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若衆の意気にじむパンフ(見聞録)

 子ども歌舞伎が見物の長浜曳山祭りは9日の裸参りから一気に盛り上がりを見せ、来週の15日に本日(ほんび)を迎える。
 長浜曳山祭りに合わせて、出番山の各山組ではパンフレットを制作するのが慣習となっているが、今年、解体修理を終えて真新しい曳山を披露することになる本町組春日山(筆頭・川尻浩史さん)では、200ページを超える「完全保存版」のパンフレットを作成し、話題を呼んでいる。
 曳山の歴史や歌舞伎用語の解説をはじめ、湖北地域の観光情報なども盛り込んでいる。特に別冊の芸題(外題)集には、1769年から1987年までの200年以上にわたる出番山と芸題を一覧にまとめ、曳山祭りの歴史を一目で分かる貴重な資料となっている。
◇昨年の秋から「ただのパンフレットではなく、ずっと残る本を作りたい」と、市川剛正さんを先頭に若衆が情報収集や編集に取り組んできた。別冊の芸題集は、市内の「ある研究家」が過去の文献などを参考に収集したデータを譲り受け、再編集したもの。
 200年前の曳山祭りには近年に見られない芸題がずらりと並び、その種類の多さに目を見張る。
 曳山祭りの外題の歴史を網羅した資料は現存していないそうで、春日山のパンフレットは非常に貴重な資料となりそうだ。
◇この資料によると、当初は毎年のように12基が出場し、狂言を執行していたが、19世紀後半から時折、6基に減少。経済的理由が原因とみられ、終戦直後は3基にまで減少。近年の4基体制は1955年から続いている。また、戦乱や飢饉などで狂言が休止したとの記録も残っている。
 例えば、1868年(明治元年)は鳥羽・伏見の戦に端を発した戊辰戦争が勃発したことから、休祭となった。また、1885年(明治18)には落雷で八幡宮の本殿の回廊などが焼失。このため、狂言執行を見送り、各組で余興したとある。
 1898年(明治31)には前年の凶作による米価の高騰に加え、八幡宮の「鳥居復旧工事未着手」のため、狂言執行を見合わせ、武者渡りだけを行っている。
 1913年は明治天皇崩御、1937年から1945年までは戦争のため、狂言を中止した。
◇なお、この春日山のパンフレットは2500部を発行し、曳山祭り関係者や図書館などに配布した。
 400年余り続く曳山祭りは今、旧市街地の過疎化、少子化により役者不足、さらにそれを支える若衆不足が深刻化しており、そんな逆風の中で、先代から続く伝統と文化を後世に受け継ごうとする若衆の意気が、春日山のパンフレットからも感じ取れた。

2008年04月08日 18:20 |


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