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戦後賠償の政治と利権

 日本の国益と日本人の生命財産の安全も考えることなく、ひたすら北朝鮮との国交を推進しようとする自民党元副総裁の山崎拓氏に対する前総理・安倍晋三氏の「百害あって利権あり」の痛烈批判は内外に大きな反響を呼んだ。
 今月3日付の週刊新潮に北朝鮮5000億円利権の記事が出ていたが、このような暗い不潔な利権がらみの政治は敗戦後から今日に至るまで尾を引いている。
 その具体的な一例として、元大本営参謀で、中曽根康弘元首相の政治的指南、元、伊藤忠商事会長の「瀬島龍三」のインドネシア賠償ビジネス、日韓条約による賠償金ビジネスを証言入りで、具体的詳細に暴露した一冊の本を紹介しておく。
◇この本は9年前の平成11年、新潮社の発行したもので、編者は共同通信社社会部。本の名は「沈黙のファイル」―瀬島龍三とは何だったのか。
 この本は、大本営の参謀としての戦争中の戦争指導、敗戦によるシベリア抑留、戦後の伊藤忠入社と賠償ビジネス、政界の大物や右翼の巨頭らとの親交を経て、事実上、日本の政界を動かした瀬島龍三の生涯を追っているが、目からうろこが出るほど驚いたのは、インドネシアや韓国との多額の賠償金の多くが、先方の政治家や日本の政治家の政治資金となった事実と、そのビジネスをめぐる商社のすさまじい競争である。
◇その全貌は多岐多彩にわたるから、ごく興味のある一部について、この本の中から紹介する。インドネシア賠償ビジネスについては、自民党元副総裁の大野伴睦、実力者の元・建設相・河野一郎(中曽根康弘の親分で、現衆議院議長・河野洋平の父)、右翼の児玉誉士夫らの名前が登場している。
◇日本軍のインドネシア占領に対する賠償は昭和32年に岸信介首相とスカルノ大統領との会談で803億円を払うことで決着した。ただし、12年間に毎年2000万ドル相当を現物で支払うという条件付きだった。
 インドネシア政府が必要なものを日本企業に注文し、代金は日本政府が保証する。インドネシア政府からの注文を取りつければ、こんなうまみのある商売はない。そこで、インドネシア側とのつなぎ、パイプをどうするかが、商社の戦略の最大のポイントだった。
 ここで、スカルノ大統領の第2夫人・デヴィ夫人が登場する。昭和34年、スカルノが日本を訪問したとき、お気に入りの女性として彼の宿泊先・帝国ホテルに送られたのが当時19歳の本名・根元七保子だった。彼女はその年スカルノに呼ばれてジャカルタ入りし、結局第2夫人になった。インドネシアに顔をきかせていた東日貿易の久保正雄社長のはからいが見事、奏効したもので、久保は、彼女の説得のため現金500万円と東京の一等地100坪の土地を渡している。
 インドネシア賠償は最初は岸信介と関係の深い木下産商が仕切っていたが、久保がデヴィ夫人の後見人としてスカルノとつながるようになってから、大野伴睦、河野一郎、児玉誉士夫ら及び暴力団幹部とも親交を結び、木下産商から伊藤忠に舵を切り換えた。そのころ瀬島は伊藤忠のジャカルタ派遣要員として深く作戦を指導した。
◇インドネシアに初のデパート「サリナ・デパート」の建設計画が持ち上がった。児玉誉士夫、河野一郎のコンビでこのプロジェクトは伊藤忠が仕切ることになった。建設費1279万ドルの6%がスカルノへ、5%の64万ドルが東日貿易に支払われる約束で。
 インドネシア賠償の後は、昭和40年に締結した日韓条約で、総額5億ドルの賠償ビジネスが彼我の政局の裏で火花を散らせた。ここでも瀬島は陰のフィクサーとして活躍した。【押谷盛利】

2008年07月07日 16:05 |


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