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福田改造内閣の末路

 1日、発足した福田改造内閣は、新しさも魅力も期待もない総スカン内閣の匂いが強い。
 あほらしやの鐘が鳴る、ではないが、国民は嬉しくも悲しくもない、言わば無表情で、なりゆきを見守っていた。
 改造内閣は死期を迎えた病人に最後のカンフル注射をしたようなもので、大臣病患者や派バツの義理を立てて、壇ノ浦に沈みゆく平家のあがきを再現した。
 この改造福田丸は、総スカン内閣とぼくは命名したが、これは国民の声だけではなく、与党である公明党もそんな感じの姿勢であるし、何よりも身内の自民党の中にさえ、暗中模索、どうやって、次の選挙を勝ち抜けばいいんだろうか、と心は選挙区に走り、政治の求心力は気の抜けたビールそのものである。
◇いちいちこの内閣のあほらしさを、あげつらうのも、はばかれるが、一点だけ明確に知り得ることは、男「麻生」の複雑な心境の見せる次期政権と年末前後に予想される衆議院解散の確実性であろう。
◇本来の内閣改造と党三役改選は、総理・総裁の専権事項であるが、今回はその大権を引っこめて、次期政権、総選挙を視野に入れたシフトとなり、陰の実力者が絵を描いた。
 分かり易くいえば、7月の北海道サミットが終わった段階で、福田総理は退陣すべきであったし、政界も国民もそう信じていた。福田の心中を思うものは、もう一度、福田政権を浮上させ、彼の手で解散をさせたかった。しかし、だれがどんな角度から眺めても福田による解散は戦争中の特攻機同様、帰還する燃料なしに敵地に向かうようなもので、自爆か被弾による爆沈が見え見えだった。
◇そこで登場したのが今回の麻生乗り換え機戦術だった。福田内閣は改造内閣で最後の花を咲かせた後、12月前後に辞任する。そして、緊急事態として、党は新総理・新総裁に、麻生を起用する。新麻生内閣の処女性を看板に、いち早く衆議院を解散する。
 この戦術は、北海道サミット後に行われるべき観測だったが、それをしなかった福田の腹は、安倍のお仕着せの内閣から、自前の内閣をどうしても造りたかったのだ。そして、幸いに人気が上昇すれば、それを機に自らの手で解散し、次の内閣にまで視野を広げた。
 しかし、現実は厳しく、時間の経過とともに内閣の人気は下降気味であり、最早や猶予ならず、と遂に8月1日の改造内閣に決着した。
◇さて、ここで、のるか、そるかの大ばくちを選んだのは麻生だった。彼は賢明だから、仮に改造内閣で、無役となったら、彼の政治生命は先細りするだろう、と読んだにちがいない。
 しかし、かといって、福田丸に乗り込めば、ともに泥舟の運命に泣かねばなるまい。そこに彼一流のどたん場の決断と読みがあった。もし、このまま無役で通したら、福田丸沈没の後は、地獄が待ち受ける。だれが次期総裁になるにしても、その手による解散の見通しは暗雲そのものである。よほどの奇跡がない限り、次期総選挙は民主党の圧勝の可能性が強い。そうなれば、「麻生総理」は永遠の夢となる可能性が濃い。
 ここに彼の政治家としての決断のヒントがあり、それを後から支えているのは福田の後見人・森喜朗元首相である。森の実力と手形の信憑性をもとに、彼は土壇場で福田と2人きりで今後と当面の人事を話合った。この会談で、小派バツながら、彼は幹事長のほか、子分を1人大臣に送り込んだ。そのほか党役員人事で津島派の顔を立てた。全体の大臣の顔ぶれを見ても極力、小泉色と安倍色を払って「増税」、「親中」と「反改革」、「人権擁護法」派で、布陣した。年内に彼は福田に代わり、総理・総裁となるだろうが、その後は闇である。【押谷盛利】

2008年08月02日 16:42 |


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