陳者は、のぶればと読む
去る3日の時評のなかで、昔の候文の「陳者」を取り上げたが、発音の表記にとんでもないミスをおかしていることを読者から指摘されて恥ずかしながら訂正する。
時評でのミスは「陳者」を「のむれば」と読んだことで、正しくは「のぶれば」であり、国語辞書にも出ている。浅学のぼくは、耳学問の思い違いで、「のぶ」を「のむ」と信じ切っていた。
したがって、「のむれば」を辞書で探しても出ていない。
念のため手元の大辞泉で「のぶれば」を見ると「陳者(連語)は動詞の述ぶの已然形+接続助詞「ば」。申し上げますが。さて。候文などの手紙で、時候のあいさつの次。本文の書き出しに用いる」、と説明し、例文「陳者(のぶれば)この度新社屋完成に当たり」を添えている。
あらためて国語力の未熟さを反省し、汗顔の思いとともに、指摘下された読者にお礼を申し上げる。
◇陳者の「陳」は漢和辞典によれば音は「チン」。意味は①ならべる。並。つらねる。陳列②のべる→述、申し立てる。陳述③古い④列⑤陣、陣立。以下略。
陳を使った熟語はいろいろあるが、日常多いのは「陳謝」=事情を述べてわびること。「陳述」=意見や考えを口頭で述べること。「陳情」=目上の人に実情や心情を述べること。中央や地方の公的機関、または政治家などに実情を訴えて善処してくれるよう要請すること、その行為。
このほか芸術、詩歌、小説などの表現について批判する言葉に「陳腐」がある。古くさいこと。ありふれていてつまらないこと。
◇陳は「古い」の意味のあることはすでにのべたが、これを「ひね」と読む日本語は多い。
大辞泉には「ひね」、「陳」・「老成」の項で、①古くなること、またそのもの②前年以前に収穫した穀物や野菜③老成していること。ませていること、と説明している。
よく使うのは「ひね茄子」、「ひねかぼちゃ」、「ひねの沢庵煮は最高のぜいたく」などともいう。古くなったものを「ひねもの(陳物)」。日がたって古くなった大根は「ひねた大根」。ひねくろしは古びて、すすけている。ひねごめ(陳米)は古くなった米。古米。
◇ところで、陳謝はわびることだが、政治家などの使う言葉で、実にいい加減なのがある。
これは陳謝には関係ないが、そう思わせるような場でしばしば登場するのが「遺憾」である。
遺憾は、心残り、残念に思うことで、遺憾の意を表する。万遺憾なきを期する、などという。
そのほか、遺憾なく実力を発揮する、遺憾ながら欠席する、などと用いる。
政治家や官僚がその失敗や責任を追及されたとき、どうしても逃げ場がなくなり、いわゆるギブアップの時に、「申し訳ありません」、「お詫び申し上げます」、「陳謝する次第です」などと神妙に頭を下げるべきところを、「遺憾に思っております」、「遺憾にたえません」など言葉のごまかしが常套(じょうとう)的である。
中国内での反日の暴動が強く批判されたとき、日本側の抗議に対し、中国当局の弁はいつも「遺憾」で終わっているが、少しも「申しわけない」という陳謝の心が入っていない。それななのに日本のマスコミはこれを中国側の陳謝を思わせるようなニュアンスで報道することが多かった。【押谷盛利】
2008年03月10日 14:07 | パーマリンク
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