滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



時計の奴隷となる生活

 日が長くなったが、その分、夜が短くなってゆく。アフリカのソマリアでは時計を持つ人が少ないと聞いたが、日本でも昭和の初期までは腕時計を持つ人は少なかった。
 時計を持つようになってから文化が進み、産業が発展してきたが、同時に時計社会が人間性を悪くし、人間の心身を傷つけるようになった。と、ぼくは思っているが、これについては少し説明がいるだろう。
 いま、なぜ、時計か。こんな便利なものにイチャモンをつけるとは、少しアタマがおかしいのでは、と、いぶかる人もあるかもしれない。
◇時計は時間を知らせる生活必需品となっているが、ソマリアの生活ではないが、大正以前の大方の日本人は腕時計を知らない。
 今のような柱時計は江戸期には存在しなかった。時計は時を刻み、時を知らせるものであるが、昔の人は、太陽や月の動き、それによる影から時を推測した。もともと、時計という概念がないから四季を通じて季節感や一日の時間帯に体調や生活をなじませてきた。
 おおざっぱに言えば日が昇って朝が来たら、寝床から起きて働き、日が暮れて夜になったら仕事をやめて寝る。その間、男は男、女は女の持ち分をこなしたり、共働したり、子育てや教育、あるいは村の共同作業、普請などもする。
◇時計は持たないが、感覚的に時間を知り、一日をエトで12に分け、子(ね)の刻(こく)は夜中の12時、及びその前後の2時間。丑(うし)の刻は午前2時、その前後の2時間。卯(う)の刻は午前6時、その前後の2時間。巳(み)の刻は午前10時、その前後の2時間、といった具合。現在、正午といっている昼は午(うま)の刻の真ん中。
◇時計を持たないころは、時計そのものを知らないから特に不便を感じることがなく、いわば大自然の呼吸のまにまに、自然と調和した生活を送り、祭や暦を軸に地域が一体化して共同社会を形成していた。
◇時計を持たぬ生活は時間に追われたり、時間を気にする「いらいら」がなく、ひたすら天を畏敬し、生活のため労働にいそしんだ。一時的に所得の多い年があっても、いつ不況にさらされるや、あるいは病気、その他で働けなくなる万一に備えて日常生活は質素と倹約に撤した。
 自然を大切にし、自然のままの生活を信条としてきたから化学物質に汚染される心配はなく、人々の体は自然治癒力が備わり、医薬品も先祖からの申し送りや共同生活の智恵で漢方(かんぽう)に類するものに依存し、現代のような薬漬けや薬品の副作用に縁はなく、水も空気も食べ物もきれいで美味しく、不眠、欝、躁(そう)などの精神症的な人はいなかった。
 また、対人関係においては、誠実、礼儀を教育の場で教えるまでもなく、人々は信頼しあい、郷土の誇り高く村(町)を守ってきた。仮に、生活に窮し、病気で困っている家庭があれば隣り近所、親類などが助けた。
◇時計の進歩は、電気、原子などを動力に、文字盤と針によるアナグロ式と数字によるデジタル式に発展し、四六時中、腕から離さず、時計をつけたまま入浴する人もあるくらいだが、便利のよさは逆に時間に拘束され、時の奴隷になっている感じさえする。
 現代人はもはや、腹時計すら狂ってしまったから、一日中腹の空(す)いているときがなく、常に何かを飲み、何かを食べなくては生きてゆけなくなってしまった。
 時計を持って地獄へ行くとよい。

2008年04月05日 18:14 |


過去の時評


しが彦根新聞
滋賀夕刊電子版
滋賀夕刊宅配版
滋賀夕刊デジタルトライアル
“新聞広告の資料請求、ご案内はこちらから"
 
長浜市
長浜市議会