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自民党総裁選始まる

 自民党の総裁選は10日告示された。予想通り5人が顔を揃えたが、さて、22日の投票の結果、だれが笑い、だれが泣くのか。
 ぼくは、さきの時評でも書いたが、この総裁選の勝者が福田後の総理大臣となる。それだけでも大いなる国民的関心事だが、それ以外にもう一つ大きな問題を抱えている。それは新しい総理によって衆議院が解散し、総選挙が行われることに直結していることである。
 いま、この時期に福田さんが辞めたことは、来年9月の衆議院の任期満了まで、じり貧のまま日を重ねることは自民政権の崩壊につながる、と予測したからである。
 つまり、近未来の解散を見越して、自民党が出来るだけ傷を負うことなく、人気浮揚の一瞬をとらえて総選挙を行うのが福田辞任のからくりだった。
◇これは、自民党自身が福田を切ったというよりも国民世論が福田に「ノー」のレッテルを貼ったとみるべきである。このような背景による首相の辞任劇は自民党のお家芸だが、これを「トカゲの尻尾切り」という。尻尾を犠牲にして生きのびるしたたかさが、自民党のお家芸だが、国民はそれを許容するのか、あるいは許さないのか。その選択を含めて、自民党の国会議員と党員の頭脳が国民の前に開陳される。その意味では、茶化し半分の劇場型選挙と見るべきではない。
◇総裁選は、5人乱立の激戦だが、本命は麻生太郎幹事長、対抗が小池百合子元防衛相である。どちらが勝っても、その顔を看板に衆議院選が戦われる。
 いま一番大事なのは次の政局である。総選挙は早ければ11月、遅くても年内といわれているが、その結果次第では、福田後の新内閣は3日天下になる可能性なしとしない。
 森喜朗元首相は、派バツの会合で、非主流派になって冷や飯を食ってはならぬ、むねの発言をしているが、3日天下の可能性に気付かないとしたら後々のお笑いぐさになるだろう。
◇はっきり言えば、国民は、自民党内のコップの中の争いなど、どうでもいいのである。大事なのは、トカゲの尻尾切りで、古い体質の自民党政治が続くのか、続かないかの関心で、いまなお消えぬ小泉待望論がそれを象徴している。
 残念乍ら、いまの自民党の派バツの親分衆は、古い体質の自民党がお好きなようで、国民の声より党利党略に関心がそそがれる。古い体質への復古調を願う親分衆は、小泉改革を苦々しく敵視してきた。安倍、福田の短命内閣を通じて集中的に進めてきたのは「反小泉路線」だった。
◇反小泉路線は「改革潰し」であり、その典型が公務員改革の骨抜きであり、派バツの蘇生であった。
 古い型の自民党は、派バツ政治であり、それはそのまま族議員政治を意味し、さらに官僚の天下りと、政官業の癒着政治に直結してゆく。その古い型の自民党を壊党的情熱と勇気で改革しようとしたのが小泉元首相であり、彼の出現は国民を基盤とする党員の新しい波による。いわゆるトカゲの尻尾切りへの訣別であった。
◇自民党が国を救い、国民の希望に答えようとするならば、その視線は国民に向けたものでなければならぬ。新しい総理による次の総選挙は100%自民党が目減りする。これは政界、マスコミ界、一般情報通の常識だが、ぼくもそう思う。しかし、目減りの大小によって、自民党政権が続くか、民主党内閣になるか。その岐路は重大である。次期総選挙で、いかに目減りを低く押さえるか。そのカギは総選挙の顔である。派バツの親分衆に守られて出てきた顔に国民がどんな反応をするか。それとも新鮮な、永田町の遺伝子に毒されない顔を歓迎するか。それを判断するのが総裁選に投票するものの頭の働きである。【押谷盛利】

2008年09月10日 16:31 |


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