農相の辞任と国民感情
太田誠一農水相が19日辞任したが遅すぎる。福田首相は彼の傲慢とも思える発言に対し、いち早く首を切るべきだった。
なぜなれば、彼の発言は、中国ギョーザをかばい、今回の汚染米問題でも業者の肩を持って、消費者である国民を虫けらのように思っているからだ。
こんな男が大臣として、たとえ3日でも政府の中枢にいたことは我慢のならないことで、実は、こういう大臣の考え方がこれまでの日本の政治では当たり前であった。
その当たり前の官僚独善の政治を根本的に刷新し、改革するのがこれからの課題で、その端緒が今回の自民党総裁選であるが、それが案外分かっていない。
これについては総裁選の結果を見て、鋭く分析するが、あらかじめ予言しておくが、その結果によっては、自民党の国会議員、党員はアホか、もしくは、反国民か、明らかになるだろう。
◇さて、問題の太田農水相放言だが、我慢して今日まで騒ぎ立てなかった国民のお人好しも余り感心したことではない。
太田農水相は8月の内閣改造で新任した直後、中国の毒ギョーザによる世間の騒ぎに言及し「日本は安全なんだけど、消費者、国民がやかましいから徹底していく」とうそぶいた。毒入りのギョーザがなぜ安全なのか。毒入り饅頭を食べても被害が出なければ安全なのか。これを聞いただけで、この男は政治家失格だ、とぼくは思った。
いま、中国で大問題になっているのが大手乳業メーカー3社の牛乳やヨーグルトから化学物質メラミンが検出されたことで、すでに死亡者もあり被害が続出している。
日本へ輸入されていないか、大いなる関心事だが、日本の農水相のような信用のおけないやり方なら、こっそりと入っているかもしれぬ。毒性は毒性なのに、被害が出ていないから安全だとはよくもぬかしたものだ。
◇太田発言は中国ギョーザに関して「国民がやかましいから」とバカをほざいたが、20日のニュースを見るがよい。長野市で19日、和菓子屋の職人2人が中国製のあんをなめたところ、吐き気と手足のしびれで病院に運ばれている。食品の安全について、国民が関心を持ち、やかましくいうのは当然ではないか。本来は消費庁なんて役所や大臣をつくるのではなく、食品を担当する農水省や通産省、厚労省などが厳しく行政すれば足りることだ。それを野放図にしているのが、これまでの行政ではないか。例えば、化学物質の入っている米、カビの生えている米などは、上陸した時点で、輸出先へ送り返すべきではなかったか。
◇太田大臣は、汚染米が大問題となっている矢先、「人体に影響がないことは自信をもって申し上げられる。だからあんまりじたばた騒いではいけない」ともいった。
就任後2カ月も経っていないのに、なぜそんな開き直りのようなことがいえるのか。まるで、新聞やテレビの騒ぐのを茶化しているような発言である。
こういう発言を聞くと、つくづく日本の官僚や警察の既往の問題処理の考え方にあきれるのだが、深く触れる前に簡単に説明しておく。
◇警察は被害者が「ストーカーに追われている」、「暴言を吐いて、恐ろしい人から借金の取り立てを迫られている」、「家の中で息子が荒れて殺されるかもしれない」などと、相談に来ても、実際に被害が形に表れないまでは動こうとはしない。詐欺事件が事前に防止の手を打てば被害が少なくてすむ場合でも明らかに被害が出ない限り捜査はしない。
食品汚染もそうである。毒性物質の混入が明らかであるにも拘わらず、被害が出なかったら、「白」だ「安全だ」とする考えは一体、だれの方を見て仕事をしているのか。国民の方に目を向けるのが国民から選ばれた政治家であり、国民に奉仕する国家公務員ではないか。被害が出てからでは遅いのである。それが分からぬ政治をどこで改めるのか。【押谷盛利】
2008年09月20日 15:37 | パーマリンク
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