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役人天国に対する公憤

 ぼくは口が酸っぱくなるほど役人天国の日本のひどさをこぼしてきたが、この役人天国を根本から改革しない限り日本の国民は救われない。
 役人天国は幕藩体制の江戸期から始まり、明治期の薩長専横期を通じてがんじがらめに構築されてきた。
◇江戸期はさむらい社会で、その俊英が幕府や諸藩の政治を取り仕切っていたが、バックボーンに朱子学、陽明学、あるいは孔、孟の学問などがあったから現代の官僚のように省益優先、予算分捕り、私権に埋没など非倫理的傾向は抑えられてきた。
 しかし、地方や末端においては取り締まりや課税の上で苛酷な政治が行われる場合があり、ことに代官は政治を食いものにし、百姓衆を苦しめて一揆の原因になることも珍しくなかった。
 経済の観念を忘れてルーズな藩運営や無駄な浪費で藩財政に穴を開け、その結果が重税や借金名義の金の調達に及んだ。
 飢饉で死者の出る世に賄賂で遊芸にうつつをぬかす代官もいた。幕藩という絶体制武家政治だったから国民の不満は内攻し、寄らば大樹の陰で泣く泣く諦めるか一揆の抵抗を誘った。
◇江戸期の秀れた武士階級による政治を踏襲したのが明治期の官僚で、「官員さまならお嫁にやろか」などの戯(ざ)れ歌まで登場した。
 明治の官僚制度は徹底した上下関係で構築した身分制が特色であった。
 出自、学歴、コネクション、能力などから一番低い階層が傭員から雇員。その上に何段階かの役人らしい呼称の制度が役所機構を支えている。
 これにも下から上へ序列があり、判任官、奏任官、勅任官、そして最上級が親任官。判任官以上は各大臣や行政官庁の長が任命した。
 奏任官は高等官であり、高等官二等以上が勅任官。最上級の親任官は天皇の辞令によるもので大臣や陸海軍の大将などが任ぜられた。
◇明治期以降、昭和に至るまで日本の政治は官僚支配だったが、その官僚も独占的に幅をきかしたのが薩(薩摩)、長(長州)、土(土佐)だった。いずれも倒幕の功によるもので、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、吉田松陰、坂本龍馬、後藤象二郎らの影響が伝統的に尾を引き、軍部の人事にまで徹底した。
◇明治期以降の官僚支配は、他方、産業の興隆と関わりを深め、土地、物資の払い下げ、特権の付与、許認可権を通じ財界と癒着するようになった。
 政治家は財界の代弁者になり下がり、裏面から日本の政治を財界が動かすようになった。
◇さて、今の日本の官僚はどうか。明治期の古い官僚制度はなくなり、国家公務員上級試験をパスしたものがキャリア組として支配し、その下にノンキャリア組が実務をつかさどる。
 戦前の官僚と違うところは、組合という内部組織が省庁と対等の発言権を持ち、全体としてのさまざまな権益を確保し、組合の利益を最優先させるシステムを創り上げたことである。
 日本の官僚組織はキャリア組とそれ以外のノンキャリアによる組合との二重構造の上に成り立ち、この両者がなれあって国益を阻害し、国民のためによからぬ弊害を醸しつつあるのが今日の実態である。【押谷洋司】

2008年04月17日 17:56 |


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