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2008年05月31日

天の戒めと思いたい

 不景気風が吹いている、というのに、ちまたでは押し寄せる物価上昇に悲鳴の声を聞くようになった。
 国民の足となっている車にとって頭の痛いのはガソリンの値上げである。
 国連食糧農業機関(FAO)が20日発表した今後10年間の農産物価格は、憂うべき上げ潮基調といっていい。
 一体、どれくらいの上昇率と推定しているのだろうか。過去10年(98~07)に比べると今後10年(08~17)の上昇率は、小麦43%、コメ34%、牛肉、豚肉20%、砂糖30%、バター60%以上、植物油80%。
 食料は生活の基本だから、その価格が大幅に上がれば台所を直撃するから家計への赤信号となることは必定。
◇国連の10年間予測より一足早く、日本では静かな値上げの波が家計を圧迫しつつある。
 30日付、朝日の生活欄によると3月以降の食品の主な値上げはバター25円~35円、牛乳1㍑10円、しょうゆ1㍑38円、食パン1斤20円。
 その他、日用品についてもティッシュペーパー、トイレットペーパー、食用品ラップなどの値上げを報じ、関電は7月から電気代月81円、大阪ガスは月157円、日航、全日空は国内線の普通運賃平均9%アップという。
◇カネがあってもモノが足りなければ、人々はモノに殺到して、いきおい、物価は上がる。これが単純なるインフレの理論だが、一口にモノといってもモノによりけりで、食糧などは生命に直結するから一国が飢饉に襲われたり、内戦その他失政などで食糧危機にさらされると暴動の起こる可能性さえある。
 アフリカの食糧危機はそういう意味で世界の関心を引いているが、さて日本はどうだろうか。
 日本で開かれている第4回アフリカ会議で、福田首相は飢餓層の救済や農業振興に支援することを述べている。
 政府はこれまでに1億ドル(約105億円)の食糧援助を表明しているが、途上国の農産物の生産力向上について、さらに支援してゆくことを表明した。
◇今から60年前の日本は敗戦の焼土による物不足と食糧難に苦しみ、配給米だけの貧しい生活で餓死した裁判官があった。皇居へ向かっての「コメ寄こせデモ」が話題をさらった暗い時期があった。
 半世紀をとっくに経過した今、信じられぬ話であるが、多くの人はイモ飯、大根飯、カボチャの蔓の汁をすすって生きた。
◇それやこれやを思うと、今の日本の「モノ」の値上げ情報の如きは国民生活のあり方に関する天の戒めかもしれない。
 テレビ、新聞、雑誌などでは、ダイエットの奨めや、そのための健康食品、健康器具の宣伝が目を引くし、メタボ(太りすぎ)に関する情報が花盛りである。
 ヒマとカネの使い道に困っている人が多いのか、外国旅行の案内も盛んである。
 天の戒めとは何か。なにごともほどほどがよいぞよ。
 このさい、車を減らして徒歩や自転車、電車、バスの利用を。
 買いあさり、食いあさり、飲みあさりをやめ、残飯、食べ残し一掃の習慣を。甘いものを控えめに糖尿予備軍へ入らぬこと。
 そういう天からのお指図と思って、生活のあり姿を反省することが大事なのでは。【押谷盛利】

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2008年05月30日

伊吹山再生に注目(見聞録)

 伊吹山の自然環境を再生しようと、滋賀県の呼びかけで伊吹山再生協議会が設立された。委員には滋賀、岐阜、長浜、米原の行政関係者をはじめ、自然保護団体、学識経験者、採掘業者、そして環境省、文化庁も参加している。
 県では、これまでヨシ群落や内湖など琵琶湖に関する自然再生事業には取り組んできたが、山岳地域では初めての試み。
 伊吹山では西洋タンポポ、ヒメジオンといった外来植物が山頂や登山道に侵入し、伊吹山の固有種であるイブキタンポポ、セイタカタンポポなどを駆逐している。以前は「お花畑」として高山植物が見られた3合目から8合目には、低木林やススキが繁茂し、山頂付近でも外来種に脅かされている。
 外来種の侵入は年間約30万人にのぼる観光客の靴についた種子が原因とみられ、山頂の駐車場や歩道沿いに多く繁殖。また、観光客の踏み荒らしや、ペットのフン害も問題になっている。
◇伊吹山は標高1377㍍。県内最高峰で、日本100名山のひとつ。古くから霊峰とされ、日本武尊が山の神と戦ったという伝説もある。
 湖北、湖東地域、そして反対側の岐阜県でも地域のランドマーク的存在で、それは近隣の学校の校歌にも登場することでうかがえる。
 登山やスキー、パラグライダーなど観光地としても親しまれている。
 そんな、地域のシンボル的存在でありながら、その山容は、鉱石の掘削でいびつな形になり、痛々しい。
◇伊吹山は品質、埋蔵量ともに優れた石灰石鉱山で、近畿、北陸、東海地方へのアクセスの良さから長年、鉱山開発が行われてきた。
 その歴史は1661年まで遡り、当時は石灰石を肥料などに使用していたという。明治期以降、徐々に需要が高まり、戦後の高度経済成長期にはセメントの材料として需要が急増し、山の形が変わるほどの採掘が続いた。
 斜面の一部が水平になるほどの大規模採掘で、現在でも複数の業者が山の中腹や麓で採掘を続けている。
◇さて、再生協議会では山頂のお花畑だけでなく、採掘による景観への影響も課題として取り上げられる。このことは高く評価されよう。
 何より、協議会の委員に採掘企業が参加し、伊吹山の再生を真剣に検討しているのが、嬉しい。
 ただ、気がかりなのは、再生協議会運営や再生計画の策定を、県の「自然環境保全課」が一手に担当しているということ。採掘による景観破壊を課題として取り上げるなら、産業関係の担当課、例えば「新産業振興課」なり、鉱山開発を監督する近畿経済産業局なりの参加があっても良さそうなのだが。
 今後、行政機関の担当課や組織を横断した連携に期待したいし、何より採掘企業がどういう協力姿勢を見せるのか注目したい。
◇20世紀、人類は経済活動ばかりを優先させ、人類を育んできた自然環境を破壊し続けてきた。
 今の伊吹山の山容は、企業や産業の発展と、そこで働く人々を支えてきたあげくの、犠牲者の姿とも見て取れる。
 環境の世紀と言われる21世紀だが、湖北地域のシンボルである伊吹山をどう守り、どう再生させるのか、借景としてその恩恵に浴している長浜や東浅井地域の住民の声も聞きたい。
 なお、協議会は一般公開しているので、誰でも傍聴できる。次回は6月下旬の予定。

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2008年05月29日

大老・井伊直弼と篤姫

 NHKテレビで話題の「篤姫」について書いたが、幕末の動乱期に歴史の裏側で権力に翻弄された哀れな女性といえよう。
 彼女は20歳で13代将軍家定の正室となったが、結婚生活はわずか1年9カ月。家定は34歳で急死している。
 そのころ、歴史の表舞台は彦根藩主・井伊直弼を登場させた。
 13代将軍・徳川家定の没したのは1858年8月14日だが、その2カ月前の6月4日、直弼は大老に就任している。
 しかも彼は、就任2カ月足らずの7月29日に、かの歴史的な「日米修好通商条約」を締結した。
 これまでの日本の鎖国政策に風穴を開けて、日本が世界に目を向ける言わば開国元年ともいえる偉業を残した近世最大の政治家だったが、その2年後の1860年、桜田門外で水戸藩浪士のテロに襲撃され殺害された。45歳だった。このとき、御台所だった篤姫はすでに寡婦となり、天璋院となるが、卑俗に言えば花の盛りの24歳だった。
 この両者、歴史の必然というべきか、権力の争いの悽愴(せいそう)さというべきか、いずれにしても時代の犠牲者には違いない。
◇歴史に「もし」はないが、もし、家定が急死せず、後に世継ぎも生まれない場合、後継問題が浮上すれば、篤姫の意向が強く反映して、島津斉彬や水戸斉昭ら一橋派の推す一橋慶喜が14代将軍になっていたはず。そうなっていれば家定急死後、紀州藩主から迎えられた家茂将軍は存在しなかったかもしれぬし、家茂を迎えた井伊の手腕が水戸浪士のうらみを買うこともなかった。
◇ところで、井伊直弼が勅許をまたず、アメリカと通商条約を締結して、今年は150年目に当たる。
 井伊藩の地元である彦根市がこの6月から2年間、平成22年3月まで「井伊直弼と開国150年祭」を開催するが、時を得た好企画としてその成功を祈りたい。
 彦根は戦後、歴史的評価の変遷で脚光を浴びるようになった。さきに、舟橋聖一の「花の生涯」で、井伊直弼の人間評価が親しみをもって国民に迎えられた。
 これまでの彦根は、歴史的には家康譜代の大名として、その赤兜と彦根城が売りであったが、政治的大事件である「日米条約」と開国には触れず、体制反対派を粛正した「安政の大獄」を強調した感が深かった。いわば朝敵というイメージを押しつける傾向があり、それが戦前の日本の歴史の主流であった。
◇歴史は政治的、社会的現象を問わず、それを記録し、価値づけるのは人間を介してであり、事実は一つといっても、その見方、評価は必ずしも一定不変ではない。
 例えば、去る5月27日は、かつては海軍記念日だった。明治38年、日本海海戦で、東郷元師の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を破った海戦で、日露戦争の勝因でもあった。
 しかし、太平洋戦争の敗戦で、評価は変わり、記念日もなくなり、東郷元師も知らぬ人が増えてきた。
◇井伊直弼はこの逆で、戦前は皇国史観が強く、右翼や軍国主義の影響もあって、歴史の表面で高い評価を受けなかったが、戦後、日米同盟など、安全保障上ばかりでなく、外交、交易で親密度を増すアメリカ外交を考えるとき、150年前の直弼の条約締結の英断がいかに重いものであったかを痛感させられる。
 この「日米修好通商条約」は1858年に締結されたが、公使の交換、江戸、大阪の開市、自由貿易。下田、箱根のほか横浜、長崎、新潟、神戸の開港、外国人居留地の設定など画期的なものだった。攘夷派や勤王派が京都の公家を動かし、極めて困難な政治情勢だった。もし開国しなかったら、外国の武力による屈辱的事態を招いたかもしれぬ。彦根藩のみならず、県民は誇りをもって井伊大老の手腕と功績を評価すべきであろう。【押谷盛利】

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2008年05月28日

世継づくりの下司な話

 日曜日の夜のNHKテレビは、今、佳境にある。
 結婚した篤姫が御台(みだい)さまとなり、薩摩藩の後押しで後継者の誕生を期待される。
 今の若い衆は結婚式後、新婚旅行に旅立つが、駅頭で見送る友人たちが「がんばってこいよ」と声援の声を張り上げる。何をがんばれというのか、お互いににたにた笑うが、将軍の正室となった篤姫にもそれと似た声援がある。
 しかし、こればかりは当事者能力の問題もあり、寝室の秘めごとにはお側女(そばめ)もノータッチだから、側ははらはらするばかり。
◇江戸城の大奥はわれわれ国民のあずかり知らぬ世界だが、何千人もの女性(にょしょう)が住んでいたというから文字通りの女護(にょご)が島である。
 ある日、伝令が入って、今夜は将軍が正室を訪れるという。
 将軍は公方(くぼう)と尊称されるが、当夜は多くの茶坊主や女官らを従えて大奥入りをする。あらかじめ用意された寝室へそろりそろりと足を運ぶ。その歩みは一種の行列で、「おなりー」の声を繰り返し響かせながら公方さんは寝室へ入る。
 その次に正室の篤姫が白い装束で、これまた側(そば)に仕える女性たちにかしづかれつつ、寝室へ入る。
◇白い装束はありていに言えば寝間着(ねまき)であるが、葬式のお棺の装束にも似て、甚だいろけがない。しかし、これは、わけありで、汚れはありません、純潔な清い体です、との「しるし」と思えばよい。
 その辺がやんごとないご仁と、しもじもの世界の違いである。しもじもの寝室での秘めごとは、昔から嫁は赤い湯文字ときまっている。まあ、言葉を分かりやすくすれば腰巻き、裾よけで、パンティーなど無粋なものには縁がない。時代映画でよく出る吉原の遊廓でもそうだが、お女郎衆は、みんな赤い湯文字をつけていた。
 湯文字は腰巻きであり、湯文字と腰まきをミックスして「ゆまき」それがなまって「いまき」ともいった。
 なぜ、赤い湯まきなのか。赤い色が劣情をかき立てるからである。火事の現場では、女性の赤い湯まき(裾よけ)を振ると火勢が弱まるというエッチな伝説がある。これは火を男と見立てた話のなりゆきで、赤い下着に一瞬どぎもを抜かれ、そっちの方に気が走り、燃える力が弱まるというのである。
◇それはともかく、色気のあるなしは論外。将軍と御台所の篤姫が寝室で顔を合わすが、衝立(ついたて)を境に隣りの部屋に茶坊主や世話係の女房(にょうぼう―女官)が寝ずの番をする。
 こんなおかしな環境で、子作りに励めと期待されるご本人たちも気が気でなかろうが、動きや声に耳を澄ましている隣室の当番さんも難儀なお役というべきだろう。
◇先週と先々週のこの寝室の場面を見ると、かわいそうなのは篤姫である。「上様(うえさま)」と彼女はすがるように対座するが、肝心の公方さんはねっからその気にはならず「何か面白い話をきかせろ」とか、「疲れた。わしは寝るぞ」と一人、勝手に布団の中へ入ってしまう。お世(よ)継ぎを、と側が心を砕くが、うつけ者か変わり者か、彼女に手をつけなければ交合はなり立たない。
 まさかピンチ・ヒッターを立てるわけにもゆかぬし、かといって、今と時代が違うから人工受精の手もない。
 篤姫さま、これからどんな奥さんぶりを見せてくれるのか、世の女性たちは、はらはらして成りゆきを見守るであろうが、ほんまにほんとの話だろうか。
 動物も鳥たちも爬虫類も、いや、魚たちですら繁殖期はあり、子育てもする。キン抜きをしない限り、男が女を求めぬということはあり得ない、と思うから、このストーリーの先々のご世継ぎづくりが興味しんしんという下司(げす)なお話一巻の終わり。【押谷盛利】

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2008年05月27日

携帯電話の持たせ方(見聞録)

 政府の教育再生懇談会が26日、第1次報告を福田首相に提出した。携帯電話は、必要のない限り小中学生に持たせないよう、保護者や学校、関係者に協力を求めているのが出色だ。
 また、携帯電話を持つ場合は、機能を通話などに限定し、携帯電話会社に対しては通話やGPS(全地球測位システム)機能に限定した機種の開発と普及を促している。
◇日々の生活に必要不可欠な存在となった携帯電話だが、子ども達の間ではインターネットの「出会い系サイト」「学校裏サイト」「自己紹介サイト」などを介した売春、いじめ、暴行事件などが相次いでいる。
 例えばインターネットという仮想世界の掲示板での言い争いが、現実の暴力事件に発展したり、いじめの書き込みが登校拒否を誘発したり。
 特に、出会い系サイトを悪用した犯罪には未成年者の売春などが多いが、大人だって被害者になることが少なくない。
 今月、大津市の寺院で22歳の女性の遺体が見つかった事件では、女性が携帯電話のサイトの掲示板で複数の男性とやりとりしていたことが判明し、捜査本部が関心を寄せている。
◇さて、教育現場はどう対処しているのだろうか。
 長浜市教委では、生徒が小中学校に携帯電話を持ち込むのを原則禁止とし、何らかの理由で持ち込む際は電源を切るように指導している。
 しかし、親が子どもに携帯電話を持たせることには口を出すことはできず、有害サイトにアクセスさせないよう啓発するにとどまっている。
◇内閣府の昨年3月の調査では、携帯電話を介してインターネットを利用しているのは小学生27・0%、中学生56・3%、高校生は95・5%。こんなにも子ども達の間で普及しているのは、メール、カメラ、インターネットなど便利な機能がついているからである。
 親にとっては、いつでも子どもの安否を確認できる安心アイテムだし、携帯電話がないと、子どもが仲間はずれにされるかもしれないという思いもあるだろう。
◇「小中学生に持たせるな」という主張は、一見、横暴だが、その方向性は間違ってはいまい。携帯電話を介したインターネットの世界で、子ども達が無防備でいるならば、一定の規制はやむを得ない。
 ポイントは、社会的に未熟な子ども達が、「便利すぎる」機械を手に入れ、保護者の目の届かないところで好き勝手している現実をどう変えるのか。どのような形なら携帯電話を持たせても良いのか、という議論が大切だろう。
 有害サイトの取り締まり、機能限定機の開発、政府による法規制が進展するのかは未知数だ。
 なら、家庭内でのルール作りを徹底させ、子どもの利用状況をしっかり管理するのが、携帯電話を持たせる保護者の責務だろう。自身の子どもが被害者になるだけでなく、加害者となる可能性もあるのだから。

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2008年05月26日

忖度いろいろご臨終

 相手の気持ちをおもんばかる心、それを忖度(そんたく)という。おしはかる心と言ってもいい。いま問題の「後期高齢者医療制度」が問われているのは、75歳以上を切って、別扱いとし、保険税を天引きする制度に、どことなく、厄介者扱いの感じがするからだ。
 人間は「ひがみ根性」を持つなと言われても自分の弱みや欠陥に触れられると、つい、ひがんでしまう。
 例えば、加齢してゆけば、十人が十人老化する。「私は老人ではない」と心で思いつつ、若返っているつもりでも面と向かって「老人」だの「年寄り」だのと言われるとあまり嬉しくない。孫が言うからかわいいが、他人から「おばあさん」と言われれば、一瞬だれのことかいな、ときょろきょろしたくなる。
◇ぼくは、若いころ、会社の下っ端(ぱ)の事務手伝いに就いたことがある。そのころの職制は傭員、雇員、社員といい、傭員には守衛や事務所の小使い、給仕に多かった。ある日、課長が、ぼくの方を見ながら「給仕さん」というではないか。ぼくは、この言葉に馴染みがなかったから、なにを言っているのだろう、と聞き逃していたが、再び「給仕さん」と声を掛けてきたので、ああ、ぼくを呼んでいるのだな、と気がつき、あわてて課長の席へ行き、用件を聞いたことがある。この時の不愉快な気分は今も頭にこびりついている。
◇それと似た話を子供のころ、父から聞いたことがある、小学校の用務員をそのころは「小使い」と呼んでいた。生徒たちは「小使いさん」とさんづけしていた。この方は、ぼくの遠い親戚に当たるお年寄りで、父は「小使いさん」なんて、言ってはいかん、とぼくをたしなめた。以来、学校でもそういう言い方はしなくなったが、聞く側ではいい気持ちがしないのは当然であろう。
◇言葉づかいについては、日本語には敬語があり、忌み言葉や換え言葉もあって、いわゆる他を忖度(そんたく)する心がゆたかである。
 言葉は人を救い、奮起もさせるが、反対に傷つけることもある。子供仲間の「いじめ」にしたって、その子が苦にしている身体的欠陥などを悪口のように言うのは暴力に準じるいじめといってよい。
◇昔の軍隊では、飯当番が漬け物などを付ける場合、三切れを嫌った。三(み)は身に通じ身切れを忌み言葉とした。切られたり、鉄砲の弾でのケガや死を恐れたかである。
 昔の皇居には後宮といって女官が多く仕えて、女房(にょうぼう)言葉が使われていた。例えば醤油のことを「むらさき」と言った。土産は「おみや」、焼き餅は「おやき」、竹の子は「たけ」、松茸は「まつ」、饅頭は「まん」か、「おまん」、わらじは「わら」、こんにゃくは「にやく」、ちまきは「まき」、浅漬は「あさあさ」、煎り豆は「いりいり」、数の子は「かずかず」、するめは「するする」、いかは「いもじ」、鯉は「こもじ」、鮨は「すもじ」、海苔(のり)は「のもじ」、えびは「かがみもの」、素麺は「しらいと」、鯛は「おひら」、豆腐は「おかべ」「しろもの」、水は「おひや」。
◇銀杏(ぎんなん)は「いちょう」と言い、公孫樹とも書く。孫の代になって、実が生(な)るから、こう書く。
 宴会でも、めでたい席の閉会の挨拶は「おひらき」という。あるいは「中締め」などといって、ごかます。中ごろ、つまり宴たけなわを締めるということだから、一層盛り上がらねばならぬが、事実は「これで、おひらき」ですよ、の意味。
 死者の最期の脈をとるときの医師の表情と言葉は、何とも言えぬ暗い重い響きがある。「ご臨終です」。そのあとは家族の泣きの涙とあわてふためきである。冷酷無情の響きであるが、あれ以外に適当な言葉はない。【押谷盛利】

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2008年05月23日

藤岡幸夫氏の願い(見聞録)

 昨22日、びわのリュートプラザでの関西フィルハーモニー管弦楽団(関フィル)の「リラックス・コンサート」を聴いた。
 9月6日の市民会館での本公演を前にしたプレイベントで、フルート、ハープに加え、ファゴットと呼ばれる木管楽器の計3人が出演。正指揮者・藤岡幸夫氏と事務局長・西濱秀樹氏が軽快なトークを交えながら、奏者や曲目を紹介した。
 ハープ演奏体験やファゴットの解体ショーなど、来場者を楽しませる演出があり、それでいて、「アヴェ・マリア」「アルルの女」「リベルタンゴ」など、どこかで聴いたことのある曲や、NHK朝の連ドラの主題歌を披露。日本民謡を取り入れたハープ演奏曲も興味深かった。
◇敷居が高いうえ、聴いていたら眠くなる―と、誤解されがちなクラシック音楽の裾野を広げるため、関フィルは藤岡氏を先頭に、積極的に地方公演を行い、地域の音楽活動を活性化させている。
 関フィルは1970年、阪神地域の若手奏者ら25人で「ヴィエール室内合奏団」として発足。82年に現在の関フィルに改称し、03年からNPO法人として活動している。
 大阪では複数のプロ・オーケストラが活躍しているが、関フィルは他と違って滋賀に馴染みが深い。というのは、毎年のように長浜、野洲、高島などで「リラックス・コンサート」と銘打った演奏会を開催しているからだ。
◇地方都市の宿命だろうか、どうしても芸術に触れる機会が限られてしまう。クラシック音楽もそうで、都市部では毎週末、どこかのホールで演奏会が開かれているが、地方は年に数回。
 関フィルは地方で精力的に公演を続けている。特に滋賀公演が盛んになったのは、新鋭・藤岡氏が正指揮者に就任した2000年以降。
 藤岡氏はクラシック音楽に付きまとう固いイメージを払拭するため、演奏の間にトークを交えたり、来場者が参加できる企画、学団員によるプレ公演の開催など、普段クラシック音楽を聴かない人にも楽しんでもらえるように工夫している。
 聴かせっぱなしの演奏会でなく、地元住民とのコミュニケーションを大切にしているわけだ。
◇長浜市民会館での「リラックス・コンサート」は9月の公演で6回目を迎えるが、過去5回はすべてチケットを完売している。
 初開催時のエピソードがある。藤岡氏が会場の市民会館を下見に訪れた際、反響板がないことを指摘すると、同館の職員が公演までに手作りしてくれたという。藤岡氏はホール側の意気込みに感動したと、後日振り返っている。
◇昨晩のコンサートは前売り2000円という価格設定。公演の構成を含め、クラシック音楽への敷居を低くしようとの配慮がみられる。
 次回の関フィルのプレ公演は7月30日の浅井文化ホール。金管楽器奏者11人による舞台。浴衣姿での来場者には特製ステッカーなどをプレゼントするという。

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2008年05月22日

有機農業と英国皇太子

 イギリスのチャールズ皇太子が有機農業の実践家であることを知って、その環境と食生活に関する叡智に感銘したことについて、紹介しておく。
 これを知ったのは、今から10年前の1998年に出版したアメリカの女性ジャーナリスト、ニコルズ・フォックス著「食品汚染がヒトを襲う」による。
 この本の第11章に「菜食主義か、無汚染食品の探求か」の中に、チャールズ皇太子の演説の一部が引用されている。
 演説は1996年、土壌協会創立50年記念集会で行われた。この協会は自然と農業に関心の深い学者・イヴ・バルフォアによって設立されたもので、この日の記念講話に皇太子が演壇に立たれること自体も素敵だが、その内容が食の安全と農業のあり方に触れるものであることを知り、驚きと畏敬の念を新たにしたことである。演説の引用部分を分かり易く解説的に述べれば次のようになる。
 「今日のわれわれは、農耕という古来からの伝統的、歴史的作業から機械と科学の導入による産業システムにとってかわられた。農業の専門化と集中強化のあと、農地になにが起こったか、いろいろなマイナスの証拠をまのあたりに見ることになった。動物を機械のように扱った結果がいかなるものであるか。それはより大きな効率の追求であるとともに、さらには、その動物たちのエネルギー源とするために、全く適切でない代替燃料=リサイクルされた動物性タンパク質=を使用するという実験でもある(結果が破滅的なことはわれわれの知るとおりである)。
 農民は限定された一連の目標と、それを達成しようとする気にならせた動機を与えられた。
 つまり、環境に対する責任を抜きにした経済性の高い運営、食品の品質と健康を考慮しない最大限の生産、動物の福祉に配慮しない集約化、生物学的、ならびに文化的多様性の維持を考えない単一化。その結果、安い食品が大量に生産されるようになったが、目標をみごとに達成したからといって、いまわれわれは農民を非難することはできない」。
◇このチャールズ皇太子の演説は、今日の農業のあり方と、国民の食生活に関する安全性に危機感を示したものだが、ぼくは、この本の題名である「食品汚染がヒトを襲う」の意味を深く探求し、わが同胞・日本人の反省を促したいと思う。
 著者はいう。われわれが生きるために食べものを集めたり、育てたり、捕まえたりしなければならなかった時代には、食物に対するわれわれの関係は直接的なものであった。生き延びることは食物を知ること―いつが旬か、どこで見つけられるか、どのように貯蔵し、保存すればよいか、どのように手を加えて食べられるようになり、安全になるかを知ることだった。つい最近まで、安全は個人の責任だった。われわれは、共同体を、村を、町をつくっていくにつれて、食物を育てることや集めることを次第に専門家―農民と採集民―に任せるようになり、われわれと食物の関係は隔たるようになってきた。いまや、大量生産者、大量加工者、大量流通者たちがとって代わり、われわれは食物から完全に引き離された。事実上、生産のすべてを、調理の大半を、他人にやらせるようになり、多くの人は料理することを道楽のように、そして週末にすることにしてしまった。
 人々が食物とつながっていないことと、食品が豊富で種類が多いこととあいまって、われわれはともすれば、食物が安全で健全で、信頼できるものと錯覚するようになった。そして、いまその代償を払いつつある。
 病原性大腸菌O―157、狂牛病、ヤコブ病、鳥インフル病、激増する食中毒。工業化した食品産業のもたらす環境汚染と人間の不健康を自分のものとして見つめ直さねばならぬ。それが賢明な消費者である。【押谷盛利】

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2008年05月21日

渡辺淳一の「熟年革命」

 作家の渡辺淳一さんが「鈍感力」に続いて、「熟年革命」を著し、ちょっとした話題になっている。
 渡辺さんの小説は、男女の愛をテーマにしたものが多く、本人が医師出身だけに人間の肉体的構造や精神の機微にふれるところに一種の権威のようなものが感じられて女性読者に人気があるようだ。
 「熟年革命」はタイトルが目を引くし、宣伝用の本のカバーが読者を挑発するかのようである。
 念のため、本のカバーの文言を紹介すると、表面は「もっと輝く 自分のために 年甲斐のない 不良(ワル)になろう!」裏面は「プラチナ世代の誓い」の見出しで「われわれは世間体にこだわらず 常に好奇心いっぱいに 好きなものを追いかけ 相手と自分を誉めて お洒落で素敵な ワルになることを誓います」とある。
 ドキッとするような謳い文句で、興味しんしんとさせるが、内容は至って常識的で、こと新しいことに触れているわけではない。ただ、一読して感心したことは、小説の世界ならいざ知らず、一作家が見識も持って堂々と熟年世代に不良(ワル)になりなさいと主張している点である。
◇「ワルになれ」とは意味深長であり、解釈にも幅があろうが、本文の中ではうまく核心を解(ほぐ)して、むしろ文科省の大臣がお奨めしてもいいほどの優等生の夫婦観などが手際よく説かれている。
◇著者は、日本の老人の生きるべき姿に革命的変化を求めているが、それは、分かり易くいえばヨーロッパやアメリカの老人のように、老いても美しく装い、お洒落で明るく暮らすこと。家にこもらずもっと外へ出て、自由に勝手気ままに自分の時間を楽しむがよい、という勧告ととらえてよい。
 そこで、先ず、言葉ありきで、著者は「シルバー」といった呼び名でひと括(くく)りすることをやめて、気分一新「プラチナ世代」と呼びましょうと訴える。ゴールドほど派手でなく、シルバーほど地味でもなく、ケバケバしくはないが、底光りする世代である、という。
 つまり、長い人生を生きてきて、その体験を基に心に深い輝きを秘めているからこそ「プラチナ」にふさわしいというわけ。
◇世間体などにこだわらず、好きなものを追いかけ、相手と自分を誉めて、お洒落で素敵なワルになる。これを生きていくうえの原点とするがよい。年相応に老いるなど、だれでも出来るつまらないことだ。それよりも年甲斐のない人になってほしいという。
 80歳のおばあさんが真赤なドレスを着ていると「年甲斐もない」と笑われる。70歳のおじいさんが若い女のコを好きになったら「年甲斐もない」と子供やまわりの人から止められる。
 この「年甲斐もない」は、一体だれが決めるのか。それは「世間」である。日本人は世間体さえ守っていれば安心である。みな地味な格好をしているからそうしよう、誰かが亡くなったとき、あの人はお通夜に行くかどうか、香典はどうするか、隣がああしたからこちらもこうしよう、という。これが世間体。
 日本人はこのような横並び価値観に慣らされているが、われわれは隣のために生きているのではなく、自分のために生きているのであって、世間に合わせることばかり考えていると、いつしか個性を失い、自分を見失ってしまう。
◇年甲斐もなく生きるためには年齢を忘れること。定年後は、他人に迷惑さえかけなければ自分らしい生き方に徹するがよい。

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2008年05月20日

嘉田知事の離婚に思う(見聞録)

 先週、嘉田由紀子知事(57)が35年間連れ添った夫と離婚した。その数日前には次男の結婚式があったばかり。家族は幸せに包まれていたとばかり思っていたので、驚くと同時に、「熟年離婚」という風潮が現職女性知事にまで波及したかと思うと、何ともやり切れない気持ち。
 夫は横浜国立大学教授の嘉田良平氏(59)。政治に関わるべきではないとの思いが強く、知事選への立候補直後から2人の溝が深まっていたという。
 12日に離婚届を出した嘉田知事は翌日「県民の皆さまへ」と題したコメントを発表した。
 冒頭、「35年間連れ添った夫とそれぞれの道を歩む決意をし、離婚届を提出しました。プライベートなことですが、県民の皆さんの負託を受けた知事として、皆さんにお知らせさせていただきます」とあいさつ。
 「知事選挙に出ることを決意した時点から、私は大好きな滋賀県・琵琶湖と結婚する覚悟でした(中略)お互いの人生を悔いのないものにするためには、このたび、2人の子どもが独立した、という機会もあり、このようにさせていただきました(中略)この離婚は、前向きに、お互いの人生を考えて、より良い選択だと納得した結果です」と経過を報告した。
 最後は「これを機に、さらに、知事としての責任をはたすため、全身全霊をこめて、滋賀と琵琶湖の未来のために仕事をしていく覚悟です」と締めくくった。
◇長年連れ添った夫婦が子どもの独立と同時に、その絆を解消するというのは、熟年離婚の典型。今回のケースは「性格の不一致」や「DV(家庭内暴力)」といった最近ありがちな理由ではなく、「発展的解消」との前向きなイメージを受けるが、結局のところは、夫婦しか分からない事情があるのだろう。
◇お隣、中国の上海でもここ数年、離婚が急増。統計によると、06年度、16万2000組が入籍したが、離婚も3万7000組にのぼったと、現地の新聞が報じている。
 相次ぐ離婚を防げと、介入に走った政府は「離婚仲裁工作室」なるものを設立。
 衝動的で短絡的な離婚希望者を説得し、別れを回避させるのが目的で、担当の受付職員は、夫婦が離婚手続に来た場合、深く考えた後の決断であるかを注意深く観察し、仲裁する必要があると判断した場合、工作室に出番を依頼するというわけ。
 互いに「穏やかに話し合う」意志がある場合、仲裁の成功率は高く、半数以上で成功しているという。
◇離婚の増加は「性格の不一致」に代表される個人主義の浸透に加え、女性の経済的自立が背景にある。
 熟年離婚は、子どもの独立で夫婦の共通課題が無くなったことによる使命感喪失から来るのだろうか。
 いずれにせよ離婚をタブー視しない社会的変化の強まりだが、賛否両論はあるだろう。
 誰かの親切な介入によって短絡的な離婚を回避できるのなら、上海のような「工作」も歓迎されようが、一度割れた器はなかなか元へは戻らない。

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2008年05月19日

此岸から彼岸への旅

 この世は此岸、あの世は彼岸。昔の人は、言葉を上手に編み、上手に使う。此岸は迷いの世界、苦の娑婆であり、彼岸は悟りの世、涅槃(ねはん)にたとえることが出来る。
 さらに言えば此岸は地獄、彼岸は極楽であろう。
 なんで、この世が地獄なんや。毎日、うまいもんを食べ、好きなことをして、たまには旅行もし、恋人とデートもし、と顔をしかめる人もいるだろうが、どう考えても極楽には程遠い。
 今の瞬間を一時的に取り上げれば、なにもいうことはない、幸せ、いっぱいと思うかもしれないが、さきごろの中国の大地震のように、あっという間に建物の下敷きになって何万人の人が命を落とすこともあり、明日の運命は未知数である。
 日本でも神戸震災は記憶に新しいし、関東大震災も85年前のことである。
 災害は地震だけではない。台風による風水害、雷、雪、冷夏。文明の進歩で自然を征服したつもりの人間が、大自然の猛威に、いかに手も足も出ないかは、ごく最近のミャンマー、中国の不幸を見れば分かる。
◇人間の地獄は災害によるものだけではない。
 人間が人間を殺す最大のスケールは戦争であり、人は昔から神仏に帰依し、愛を説くが過去を振り返れば戦の歴史である。宗教の戦、民族の戦、国家間の戦がそれである。一つの独立した国家にあっても、人権を無視して、権力者が血なまぐさい強権支配を展開する。独裁国家は今も問答無用に批判者を殺し続ける。
◇災害や戦が無くても人間は自らの心の中に鬼を住まわせ、地獄の苦しみから逃れられない。心の中の鬼は、人さまざまで、いろんな形で自らを苦しめる。その一つが欲である。欲は本質的には生きるために神が与えたものであるが、それが度を越したり、変質したり、他人との競合が葛藤を招くことがある。欲がひどくなると、自制心を失って他人のものに手をかけたり、法を犯したりしがちである。男女の愛が妬心の始まりで、それが悲劇の因となるケースは物語りや小説のテーマのみならず、日々の暗いニュースにも登場する。
 その他、職場、学校、家庭。人は必ずしも安穏の生活、ルンルン気分を満喫しているとは限らない。心に陰があり、欝心が募るとき赤鬼、青鬼、もろもろの鬼に苦しむことになる。
◇聖人、君子、生き仏のような人でも苦から無縁というわけにはゆかぬ。
 人は必ず加齢し、肉体的に衰えてゆく。精神的にも若さを失ってゆく。肉体の衰えは行動に表れるし、手足の力の弱みが人の助けを得なければならなくなる。そのことはあらゆる万物の宿命であるが、それに伴う病魔との戦いである。
 加齢の結果、90歳、100歳の長寿を健康で祝える人は最高の幸せだが、病気がちで、身寄りもなく、寂しく老後を送る人は、本気ではなくともつい「早く参らせてほしい」とのつぶやきが出る。早く参らせてほしいという願望は此岸におさらばして、彼岸に行きたいとの思いである。つまり、生きているいまが地獄なのである。
◇古来、多くの宗教家が苦しみに苦しんだ末、一人でも多くの人をこの世で生きている今を救いたいと発願され、教えを完成された。したがって、乱世とか末世とか、人の世の地獄が叫ばれる世ほど、人は宗教に安らぎと救いを求め、先導の師にすがろうとする。
 結局、人間はいかに物質的に豊かになり、生活環境に恵まれても、心の闇から解放され、自らの中の鬼を払うには神仏にすがるよりほかはない。そう思うようになる。つまり、神さまに助けてもらおうとするのである。ただ凡夫は神さまになかなか会えないのであるが…。【押谷盛利】

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2008年05月17日

親の教えと牛の尻がい

 自分のことは自分でせよ。自分らのことは自分らで…。といった意味で「尻は自分で拭くもの」を書いたが、多くの反響を頂いた。そのなかで、Aさんから「尻」はいかにも品がない。もっといい表現がないものか、との指摘を受けた。
 言われればその通りだが、日本語としては決して品がないどころか、尻を使った言葉がたくさんある。
 頭と尻は対局を意味し、イロハカルタの「頭隠して尻隠さず」のように馴染まれてもいる。
 5月は田植期で、水が生命である。田に水を注ぐところが、水口(みなくち)であり、水の出るところを尻水戸(しりみど)という。
 尻と同じ言葉を探せば「けつ」がある。けつは穴と書く。しかし品から言えば「けつ」の方が一枚落ちる。
 水汲みに使う容れ物を馬穴(ばけつ)という。以前はブリキ製だったが、今はポリエチレン製が主である。なぜ水の容器が馬穴なのか、と不審に思う人が多いのではないか。これは外来語のバケットによるもので、これがバケツになった。
 江戸時代以降の荷馬車もそうだが、戦時中の陸軍の騎兵隊や野砲隊は馬を兵器同様に利用した。馬は大量の水を呑むので、休憩ごとに水を手配せねばならぬが、そのさい用いる手ごろな水桶がいわゆるバケットで、丈夫な分厚い布で出来ていた。軽くて畳めて、持ち運びが至便だから、昔の消防ポンプには必ず付いていた。
◇いまは年寄りが動けなくなると老人施設へ入れるのが普通となったが、半世紀以上も前はほとんどの家庭で息子や娘、嫁が面倒をみた。介護のうち一番頭を痛めたのが排泄のことで、世話をされる側はとことん、我慢して自分のことは自分でしようとする。しかし病気が重篤となると最後は世話を受けねばならぬ。だから親は早くから「動けなくなったらししばばは頼むぜよ」とわが子に言ったものだ。
 いわゆる「尻」の世話である。本来は自分ですべき処理であるが、体がいうことをきかないから、赤ちゃん並みに家族の世話を受けねばならぬ。
 しかし、これは昔むかしの大昔からの順送りだからだれもが「おっかあ、心配せんでええ」とこれまでの日本社会は施設などは思いもよらなかった。
◇親の尻を拭かないどころか、かわいいわが子を虐待する若い親が増えつつあるというから、世も末である。なさけない話で泣くにも泣けぬ悲惨さである。
◇なぜ、このような怖い鬼のような話が出てくるのだろうか。
 人間が動物以下になり下がったというべきか。鴉や犬、猫の子育てを見るがよい。涙ぐましいばかりのかわいがりようである。子育てをする慈愛は万物に与えたまうた神さまの尊いみこころであるが、それを万物の霊長である人間が踏み潰してゆくのであるから、人間放棄である。鬼のような親の将来も案じられるが、虐待されて育った子の将来もまた不安な因子を持つのではないか。
◇もう忘れ去られた言葉であるが、言い残しておきたいのでつけ加えておく。「牛の尻がいと親の言うことは外れそうで外れない」。
 尻がいは耕作用や運搬機に使役する牛につける道具の一つ。馬にもつけるが、牛の胸から尻にかけて取りつけ、うまく舵が取れるよう二本の長い柄(え)の先端につけるもの。
 親さまの言うことは長い人生体験から習得した知識、知恵であるから踏み外しがない、という問わず語らずの伝承のようなもの。
 そういう素敵な親を持つわれわれなのに、それに反して子を殺したり、虐待する親。必ず尻が来るにちがいない。【押谷盛利】

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2008年05月16日

オレンジリボン(見聞録)

 ブルー、ピンク、ホワイト、オレンジ―。様々な色のリボンにメッセージを込め、身に付ける「リボン運動」。アメリカで80年代に広がったこの取り組みは、日本では北朝鮮による拉致被害者の救出を願う「ブルーリボン」の登場で、国会議員や支援者が身に付けて注目を集めだした。
 乳がんの早期発見と検診を促すのは「ピンクリボン」。下着メーカーなどが支援して、認知度が高まりつつある。
 このほかにも、社会や家庭からの暴力根絶をめざす「パープルリボン」、妊娠や出産の事故から母子の命を守る「ホワイトリボン」などがある。
 そして、児童虐待の防止を願うのが「オレンジリボン」。2004年に栃木県小山市で起きた児童虐待事件を契機に、翌年から始まった。
 滋賀県でも今年11月に開催する「子どもの虐待防止推進全国フォーラム」への気運を盛り上げるため、オレンジリボンによる啓発キャンペーンを計画している
◇滋賀県は15日、昨年度、子ども家庭相談センターに寄せられた虐待相談件数を発表した。
 相談件数は764件にのぼり、7年前に比べ2・6倍に膨らんでいる。
 専門家は虐待増加の背景に家庭を取り巻く環境の変化があると指摘。虐待者の7割が実母という実態は、核家族化で母親が孤立している現状を物語っている。
 ひと昔前なら、若い母親が子育てに苦労しても、一緒に住んでいる祖父母や実家の両親が助けてくれた。しかし、今の核家族では、働き盛りの父親は子育てを手伝えず、その負担が母親1人にのしかかる。母親は子育てに悩み、誰にも相談できず、ストレスをため、我が子への愛情をゆがめてしまう。
 近所付き合いの希薄化も一因だろう。
 また、一般的に母子家庭や再婚家庭は母親のストレスが大きく、虐待のリスクが高まるという。
◇虐待の最も深刻な側面は「連鎖する」こと。虐待を受けた子どもが親になった時、今度は自分の子どもを虐待する傾向がある。親から十分な愛情を受けて育たないと、自身の子どもにも同じ対応をしてしまうのだ。
◇相次ぐ虐待事件を受け、この4月、児童虐待防止法が改正され、相談センターの権限が拡大された。
 これまでは、虐待情報があればセンターの職員が子どもの安否確認のため、家庭を訪問するが、家人に拒否されれば、お手上げだった。
 法改正により、センターは裁判所の令状を後ろ盾に「臨検」「捜索」が可能になり、現場では、その強権化を歓迎。さらに、虐待の疑いのある家庭を継続的に見守る体制づくりに取り組む方針だ。
◇全国フォーラムの誘致に成功した滋賀県は、当面はオレンジリボンの普及に努め、児童虐待に対する県民の関心を高める。
 若い母親が子育てに悩んでいるようなら、父親は積極的に関わり、夫婦の両親も子育てを手伝おう。母親の孤立化を防ぐため、社会全体が隣近所の子どもに関心を持とう。子育ての基本は家庭と近所だ。

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2008年05月15日

尻は自分で拭くもの

 自立自営という言葉があるが、学校でも教えないし、世間からは忘れ去られてゆく。
 自立とは人の手を借りずに立つこと。独立と思えばよい。自営は自分で経営する意味だが、分かり易くいえば自分のことは自分ですることといえよう。
 いま、なぜ自立自営を問題にするのか。
 やくたいもない今の時勢や当今の日本人の根性のだらしなさにピリッと灸をすえたい思いが募るからである。
 ウンチをした後の尻はだれでも自分で拭く。赤ちゃんや幼児は自分でできないから親が拭いてくれる。
 日本の社会のもろもろの現象や生活の断面を切りとると、当然拭くべき自分の尻を他人に拭かしたり、政府や自治体の役所に拭かせたりする傾向がおびただしい。
 なんで、そんなふうになったのか。いまさら詮索してもせんない話だが、あまりひどいので少しは説明しておいた方がいいだろう。
◇根本は青二才の民主主義の弊害である。日本人は本当の民主主義を知らずに、借りものを得手勝手に解釈して、都合のよいように身に合わしてしまった。
 民主主義の原理は多数決による政治だが、それが機能するために選挙が行われる。
 そこで、有権者に票をもらうため候補者はお上手口をいい、うまい餌を用意する。
 有権者は候補者の弱味につけこむ形で、あれこれと注文をし、無理をいう。
 これが陳情であり、要求である。
 組合の賃上げ交渉や農協の米価値上げ闘争などはまともな叫びでもあるが、長い年月の票取り合戦は、ゆきすぎもいいとこで、ウンチの後の尻も拭きましょう、というレベルのサービス競争をする。
◇もう、何年も前の話だが、老人医療無料化が叫ばれ、一部で実施された。押し寄せる長寿社会が老人医療の社会問題化を招くのは当たり前すぎる話で、今は無料化どころか、保険料を年金から天引きすることにしたではないか。
◇子供が学校へ行くのに、親が弁当を作るのは当たり前の話だが、弁当の中身や親の負担がからんで、市や町が給食しましょうとなって久しい。社会教育の名目で、よいお話やよい音楽、よい絵の鑑賞など、料金をただにしたり、助成したりする。
 川や道が荒れたり、汚れたりしたら、そこの関係住民がきれいにするのではなく、役所が金を出す。
◇体の調子がいいのか、悪いのか。自分で自分の体はおよその判断がつくが、十把一からげに、みんなを検診する。みんなお上(かみ)の金である。
 お腹(なか)の寸法を計りましょう。余計なお世話だが、それがあなたの健康にプラスしますから、と医者や看護師の仕事を増やす。
◇仕事がいやで遊んでいると、失業対策とかの名目で、職業訓練をどうぞという。
 昔は「こじき」といったが、今はホームレス。3日したらやめられんといっているのに、役所仕事は、宿舎を提供したり、食べ物の段取りまでしてくれる。
◇国民も困ったもので、病院で、わめき倒したり、自分が不調法して転んでも、道が悪いの、なんだかんだと役所のせいにする。
 手術の結果がよくない場合、医者の責任だ、と、ほざくだけで、寿命のことや普段の健康管理には目をつむる。
 ろくに子供のしつけもせずに、学校へどなり込む親、給食費を払わぬ親。公営住宅に入っても家賃を払わぬもの。
 おかしな民主主義に政治が加担して、この国を「わや」にしてはご先祖に相すまぬ。【押谷盛利】

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2008年05月14日

太り腹は医者のつれ

 メタボリック・シンドロームなる舌を噛みそうな外来語。学者か官僚が名付け親であろうが、とかく日本語をはみ出した言葉遣いは賛成しかねる。痴呆症も同様だが、認知症なんて、だれがどう考えてもふさわしくない。
 問題のメタボリック・シンドロームは脂肪太り症候群であろうが、今に始まったことではない。
 ぜいたくの出来なかった戦争中でも腹の出た肥満体の人はおり、子供にセメン樽とあだ名された先生もいた。
 人間だけではない。飼い犬だって、たらふく食わせて、十分な運動をさせなかったら哀れなくらいぶく肥えとなる。
◇お腹(なか)の出っ張った人のサイズを計って、「でぶ症候群」ですよ、と、保健指導をする制度が始まった。
 温泉の湯につかって、入ってくる熟年以上の男女を見るがよい。100%とは言わないが、寒気がするほど「でぶでぶ症候群」のオンパレードである。
 「ほっといてくれ、痩せたら美形があやしくなる」とか、「痩せれば貫禄が崩れるわ」といった声が聞こえそうだが、いやはや、この国は太平である。
◇痩せて、尖って、骨と皮のような飢餓線上にあれば隣人も国家も放っておけぬが、太っているからといって、いちいち国がおせっかいをやいていたら国の台所はいくらでもカネが消えていく。
 カネがないから税金を上げねば、と税制の審議を進める政府が、裏へ回るとお大尽のように気前よくカネを散じるのがよく分からない。
◇このところ評判のよくない厚労省だが、この役所の構造的腐敗の因は学者先生や救国の名医に徹底的にせんたくしてもらうより方法がないようである。
 例えば年金や健康保険のカネをつかって、全国に何百という会館やホテル、サンパレスなどの施設を設けたが、結局いづこも経営不振や管理の不採算から二束三文で民間に売り渡す始末。
 なんでもよいから名目が立てばカネを出しましょう、補助もしましょう、と、お役所仕事は、政策を寄りどころにカネをばらまく事業の立案とその法律を整備する。
 各省庁がそのばらまき競争を演じるから無駄なカネが出てゆくし、役所によっては食べ切れず下痢症状を起こしたりして、事業本来に関わりのない職員の遊びや交通費に回ったりする。
◇再び、元へ戻って肥満症候群を考える。
 太って結構じゃないか、と日本人は考えるがよい。今から60年前、戦争に負けた直後は云うに及ばず、それ以前の日本人はみんなカモシカのようにスマートでたくましかった。
 まだ日本人が太っていないころ、ぼくはアメリカへ行って、びっくり仰天した。太っているわ、太っているわ、スーパーで買い物をする中年婦人の肥満に圧倒された。
 彼女たちの買う牛乳は2㍑、3㍑の大買い。肉もステーキの出来るかたまりを20㌔くらい平気で仕込む。さくらんぼの如きは小さなバケツいっぱいくらいは買い込んでゆく。
 中年婦人のバカ太りはロシアもひけをとらない。なにしろパンにしろ、ジャガイモにしろ腹につめ込む量がちがう。それに減茶、油がお好きときて、どんな料理にも油が惜しみなく使われている。一つは寒さのせいにもよるが、カロリーの摂取量は日本人の比ではない。
◇いま、20世紀に入った日本が、ようやく、太りの先進国に追いつきそうな状況となった。
 お互いの台所を見るがよい。スーパーの売れ筋を見るがよい。外食街の繁忙を見るがよい。店にも家にも糖分は溢れ、あちら好みのバター、チーズ、肉やハム、パンと菓子は多種多様。飲みものはお茶を忘れてビールかジュース。
 子供も大人も朝から晩まで口の動かしづめ、そしてどこへ行くにもマイカー。
 ようやる。本当にアメリカ市民に近づいた。太らない方がおかしいのであります。これが自慢の文明国と思いきや、医療費に音を上げての腹の寸法政策。ああ太平の世の中よ。アフリカを筆頭にひもじく暮らす人々の痩せた体を思い見よ。
 腹の寸法なんぞどうでもよい。「太り腹は医者のつれ」と、宣伝すればそれだけでよい。【押谷盛利】

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2008年05月13日

被災者の人命格差(見聞録)

 12日、中国四川省で発生した大地震は同省だけでも死者が1万人を超える勢いで被害が明るみになりつつある。校舎が崩壊し、生徒900人が生き埋めになっているとの情報もあるが、交通、通信が遮断され、その被災情報は限定的だ。
 北京五輪を3カ月後に控えた中国政府にとっては過酷な試練となるが、胡錦濤国家主席は人命救助を最優先に掲げ、温家宝首相を被災地に派遣。人民解放軍や武装警官ら9000人も現地へ向かった。
 日本政府も救助、医療チームの派遣を決め、水や食料の援助も打診している。
 海外から差し伸べられる支援の手は、聖火リレーに見られた「狭隘」な民族主義の緩和剤となりえる可能性を秘めているだけに、中国政府が海外支援をどう受け入れるのか、注目したい。
◇一方、サイクロンの被害が甚大なミャンマーはさらに深刻だ。犠牲者が10万人に上るとみられながら、軍政は海外支援の受け入れを拒んでいる。
 海外援助チームなどにビザ(査証)を発行せず、人的支援を拒否。表向きは受け入れ態勢が整わないとの理由だが、実際は人権無視の国情が海外に漏れるのを警戒してのことだろう。
 軍政は食料などの物資は受け入れているが、世界食料計画の調べでは、食料援助の8割以上が被災地に行き届いていない。
 現地には清潔な水も食料も、医薬品も届かず、餓死や病気の蔓延が危惧され、被災者は軍政の愚行に苦しめられている。
 昨秋の民主化デモにおける軍の弾圧に見るように、軍政はこの大災害下にあっても、人命より体制維持を優先している。
◇アメリカ、イギリス、フランスは国連安全保障理事会で、ミャンマーの国際機関や援助関係者の受け入れを協議しようと提案したが、見送られた。
 というのは、人権問題に安保理が踏み込むことに懸念を示す中国やロシアなどが反対したからだ。
 中国政府はミャンマーの軍政を支援し、一番の影響力を持つことで知られるが、デモ弾圧や今回のサイクロン禍でも、何ら効果的な働きかけを行わなかった。
◇中国政府は大地震の被災者支援はもちろん、影響力のあるミャンマーに海外支援を受け入れるよう圧力をかけ、一人でも多くを救えるよう尽力すべきだろう。人命に格差を設けてはならない。それが、五輪開催国家として国際社会の仲間入りする条件ではないだろうか。

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2008年05月12日

悪しざまにいう日本

 人間が好んで使う言葉にどんなのがあるか。古来、政治家、学者、芸術家、宗教者、その他もろもろの生活者、市井の庶民に至るまで、それぞれが好きな言葉を残してきた。
 言葉は食べ物に似ている。おいしい食べ物、まずい食べ物があるように、使いたい言葉のほかに使いたくない言葉、忌み言葉、あるいは使ってはならない言葉がある。
 言葉には魂が宿る、とよく聞くが、そういう次元の話は人によりけりで、一笑に付する人もいる。教育が大事だ、と重視されるのは師の学識、人徳が弟子や生徒を感育するからで、その感育の手段の一つが言葉であり、文字である。
◇浄土真宗の門徒は、常に「正信偈(しょうしんげ)」を称えるが、意味や内容が分かっているか、といえば必ずしもそうではない。しかし、法要などで多くの信者が導師の僧に合わせて、声を張り上げて誦唱するとき、その場の雰囲気は、ひたすら「ほとけ」に帰依する不思議な感動に支配される。言葉の魂、すなわち言魂(ことだま)の響き、霊気の世界といえよう。
 正信偈は親鸞の著「教行信証」にもとづく。
 このなかに出てくる言葉は漢字で難しいが、ほんの一、二例を上げても、好きな言葉、魅力ある言葉にゆきあたる。無碍(むげ)=有形無形の一切にさえぎられないこと。清浄(しょうじょう)、安楽(みほとけの浄土)、涅槃(ねはん)=悟りを開いた境地。このような経文や教えの中の言葉は他の宗教も同様で、そこに登場する言葉は人を引きつける。
 例えば聖書を見れば、祝福、愛、天の星、贈り物、などの言葉がそれである。
◇こういう言葉と正反対に響くのが政治家の演説や文章である。賛成、反対、解明、信任、不信任、整合性、分裂、戦術、造反、断固、批判、交渉、責任、規制、回避、争点、会談、統一。とにかく信じてよいのか、どうか、政治家の言葉は当意即妙なところがあり、それにも拘わらず、国は政治家によって経営され、人は政治家を「先生」呼ばわりをする。
◇ところで、ぼくは、日本語を大切にし、日本に生まれ、生きていることを嬉しく、誇りに思うので、ときどき万葉集を読んだり、先輩の秀れた詩や短歌、俳句を学ぶ。
 「万葉集」巻一、雑歌の部に、息長(おきなが)足日広額(たらしひひろぬか)の天皇(すめらみこと)の長歌が出ている。
 「天皇、香具山に登りて望国(くにみ)したまふ時の御製歌(おみうた)」。
 「大和には群山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国そ 蜻蛉(あきづ)島 大和の国は」。
 作者は雄略につづく舒明天皇とされる。
 香具山は大和(奈良)の東方にあり、天から降ってきた山と伝えられ、宮廷や地方の人々が神聖な場所として仰いできた。
 歌の意味は、大和には山が幾つもあるが、とりわけ天の香具山は草木が美しく生い茂って山をとり装っている。この香具山に登って国を見れば国は民の炊事の煙が立ち、海にはかもめが立ち舞い、とても素敵である。この国こそ、あきづ島、大和(日本)であることよ。
 日本の国を統一した大和政権を賛美する歌であるが、「国原は煙立ち立つ 海原は鴎立ち立つ」のおおらかな、韻を含む、ある種の気負いも感じられて、とても好きな歌である。
 このほか、古事記には「やまとは 国のまほろば たたなづく青垣 山こもれる やまとしうるはし」と日本をたたえている。大和(やまと)は日本の中心(まほろば)にあり、山のたたなづく(山重畳)さまは、まるで青垣で囲まれているようで、美しい国である、という誇りの歌ともいえよう。
◇いまのマスコミや世相は、日本を悪しざまにいうが、日本の美、誇りを自覚することを忘れてはなるまい。【押谷盛利】

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2008年05月09日

MOHの教え(見聞録)

 長浜市川道町の「新江州」の前社長で、現会長の森建司氏が執筆した小説がコスモス文学のシニア部門で新人賞を受賞したというので、本社に伺ってお話を聞いた。
 同氏は長浜北高で文芸部に所属し、機関誌「道芝」の中で小説を執筆するなど文学に興味を抱いていたが、高卒後は仕事に没頭。社長職を引退した5年前からようやく、作家活動に乗り出したという。
 当面、自身の経験を踏まえ、経済小説に打ち込みたいとのことだが、環境問題にも幅広い知識を持つ同氏だけに、その創作の幅が楽しみ。
◇取材中、何度か話が脱線し、現在の社会のあり方について話が及んだ。
 森氏はNPO活動も盛んに行い、その中で「MOH」活動なるものに取り組んでいる。
 Mは「もったいない」。人は動物、植物など地球の自然の生命を頂いて生かされているのだから、その与えられた命を有意義に使わなければもったいない、という意味。
 Oは「おかげさま」。人間は一人では生きられない。環境によって生かされていることを認識し、常に感謝の心を。
 Hは「ほどほどに」。欲はほどほどに。足るを知れ、ということ。
 同氏は「カネがあれば何でもできる」といった金儲け一辺倒の経済成長至上主義では、いずれ社会は崩壊すると、MOHの心を説いている。
 特に「もったいない」の心は、物を大切にしましょう、自然を大切にしましょう、といった物理的思想にとどまらず、仏教的見地にも及ぶ。せっかく与えられたこの命が、地球という大自然の中で「生かされている」ということを認識し、有意義に使わなければもったいない、と。
◇格言に「起きて半畳、寝て一畳、天下取っても二合半」というのがある。いくら大きな屋敷に住んでいても、人間一人が占める空間は立っていれば畳半分、寝ていても畳一枚程度。例え天下をとったところで、ご飯を2合半も食べれば満腹になるという意味で、「満足を知ることが大切」「過度の贅沢を控えよ」と説いた禅の教え。
 今週の月曜、曹洞宗の本山・永平寺を訪れた。高速道路で長浜から2時間の距離。
 受付で説明を受けた際に、「起きて半畳―」の言葉を紹介された。ここでは100人を超える若い僧が修行に励んでいる。単(たん)と呼ばれるわずか一畳の空間が与えられ、そこで睡眠、食事、座禅を行う。永平寺では生活すべてが修行で、食事を作るのも食べるのも、入浴、排泄、睡眠も修行で、要は、苦楽を含め人生そのものが修行だと、説く。
◇森氏の掲げる「MOH」の思想や、永平寺の教えに触れると、最近流行りの硫化水素自殺なんかは、「生かされている」ことにも気付かない、もったいない限りの話である。

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2008年05月08日

パンダ外交のもの笑い

 仲よくすることはいいことだが、国と国との外交は国益と国民の感情に関わるから無原則に結構ですな、と喜んでもいられない。
 中国から国家主席の胡錦涛さんが訪日したが、熱烈歓迎どころか、国民の心は冷めきっている。
 福田首相と与野党幹部のへっぴり腰に比べると、国民の方が遙かに健全な対中意識を持っている。
 それにつけても、バカに「しんにゅう」をつけたような話ではないか。日中友好は口先だけの外交辞令ではない。国民の腹の中には、煮えくり返るような嫌な反日の数々が記憶にある。
 さし当たっての重大関心事についても、例の毒ギョーザ、東シナ海のガス田開発、チベットにおける人権侵害と長野における聖火リレーの中国学生の暴力的排外事件は生々しい。
 中国側の過去の目に余る反日デモや靖国への侮辱、脱北者の日本領事館内逃亡に関する主権侵害や、日本の公館破壊、あるいは反日デモや国際試合での日本の国旗焼却事件など、数えあげたらきりがない。
 そうした不愉快な事件や国家の独立と威信に関わる外交問題を、つがいのパンダで帳消しにしようとは何たる浅ましいフヌケざまか。
 国民の不信どころか、世界のもの笑いのタネとなる福田首相へは最早や申す言葉もない。
◇福田さんの腰抜け外交は、彼が小泉内閣発足時の官房長官時代にすでに鮮明となった。
 小泉さんの努力で、北朝鮮から拉致被害者5人が日本の土を踏んだとき、福田さんは5日間の滞在後、5人を再び北朝鮮へ返すことを主張した。あやうく、そうなりかけたとき、安倍さん(当時、幹事長)の強い政治力で5人の送還を断固拒否した。拉致被害者救済と、その後の真相追及の歴史的幕開けだった。
 中国は、靖国参拝の口約を守った小泉さんにいちゃもんをつけてきたが、福田さんは沈黙を守りながら、与党の親中派や親北朝鮮派と通じて、結果的には反小泉、反安倍に利用され、かつがれてきた。
◇今回の日中首脳会談は日本の首相として、その真価を世界に披露するチャンスであったが、国民の期待は大外れで、パンダ外交として後世に屈辱的話題を残した。
 なぜ、日本の首相として堂々と毒ギョーザ事件の中国内部説を強調し、中国内での徹底調査と責任を追及しなかったのか。
 なぜ、チベットの人権問題を取り上げ、世界平和への熱い発信をしなかったのか。東シナ海のガス田開発にしても前向きに仲よくしようとする体の、まあまあ外交でお茶を濁しただけである。
◇しかし、胡主席との会談については、野党の党首もみんなだらしがない。彼らは口でいうのと行動が反している。
 小沢民主党代表は、さきの訪中で、参加した400人に主席が握手してくれた、とお辞儀するだけで、チベット問題にふれずじまいだった。公明党の太田代表はチベット問題で当たり障りのない言い方で、平和的な解決を要望したが、逆に首席から「対話の扉は開けている。ダライ側が暴力や五輪妨害を停止すべき」と、その宣伝を引き出した。共産党の志位委員長は、人権問題を強くアピールせず逆に、対話が再開できて歓迎、と持ち上げた。
 社民の福島党首は日本の憲法と平和を守る党の宣伝をいうだけで、中国の軍拡や人権侵害などには沈黙した。4野党党首はみんな尾を振って家来同然の醜態を見せたが、国民は何と評価するか。【押谷盛利】

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2008年05月07日

明日に夢があるか

 明日(あした)には夢があるという。本当に夢があるのだろうか。
 人生を悲観的に見るのはつつしまねばならないが、このごろの諸事万端に思いを致すとき、明日の夢に疑問符を感じるのはぼくだけではあるまい。
◇例えばである。ゴミの収集日を考える。燃えない、あるいは燃やしてはならぬゴミは選別して、多くは不燃物として埋立てゴミに処理される。各地区から毎回、山のように出る不燃物は日本全国、どこかの山か、荒れ地に捨てられて処理されるが、年々歳々、増えることはあっても減ることはない。
 今は戦後世代が定年の時期を迎え、その息子や娘が核家族化して独立する。古い家はリフォームされるし、若ものたちは別居して新しい家やマンションに入る。住宅産業は盛んだが、その住環境のすさまじい変化がゴミの廃棄に輪をかける。家庭からの不燃物とともに産業廃棄物がこれまた日本の地中に埋め立てられてゆく。
 何十年、何百年、何千年、際限なく狭い国土が汚されてゆく。
 それは日本だけの話ではない。過日の国際ニュースで、イタリアのナポリだったか、市中に捨て場のないゴミの山が出来て、政府がその処理に頭を痛めている、というどこにもありそうな話が伝わった。
◇バカげた話である。物が欲しくて、その需要に応えるべく産業が近代化して、大量生産する時代に入った。そして大量消費社会は家庭をゴミの予備廃棄場と化した。世界的食糧危機の叫ばれるなか、外食産業は生ゴミと食べ残しの処理に環境面の負を重ね、人々は家庭であれ職場であれ、常に何かを食べ、飲み、飽食の因果がクスリ漬けとゴミの増加に一役も二役も買っている。
◇バカな話は再生産を繰り返す。うまいからとて、口卑しく、美食のつけが糖尿、心臓、脳梗塞などを招き、太らぬためとか、ダイエット食品が市場化され、室内運動具が流行する。
◇バカは死ななきゃ直らない、というが、国民は青い鳥を求めて幸せを夢見るはずなのに、誘いあったり、教えあったりして自ら死を急ぐ。病気としか考えられぬが、それも自死のみならず、関係のないマンションの住人に迷惑を与えるなどさむざむしい情報が跡を絶たぬ。
 いや、それよりも、むごい話が殺人鬼の流行的現象である。
 知人のさる娘ごが、夜、塾へ通うが、一家の悩みは帰りの不安である。父親と母親が交替で送り迎えをすることにしたが、人間不信の行きつくところは、と思えば思うほど明日への夢は萎みゆく。
◇外食産業の大手・吉兆は偽ものの汚名返上と思いきや、客の食べ残しを再使用したというので、物議をかもしている。
 どこにでもありそうな話である、というようなことになれば、国民みんなが自分の首を絞めているようなものである。そもそもの原因は食べ残しである、ああ、食べ残し、60年前以上を生きた人々に聞くがよい。「食べ残し?そんなもんがあるのかね」、「煮物のつけ汁でさえ残さず飲んだんよ」、「お膳の上には食べられぬ頭の骨くらいしか残っていないのよ」。
◇こんな世の中にだれがした。政府は、なんでもことを興せばよいと、行政改革に逆行する。
 バカも休み休みにするがよい。「消費省」なんてつまらぬことを考える。【押谷盛利】

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2008年05月02日

伊吹山と長浜港の騒音(見聞録)

 今週の火曜、伊吹山に登った。長浜に移り住んでから年に2、3回は登るように心がけている。というのは、麓から山頂までの登山時間を測って、自身の体力のバロメーターとしているのだ。
 30代になってからは、徐々にペースが衰え、伊吹山を訪れる度に運動不足を実感している。
 山を訪れる客層は様々で、トレッキング気分で楽しく登っている夫婦や家族、友人グループ、黙々と登る孤高の男性、高山植物にシャッターを切る写真愛好家、パラグライダーで絶景を楽しむスポーツマンなど。山頂ではドライブウェイを通ってきたカップルが仲良くソフトクリーム食べていた。
◇街中の喧騒から離れて、鳥の声や風の音を聞き、木々や草花を楽しみながら、山道を歩くと、何かしら、解放感を満たしてくれる。
 ただ、今回の登山で一つ残念なことがあった。というのは、3合目で音楽が大音量で流され、それがこだまして喧しかったこと。ラジオか有線かは不明だが、DJ入りでポップミュージックなんかを流していたが、どうも違和感を覚えた。
 冬のスキー場でこの手の音楽を流すのは分かるが、登山客メインのこのシーズンに…。ゴールデンウイーク期間中ということもあり、若者を意識したのだろうか。
 いずれにせよ、喧騒から離れて自然の中に身を投げ出した解放感を、一気にトーンダウンさせた。
◇自然に不釣合いなのは、水上バイクの騒音もそう。琵琶湖の沿岸では毎夏のように水上バイクのマナーや騒音が問題となっているが、水上バイクの利用客で賑わう長浜港の管理体制が5月から大幅に変更された。
 水上バイクやプレジャーボートの愛好家が自由に使っていたスロープの利用を有料化し、利用者の登録、料金徴収を行う。当面は週末や祝日に、夏場は毎日、管理人を置く。
 ボートや水上バイクの暴走行為、ゴミの散乱、焚き火、花火、バーベキュー、湖上給油など、マナーの悪さが問題化していたことから、県が「長浜ルール」を設けて、適正管理に乗り出すわけだ。
◇長浜港はリニューアルされたばかりで、スロープ付きの駐車場の整備と並行して、芝生の広場とベンチを設け、以前のような殺風景ではなくなった。
 気がかりなのは、快適な環境が整ったことで、水上バイクが大挙してやってくることだ。
 琵琶湖の沿岸では水上バイクの騒音や運転マナーの悪さから、禁止エリアが設けられ、愛好者の肩身が狭くなっている。そんな中で、快適な港が現れ、スロープ利用料(1350円)などを払えば、自由に使えるのだから、夏場に水上バイク愛好者が続々と長浜を目指す可能性がある。
 特に心配なのは騒音。水上バイクの拠点となれば、静かな湖面が奪われるのは明白。
 県民の税金で整備しながら、県民を悩ます結果とならないよう、管理の徹底に期待したい。

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2008年05月01日

うまい空気と楽土の話

 30日の時評は山の讃歌であった。山へ登り、山のみどりに迎えられると体を投げ出したくなるような解放感に浸ることが出来る。空気がうまいというのが実感で、その澄みきった新鮮な空気を吸っていると体内の血が洗われてゆくような錯覚をする、とも書いた。
 それを命の洗濯とたとえたが、読者のAさんから「うまい空気って、どんな空気なのか」と電話で聞いてきた。一言で返事するのに困ってしまった。
 仕方がないから「うまくない空気の反対を想像してみてください」と話したことである。
 例えば家の近くで土木工事が行われ、ブルトーザーや重機のエンジン音が不快な音を立てる。その音と共にディーゼルエンジンの排ガスがあたりに漂う。あの一酸化炭素の臭いは気分が悪くなるほど身にこたえる。東京都の石原都知事は数年前、ディーゼルの大型トラックの都内乗り入れを規制したが、あの臭気と排ガスを都民の健康上から追放したのは英断だった。
 騒音と臭気公害が指弾されたのは30年以上前の環境行政のお手柄だが、しかし、善良で羊のような市民は余り問題にしないが、いまなお一部では事業所や工場からのいやな臭いや音にへきえきすることがある。
◇不快な音や臭気は自然から程遠い都市につきもののようだが、現代人は馴れっこになっているから音にも臭いにも鈍感になってしまった。水道水よりも天然の地下水や山の水がうまいにきまっているが、都会人は水道に頼りきっているからカルキ臭いのが気にならなくなっているようなものである。
 真夏、長い間、雨が降らず、ダムの水が涸れ、河川が干上り、水飢饉にさらされると、うまい、うまくないを通り越して、一滴の水をも拝むようになる。
◇かつて、四日市、名古屋、川崎、尼崎市では空気の汚れが人体を傷つけたということで被害者が公害訴訟を起こし、国側が破れた。
 問題の都市は石油コンビナートがあり、工場排煙のほか、それに関連しての輸送トラックの排ガスがひどく、住民は日々の不快感だけでなく、気管支や肺を病むことになる。それぞれに生活がかかっているから、空気が汚染されていても家を払って転地するわけにもゆかぬ。いわば近代産業と交通のもたらす犠牲者であり、都会の空気が田舎の空気に比べてうまいはずがない。
◇しかし、田舎の空気といえども車の排ガスや農機からの一酸化炭素による大気の汚れは避けられない。
 このような現代人の生活環境は文明と経済のもたらす副産物であり、生活する以上逃げるわけにはゆかぬ。
 恐いのはそういう環境に馴れきって、美しい空気や静かな雰囲気を保持するための知恵や努力を忘失することである。
 伊吹山は湖北民の憧れの対象であり、産土神(うぶすな)の坐(いま)す聖地でもある。近年レジャーの対象となって3合目あたりに大きな音を立てて音楽を全山に響かせている。
 憩いとやすらぎの聖地を俗化してよいものか、大いに疑問だが「ノー」という声を地元で聞かない。それが恐いのである。
 長浜に楽市が進出したとき、西友ストアが人気取りで、長浜港から楽市への観光ヘリコプターを企画したことがある。当時、ぼくは地元町の役員として、また言論人としての立場から騒音公害阻止を叫んで反対したことがある。田舎の山や農村風景は水と緑と空気のうまい楽土であり、ゼニカネでととのわぬ先祖伝来の宝でもある。【押谷盛利】

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