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えらい世になりにけり

 戦後世相を今に引きずっている日本人の一番悪いところは無責任体質である。
 その裏返しは、わがままの自己主義。
 無責任体質は、ものごとすべて、うまくゆけば自分の力、自分のお手柄。逆に、うまくゆかなければ、親が悪い、会社が悪い、同僚が悪い、役所が悪い、政治が悪い、と他のせいにする。
 人生は長いレースだからしくじりもあれば成功もあり、人間関係だって、子供のころから少年期、青年期を通じ多彩でもあり変化もある。なにごとも時間が自分の都合のよいように回ってはくれぬ。
◇このごろ、若いものが事件を起こすと「切れる」という認識で、世間が寛大に見る傾向がある。
 親が将来を期待しすぎて勉強、勉強と、有名大学へかき立てる。子は親と現実のはざまで悩んでいたとか。
 友人に恵まれず、いつも孤立していたから、悩みの相談をする人がいなかったとか。
 就職はしたが、自分と思いが違いすぎて、それが原因で上司の不機嫌を買ったとか。
 人と話をしたり、交際が苦手なので、好きな子がいても相手にされなかったり、告白が出来なかったり…。
 などと、事件を引き起こす社会的背景や個人的背景を善意につかみ出そうとする。
 そのあげくが「かわいそうだった」、「もう少し、彼の心をくみとってやる人があったら…」と、逮捕されたものに同情を寄せるきらいがないでもない。
 突然の事故の被害者になるケースや予期せざる天災で身内を亡くしたり、自らケガをする場合はまったくの不運であり同情されるが、そうした不可抗力以外の不本意な結果について、いちいち他人のせいや、社会のせいや、親のせいや、とその責任をなすりつけるやり方が甘えであり、わがままであり、常にいい子であろうとする無責任体質といえるのではないか。
◇このような無責任体質は戦後育ちの特徴で、一般的には団塊世代以降の日本人の温室育ちの副産物ともいえる。
 こういう体質のそもそもの出発点は何か。それは戦前、戦中派の親のコンプレックスの哀れな自己投影である。
 戦前、戦中派は「もの不足」の世を生きてきた。上級学校へ進んで勉強したくとも貧乏でそれどころでなかった。食べたいものも、着たいものも得られず、旅行はおろか、楽しい遊びですらがまんしなければならず、子供のころから親の手伝いに汗を流してきた。
 戦後はその反動がわが子に向かった。習いものをしなさい、塾へゆきなさい、有名高校、有名大学へ進学しなさい。
 「何が食べたい、何が着たい、どこへ連れていってほしいのか、何がほしいのか、なんでも買ってやるからな―…」と、親は自分たちの子供のころの苦労を二度と子供にはさせまいと、大事に大事に育ててきた。
◇その結果の団塊世代であり、そして、その子らが、今、若ものとなって社会の第一線に活躍しているのだ。
 したがって、親も子も限りなく甘えん坊であり、苦難に耐えるという、ど性骨に欠ける。ありがたいという、感謝の心はなく、なにかにつけて愚痴や不満の飛び出すのが、これらの戦後派である。
 そのつけが今、苦々しくも回ってきた。
 人を殺して死刑の判決を食らっても「生きたい」ともがいて弁護士に執行の引き延ばしをはかる。
 人を殺傷する鬼畜生の犯人でありながら、悪かったと反省や謝罪する心がなく、世の中のせい、人のせいにする。自分が命がけで働くことをせずに、これよこせ、あれよこせ、と要求するだけは一人前。
 そんな人間だから親が病気になっても、しんみに世話をしたり介護することをしない。
 社会福祉や社会保障は国の責任でしょう、とうそぶくのだから、ほんま、これはえらいことになりにけり…。【押谷盛利】

2008年06月19日 16:16 |


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