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渡辺淳一の「熟年革命」

 作家の渡辺淳一さんが「鈍感力」に続いて、「熟年革命」を著し、ちょっとした話題になっている。
 渡辺さんの小説は、男女の愛をテーマにしたものが多く、本人が医師出身だけに人間の肉体的構造や精神の機微にふれるところに一種の権威のようなものが感じられて女性読者に人気があるようだ。
 「熟年革命」はタイトルが目を引くし、宣伝用の本のカバーが読者を挑発するかのようである。
 念のため、本のカバーの文言を紹介すると、表面は「もっと輝く 自分のために 年甲斐のない 不良(ワル)になろう!」裏面は「プラチナ世代の誓い」の見出しで「われわれは世間体にこだわらず 常に好奇心いっぱいに 好きなものを追いかけ 相手と自分を誉めて お洒落で素敵な ワルになることを誓います」とある。
 ドキッとするような謳い文句で、興味しんしんとさせるが、内容は至って常識的で、こと新しいことに触れているわけではない。ただ、一読して感心したことは、小説の世界ならいざ知らず、一作家が見識も持って堂々と熟年世代に不良(ワル)になりなさいと主張している点である。
◇「ワルになれ」とは意味深長であり、解釈にも幅があろうが、本文の中ではうまく核心を解(ほぐ)して、むしろ文科省の大臣がお奨めしてもいいほどの優等生の夫婦観などが手際よく説かれている。
◇著者は、日本の老人の生きるべき姿に革命的変化を求めているが、それは、分かり易くいえばヨーロッパやアメリカの老人のように、老いても美しく装い、お洒落で明るく暮らすこと。家にこもらずもっと外へ出て、自由に勝手気ままに自分の時間を楽しむがよい、という勧告ととらえてよい。
 そこで、先ず、言葉ありきで、著者は「シルバー」といった呼び名でひと括(くく)りすることをやめて、気分一新「プラチナ世代」と呼びましょうと訴える。ゴールドほど派手でなく、シルバーほど地味でもなく、ケバケバしくはないが、底光りする世代である、という。
 つまり、長い人生を生きてきて、その体験を基に心に深い輝きを秘めているからこそ「プラチナ」にふさわしいというわけ。
◇世間体などにこだわらず、好きなものを追いかけ、相手と自分を誉めて、お洒落で素敵なワルになる。これを生きていくうえの原点とするがよい。年相応に老いるなど、だれでも出来るつまらないことだ。それよりも年甲斐のない人になってほしいという。
 80歳のおばあさんが真赤なドレスを着ていると「年甲斐もない」と笑われる。70歳のおじいさんが若い女のコを好きになったら「年甲斐もない」と子供やまわりの人から止められる。
 この「年甲斐もない」は、一体だれが決めるのか。それは「世間」である。日本人は世間体さえ守っていれば安心である。みな地味な格好をしているからそうしよう、誰かが亡くなったとき、あの人はお通夜に行くかどうか、香典はどうするか、隣がああしたからこちらもこうしよう、という。これが世間体。
 日本人はこのような横並び価値観に慣らされているが、われわれは隣のために生きているのではなく、自分のために生きているのであって、世間に合わせることばかり考えていると、いつしか個性を失い、自分を見失ってしまう。
◇年甲斐もなく生きるためには年齢を忘れること。定年後は、他人に迷惑さえかけなければ自分らしい生き方に徹するがよい。

2008年05月21日 14:17 |


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