七夕伝説と夏の夜(見聞録)
7月7日は七夕。芭蕉は「七夕の逢わぬ心や雨中天」と詠ったが、七夕伝説が中国から日本に伝わった1300年前の昔から、織女と牽牛の恋の物語が、いかに日本人の心を打っているか、文学史の中に垣間見ることができる。
織女は、日本の七夕伝説では「織姫」として知られ、真面目な機織り娘。一方、牽牛は「彦星」にあたり、こちらも仕事熱心な牛飼いだった。2人はやがて結婚し、幸せな生活を送るが、夫婦生活を楽しんで仕事を怠けたため、織女の父親である天帝の怒りを買い、天の川を隔てて引き離された。その後は年に1度、7月7日にだけ会うことを許された、悲しくもロマンティックな伝説。
◇日本では、そもそも七夕は、お盆の一環として祖先の霊を迎え入れるための禊(みそ)ぎの行事だった。人里離れた水辺で、神の嫁となるべき処女が一夜を過ごし、翌日、七夕送りをして穢(けが)れを神に託して持ち去って貰う「祓え」の行事でもあった。要は、盆に先立つ物忌みだった。
また、収穫した穀物をお供えして、先祖に感謝し、後にお盆として定着するようになったと言われている。
現在のように願い事を書いた短冊を笹に吊るして、七夕を祝う習わしは、日本固有の畑作の収穫祭と盆迎えの祓えの信仰が、中国の伝説と混ざり合って、成立したと考えられている。
◇天文学では七夕の2星、牽牛と織女とはどんな星だろうか。
牽牛星は、わし座の1等星アルタイルで、地球から16光年の距離にあり、太陽の8倍の明るさを持つ。
織女星はこと座の1等星ベガで26光年の距離にあり、太陽の48倍の明るさを持つ。織女星は今から1万3200年前には北極星であり、今から1万2600年後にも再び北極星となって北天の王座に返り咲く。
◇元来、年中行事は、太陰太陽暦で行うものであったから、旧暦の7月7日は現在の8月12日前後ということになり、真夏の行事だった。それは、お盆の禊ぎの行事という日本古来の風習からもうかがえる。
太陰太陽暦では、この日は「上弦の月」となる。月は夜遅くになると沈むため、月明かりの消えた夜空には天の川がひと際輝いて現れる。
しかし、現代の太陽暦(グレゴリオ暦)の7月7日は、月齢が定まらないので、織女、牽牛が見えにくかったり、梅雨が明けずに雨雲が空を覆っていたり。
このため、星祭りの意味が失われ、願い事を短冊に託す派手な飾りつけが流行し、単なるイベントや商店セールの対象となっているのは寂しい限り。
ベガとアルタイル、そして2人を隔てる天の川にある白鳥座のデネブを結ぶと「夏の大三角形」。空を見上げて星座の伝説に思いを馳せ、現代の煩わしさを忘れるのも、夏の夜の過ごし方か。
2008年07月04日 16:36 | パーマリンク
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