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MOHの教え(見聞録)

 長浜市川道町の「新江州」の前社長で、現会長の森建司氏が執筆した小説がコスモス文学のシニア部門で新人賞を受賞したというので、本社に伺ってお話を聞いた。
 同氏は長浜北高で文芸部に所属し、機関誌「道芝」の中で小説を執筆するなど文学に興味を抱いていたが、高卒後は仕事に没頭。社長職を引退した5年前からようやく、作家活動に乗り出したという。
 当面、自身の経験を踏まえ、経済小説に打ち込みたいとのことだが、環境問題にも幅広い知識を持つ同氏だけに、その創作の幅が楽しみ。
◇取材中、何度か話が脱線し、現在の社会のあり方について話が及んだ。
 森氏はNPO活動も盛んに行い、その中で「MOH」活動なるものに取り組んでいる。
 Mは「もったいない」。人は動物、植物など地球の自然の生命を頂いて生かされているのだから、その与えられた命を有意義に使わなければもったいない、という意味。
 Oは「おかげさま」。人間は一人では生きられない。環境によって生かされていることを認識し、常に感謝の心を。
 Hは「ほどほどに」。欲はほどほどに。足るを知れ、ということ。
 同氏は「カネがあれば何でもできる」といった金儲け一辺倒の経済成長至上主義では、いずれ社会は崩壊すると、MOHの心を説いている。
 特に「もったいない」の心は、物を大切にしましょう、自然を大切にしましょう、といった物理的思想にとどまらず、仏教的見地にも及ぶ。せっかく与えられたこの命が、地球という大自然の中で「生かされている」ということを認識し、有意義に使わなければもったいない、と。
◇格言に「起きて半畳、寝て一畳、天下取っても二合半」というのがある。いくら大きな屋敷に住んでいても、人間一人が占める空間は立っていれば畳半分、寝ていても畳一枚程度。例え天下をとったところで、ご飯を2合半も食べれば満腹になるという意味で、「満足を知ることが大切」「過度の贅沢を控えよ」と説いた禅の教え。
 今週の月曜、曹洞宗の本山・永平寺を訪れた。高速道路で長浜から2時間の距離。
 受付で説明を受けた際に、「起きて半畳―」の言葉を紹介された。ここでは100人を超える若い僧が修行に励んでいる。単(たん)と呼ばれるわずか一畳の空間が与えられ、そこで睡眠、食事、座禅を行う。永平寺では生活すべてが修行で、食事を作るのも食べるのも、入浴、排泄、睡眠も修行で、要は、苦楽を含め人生そのものが修行だと、説く。
◇森氏の掲げる「MOH」の思想や、永平寺の教えに触れると、最近流行りの硫化水素自殺なんかは、「生かされている」ことにも気付かない、もったいない限りの話である。

2008年05月09日 16:40 |


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