざわざ通信簿で比べなくとも、だれがよく出来るのか、自分はクラスのどのくらいなのか、得意、不得意は、など、みんな自覚していた。
◇ぼくの家の前が小高い堂山だった。何人かの友達とその山へ遊びにゆくのが日課のような春の日のこと、ぼくらは山の頂上から、山の麓の自分の村を一望して、どこがぼくの家、かしこが甲の家、その3軒南が乙の家、といった調子に200軒近い家々を眺めながら、家の大きさや棟数の多い少ないで、金持ちの品定めをした記憶が鮮明である。
 信用金庫(組合)のAさんの家は大きくて、蔵があり、他に書院や作業小屋があり、屋敷に花園もある。村会議員のBさんの家は瓦葺き2階の本屋と蔵のほか、納屋、隠居がある。
 ぼくの家は萱葺きの平屋以外は何の建物もない。甲の家は萱葺きだが、ぼくの家より小さい。Cの家も萱葺きだが、蔵があるなどと話しながら、家々の様子を眺めるのが何ともいえぬ楽しみで、早く卒業して社会人になったら、大きな家を建てなアカン。それには、しっかり勉強して、都会へ出て、お金儲けせにゃいかん、と自分の心に言い聞かせるのだ。
◇ある、冬の日、友達の家で、家族が、うまそうに汁団子を食う様子に出くわした。友達の家では、しょっちゅう汁団子をするらしく、ぼくはそれを見て、母に「ぼくんとこも汁団子して」とねだったことである。
 何日か経って、母の手料理の汁団子を食ったときの印象は今も笑いが止まらない。それは決してうまいといったたぐいのものではない。要するに、米飯の代用食で、汁の中へ小麦粉(メリケン粉)のこねたのを団子状に入れて、里芋や大根などをあしらっての雑煮のようなものだった。米の飯、麦の飯が高いので、メリケン粉に格下げして食ったにすぎず、言わば貧しさの象徴食である。友の家は収入の割に子供が多かったので、米飯が贅沢だったに違いない。汁団子のことは以来、だれにも話さず、ぼくの家ではそれきりで、ぼくも2度とそれを食べたいと思うことはなかった。【押谷盛利】

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2008年10月04日

少年の記憶は今も虹色

 ぼくが小学校へ通ったころは昭和の一けた時代だが、いま思い出すと夢のようでもあり、虹色に輝いていたようでもあった。
 子供のころの思い出を「灰色」だったという人があればその人はきっと不幸だったのかもしれない。
 ぼくは虹色だったと回想する子供のころについて、小学生の同級生たちと語ることがあるが、同級生たちもぼくと同様、楽しい思い出は共有していても灰色のような感じはだれも持っていなかった。
◇いま振り返ると昭和一けた時代の日本は国際的にどんな水準にあったのか。ぼくらが育った東浅井郡の山間部の山家(やまが)の暮らしはどんなんだったか。歴史的に、客観的に見れば、文化的に開けていない、貧しい暮らしが庶民一般だった。
 お金持ちの家でも、生活に困ることのない人たちでも、いまのように贅沢することはなかった。爪に火を灯して暮らす、というきりつめた生活だった。
 ぼくの家は、金持ちではないが、借金で首が回らぬとか、小学校6年卒で就職せねばならぬほどの貧乏でもなかった。
 まあ、中くらいか中より少し下の暮らしだったのではないか。そのころは、今、よく言われるような格差はあったのか、なかったのか。
 農家は自作農(自分の所有する田畑を経営する農家)よりも小作農(地主から土地を借りて耕作する農家)の方が多かった。地主は年貢(地代)が入るので直接農業をしなくとも生活に不自由はしなかった。格差がないといえばウソになる。地主や金持ちは特に大きな顔をするわけではないが、中間層や貧しい人は何かにつけて立てる。立てるとは意味深長だが、尊敬する気分も少しはあるが、遠慮気味で交際する。村の役は、頭さえあれば貧しくとも出来るはずだが、金持ちがきり回す。役は無報酬で、今日でいう本当のボランティアであるから、貧しい者に役が回ったら生活が破綻する。
 だから、「区長さん」と敬称して、道で出会ってもこちらから声をかけて挨拶する。
◇けれど、いま、新聞などで目にする格差社会といった感じはだれも持っていないし、みんな平等、同権で、山の入会権にも差別はない。
 もちろん、子供の世界には貧乏、金持ちはない。ぼくが1年生に入ったとき、男組と女組に分かれ、洋服を着ていたのは男も女も組に2人か3人だった。あとはみんな着物だった。
 遠足は春の楽しみだが、持参した弁当は大方は「きつねずし」だった。巻き寿司はクラスに2人くらいはあったかもしれぬが、巻き寿司そのものを食ったことがないから、あっちが上でこっちが下、などと思ったことは一度もない。なかには握り飯の中に梅干の子がいたかもしれぬが、別に何とも感じなかった。
 そのころは水筒がなかったから、川か池のきれいな水を飲んだのかもしれないが、記憶にない。
 あるのは珍しいところへ来て、桜の花を眺めたり、友だち同士が騒いだり、遊んだりの楽しかった思い出だけだった。
◇5年生の春、村の駐在所に「井上」という巡査が転任してきた。
 たまたま、その次男の登がぼくらと同級生だったので、ぼくら数人は彼の家へ遊びに出かけ、ものの2日も経たぬうちに仲よしになり、クラスでもたちまちみんなに溶けこんでしまった。
 そのころのぼくらの感覚の中には貧乏、金持ちといった格差的なものは何一つなかった。
 祭りや盆踊り、野芝居、おこない、放生会(ほうじょうえ)、ねはんなどの行事のほか川開き(鮎解禁)や魚釣り、川遊び、山菜採り、ベース(野球)、ケンパなどで遊び呆けていた。【押谷盛利】

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2008年10月03日

農村の原風景を訪ね(見聞録)

 先週末、草津、有馬と並ぶ日本三大薬湯のひとつ、松之山温泉を訪ねた。
 長浜市平方町のペン画家・小野信吾さん(82)夫妻と、小野さんの友人の写真愛好家というメンバーに、運転手役として参加。
 新潟県の山中にある松之山温泉までは、北陸自動車道を利用して5時間ほどの距離。
 我々が訪れたのは温泉街から少し離れた高台に立つ明治39年創業の宿。建物はレトロな雰囲気が味わい深く、庶民的な気安さがある。創業当初から守り続けてきた木造の浴室が自慢で、洗い場も板張り。四角い木の浴槽が2つ並んでいる。
 松之山温泉は古くから湯治に利用されており、1200万年前の海水が地中に閉じ込められたという源泉は塩分を帯び、とてもしょっぱい。
◇新潟の山奥ということもあり、非常に肌寒く、宿では我々の到着に合わせてストーブを出してくれていた。女将によると、この地域は豪雪地帯で、冬場の積雪は4㍍前後に、水墨画のような白と黒の世界になるという。積雪が6㍍を超えた年もあり、これほどの豪雪地に人が暮らすのは全国でも珍しいとか。
 高台にあるということで、早朝、遠くに雲海が広がっているのが見えた。
◇今回の旅行の目的は、温泉ではなく、茅葺き集落が田んぼを囲むように立ち並ぶ「環状集落」を訪れること。
 小野さんは全国の茅葺き集落や古い町並みのスケッチをライフワークとしており、この旅行では、新潟県柏崎市から少し東へ入った高柳町の「荻の島かやぶきの里」という集落を目指した。
 ここは、農林水産省などが主催する「美しい日本のむら景観コンテスト」で大臣賞を受賞したこともある集落で、20戸余りの茅葺きの家が大切な田んぼを守るかのように、たたずんでいる。
 昭和初期には100戸ほどだったが、今は過疎化で40戸ほどに減っている。それでも、半分が茅葺き屋根を守り続けている。
 収穫を控えた稲穂と畦(あぜ)に咲くコスモスが風に揺られ、日本の農村の原風景を彷彿させる。ただ、牧歌的な雰囲気を楽しめるのも、あと少し。ここも、あの宿一帯もすぐに雪に埋もれてしまうことだろう。
◇それにしても、小野さんのバイタリティには驚かされる。旅行の日程を決めてから1週間も経たないうちに、目的地と宿を探し、道程をチェック。インターネット、カーナビを駆使して、何から何まで手配した。小欄は小野さんの指示通りにハンドルを握るだけだった。いくつになっても探究心を持ち続けるその姿が、今回の旅で、最も印象に残った。

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2008年10月02日

被害がなければ安全か

 このごろ、腑(ふ)に落ちないことが多いので、読者からも痛烈な政治批判や役所批判の声が寄せられています。
 ぼくは腹が立つと、すぐまくし立てる性格なのですが、これは私憤ではなく公憤です。インチキ商品のまかり通る世の中は、大量生産、大量消費をいいことにいわゆる商業道徳がかすんでしまったからですが、インチキにもよりけりで、いやしくも人命や健康に関する限り、毅然とした行政指導や監督が望まれる。
 ところが最近問題になっている汚染された工業用コメや、中国からの輸入牛乳加工品、さきの毒ギョーザ事件、インチキウナギなどに対する政府当局の対処は、国民の健康を思っているのか、業者の健康を思っているのか、まことに歯がゆいばかりである。
 例えば、牛乳は水を割って、その薄めた部分を有害な化学物質を添加することによって偽装しているわけだが、これを原料に粉ミルクにして中国では死者まで出る騒ぎである。
 この原料牛乳を使って中国の工場で加工した乳製品が菓子の原料として日本に持ち込まれたり、なかには製品化して日本に入っているケースもある。
 マレーシア、シンガポール、その他国民保健に鋭敏な国は、すぐさま輸入禁止の処置をしているが、日本はマスコミが騒ぐだけで、なんら積極的な安全策をとらない。
◇毒ギョーザでも同様で、当初から中国の工場もしくは中国内の流通過程で混入されたにも拘わらず、日本の外務省は日中双方で調査をするという。先方主導の無責任流に乗ってしまった。
 そのあげく、中国では、毒ギョーザで、あちこち被害が出ているが、それにも拘わらず、この問題の究明に極めて消極的である。
◇今度の工業用加工米は、汚染されていたり、カビが生えていたりして、食品には全く不向きであるのに全国的規模で大量に出回った。
 ただに近い超安値で農水産省から買い入れた業者が「安くて、儲かる」ことを吹聴して、あちこち酒造業界、菓子業界等に売りつけていたものだが、買った業者は「知らずに買った」と被害者顔をしているが、「安さ」の魅力で買ったのではないか。加工すればわからない、と安易に思いついたのではないか。そういう疑問が国民には残る。
 もう一つ合点の出来ぬことがある。役所はいつの場合も「被害は出ていない」と御の字のようにいう。被害が出ていないから「安全」だというのか。
 人を傷つけるため、ごく微量の毒性化学薬品を使う不届者がいないとは限らない。しかし、被害が出ないからといって、その不届者が許されるはずがない。
 被害が出る、出ないの問題ではない。毒性物質を含む商品を売りつけること自体が許されぬ行為であある。今回の毒性コメについていえば政府から買い入れて、流通させた業者は食品法違反で即刻逮捕して徹底的に流通ルートや売買価格、加工商品の販路などを調べ、国民のためにその情報を詳しく知らせるべきである。
 ぼくの知人も名の上がった問題の焼酎を持っているが、どう処理しようかと相談を受けた。製造元へ連絡して引き取ってもらったら、とぼくはアドバイスしたが、「変なものが混じっている」「食用に使ってはダメなコメが原料になっている」と分かればだれだって、そんな焼酎を飲みはしない。
 それなのに、政府の行政指導は甘くて甘くて、蜂蜜のようだ。98回検査しようと200回検査しようと、「検査に行くから」と前もって知らせておいて、黒の結果が出るはずがない。明らかに業者と役所が癒着しているとしか思えない。これらは氷山の一角である。ことほど左様に役所は信用が置けぬ、と同時に国民代表の政治家もどっちを向いているの?と問わねばならぬ。
 役所も政治家も国民の方に目を向けるようにしなければならぬ。それが改革である。【押谷盛利】

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2008年10月01日

大臣を棒に振った発言

 中山成彬国土交通相が自らの問題発言で28日辞任した。
 日本の古き、よき伝統を誇りとする国粋型政治家のようだが、東大出の大蔵省出身だから頭脳は明晰であり、政策にも明るく、出身派バツの町村派の事務総長として押しと力があった。
 問題発言のうち、「ごね得」と「日本は単一民族」については取り消して陳謝したが、日教組批判については自説を取り消すどころかさらに一歩進めて、堂々と日教組退治を宣言した。
 言葉は意志や思想を伝える便利な手段であるが、人によりけりで能弁なものもあれば寡黙な人もある。
 古来「芸は身を助ける」というが、「口は身を助ける」とは言わない。それどころか、「口はわざわいのもと」という。
 「沈黙は金、雄弁は銀」の西洋の諺にもあるとおり、口上手、能弁は失敗や落とし穴に落ちる心配があるようだ。
◇口は千里を走るというが、これは人の噂の伝わる速さのすごさを分かり易く解説したもので、今も昔も口コミの威力はすさまじい。いい方向、プラスの面での広がりはありがたいが、逆の場合は取引を壊したり、政治や企業の命に関わるケースもある。
 だから「口封じ」だの、口止めなどの嫌な言葉や、それを逆手に暴(あば)きの恐喝犯罪も生じる。
◇政治家は口で訴えるのが身上だから口下手や口の重いのは不利であるが、頭がよくて口が滑りすぎて、結果「悪し」の場合もあるから難しい。
 大臣を追われた中山氏の場合も「なかなかいいことを言うじゃないか。言えんことを言うじゃないか」と評価する人もある。しかし、マスコミが一斉に集中砲火を浴びせたように引責辞任の結果を招いたのは発言の立場による。彼が一介の政治家として話すのは言論の自由で、もしそれで被害を受けたとか名誉を傷つけられたとしたら、被害者が訴えて白黒をつければよい話で、政治家の場合、一番手っ取り早い白黒は選挙の審判である。
 かつて、リクルート事件で追及された政治家が選挙で当選してきたら「みそぎをすませた」として以前同様に大きな顔で赤いジュウタンを闊歩した。
◇「日本は単一民族」と言って、お目玉を食らったわけだが、多くの日本人は彼だけでなく、今なお単一民族と思っている。
 沖縄の人は列島の日本人を「ヤマトンチュウ」といって、沖縄人と違うようにいうが、単一民族の発言で怒ることをしない。怒るのは江戸期以来のいじめや搾取、人権侵害に泣いた歴史を持つアイヌ民族である。アイヌ文化を守る国会決議がその反省を証明している。
 中山氏がそんなことを知らないはずがない。しかし彼はアイヌを含めて、民族というよりは「日本人」を意識しての単一民族の発言をしたのであろう。
◇「ごね得」も世間にはよくある話で、徹底的に反対して、それでおさまるならば、始めに協力したものはバカを見るではないか。
 また成田空港だけでなく、土地買収に長い年月をかければ、年月の経過で、土地価格が変動する場合、どう対処するのか。
 そういう問題をはらみつつ、公共事業の土地買収は常に難航するがごね得がまかり通る政治に国民の信はない。
 成田空港の場合、反対派は1坪地主闘争を展開したが、あれは反対陣営の戦術だった。ものごとをぶち壊す一つの合法的戦術であるとしても、あれが許されれば新幹線も高速道路も建設は不可能である。
◇日教組批判は中山氏の専売特許ではない。日教組の行きすぎは早くから国民のひんしゅくを買っていたことでもあり、中山発言を勇気あるものとして称賛する人がたくさんある。
 それでも大臣が首になるのは、発言者が大臣であり、日本の国政に直接つながるからである。ただの政治家の発言で国会議員を辞めさせることはできない。その発言を追及して辞めさせるかどうかは一にかかって次の選挙にかかっている。
 近く解散の選挙で、もし中山氏が当選すれば、選挙民は彼の発言を許し、少なくともペケとは断じないことになる。肩書きの重さで大臣を辞めたが、議員を辞めたわけではない。日教組の功罪については後世の史家が語るであろうが、後世を待つまでもなく、日本人としてその間違いや行きすぎは十分指摘しておく必要がある。それについては他日論じたい。【押谷盛利】

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