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やめてもらいましょう

 年寄りは哀れである。腹が立っても力が伴わないから泣き寝入りするしかない。
 いま、評判の悪い医療制度改革。4月から75歳以上の老人を対象に後期高齢者の保険料が年金から天引きされる。そのうちに厚労省の役人は「晩期高齢者医療制度」を設けるかもしれない。評判の悪さを伝えるテレビ画面で、おばあさんが「死ねということでしょうね」とさびしげにぽつりと語ったことが忘れられぬ。
◇ぼくの親しい教養ある90歳近い女性が、過日の歌会で、「愚痴袋閉ざして肌着を干しにけり…」という深刻な作品を披露して話題になった。若い夫婦や孫と同居しているのだが、この老婦人は25歳の若さで夫の戦死にあい、以来、一人の息子を育てて戦後の厳しさを乗り越えてきた。いまは楽隠居の身だが、嫁、姑(しゅうとめ)の問題もあって必ずしも朗々、幸せ満帆ということにはならない。出かかった愚痴を抑えることも処世の知恵であろう。
 彼女にとって、もったいないと思うのは、洗濯ものの扱いである。若いものが自分のものも一緒に洗ってくれれば一度で済むことであり、時間や水の浪費も助かる。そう思うのだが、それがしてもらえぬので、つい愚痴が出そうになるが、口に出してはおしまいだから、「ここは矢張り我慢のしどころ、今日も愚痴袋をしっかり閉じて自分の肌着を干しましょうわい」と自らに言い聞かせる歌である。思わず、もらい泣きするほどの深い内容がこめられている。
◇これと逆の悲劇をこの耳で聞いたことがある。これも夫に死別して長寿している老女性だが、いつも食事の後の一家の洗いものは自分の仕事として取り組んでいるのだが、ある日のこと、いつものように食器を洗っていると、孫が傍へ寄ってくるなり「おばあちゃん、洗わんといて、かなん、おばあちゃんはきたないから」。これを聞いて、かわいい孫からこんな言われ方をして、といたたまれないショックを受けた彼女。ひょっとしたら嫁と孫との話題の中で、嫁が言わしたのでは、と思うと泣くにも泣けぬ悲しさに、思わず近くの拙宅へ愚痴をこぼしに駆けつけた次第。
◇こういう老人の悲哀は老若同居の場合であるが、それでも息子夫婦と同居している生活はにぎやかであり、安心もできる。
 このごろは、結構な家、屋敷があり、何不自由もないのに、若いものが家を出る。大方は市街地のマンションか、新興住宅地での一戸建て。残された老夫婦は、年々体力が弱まり、互いにいたわりながら余生にしがみつくが、それでもいつかは一人ぼっちにならねばならぬ。夫(妻)の遺影に語りかけながら自由のきかぬ体に鞭打って孫や曾孫の成長を楽しむ姿はいじらしい。
◇後期高齢者か晩期高齢者か、何とでも言うがよかろうが、この人たちが戦後の潰れかかった日本を背負ってきたのである。世界第2の経済大国にのし上げたのはこの人たちの辛苦の汗の結晶ではないか。
 いま、ひるがえって、この人たちの日ごろの生活ぶりを垣間見るがよい。若いときの苦労が骨身にしみついているのか、それこそ、爪に火を灯(とも)すばかりのつつましさである。わずかな年金で、ぜいたく出来るわけでなし、着るもの、食べ物、何から何まで無駄を省き、時間があれば、何かをしたくなる働きぐせがある。
 ただ悲しいのは、足腰や頭の衰えが年々ひどくなり、思ったように体がついて回らないことである。
 こういうお年寄りの暮れなずむ晩期を思えば思うほど、役所の無駄づかいに腹が立つ。国民の尊い税金を湯水のように使う横着さ、無神経さ。医療費や福祉で金のいる時代なるがゆえに、苦しいときはお互いさま。役所人間にも泣いてもらいましょう。天下りなんて甘いものもやめてもらいましょう。

2008年04月16日 17:46 |


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