変な虫が動き始めた
政権交替の与野党対峙が絵に描いた餅でなくなった昨今、与党の周辺から衆議院選の中選挙区方式の復活論が台頭し始めた。
もう14年も前の古い話だが、1994年(平6)の11月国会で衆議院の選挙区制がこれまでの中選挙区制から現在の小選挙区制に改められた。
正しくは「小選挙区比例代表並立制」という。この方式の特徴は、例えば滋賀県は以前の中選挙区は全県1区で定数5人だったが、これを5選挙区1定員に細分したことで、候補者と有権者の距離が近づいたことと、全国を11ブロックに分けた比例区を設けたことで政党を選ぶことに重きが置かれたことである。
◇面倒な選挙制度の詳細は選管や専門家に任せればよい。国民にとって大事なのは、なぜ政党選びを加味した現在の小選挙区制に変わったのか、という点である。
これは1993年細川内閣出現による非自民政権のもたらした最大の政治改革であった。93年に宮沢内閣が不信任され、自民党を出た小沢一郎グループ、「さきがけ」をつくった武村正義グループらが、野党と一体的に非自民内閣を立ち上げたことは記憶に新しい。
この政変の最大の眼目は「政治改革」だった。具体的に言えば、自民党の派バツ政治と族議員による官僚主導型政治は国民の信頼を欠き、国民の政治離れが危機的様相を帯びている、という認識から出発した。つまり、55年体制以来の古い自民党型の政権たらい回しを否とする反省が出発点だった。
◇その結果が今日に及んでおり、小選挙区制移行の期待した政党政治がようやく地に付いた感じである。移行当初は政党の少数乱立や離合集散など不安定要素がつきまとったが、現在では、おおむね、自民―民主の2大政党対立構想が定着し始めた。
実は、2大政党の対立と政権交替の可能性こそ小選挙区のねらいであり、国民の願いでもあった。
それは与党の自民党政権に失政や不信感が募れば、野党の民主党に政権を渡すという暗黙の了解で、それを審判する選挙が小選挙区比例制の現代の選挙区方式といえる。
これまでは、自民党のA政権が行き詰まっても、派バツの有力者によるB政権、それが駄目なら派バツCのC政権と、同じ党内から首班の首を変えるだけで、自民党政権という中身は変わらなかった。それでは、民意に基づく政党政治とは言えぬのではないか。
◇いま、せっかく、2大政党対立型政治が定着しつつあるときに、与党の一部から、かつての中選挙区方式に戻すべきでは、との声が出始めたのは偶然ではない。
じっと耳を傾けていると、中選挙区を考えているのは、派バツの親分衆や実力派で、いずれも古い体質に郷愁を感じている政治家ばかりである。
彼らは、これまでのように派バツの絶対的支配者として子分を養成し、金と票で、子分を心服させる。子分は族議員化して、役所の代弁者となり、官僚の政策推進に奉仕する。親分はあらゆる手段を用いて政治資金を集めるが、その結果、政治が利権がらみとなり、内閣は派バツボスの取引によって運営される。不透明な政治が選挙を汚し、暗い不潔な政治が国をあやまる。その再現を許してはならぬ。【押谷盛利】
2008年03月17日 13:45 | パーマリンク
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