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自民党総裁選と県連

 「百家争鳴」という。自民党の総裁争いが、これにふさわしいか、どうかはともかく、多くの候補者が「われこそは」と救国の志を立てるのはいいことである。
 百家争鳴の本来の意味は、多くの知識人、文化人が、その思想や学術上の意見を自由に発表し、論争すること、と大辞泉にある。
 今回、名前の出ている自民党の先生方は、国民から選択された政治家だから、それなりの知性や思想はお持ちであり、顔も売れているから百家争鳴にふさわしい総裁選になるのではないか。
◇自民党の総裁選は、ひょっとすると、これが最後で、次の政局を見渡すと、早くも政界再編成の動きもあり、一寸先は闇という言い古された言葉が案外現実性を持つかもしれない。
 いま、自民党の総裁選が国民から注目されているのは、総裁がそのまま福田後の内閣総理大臣になるからである。
 つまり、総裁選後の臨時国会で首相の指名投票があり、そこで新総裁が100%の確率で総理に選ばれる。衆参ねじれ国会なるがゆえに衆議院で指名されても参院では外されるかもしれないが、その場合は、衆院の決定が国会の決定となる。したがって、参院で、民主党の小沢さんが優位に指名されても、結局、衆議院の自民党及び公明党の多数勢力の投票が国会の意志決定となる。
 だから、今度の総裁選は、次の総理選びと同じことになり、国民が大いなる関心を寄せるのは当然である。
◇それにしても恥ずかしいのは滋賀県の自民党である。今回の総裁選は臨時だから、党則によって、選挙権は全国会議員のほか、47都道府県に各3票割り当てられる。
 そこで問題は、各都道府県の3票はどうして決めるのか、だれが行使するかであるが、開かれた政党として所属党員の選挙による方式が一般化された。滋賀県の場合は、前回、投票の結果、福田、麻生の取り分けが1対2で、麻生票が2、福田票1が中央へ持ち込まれた。
 きょう現在の情報では、全国どの府県でも党員による投票を決めているが、滋賀県連だけは未定である。
 滋賀県の党員に割り当てられた3票は、県内の党員投票の結果によるのが当然だが、その当然を素直に踏み切れず、いまだに、未定というのは、いかにもお粗末で、無知、非文明というよりほかはない。
 県連には幹事長や総務会長など幹部のほか、役員の多くに県議会議員が名を連ねているが、彼らに、この選挙の重要性が分かっていないのだろうか。それに県連の組織下に、各支部が存在するが、その支部長、幹事長ら、支部の執行機関は、当然の権利である党員の投票権執行をどう考えているのか。あまりにも旧態依然の古色蒼然さが情けない。
◇さて、問題の自民党総裁選、当初の予想が日増しに変化してゆく。これまでの構図は、本命・麻生太郎幹事長、対抗小池百合子元防衛相だったが、ここにきて、与謝野馨経済財政相、石原伸晃元政調会長、そして5人目に石破茂前防衛相が出馬を表明した。
 まだまだ続く気配がある。参院議員の山本一太外務副大臣、棚橋泰文元科学技術相の両氏が出馬の意向で推薦人を集めている。
◇面白いのは、派バツの親分衆の統制がきかないことと、次期総選挙がらみの思惑が反映して、右往左往議員の多いことである。親分衆の威光が地に落ちたのは、まぎれもなく小泉改革の結果である。
 ぼくは、詳しくは、次に譲るが、自民党の党員や国会議員の頭脳がどれくらいのものか、判断できる貴重な実験であると考えている。
 それは、どういう意味か、要するに次の内閣は総選挙管理内閣の色が濃いのだから、総裁すなわち選挙の顔である。これの認識が前提である。【押谷盛利】

2008年09月06日 17:14 |


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