悪しざまにいう日本
人間が好んで使う言葉にどんなのがあるか。古来、政治家、学者、芸術家、宗教者、その他もろもろの生活者、市井の庶民に至るまで、それぞれが好きな言葉を残してきた。
言葉は食べ物に似ている。おいしい食べ物、まずい食べ物があるように、使いたい言葉のほかに使いたくない言葉、忌み言葉、あるいは使ってはならない言葉がある。
言葉には魂が宿る、とよく聞くが、そういう次元の話は人によりけりで、一笑に付する人もいる。教育が大事だ、と重視されるのは師の学識、人徳が弟子や生徒を感育するからで、その感育の手段の一つが言葉であり、文字である。
◇浄土真宗の門徒は、常に「正信偈(しょうしんげ)」を称えるが、意味や内容が分かっているか、といえば必ずしもそうではない。しかし、法要などで多くの信者が導師の僧に合わせて、声を張り上げて誦唱するとき、その場の雰囲気は、ひたすら「ほとけ」に帰依する不思議な感動に支配される。言葉の魂、すなわち言魂(ことだま)の響き、霊気の世界といえよう。
正信偈は親鸞の著「教行信証」にもとづく。
このなかに出てくる言葉は漢字で難しいが、ほんの一、二例を上げても、好きな言葉、魅力ある言葉にゆきあたる。無碍(むげ)=有形無形の一切にさえぎられないこと。清浄(しょうじょう)、安楽(みほとけの浄土)、涅槃(ねはん)=悟りを開いた境地。このような経文や教えの中の言葉は他の宗教も同様で、そこに登場する言葉は人を引きつける。
例えば聖書を見れば、祝福、愛、天の星、贈り物、などの言葉がそれである。
◇こういう言葉と正反対に響くのが政治家の演説や文章である。賛成、反対、解明、信任、不信任、整合性、分裂、戦術、造反、断固、批判、交渉、責任、規制、回避、争点、会談、統一。とにかく信じてよいのか、どうか、政治家の言葉は当意即妙なところがあり、それにも拘わらず、国は政治家によって経営され、人は政治家を「先生」呼ばわりをする。
◇ところで、ぼくは、日本語を大切にし、日本に生まれ、生きていることを嬉しく、誇りに思うので、ときどき万葉集を読んだり、先輩の秀れた詩や短歌、俳句を学ぶ。
「万葉集」巻一、雑歌の部に、息長(おきなが)足日広額(たらしひひろぬか)の天皇(すめらみこと)の長歌が出ている。
「天皇、香具山に登りて望国(くにみ)したまふ時の御製歌(おみうた)」。
「大和には群山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国そ 蜻蛉(あきづ)島 大和の国は」。
作者は雄略につづく舒明天皇とされる。
香具山は大和(奈良)の東方にあり、天から降ってきた山と伝えられ、宮廷や地方の人々が神聖な場所として仰いできた。
歌の意味は、大和には山が幾つもあるが、とりわけ天の香具山は草木が美しく生い茂って山をとり装っている。この香具山に登って国を見れば国は民の炊事の煙が立ち、海にはかもめが立ち舞い、とても素敵である。この国こそ、あきづ島、大和(日本)であることよ。
日本の国を統一した大和政権を賛美する歌であるが、「国原は煙立ち立つ 海原は鴎立ち立つ」のおおらかな、韻を含む、ある種の気負いも感じられて、とても好きな歌である。
このほか、古事記には「やまとは 国のまほろば たたなづく青垣 山こもれる やまとしうるはし」と日本をたたえている。大和(やまと)は日本の中心(まほろば)にあり、山のたたなづく(山重畳)さまは、まるで青垣で囲まれているようで、美しい国である、という誇りの歌ともいえよう。
◇いまのマスコミや世相は、日本を悪しざまにいうが、日本の美、誇りを自覚することを忘れてはなるまい。【押谷盛利】
2008年05月12日 15:24 | パーマリンク
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