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麻生総裁と事大主義

 自民党総裁選を茶番劇と見る識者があった。福田路線を継ぐ脚本があらかじめ用意され、その筋書き通りにことが運び、何も知らぬ陣笠国会議員や党員はあれよあれよという間にその茶番劇の入場券を買った。平成20年9月21日と翌9月22日を歴史的な日として記憶しておこう。
 9月21日は自民党から政権を奪うべく小沢一郎氏が民主党代表に再選された日で、政治生命をかけて近づく総選挙を戦う、と宣言した。
 22日は受けて立つ自民党総裁選で、麻生太郎氏が選ばれた。
 福田内閣は始めは処女のごとく、終わりは脱兎の如しで、見るべき実績もないまま追われるように退陣し、改造1カ月内閣の醜態をさらして1年で幕を閉じた。安倍内閣に続く短期内閣だが、トカゲの尻尾切りよろしく、自民党は再び福田路線を継承する。安倍内閣以降日本の政治を支配した自民党権力の古い体質があまりにも見え見えであるが、こっけいなのは、自民党の多くが、国民に眼を向けないで、党内権力とこれまでの政治的伝統に目を奪われている矛盾である。
◇ぼくは麻生氏の圧勝を通じて、ふと「事大主義」なる言葉を連想した。事大主義とは自分の信念を持たず、支配的な勢力や風潮に迎合して自己保身を図ろうとする態度や考え方をいう。日本人は多少の軽蔑の意味をこめてこの考え方を「長いものには巻かれよ」という。その意味は、勢力、権力あるものには逆らわない方が得である。
 今回の自民党総裁選で、森元首相が、麻生応援の陣頭に立ったが、彼は自分の派バツの集会で、「勝ち馬に乗らねば、新しい内閣、執行部で冷や飯を食うぞ」と脅しのような発言をして、同じ派バツから小池百合子氏を応援している人らを牽制した。この森発言がいわゆる事大主義である。
◇事大主義の元祖は日本では小早川秀秋(1582―1602)といわれる。豊臣秀吉の妻ねねの兄、木下家定の子で、始め秀吉の養子となり、後に小早川隆景の養嗣子となった。秀吉の死後、関ヶ原の戦いで、石田三成方の西軍の重鎮だったが、戦局を見て東軍に寝返りした。その功で家康は備前、備中、美作の50万石大名に列した。
◇事大主義の親類言葉にオポチュニスト、風見鶏(かざみどり)がある。風見鶏というと、年配者は元首相・中曽根康弘氏を思い出すはず。政界や言論界で、彼のニックネームとされていたが、必ずしも彼のためには名誉あるニックネームではない。
 風見鶏は本来は風向計なのだが、これをもじって定見を持たず周囲の状況を模様眺めしてから都合のよい側ばかりにつく人のことをいう。
 彼が田中角栄氏に取り入ったことは有名で、その結果、総理になったが、政界通の言論人はその内閣を田中曽根内閣と阿諛(あゆ)した。
 オポチュニストは日和見主義者、御都合主義者と訳し、その考えがオポチュニズムであり、定見を持たず、大勢に追随して立場を変えることをいう。
◇ぼくが今回の自民党総裁選で、事大主義を感じたのは「寄らば大樹の陰」、「長いものには巻かれよ」の古い日本人の体質をまざまざと感じたからである。
 自民党の国会議員や自民党員は、自民党政権、自民党権力は永久不滅と思っているのかもしれないが、そういう驕りが墓穴を掘る。
 なるほど、いまの衆議院勢力では、麻生新総裁は直ちに総理に指名されるが、それは3日天下で終わる可能性なしとしない。近く行われる解散、総選挙でもし民主党や野党が過半数をとれば小沢内閣になるからである。【押谷盛利】

2008年09月22日 18:05 |


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