河野衆院議長への怒り
8月15日の終戦記念日に行われた全国戦没者追悼式典での河野洋平衆院議長の追悼の言葉が聞くに堪えぬひどいものであった、とすこぶる評判が悪い。
ぼくもそう感じて腹立たしく思っていたが、たまたま24日付の産経で、政治部の阿比留瑠比氏が「戦没者への礼を知らぬ河野議長」と、名差しで批判しているのを読んで、やれやれと胸をなでおろした。
全国戦没者追悼式は天皇、皇后両陛下ご臨席のもと、戦没者の遺族や関係者が約7000人が出席した。
天皇陛下は戦争で亡くなった軍人、軍属、一般市民の犠牲者を哀悼されて、式典のムードは厳粛そのものであった。そのムードをぶち壊して、まるで中国に媚び入るような「反省」を強調した式辞が河野議長から流れた。とたんに、会場の空気がざらつき出し、参列者の国会議員の1人が聞くに堪えなかった、という。
◇聞くに堪えなかったという河野式辞は一体どんな内容だったのか。
「(日本軍による)非人道的な行為で、人権を侵害され、心身に深い傷を負い、今もなお苦しんでいる方々には改めて心からのお見舞いの気持ちを申し上げたい」。
どこの国の犠牲者を念頭にこの河野式辞が読まれているのか、会場の戦没者の遺族はこれをどのように受け止めたか、まるで、参列者が、かつての日本軍の代表者のように責められている感じである。
戦争に対する怒りや、反戦平和の叫びはおのずとそれを行うにふさわしい場があるはずである。
記者は「なぜ、日本の戦没者を追悼するための式典で、遺族の気持ちを逆なでしてまで日本の加害を言い募らなければならないのか」と怒りを表している。河野氏は昨年の追悼式でも次のようにあいさつして、日本側を悪しざまにのべている。
「わが国の軍靴に踏みにじられ、戦果に巻き込まれたアジア近隣諸国の方々にとっても、あるいは真珠湾攻撃以降、わが国と戦って生命を落とされた連合国将兵にとっても同じ悲しみである」。
◇また河野氏は15日の式辞で、国論の統一していない追悼施設の設置にまで言及し、この場にふさわしくない政治的脱線までおかしている。
「政府が特定の宗教によらない、すべての人が思いをひとつにして追悼できる追悼施設の設置に真剣に検討を進めることが求められる」。これはまるで国会論議ではないか。河野氏がそう信じるなら自民党の選挙公約でそれを国民に訴えればよいではないか。全国の戦没者追悼式の場で、靖国反対を宣言しているようなもので、遺族の不快感が想像される。
河野氏は2年前の追悼式では「戦争を主導した当時の指導者たちの責任をあいまいにしてはならない」とも語り、遺族を前にして戦争の反省をこれでもか、これでもかと、まるで中国や韓国の指導者が行う演説調であるが、そういえば、彼はかつて、日本軍の「慰安婦」問題について、安倍首相(当時)が「慰安婦の強制連行はない」と否定しているにも拘わらず、平成5年の官房長官談話で「強制連行」を認めている。
彼は日本をおとしめることに快感や政治的意図を持っているのであろうか。【押谷盛利】
2008年08月25日 15:51 | パーマリンク
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.shigayukan.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/2301

- 08月 26日 インターホン(見聞録)
- 08月 25日 河野衆院議長への怒り
- 08月 22日 「プラハの春」から40年(見聞録)
- 08月 21日 消費者はおとなしい
- 08月 20日 「これなに、あれなに」
