日本の農業への無頓着
町村官房長官が世界的な食糧危機を念頭に、これまでの日本の農業の減反政策を見直すべきではないか、と発言したことが政府と与野党の中で大問題となっている。
自民党の執行部は「そんなことをすれば米価の値下げで、農民が食えなくなる」と、いち早く反発した。それに意を強くしたのか、農水省の次官が「減反政策をやめることは致しません」と調子づいている。
思わぬ反響に驚いた町村長官は「食糧危機の中でのあるべき農業について問題を提起したに過ぎぬ」と、控えめに自説のトーンを緩和した。
◇しかし、町村長官の発言を袋叩きにするのが賢明な政治家とはいえない。
町村氏の発言は極めて道理のあるもので、一方的にこれをけなすのは農民の立場にすりよるポーズというべきで、国家や世界のあるべき姿を考える真の意味での政治家の識見とはかけ離れている。
◇減反政策というのは需給調整の一手段で、金もうけと生活が不離一体となっている人間界ではこのような矛盾した政策はしばしば登場する。
登場はしているがそのことがいいことか、正しいかは自ら別問題である。かつて大正時代、アメリカで小麦相場が暴落し農民が苦境に立たされたことがある。
このとき、この国の取った農民擁護政策は麦を海へ捨てることだった。捨てるくらいなら、困っている人や貧しい人にただでくれてやればいいのに、と思うのだが、それでは相場のアップや金もうけの手段にそぐわない。海へ投げ捨てて、小麦の貯蔵量が少ないことを宣伝すれば小麦の相場は上がる。それで農家は助かる、という国家的商売のアイディアだった。
◇戦後の日本は一時的に繊維産業が尻上がりに発展したことがあり、機械を24時間フル回転した時代があった。
ところが衣料業界の変遷と中国、韓国等の安価な繊維製品の進出で国内メーカーは軒並み後退を余儀なくされた。
長浜の浜ちりめんもその一例であるが、かくして政府は織機の破壊と減産政策を実施した。
織機の破壊に補償費を出し、力づくで織物産業を締め出したが、補償費を出すやら、使える機械を粉砕するくらいなら、外国からの輸入をストップし、国民に対して、その分、安く提供する政策の方が労働者も国民も喜ぶのではないか、と思うのだが、そうではなかった。
各地の小規模な織機屋なんか眼中になかった。日本の財界を動かす有力な商社が設備の金を中国や韓国に投資して、いうなれば商社の子会社のような形で安価なメイド・イン・チャイナやコリア製を日本に持ち込んで利益を上げた。国民のことや地方の小企業のことなど眼中になく大商社とそれにつながる流通業者の利益が国の政策となった。
◇同じ理屈は農政にもいえる。農民は政府の方針で、経営規模を大きくし、機械化した。
その機械化を効果あらしめるには基幹作物である米、麦、大豆の作付を維持しつつ、農地の適切な管理をすすめねばならぬ。
このためには外国からの安い米や豆類の輸入を規制し、価格維持のための米食奨励、古い米などの菓子原料、家畜飼料化で、総合的経営の安定を図らねばならぬ。
それなのに、今の日本の実態は農地がどしどし潰れ、荒廃し、農民が経営に自信を失いつつあるではないか。
価格補償制度は各国にもあり、減反政策ほど矛盾したバカげたやり方はないはずだが、ここでも国際金融資本の後塵を拝するだけで、日本の農業の危機に無頓着といわねばならぬ。【押谷盛利】
2008年06月05日 17:17 | パーマリンク
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