有機農業と英国皇太子
イギリスのチャールズ皇太子が有機農業の実践家であることを知って、その環境と食生活に関する叡智に感銘したことについて、紹介しておく。
これを知ったのは、今から10年前の1998年に出版したアメリカの女性ジャーナリスト、ニコルズ・フォックス著「食品汚染がヒトを襲う」による。
この本の第11章に「菜食主義か、無汚染食品の探求か」の中に、チャールズ皇太子の演説の一部が引用されている。
演説は1996年、土壌協会創立50年記念集会で行われた。この協会は自然と農業に関心の深い学者・イヴ・バルフォアによって設立されたもので、この日の記念講話に皇太子が演壇に立たれること自体も素敵だが、その内容が食の安全と農業のあり方に触れるものであることを知り、驚きと畏敬の念を新たにしたことである。演説の引用部分を分かり易く解説的に述べれば次のようになる。
「今日のわれわれは、農耕という古来からの伝統的、歴史的作業から機械と科学の導入による産業システムにとってかわられた。農業の専門化と集中強化のあと、農地になにが起こったか、いろいろなマイナスの証拠をまのあたりに見ることになった。動物を機械のように扱った結果がいかなるものであるか。それはより大きな効率の追求であるとともに、さらには、その動物たちのエネルギー源とするために、全く適切でない代替燃料=リサイクルされた動物性タンパク質=を使用するという実験でもある(結果が破滅的なことはわれわれの知るとおりである)。
農民は限定された一連の目標と、それを達成しようとする気にならせた動機を与えられた。
つまり、環境に対する責任を抜きにした経済性の高い運営、食品の品質と健康を考慮しない最大限の生産、動物の福祉に配慮しない集約化、生物学的、ならびに文化的多様性の維持を考えない単一化。その結果、安い食品が大量に生産されるようになったが、目標をみごとに達成したからといって、いまわれわれは農民を非難することはできない」。
◇このチャールズ皇太子の演説は、今日の農業のあり方と、国民の食生活に関する安全性に危機感を示したものだが、ぼくは、この本の題名である「食品汚染がヒトを襲う」の意味を深く探求し、わが同胞・日本人の反省を促したいと思う。
著者はいう。われわれが生きるために食べものを集めたり、育てたり、捕まえたりしなければならなかった時代には、食物に対するわれわれの関係は直接的なものであった。生き延びることは食物を知ること―いつが旬か、どこで見つけられるか、どのように貯蔵し、保存すればよいか、どのように手を加えて食べられるようになり、安全になるかを知ることだった。つい最近まで、安全は個人の責任だった。われわれは、共同体を、村を、町をつくっていくにつれて、食物を育てることや集めることを次第に専門家―農民と採集民―に任せるようになり、われわれと食物の関係は隔たるようになってきた。いまや、大量生産者、大量加工者、大量流通者たちがとって代わり、われわれは食物から完全に引き離された。事実上、生産のすべてを、調理の大半を、他人にやらせるようになり、多くの人は料理することを道楽のように、そして週末にすることにしてしまった。
人々が食物とつながっていないことと、食品が豊富で種類が多いこととあいまって、われわれはともすれば、食物が安全で健全で、信頼できるものと錯覚するようになった。そして、いまその代償を払いつつある。
病原性大腸菌O―157、狂牛病、ヤコブ病、鳥インフル病、激増する食中毒。工業化した食品産業のもたらす環境汚染と人間の不健康を自分のものとして見つめ直さねばならぬ。それが賢明な消費者である。【押谷盛利】
2008年05月22日 15:30 | パーマリンク
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.shigayukan.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1925

- 05月 23日 藤岡幸夫氏の願い(見聞録)
- 05月 22日 有機農業と英国皇太子
- 05月 21日 渡辺淳一の「熟年革命」
- 05月 20日 嘉田知事の離婚に思う(見聞録)
- 05月 19日 此岸から彼岸への旅
