滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2008年03月31日

へそ出し、太もも出し

 29日の時評「衣被よもやま話」のうち「きぬかずき」について、その国際性に触れておく。
 きぬかずきは、女性の顔かくしと理解すれば分かりやすいのではないか。頭巾、フード、スカーフなどがそれである。
 日本では平安期以降、上流社会の女性が外出するとき、頭の上に布製のスカーフをかぶった。後にはスカーフだけでなく、着物の上着、羽織のようなものの両袖を左右の手で持ち上げて顔を隠すようにかぶった。
 なぜ顔をかくすのか。女性、とくに若い娘は人前では顔をさらさないという風俗が定着するようになった。それは多分に男性を意識した男性優位社会の慣習化とみるべきで、現在のような自由恋愛観からみれば明らかに女性差別の一種であろう。
◇結婚について、女性は結婚前に男性を知り、理解することは困難で、平安期は男性が女性宅を訪ね求愛した。また、娘の結婚については親、とくに父親の権限が絶対で、父の命ずるままに、父の決めた男性に嫁ぐのが一般的だった。
 この男性優位社会は太平洋戦争に負けるまで続き、上流社会の娘は家から出て就職することは少なく、ほとんど家にいて、教養を深めたり、趣味を磨き、ひたすらよいムコ選びに運命を託した。
◇この顔隠しフードで思い当たるのは、昨年フランスの大学で問題になった女子学生の顔隠し「ノー」の法律である。厳格なイスラム教の娘は顔を隠して登校していたわけだが、フランスは自由国家だから、特定宗教ものだけが顔を見せないというのは自由の国になじまない、と批判されたわけである。
◇イスラム教は7世紀始めにマホメットが創唱したキリスト教、ユダヤ教に並ぶ世界3大神教の一つで、聖典コーランに基づき厳しい信仰や戒律を義務づけられている。
 回教、マホメット教とも呼ばれ、アフリカ、中近東、東南アジアなどを中心に世界に7億の信者を擁している。
◇日本でよく知られるのは、イラク、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などで、テレビの海外放送で真黒なフード状の顔隠し女性が登場する。
 厳格な男性優位社会で、黒装束で頭から足先まで包んでいるのもあり、顔はもちろん、年齢も想像できない。極端に厳しい国では、女性の独り歩きはご法度であり、外で男性と二人きりで歩くことも許されない。レストランでも家族以外の男女一緒はダメ。家によっては玄関が二カ所あって、男性用と女性用に分けているくらいである。
◇最近は若い学生が自覚し、このような厳しさは人権に反するのではないかと、批判し始め、国によっては緩和しつつあるが、長い歴史を経た宗教的慣習だから、そう簡単に改革するとは考えられない。
 この、イスラム教の女性フードもまた女性を人前にさらさないという男性社会の産物といえよう。
 これは、日韓併合による日本の朝鮮半島統治以前の朝鮮においてもよく似た習慣があり、娘は家に籠もっていて、外へ出ない風習があった。虫がつかぬようにとの日本の「深窓の令嬢」と同じ考えでの社会制度である。
◇そういう封建的な男女差の厳しさを考えれば欧米の先進国は自由と民主主義の世界のリーダーにふさわしい。
 いまの日本の若い女性を見ると、顔を隠すどころか、ヘソや胸まで、足は太ももちゃんまでさらけ出して、あぐらをかいてタバコを吸うありさまである。【押谷盛利】

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2008年03月29日

春と衣被よもやま話

 「衣被」と書いて、どう読むのか。その意味は?と問われて正解できる人は相当な博学か物識(ものしり)であろう。
 法被は反被とも書くが和服の上着の一種で、「はっぴ」という。すし屋の板前が着ている広袖か筒袖の腰丈くらいの長さで、職人用のもあれば、商店の戒市や大売り出しに店員がひっかけたりする。
 法被(はっぴ)が衣類の一種だから衣被もその種のものかな。ヒントを呈示したわけだが、この衣被は単純明快というわけにはゆかぬのでヒントを二つ示しておく。
 一つは衣類に関係あり。もう一つは食べ物に関係あり。その上、厄介なのは同じ漢字でありながら発音と意味がちがう。
◇ぼくが突拍子もなく、なぞかけのような話を持ち出したのは、季節的な関係から伝統的な装束(しょうぞく)の一種や食べ物について思い当たることがあり、ことに装束については国際的な類似性が妙に引っかかるので話題に取り上げたまでである。
◇話を元へ戻そう。衣被の読みと意味である。同じ文字ながら読みも意味も全く違うから面白いといえば面白いが、日本語の妙と難しさといえるかもしれない。
 衣類に関係のあるのは「きぬかずき」と読む。平安時代ごろから上流婦人は外出するとき、顔を隠すために衣をかぶった。これが衣被(きぬかずき)であり、その衣やそれをかぶった女性を指すこともある。
 まあ、いまふうの言葉でいえばスカーフであろうか。なぜ、顔を隠したのか。後段で述べるが、昔の上流家庭は娘をかるがるしく外出させなかった。だから明治、大正のころまでは深窓の美人とか、深窓の令嬢といった。
◇衣被の二番目の読みは「きぬかつぎ」。意味は里芋の小ぶりのものを皮のまま煮たり、茹(ゆ)でたりして、塩味で食べるもの。精進料理にも使うが中秋の名月にお供えする。
 わかりやすく記憶するには皮つきの里芋料理と理解すればいいのではないか。
◇さて、現代のスカーフだが、いまは顔を隠すためではなく、一種のおしゃれで男性のネクタイ感覚に似ている。
 もともと女性の冬装束の一つに肩掛けがあった。肩掛けではいかにも田舎じみているので横文字ふうにショールと呼ぶが、これは外出用の防寒具の一つで、絹や毛織物を縫ったり、毛糸で編む。もっぱら和服用だが、近年流行しているのが、成人式の振袖姿に顔を埋めるほど肩からかける純白の豪華なショールである。
 桜前線がニュースになるこのごろ、防寒用のショールは姿を消し、若い女性は薄手の美しいスカーフを風になびかせる。
 同じく季節でいえば「きぬかつぎ」は俳句の秋の季語だが、その里芋も出番は食用ではなく、今は今年の新作用の種芋であり、昨秋、収穫したものは芽が出ぬうちに食べなければならぬ。
 スカーフと顔隠し、国際性については次回に述べるが、物知りの方は参考になることがあれば教示して戴きたい。【押谷盛利】

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2008年03月28日

東浅井を歩いて(見聞録)

 一人暮らしの高齢者を狙って浄水器などを強引に売りつけたとして大阪市の浄水器販売会社の社長ら5人が逮捕された。高齢者宅に上がり込み、強引に浄水器を設置したあげく、「取り付けたらは外せない」と代金を支払わせていた。
 2万5900円~7万6000円で仕入れた浄水器を10倍以上の35~80万円で売りつけ、狙った家には何度も通って「フィルターを付けないと効果がない」と、フィルター(1万円)も買わせていた。
 大阪府警の調べでは5億5000万円を荒稼ぎしていたという。
◇一方、催眠商法で高額の健康機器を高齢者に売りつけたとして、東北経済産業局は東京の業者に業務停止命令を出した。
 この業者は、「新規開店する百円ショップ」などの名目で近隣住民を空き店舗や貸事務所に集め、雑貨などを無料で配ったうえ、最後に高額の温熱器を持ち出していた。
 催眠商法の特徴は、日用品をプレゼントするなどと言葉巧みに誘い、次々と無料で配って一種の興奮状態に包んだうえで、高額商品を売りつける。一通り稼いだら、別の地域へと全国行脚する。
◇湖北地域でもそういった催眠商法をはじめ、社会保険庁や税務署をかたった振り込め詐欺事件が多発している。人を騙して金儲けに走る悪徳商法が蔓延し、うかつに人を信用できない、すさんだ社会が悲しい。
◇今、滋賀夕刊新聞社では東浅井地域の配達体制を大幅に変更することとなり、目下、配達員と読者の開拓に取り組んでいる。
 社員総出で浅井、びわ、虎姫、湖北地域に出向いて販促活動を行い、小欄も取材の合い間を縫って営業に出かけている。先日は内保や尊野を担当し、1軒1軒、順番にチャイムを押して、読者宅を訪問したが、何かと懐かしくも新鮮に思うことがあった。
 というのは、チャイムを鳴らしたら、家人がすんなり玄関を開けて姿を見せてくれることだ。
 都市部の住宅やマンションでは、チャイムを鳴らしても、家人が外に出てくることはそう多くはない。カメラ付きのインターホンでこちらの姿を確認したうえで、インターホンで話をして、セールスや宗教の勧誘でないと分かれば、ようやく玄関の鍵を開けてくれる。そこには、訪問者を疑ってかかる何とも殺伐としたムードがある。
 小欄は高校卒業後に自宅を離れて以来、マンション、アパートを転々としてきた。この手の住環境は近所付き合いがほとんどない。平日は夜にしか家におらず、たまの休日に、住民と顔を会わせるくらい。両隣は表札も無く名前も知らない。
 そんな、環境で十数年暮らしてきたが、東浅井を歩いていると、殺伐どころか、ほのぼのとした心境にさせられる。
 家人は元気な返事とともに玄関を開け、こちらの話に耳を傾けてくれるし、道ですれ違うと、あいさつしてくれる。昨日も、地図とにらめっこしながら尊野を歩き回った。約60戸ほどからなる農村部の小集落だが、玄関先での温かな対応に、どこか懐かしさと安堵感を覚えた。

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2008年03月27日

チベット民族への弾圧

 チベットにおける中国の弾圧は北京オリンピックを前に世界を憂慮させている。
 オリンピックは平和と人権をたたえる国際的な祭典だが、不幸にもチベットでは人民の人権が踏み潰され、死者140人、逮捕者数百人、その他負傷者はおびただしい数にのぼるのではないかと報道されている。しかし、中国は外国報道陣の立ち入りはもちろん、自由な取材報道を禁じているから確かな数字は把握できない。
 インドに本拠を持つ亡命政府からの情報やチベット地区から帰った旅行客の話を総合して判断している状況である。
◇チベット民族が中国政府に抗議してデモを行うのは正当な理由があるからだ。それは生きる権利を主張する最低の要求で、例えば信仰の自由、職業の自由、貧困からの解放などもその一つで、近年は漢民族の大量進出で、チベット人の経済活動が圧迫されている。
 民族自決という思想はソ連の崩壊でその支配下の多くの民族が独立したように、それぞれの民族は固有の歴史と文化、伝統を持ち、他国民族の支配を拒むのは世界史における民族紛争が証明している。
◇世界の平和に脅威をもたらすのはいつの場合も民族紛争が起因しており、今も中東、アフリカ、東南アジアで火種がくすぶり続けている。
 民族紛争の最大の因は搾取と人権抑圧である。オリンピックが平和をたたえ、人権の確立を目指す人類の祭典であることを考えれば、今回の中国のチベット弾圧は許されぬ暴挙である。のみならず、自由な取材と真実の報道を禁止する姿勢は全くオリンピック精神になじまない。もともと中国は天安門事件にみられるごとく、政府批判の言論やデモ、集会に武力弾圧する前科があり、今も各地で住民運動が圧殺され、言論人が入獄の憂きめにあってる。
 そういう非民主国家、非自由国家においてオリンピックの開催を認めること自体が間違っているのではないか。今からでも遅くない。チベット弾圧を止めなければ北京オリンピックをボイコットすべきである。
◇その点、自由国家のリーダーともいうべき米、英、仏の首脳部は事件を重視し、チベット仏教の最高指導者・ダライ・ラマとの対話を中国に求めており、中国の出方によっては開会式のボイコットもありえることをにおわせている。イギリスのチャールズ皇太子は、いち早く北京五輪に出席しない方針を鮮明にした。
 なさけないのは日本の新聞や政治家である。活字になるのは中国の言い分や声明だけで、それもチベットが悪いかのように「暴動」と表現する。
 しかし事件はたんなる暴動ではない、弾圧に対する抗議である。江戸時代の百姓一揆と同じである。中国の肩をもつ、そんな言論人や政治家に人権や平和をいう資格はない。【押谷盛利】

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2008年03月26日

戦後の衆院選の歴史

 戦後の衆議院議員の選挙制度は大選挙区連記制から中選挙区単記制、そして現在の小選挙区比例代表並立制へと変遷しているが、その歴史を振り返って分析するとき、政治情勢や国民の政治意識の変化など教えられるところが多い。
 戦後の第1回の総選挙は昭和21年(1946)に実施されたが、記録的な候補の乱立が今に至るまで語り草となっている。
 定数6人の大選挙区制で投票は2名を連記する珍しいシステムだった。
 候補者は定数の6倍近い35名で、当選は自由党3、社会党2、無所属1、計6名。
 湖北からは森幸太郎(自・びわ)、花月純誠(自・米原)の当選組に続き、次点に草野一郎平(無・長浜)、これに次々点の長野重右衛門(進歩党・米原)など上位陣の活躍が目立ち、中位から下位に堀江源一郎(諸・余呉)真川亀太郎(社・長浜)が位置した。
◇この一年後の選挙から、中選挙区単記制に変わり、占領軍による公職追放令などの影響もあって立候補は前回の半分以下の15名になった。
 定数5のうち、湖北からは森、長野、花月の3人が当選し、寺村銓太郎(社・長浜)が次点になるなど注目を浴びた。前回(戦後の第1回選挙)、次点で繰り上げ当選のはずだった草野は公職追放令で涙を呑み、昭和27年の選挙まで立候補が許されなかった。
◇昭和22年の戦後2回目の選挙以来、立候補者は漸減し、同24年14名、27年12名、28年以降は9人から8人を前後し、少ないときは6人(昭58)のときもあった。
◇いわゆる55年体制の始まりとなった昭和30年(1955)の選挙は10人が立って、自民3、社会2の当選で、湖北からは草野がただ一人、前々回の30年に続いて返り咲いた。
 55年体制は1993(平成5)の非自民勢力の勝利で終止符を打つが、それまでの日本の政治は自民、社会のなれ合いの感じが強く政治の停滞と腐敗の因と指弾されていた。
 その自・社の政治体制を象徴するように、滋賀県の場合はいつの場合も自民3、社2、もしくは自2、社1、民社1、共産1の配分が続いた。
◇県下の選挙史を通じてさらに明快になったのは、日本の経済興隆と並行して滋賀県南部の発展と人口の爆発的増加である。
 この結果、中選挙区制のもと、昭和40年代以降は湖北からの当選者は少なくなり、昭和51年以降は遂に空白区となった。この間、桐畑好春(余呉)、黒田春海(米原)、昭和の末期から平成へかけて川島信也(長浜)が2回、伊藤正明(長浜)が1回挑戦したが厳しいハードルは越えられなかった。
 湖北の政治勢力の地盤沈下は取りも直さず、湖北の有権者の少なさから生じたもので、これは全県1区の中選挙区制のもたらす必然性で人口の圧倒的に多い大津、湖南地区が有利となり、当選者の多いのは、市、町議会議員の地盤の強弱と同じである。
 もし、従前と同じように中選挙区制へ復活すれば、湖北は永遠に代議士空白区となるだろう。【押谷盛利】

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2008年03月25日

五輪と報道の役割(見聞録)

 中国政府の圧制に抵抗するチベット内での暴動。同地域では、海外メディアの取材が拒否され、内情が暗闇に包まれている。
 そんな中、ギリシャのオリンピア遺跡で24日行われた北京オリンピックの聖火採火式。北京五輪組織委員会会長の演説中に男性2人が乱入して取り押さえられる事件が発生し、その後のリレーでも抗議行動が相次ぎ、先行きの不安を感じさせた。
 また、中国の著名な反体制評論家や作家ら約30人が同日、チベット暴動への中国政府の弾圧を批判する声明を発表し、波紋を招いている。
 中国政府に対し、チベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世との対話に臨むよう促したもので、チベット暴動で情報規制が一層厳しくなっている中国国内にあって、インターネットの掲示板などに転載され、影響を広げている。
 政府の指示でダライ・ラマへの批判をキャンペーンしている中国メディアに対しても「偏った報道姿勢は民族の対立と憎しみをあおり、状況をさらに緊張させている」と指摘している。
◇1950年にチベットに侵攻した中国政府は徹底的な弾圧でチベット民族を虐殺し、死者は120万人にのぼるともいわれる。
 加えて、青蔵鉄道(青海チベット鉄道)などの交通網の整備、経済政策による漢民族の移入でチベット自治区の中国化を図ってきた。
 今回のチベット暴動は、それら少数民族政策の失敗を意味するものだが、海外メディアの規制という行為は「臭い物に蓋(ふた)」という愚策だろう。
◇今回の暴動に限らず、中国国内には報道の自由がなく、すべてのメディアが政府にコントロールされている。政府の意に反する報道を行ったジャーナリストは逮捕、拘禁される。
 海外メディアに対しても圧力を加え、今回のチベット暴動でも、中国当局が過剰に神経をとがらせ、四川省の少数民族自治州を取材していた記者を、複数の車が尾行し、ホテルでも後をつけ回し、同自治州を離れる航空機にまで当局者が同乗して取材を妨害した、と産経新聞が報じている。
◇少なくとも30人のジャーナリストが拘禁されている中国に対し、世界新聞協会は釈放を求める意見広告の掲載を世界中の新聞に呼びかけている。
 「次の五輪を観戦するつもり?そこでは観られないことが一つある」と訴え、▽政府による土地接収に抗議する村民を報道して10年の刑▽生活水準の低さを批判する記事をインターネットで掲載して2年の刑―という具合に具体例を紹介し、中国政府を批判している。
 なお、この広告は、英、仏、独、露、アラビア語など10の言語で準備されているが、残念ながら日本語はない。日本の新聞社が中国政府への批判広告を載せるわけがないと、思われているのか。

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2008年03月24日

とんでもない見当違い

 日銀総裁の空席に見る通り、国会のねじれ現象は政治の停滞を招きかねない、と心配する向きがあるが、そのことは、かつてのように与党の独走が許されぬ、ということであり、国政の大衆化への前進でもある。
 与党の独走が許されぬ、とあっては、いきおい、予算にしろ、法律にしろ、野党との協議、おりあいが要求され、野党の政策や意見が反映されることになる。
 与党と野党の主張のバランスの上に立って国家国民のため、真の民主政治が展開されれば、ねじれ国会はむしろ結構と肯定しなくてはならない。
◇しかし、自民党や公明党の中には、こういうねじれ国会の生じるのは選挙制度の欠陥によるとして、現在の小選挙区比例代表並立制をやめて、元のように中選挙区に戻しては、という意見が台頭している。
 とんでもない見当違いで、以下、中選挙区制の欠点とそれによる弊害を述べる。
 94年に国会で可決した小選挙区制は、非自民の細川内閣のもとでの政治改革として論議され、実現したものだが、それは過去の中選挙区制の弊害からの反省によるもので、極論すれば、中選挙区制は派バツ政治と金権政治に結びつく、ときめつけた。
◇なぜ、中選挙区は派バツと金権政治に結びつくのか。
 全県1区、定数5人の滋賀県のかつての衆議院選を回顧すれば分かるように、政党によらなくても無所属で立つことが可能であり、強い政党は派バツのバックによって、定数いっぱい立てて、身内での血で血を洗う熾烈な選挙戦を演じた。
 この、一党乱立は政権与党の自民党の宿命であり、仮りに党公認が得られなくとも無所属で立って、派バツの丸抱えで選挙にのぞむことがあった。そして、当選した場合は、公認扱いを受けて入党し、その派バツの子分となる。
 また、全県1区といえども、候補者には、比較的有利な地盤がある。有力な候補でも地盤が意図的に荒らされるときは不利となる。こうした選挙事情を前提に、派バツの親分たちが貸し借りの取引をして、それぞれの派バツの当選、拡充を図った。逆に、強い派バツが敵対関係にある派バツを崩すため、敵の派バツの候補の選挙区へ刺客の候補を立てることもある。
◇こうした暗い裏取引のなかで、与党の選挙体制は派バツの親分が取り仕切る。したがって派バツの親分をバックにしなくては選挙に勝てない。親分はその代わり、金と票集めで子分の面倒を見る。
 それでは、多くの現役並びに新人の候補の面倒を見る親分は、どんな金の生(な)る木を持つのであろうか。いわゆる政治資金の源である。
 親分の金集めに奉仕するのはその派の大臣、もしくは大臣候補、さらには有力なる族議員である。族議員は官僚を通じ、財界、業界につながっており、時には政策のさじ加減、ときには、許認可、発注などの利害を通じ、政治献金を吸収する。また官僚の天下り組織を利用して、その組織の影響下にある企業から金を集める。個々の企業ばかりでなく、全国的な団体からの献金もあり、派バツにおいては、集金力が派バツ内の権力と地位にも反映する。
◇派バツの親分は子分を大事にすると同時に、子分からの絶対忠誠心にあぐらをかき、念頭にあるのは、金集めと子分を大臣や党役員に送り込む算段である。
 このための最大、最高の道は、政権交代劇の主役になることと、一年以内の改造内閣の実施及び、大臣の短命制である。ころころと一年以内に大臣を変えることによって大臣の粗製濫造を推進する。こうして、派バツ内の子分を次々と大臣や党役員に送り込む。つまり大臣という餌と金という弾丸の力で子分を強くつないでおく。短命大臣であるから官僚の木偶(でく)の坊となり、その代弁者となる。ここから官僚と政治家(族議員)の癒着が始まる(以下次号へ)。【押谷盛利】

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2008年03月23日

よもやま話・完(よもやま)

 「もう、そんな時勢でなくなった」。このような言葉を最近、よく耳にする。
 今、自治体では新年度予算審議の真っ最中だが、滋賀県は「構造改革プログラム」と称して、長年、慣行としてきた各種団体への補助をカット。びわ湖まつりなどのイベントを中止する。
 祭は交通網やメディアが普及していなかった時代、年に一度の楽しみだった。祭には露店のほか、見世物やおばけ屋敷などが出、多くの人で賑わった。
 しかし、最近は全国各地にテーマパークが林立。国内外へ手軽に旅行できるようになり、自宅ではテレビやパソコンのスイッチを押せば、愉快な番組が楽しめ、人々の目が肥えてきた。
 今月10日に閉幕した長浜と浅井盆梅展は今シーズン入場者が激減した。市では大雪やガソリン値上げが原因とみているが、これだけが理由だろうか。主催者のアイデアも限界にきているのでは。
◇湖北の新年度予算に目を向けても、合併した長浜以外、湖北6町でハコモノ建設は一切ない。
 国、金融機関から40億円余りの借金がある虎姫は1000万円以上の新規事業はゼロ。同じく借金まみれの湖北町(48億円)も老朽化した小谷小のリニュアル工事のみ突出し、残りはすべて数百万単位。財政担当者に「何か、目ぼしい事業は?」と取材しても「(記事の)ネタになりません」の一言。
 伊香4町も同様、企業の業績好調やタバコ税収が伸びた高月以外、財政状況は厳しい。どこも基金(貯金)を崩して、当座を凌いでいる。あとは合併に頼るしか、生きる道はない。
◇同様、出版業界も同じ。企業の経費節減でまず、最初にターゲットとされるのは広告(宣伝)費である。
 連日、新聞にはたくさんのチラシが折り込まれている。よく目にするのはパチンコ業界や求人広告のチラシだが、関係者によると、これでもここ10年間で大幅に数が減っているという。
 パチンコ店は全盛期、米原以北に20店舗余あったが、厳しい競争の末、今では十数店舗まで減少している。このほか、大きなチラシを出しているのは体力(資本)がある大型量販店や家電チェーン店のみ。しかし、消費者の財布の紐はマスコミが伝える「景気回復」とは裏腹に、緩くない。
 新聞業界も同じ。インターネットやケータイの普及で新聞を購読しない人が増えた。旧東浅井地域は新聞の購読数全体としてはほぼ横ばいだが、これはみずべの里や新三田など新興住宅地が増えているためで、実質はかなり減少している。
 また、さまざまな絡みで定期的に新聞を変更する客も増えている。東浅井ではまだ、少ないが長浜では全体の35%を超え、都市部に向かうほど、この傾向は強い。このため、各販売店は経費節減やセールスに必死である。
◇滋賀夕刊は旧知のとおり、旧東浅井郡内で4月から一斉に新聞折り込みが終了される。これに伴い「浅井よもやま話」も今号を以って休止となる。
 東浅井サンデー特別版は2004年10月から第2・4日曜、朝日と読売新聞のみ折り込まれるようになった。よもやま話では押谷社長が地元の歴史や人物にスポットを当て紹介していたが07年7月からは私が任されるようになった。
 私は記者になった当初から署名入りの記事は遠慮願っており、本紙「メモ帳」では未だに「虎」というペンネームを使っている。「虎」の由来は私が阪神ファンであることと、弱冠、32歳の若さでこの世を去った親友のニックネームを使わせてもらっている。
 入社10年目でついに紙面に名前を入れたが、驚いたのは反響の多さ。会う人に「いつも読んでいるで」「身近に感じるわ」「机の前に貼っているで」など、恐縮するばかり。
 これからは「本業」の記事を書くことに専念し、コラムはわが社の鑑「時評」にお任せしたい。滋賀夕刊は何らかの形で東浅井の読者にお届けできるよう、地域の方のご協力を得ながら配達システムを確立するため鋭意努力していますのでご心配なく。短い間でしたが、愛読ありがとうございました。

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2008年03月21日

中国の情報統制に思う(見聞録)

 中国政府の圧制に反対するチベット人による暴動が発生してから1週間。現地記者の周辺取材や旅行者の帰国により、徐々に暴動の様子が明らかになってきているが、中国政府の報道規制、情報操作に阻まれて、断片的情報しか得られないのがもどかしい。
 チベット自治区では、暴動が発生する以前からマスコミ関係者の入域を認めておらず、亡命チベット政府は、旅行者からの情報提供を頼りに、チベットの現状を世界に発信していた。
 今回の暴動の様子も、旅行者の撮影したビデオで明らかになりつつある。一方、中国国内では、政府の統制で都合の良い、チベット人が暴れている映像だけをテレビで流し、新聞もチベット人が暴動を起こしたことを伝えるだけで、その背景にある圧制には触れない。
 今、チベット自治区は完全に閉鎖され、外国人の立ち入りは一切不可能。いったい自治区内で何が起こっているのか。
◇中国政府の徹底的な情報統制下では、国民は自由に情報を得ることができない。しかし、近年は裕福層の海外旅行や、インターネットの普及で、限定的ではあるが、政府発表以外の情報を得ることができるようになっている。
 このため、国民はチベット暴動の政府発表を信じていないそうだ。というのも、日本の全国紙がチベット暴動に対する中国国民の反応を取材しているが、「正しいのは(新聞の)日付だけ」「政府の説明はうそだ」という言葉が寄せられている。
 四川省の聖都でもチベット人による暴動が波及し、「チベット人が銀行を襲撃した」「バスが爆破された」などのデマが流れている。
 政府は地元紙を通じて、そういったデマを信じないように呼びかけたが、庶民は耳を傾けず、「政府は信用できない」としている。
◇情報統制は独裁国家や社会主義国家には欠かせず、併せて外国人やマスコミ関係者の立ち入りを制限するのが一般的。
 ロシアを含む旧ソ連の国々では外国人旅行者に「レギストラーツィア」と呼ばれる滞在証明書の発行を義務付けている。どの旅行者がどの町に滞在したかを確認するため、ホテルなどの宿泊施設が発行するもので、その証明書が揃っていないと、出国手続きが「面倒なこと」になる。また、マスコミ関係者というだけで、例えプライベートな旅行でも、いろいろと誓約書を書かされる。
◇なにも情報統制や隠ぺいは中国のような独裁政府に限ったことではない。食品偽装事件での企業対応にも見られたし、道路中期計画をめぐる国土交通省の道路需要の見通しなどもその一例だ。
 身近な例では、先日、彦根市内の中学校教諭(29)が生徒とみだらな行為をしたとして条例違反で逮捕された件。滋賀夕刊の姉妹紙「しが彦根新聞」が事前に情報をキャッチしたが、取材を申し込んだ彦根市教育委員会は曖昧な返答に終始し、逮捕されてから、記者会見をする始末。
 自身の都合を優先し、情報を操作、隠ぺいしようとする行為は、身近なところでも起こりうる。そう肝に銘じる必要がある。

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2008年03月19日

中選挙区郷愁と派バツ

 自民党の派バツ全盛期を郷愁する古い体質の政治家の中には、今日の混迷とも言われるねじれ国会を見て、再び、かつての中選挙区制度の復活を夢見る。
 現在の小選挙区制に移行したのは、55年体制の少数党乱立と派バツ政治への不信から来る一大政治革新であった。
 2大政党対立による政権移譲こそ分かり易い政治であり、国民の審判が目の前で形に現れる点で民主政治にふさわしい選挙制度といえる。
◇小選挙区制度は1994年に国会で議決しているからまだ15年しか経っていない。にも拘わらず、元の中選挙区制への復活論が出るのは古い時代の、派バツと官僚政治、族議員全盛時代への郷愁が頭にあるからである。
 中選挙区制度は古い時代への逆行であり、愚民政治と金権政治に直結するが、以下その点について触れる。
◇中選挙区制当時の滋賀県は全県を一区とし、定数は5名であった。戦後、何回かの総選挙が実施されたが、一番多いパターンは自民3、社会2の当選だった。この他では無所属、諸派、共産党が当選したケースもある。
 そのころの政界は自民党の独走時代であり、野党は乱立しつつ、政権への夢を捨てて、永久野党に甘んじていた。
 この緊張感のない政局が後に批判を呼んだ、自民党対社会党のなれあい政治、なれあい国対(国会対策)を生んだ。
 この自・社のなれあい国会が、自民党の派バツを助長し、短命内閣による大臣の粗製濫造を招いた。
 その間、一時は、民社、公明がワナを仕掛けて、自民党の反主流と結んで政権奪取を試みたこともあったが、所詮は強力な自民党派バツに蹴散らされた。
 また、今の衆院議長の河野洋平氏らが自民党を出て旗揚げした新自由クラブに政治刷新を期待したが結局は連立内閣によって、元のサヤに納まってしまった。
◇自民党の派バツ政治は不死鳥の如く強大であり、無敵といわれたが、この派バツ政治の弊を改めない限り日本の政治の近代化はあり得ない、と自然暴発したのが1993年の宮沢内閣不信であり、その後に誕生した非自民の細川内閣がその歴史的所産といえる。
 細川内閣を生んだ当時の野党及び自民党の離脱組の情熱が一夜のうちに瓦解し、村山内閣を経て、再び元の自民党政治に返ったのは、野党の政権欲が金権体質に汚染され「非自民」の一体的政党への展望を見失ったからである。
◇国民として強く記憶しておきたいのは、村山社会党内閣を継いだ橋本政権以来、日本の政治は再び自民党に帰したが、この間、細川内閣に結集した野党は散り散りになり、雲散霧消、紆余(うよ)曲折を経て、最終的に民主党、公明党、社会党に収斂(しゅうれん)された。このうち、公明党は自民党と組んで政権与党となった。
 内閣を組織するほどの力を持った社会党は無残にも敗退路線を走り続け、存在感を薄くした。
 自民系、さきがけ系の多くは、元の自民党に還るもの、民主党に合流するもの、消えてゆくもの、さまざまだが、選挙民は常に政治刷新、政治改革を願い、その象徴的政治事件として、反派バツの小泉内閣を誕生させた。
◇安倍内閣は小泉政治を継承したものだが、派バツ郷愁派はここぞとばかり復権を目指し、今日の福田政権を実現した。福田首相はロボットに過ぎず、この政権を動かしているのは台頭しつつある派バツ連合である。この勢力による第2期派バツ政治は、中選挙区制によらない限り安定しない。だから、ひそかにその復活を称え始めた。【押谷盛利】

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2008年03月18日

中国の抱える民族問題(見聞録)

 旅行者に憧れの秘境チベット。南のヒマラヤ山脈、北の崑崙(こんろん)山脈、東の横断山脈に囲まれ、インド半島と中国大陸がぶつかって隆起した高原に位置する。
 2006年、中国青海省西寧からチベット自治区ラサまでの1956㌔を結ぶ青蔵鉄道(青海チベット鉄道)が全線開通した。山脈越えの標高は最高で5072㍍にも達し、北京からラサまで2日間かけての旅は、鉄道マニアの垂涎となっている。海外旅行客が大挙し、中国本土からも観光客が押し寄せている。
◇しかし、チベットの旅行は自由が制限されている。というのも、中国政府が入域や滞在を管理しているからだ。
 個人旅行は原則的に認めておらず、自由に旅行するには中国国内の旅行代理店に「団体旅行」名目で割高のツアーを申し込む必要がある。団体旅行者の一員として、チベット内に入るわけだ。
 さらに、中国本土への旅行は日本人ならビザ無しだが、チベットはビザが必要なうえ、それとは別に「入域許可証」が必要になる。
 外国人観光客の流入を一定規制することで、チベット問題の拡散を防ごうとする中国政府の都合なのだが、実際はわざわざ値段の高いツアーに参加しなくても、近くの都市から闇バスを利用でき、簡単にチベットに入れるし、いったんチベットに入れば入域許可証の有無をチェックされることはない。許可証の発行はその手数料をせしめるお役所の既得権益と化しているだけ、というのがチベット旅行者の話。
◇チベットは清の滅亡後、独立を果たしたが、1950年に中国人民解放軍による侵攻、制圧を受け、激しい破壊と殺戮にさらされた。
 1955年には中国の弾圧・支配に反発する「チベット動乱」が発生したが、逆に中国政府の弾圧で十数万人の難民を生んだ。
 今回のチベットでの抗議運動も、日ごろの圧制に耐えかねたチベット人の反発が暴徒化したものだ。
◇中国の圧政に苦しむのは何もチベットだけではない。「東トルキスタン」もそう。中国政府は「新疆(しんきょう)ウイグル自治区」の行政区を設けているが、この地は古くから「人種のるつぼ」と呼ばれる中央アジアの一員として多民族国家を形成してきた。しかし、現在は、漢民族の支配を受け、ウイグル、カザフ、キルギス人らテュルク系住民が望む独立の声は、徹底的に弾圧されてきた。
 旧ソ連の崩壊でウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、トゥルクメニスタン、タジキスタンといった中央アジアの国々が独立したのを横目に、中国政府の支配を受け続ける自治区の彼らは何を思うのか。
◇チベット、ウイグルだけではない。台湾だって中国の脅威にさらされている。ちょうど今、総統選挙が行われ、中国との結びつき強化による経済発展を呼びかける親中派と、一定の距離を置くべきとの慎重派の一騎打ちとなっている。
 今度のチベットの抗議運動が、台湾総統選にどういう影響を与え、親日の台湾政府がどう動くのか、注目したい。

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2008年03月17日

変な虫が動き始めた

 政権交替の与野党対峙が絵に描いた餅でなくなった昨今、与党の周辺から衆議院選の中選挙区方式の復活論が台頭し始めた。
 もう14年も前の古い話だが、1994年(平6)の11月国会で衆議院の選挙区制がこれまでの中選挙区制から現在の小選挙区制に改められた。
 正しくは「小選挙区比例代表並立制」という。この方式の特徴は、例えば滋賀県は以前の中選挙区は全県1区で定数5人だったが、これを5選挙区1定員に細分したことで、候補者と有権者の距離が近づいたことと、全国を11ブロックに分けた比例区を設けたことで政党を選ぶことに重きが置かれたことである。
◇面倒な選挙制度の詳細は選管や専門家に任せればよい。国民にとって大事なのは、なぜ政党選びを加味した現在の小選挙区制に変わったのか、という点である。
 これは1993年細川内閣出現による非自民政権のもたらした最大の政治改革であった。93年に宮沢内閣が不信任され、自民党を出た小沢一郎グループ、「さきがけ」をつくった武村正義グループらが、野党と一体的に非自民内閣を立ち上げたことは記憶に新しい。
 この政変の最大の眼目は「政治改革」だった。具体的に言えば、自民党の派バツ政治と族議員による官僚主導型政治は国民の信頼を欠き、国民の政治離れが危機的様相を帯びている、という認識から出発した。つまり、55年体制以来の古い自民党型の政権たらい回しを否とする反省が出発点だった。
◇その結果が今日に及んでおり、小選挙区制移行の期待した政党政治がようやく地に付いた感じである。移行当初は政党の少数乱立や離合集散など不安定要素がつきまとったが、現在では、おおむね、自民―民主の2大政党対立構想が定着し始めた。
 実は、2大政党の対立と政権交替の可能性こそ小選挙区のねらいであり、国民の願いでもあった。
 それは与党の自民党政権に失政や不信感が募れば、野党の民主党に政権を渡すという暗黙の了解で、それを審判する選挙が小選挙区比例制の現代の選挙区方式といえる。
 これまでは、自民党のA政権が行き詰まっても、派バツの有力者によるB政権、それが駄目なら派バツCのC政権と、同じ党内から首班の首を変えるだけで、自民党政権という中身は変わらなかった。それでは、民意に基づく政党政治とは言えぬのではないか。
◇いま、せっかく、2大政党対立型政治が定着しつつあるときに、与党の一部から、かつての中選挙区方式に戻すべきでは、との声が出始めたのは偶然ではない。
 じっと耳を傾けていると、中選挙区を考えているのは、派バツの親分衆や実力派で、いずれも古い体質に郷愁を感じている政治家ばかりである。
 彼らは、これまでのように派バツの絶対的支配者として子分を養成し、金と票で、子分を心服させる。子分は族議員化して、役所の代弁者となり、官僚の政策推進に奉仕する。親分はあらゆる手段を用いて政治資金を集めるが、その結果、政治が利権がらみとなり、内閣は派バツボスの取引によって運営される。不透明な政治が選挙を汚し、暗い不潔な政治が国をあやまる。その再現を許してはならぬ。【押谷盛利】

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2008年03月15日

ねじれ国会、政局展望

 ねじれ国会で政局ががたがたし始めた。
 日本銀行の次期総裁が野党の反対で暗礁に乗り上げたが、それは悪いことではない。
 与野党の合意出来る人事が最高であって、野党が反対している人事案を呑めといっても無理な話で、反対を承知で原案を固執するのは名前の上がった人の面目を潰すだけである。
 ねじれ国会は、与党多数の衆議院ではどんな法律も予算も通るが、野党多数の参議院では必ずしも通るとは限らない。政府と与党はいらいらして、こんなことでは思うようにゆかないからと野党第一党の民主党との間で党首会談をやり、問題解決の協議を始めたいが、民主党は小沢一郎代表への丸まかせに疑心があるから、おいそれと乗らない。
 小沢さんも、いずれ解散があるからそれまでは自分の力を満タンにしておく必要があり、相手の傷口の深まるのを待っているふしがある。
◇こういう政治情勢の中で、ガソリン税の延長と道路特定財源問題が国会で火花を散らしている。
 実は、政府や与党の思うままにならなくなったのが「ねじれ国会」の産物なのである。
 この産物、与党はバカげている、と腹に据えかねているが、野党はここぞとばかり、道路特定財源の無駄な使いぶりや天下り役人優遇の道路関係団体との癒着などを槍玉に上げて、不愉快なぼろを国民に披露した。
◇国益尊重、国民のための政治を考えれば、今度の道路財源問題その他の行政のボロの発覚は昨年の参院選で野党が勝ったお陰ともいえなくはない。
 つまり、変な不適正な国費(税金)の乱費は、ねじれ国会によって明るみに出たといえる。したがって、今、衆議院を解散すれば自民党が負ける公算が強い。そんなアホーな勝負は避けねばならぬ、として、与党筋では任期いっぱい論が台頭している。
 少々、頭を叩かれてもここは我慢に我慢を重ねて、日和を待つのがベターだと考えるのが福田総理や執行部である。
◇一方、国民の側や地方自治体の中には、この辺で政治のあり方を考え直すのがいいのではないか。
 もっと地方を大事にせねばアカン、もっと税金の分け前を地方へ増やさねばアカン、無駄な税金使いや納得のできぬ話がもやもやしているから、大掃除や洗濯をせねばアカン。といった発想で、実力知事のOBや現職らが「せんたく連合」をつくったし、与野党の国会議員もこれに呼応して「せんたく議員連盟」を立ち上げた。
 この「せんたく」さん、これからどんな仕事をするのか、その展望が注目されるが、一つ考えられるのは、与野党の中へ入って政局の動きの鍵を握る可能性である。
 その鍵を行使して「ねじれ国会」を解消しようとするのかもしれない。そうなれば、せんたくさんは政局台風の目となること必至である。
 どうやら、政局台風はだんだん風速を増しつつ大型化するいきおいである。
 それに輪をかけるように、このごろ衆院選の中選挙区復活論が出始めた。これについては次回に述べるが、国民は目を据えて、方向を見間違えてはならない。【押谷盛利】

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2008年03月14日

道徳教育に諺を(見聞録)

 2月21日付け滋賀夕刊に掲載した「学校の道徳教育は限界か?」の記事が13日の市議会一般質問で取り上げられ、北川貢造教育長が所見を語った。
 記事は長浜南中学校での道徳教育の成果を、生徒への意識調査から検証したもので、生徒の7割が道徳授業を有益と回答したものの、半数以上が「面倒だから」などと、道徳の授業で学んだことを実践に移すのに消極的だった。学校の授業だけでは生徒の道徳観の醸成は限界で、親の道徳観の欠如も一因では、との内容だった。
 この記事に対して、北川教育長は「学校での道徳教育が限界とは考えていない。学校でやっていれば、いつか社会も変わるに違いない。そういう姿勢で取り組んでいる」と、力強く語った。
 そのうえで、「私達は親を教育することはできませんので、地域の自覚、取り組みを待たざるを得ない。学校で道徳を(児童、生徒に)語りかけることによって、次の世代では変わってゆくだろうと、思いながら取り組んでいる」と心情を明かした。
◇これは、吉川富雄議員の質問に対する答弁。同議員は現代の社会規範意識の低下を憂い、「親の道徳観の欠如」を指摘した。
 そして、児童、生徒の道徳観の醸成のために、「長い日本人の生活の中で生まれた様々な諺(ことわざ)は、日本文化の大きな遺産。道徳の授業に取り入れてはどうだろうか」と提案した。
 諺は古くから世代を超えて受け継がれてきた教訓や風刺。
 吉川議員の提案の背景には、諺が家庭の核家族化により、親から子、子から孫へと伝わらない現状への憂えがあるからで、学校の授業で諺を取り上げることは情操教育の一助になりうるし、子ども達が家庭に持ち帰って調べることで、家族や地域での道徳観醸成にもつながる。
 北川教育長は「鉄は熱いうちに打て」「撒かぬ種は生えぬ」「人のふり見て我がふり直せ」といった諺、「こぶし腰浮かせ」「傘かしげ」などの仕草を取り上げ、「日本の長い歴史の中で人のありよう、生き方の知恵が凝縮されている。まさに日本の文化、遺産」と語り、学校で積極的に取り入れてゆくことを約束した。
◇誰もが知る諺に「三つ子の魂百まで」がある。3歳までに形成された性格や知能は100歳まで変わらないとの意味で、幼少期の子育ての重要性を説いたものだが、教育の基本は家庭、ということを改めて噛み締めるべきだろう。

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2008年03月13日

日銀総裁同意ならず

 自民党はアホと違うか、ふと、そんな気持ちになったのはぼくだけではあるまい。
 政権党という責任ある党がかりそめにも人の人格を棚ざらいして、否決されると分かりながらその人の同意人事案を提出した。
 このところ連日、ニュースの核となっていた日銀の次期総裁人事のことである。
◇日銀は日本の金融界の総本山であるから人間で言えば心臓にたとえることのできる最重要の組織である。
 時の政権や一部の財界に支配されることがあってはならないとの理念からその最高人事は国会の同意を得なければならない、と日銀法に規定している。
 現在の福井俊彦総裁は、この19日に任期が切れるので、それまでに与野党協議がまとまればともかく、自民党があくまで現副総裁の武藤敏郎氏の昇格にこだわれば、19日以降、日銀総裁は空席となる。
◇12日の参院本会議は、提案された同意案件について、総裁の武藤氏、副総裁の2人のうち伊藤隆敏氏を不同意とし、白川方明副総裁に同意した。
 衆院では13日採決するが、これは与党多数で3氏とも同意されよう。問題は国会のねじれ現象による収拾策だが、予算や内閣総理大臣を決める議決のように衆院の優越規定がないから野党の同意がない限り、総裁は空席という最悪の状況となる。
◇こんな話は、最初から分かりきっていることで、野党の主導権を握っているのは民主党であるから、その民主党が最初から同意しない、といっているのに、しゃにむに「武藤案」を固執するのは芸のない話である。
 芸のないのは、自民党の執行部と福田総理の責任として笑われもしようし、信用を落とすが、巻きぞえを食って「よい」の「悪い」のと国民の前に棚ざらしされた武藤氏こそ迷惑千万である。
◇さて、民主党や他の野党が、なぜ武藤総裁を拒否するのであろうか。
 国会レベルの話であるから、顔や学力や私生活などが問題ではない。強いて言えば武藤氏の経歴が気に食わないというのである。武藤氏は財務省(旧大蔵省)出身で、元財務事務次官という官僚中の最高エリートといえる。
 その経歴が野党の反発を食っているという事実は逆に言えば、野党側の財務官僚に対するコンプレックスが見え見えである。
 しかし、コンプレックスといえどもわれわれ国民の利害にある感情というレベルの質ではない。いわば、1980年代からのバブル景気と90年以降のバブル崩壊を通じての日本の財政金融政策の司令塔であった財務官僚への批判と反発である。
◇いま、戦後この方、実質的に日本を支配した大蔵省について、これを総括する紙数はないが、一番わかり易い例をあげるならば戦後の有力な政治家は大平、福田、宮沢氏ら元総理を筆頭に自民党幹部の多くは大蔵出身が目立つ。
 旧大蔵省は日本国の台所のすべての金の出し入れを統括し、税金と歳出に強大な権益を行使した。各省庁は大蔵に三拝九拝して、その後塵に甘んじた。
 都道府県においても補助金という金づるの元首を締められて、大蔵の支配下にひれ伏した。
 その積年の財務独尊、独善の後遺症を癒すためにも財務官僚の日銀総裁に反発するわけである。根は深い。それを知らぬはバカである。【押谷盛利】

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2008年03月12日

人権擁護法案に反対

 いま、中央、地方を問わず国民の注目を浴びているのが「人権擁護法案」。人権擁護に何人も異をはさむものはいない。
 しかし、人権擁護の名のもとに令状なしに出頭を命じたり、書類の押収や家宅捜索をされると、これは戦時中の治安維持法と同様に逆に国民の人権を踏みにじることになる。
◇そもそも人権とは何か。実に抽象的であいまいな言葉である。
 一般に納得させる定義は、人間が人間として当然に持っている権利、基本的人権ということが出来る。
 この基本的人権は憲法が保障しており、その侵害は個々のケースにより法律が対応し、罰則を設けている。憲法で人権擁護を規定しているのに、その上さらに「人権擁護法」を制定するのは屋上屋を重ねるものだが、そこには人権団体の思惑もあり、法務省の人権擁護局の権限強化など官僚の独善が底流している。
◇政府が平成14年にこの法案を国会へ提出したときは政界や言論、報道機関の激しい反対にあって、廃案となったいきさつがある。
 この法案の骨子は、法務省外局に「人権委員会」を設置する。
 この機関は高い独立性が保障され、あらゆる人権問題の情報を収拾し、あたかも警察官の捜査のような踏み込んだ権限が与えられ、人権委員の主観的判断で国民の自由な発言が圧迫されかねない危険を含む。
 例えば昨年、同対関連の団体役員による不祥事件が何回か報道されたが、この種の報道に対しても「人権擁護法」をかざして記者の出頭を促したり、家宅捜査をしかねない不安と危険をはらんでいる。
◇人権委員会は中央に本庁、地方にも支庁のような組織を持ち、その委員は戦時中の特高警察のような強大な権限を持つから、国民の民主主義、自由主義の脅威となる可能性さえある。
 いまどき、なぜ人権擁護法案がうごめき始めたのか。小泉、安倍政権下で日の目を見なかったものを、今、福田政権下で突破しようとするのは福田政権の反改革の路線かもしれないが、そういう政治情勢の背景には民主党の中にかなり強い推進派が存在するからである。
 したがって、国民は、自民、公明の与党ばかりでなく、野党の中にも民主党など人権擁護派議員の多いことを承知して、断固反対の意見や陳情を展開すべきである。
◇自民党内では無所属ながら平沼赳夫・元経産相を会長に、中川昭一元政調会長、島村宣伸元農水相、古屋圭司衆院議員、戸井田徹衆院議員のほか安倍晋三前首相、麻生太郎前幹事長ら多数が法案阻止に結集している。
 一方、推進派は「人権問題調査会」のもと、太田誠一会長(元総務庁長官)らがたびたび会議を開き今国会への提出を目指している。
 この両派の分裂的動向は他方の「ねじれ国会」を踏まえての政界再編成がらみの動きに響き合い、福田内閣の命運につながってゆく。
 このさい、国民として考えねばならぬのは、「人権」とか「差別」とかの言葉のもたらす一種の言論封じと、そうした雰囲気を私的欲望に利用して、病院における医師や看護師への暴言、救急車のタクシー代わり、生活保護の不正受給など不祥事の温床となる「見て見ぬふり」をただすと共に、あたらしくかざす「人権擁護」なる葵の御紋は断じて許してはならぬ。【押谷盛利】

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2008年03月11日

救急車はタクシー?(見聞録)

 「モンスター・ペイシェント」―。医療現場でモラルの欠けた行動をとる患者を、こう呼ぶ。病院に診療拒否権がないことを盾に、患者が社会的弱者の立場を悪用し、理不尽な要求を押し通す。例えば、待ち時間が長いことに医師や看護師をどなりつけたり、診察や治療にクレームを付けて支払いを拒否したり。
 利己優先の、公共精神の欠片もない連中だが、これは病院現場だけでなく、教育現場にも度々出現し、こちらは「モンスター・ペアレンツ」と呼ばれ、教職員を悩ませている。
◇現在開会中の長浜市3月議会の会派代表質問。竹内達夫議員は市立長浜病院への救急搬送が年々増加し、医師が対応に追われ大変だと改善策を求めた。
 同病院事務局は、救急車を要請すれば待ち時間なく優先的に診てもらえると、タクシー代わりに救急車を要請する患者がいると指摘し、何らかの対応が必要と答弁していた。
◇救急車をタクシー代わりに使う非常識な患者はいったいどれくらいいるのだろうか?
 湖北地域消防本部によると昨年の救急搬送は6772件。そのうち、6割が入院を必要としない軽症だという。「タクシー代わり」との項目で統計を取っていないが、「救急車で行けば優先的に診察してもらえる」「きょう、診療の予約が入ってる」「救急車は無料」などと、平然と救急車を呼び付けるケースも多いという。
 注意すれば「税金払っているやろ」と反発する始末。1日に3回も要請する常連もいるから、現場の苦労は絶えない。
 救急車はケガや急病などで「緊急」に病院へ運ばなくてはならない場合に利用するもの。タクシー代わりに使われている間に、本当に必要な患者への到着が遅れる可能性だってある。
 湖北地域消防本部では今月になってホームページ上で「定期的な通院にタクシー代わりに救急車を呼ぶことを止めて」と呼びかけているが、こんな当たり前の啓発をしなければならないほど、患者のモラルが崩壊しているということか。
◇また、福永利平議員は、市立長浜病院の駐車場が土曜、日曜でも半数以上埋まり、特に出入り口付近にはいつも同じ車が停まっていると指摘。病院に関係のない者が駐車場代わりに使っているのでは、と、駐車場の有料化を含めた管理のあり方を求めていた。
◇今、自治体病院は医師、看護師不足が深刻で、診療科の閉鎖などに追い込まれている。大学医局による医師の引き揚げで、残された医師はぎりぎりの人数で仕事をしている。市立長浜病院でも健全運営のためには中堅医師30人、看護師20人が不足している。
 こんな、ぎりぎりの状態で、ワガママな患者の無理難題を聞いている暇などないし、ましてタクシー代わりに救急車で来院する連中の相手など。
 こういう、自己の利益、権利ばかりを主張する患者が増えれば、病院からの医師離れがますます加速するのではないだろうか。

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2008年03月10日

陳者は、のぶればと読む

 去る3日の時評のなかで、昔の候文の「陳者」を取り上げたが、発音の表記にとんでもないミスをおかしていることを読者から指摘されて恥ずかしながら訂正する。
 時評でのミスは「陳者」を「のむれば」と読んだことで、正しくは「のぶれば」であり、国語辞書にも出ている。浅学のぼくは、耳学問の思い違いで、「のぶ」を「のむ」と信じ切っていた。
 したがって、「のむれば」を辞書で探しても出ていない。
 念のため手元の大辞泉で「のぶれば」を見ると「陳者(連語)は動詞の述ぶの已然形+接続助詞「ば」。申し上げますが。さて。候文などの手紙で、時候のあいさつの次。本文の書き出しに用いる」、と説明し、例文「陳者(のぶれば)この度新社屋完成に当たり」を添えている。
 あらためて国語力の未熟さを反省し、汗顔の思いとともに、指摘下された読者にお礼を申し上げる。
◇陳者の「陳」は漢和辞典によれば音は「チン」。意味は①ならべる。並。つらねる。陳列②のべる→述、申し立てる。陳述③古い④列⑤陣、陣立。以下略。
 陳を使った熟語はいろいろあるが、日常多いのは「陳謝」=事情を述べてわびること。「陳述」=意見や考えを口頭で述べること。「陳情」=目上の人に実情や心情を述べること。中央や地方の公的機関、または政治家などに実情を訴えて善処してくれるよう要請すること、その行為。
 このほか芸術、詩歌、小説などの表現について批判する言葉に「陳腐」がある。古くさいこと。ありふれていてつまらないこと。
◇陳は「古い」の意味のあることはすでにのべたが、これを「ひね」と読む日本語は多い。
 大辞泉には「ひね」、「陳」・「老成」の項で、①古くなること、またそのもの②前年以前に収穫した穀物や野菜③老成していること。ませていること、と説明している。
 よく使うのは「ひね茄子」、「ひねかぼちゃ」、「ひねの沢庵煮は最高のぜいたく」などともいう。古くなったものを「ひねもの(陳物)」。日がたって古くなった大根は「ひねた大根」。ひねくろしは古びて、すすけている。ひねごめ(陳米)は古くなった米。古米。
◇ところで、陳謝はわびることだが、政治家などの使う言葉で、実にいい加減なのがある。
 これは陳謝には関係ないが、そう思わせるような場でしばしば登場するのが「遺憾」である。
 遺憾は、心残り、残念に思うことで、遺憾の意を表する。万遺憾なきを期する、などという。
 そのほか、遺憾なく実力を発揮する、遺憾ながら欠席する、などと用いる。
 政治家や官僚がその失敗や責任を追及されたとき、どうしても逃げ場がなくなり、いわゆるギブアップの時に、「申し訳ありません」、「お詫び申し上げます」、「陳謝する次第です」などと神妙に頭を下げるべきところを、「遺憾に思っております」、「遺憾にたえません」など言葉のごまかしが常套(じょうとう)的である。
 中国内での反日の暴動が強く批判されたとき、日本側の抗議に対し、中国当局の弁はいつも「遺憾」で終わっているが、少しも「申しわけない」という陳謝の心が入っていない。それななのに日本のマスコミはこれを中国側の陳謝を思わせるようなニュアンスで報道することが多かった。【押谷盛利】

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2008年03月09日

キャバ嬢と繭(よもやま)

 先日、テレビに全国各地の人気キャバ嬢(キャバクラに勤めるホステス)100人によるトーク番組をやっていた。「お笑い」と思って見ていたが、キャバ嬢の仕事を通して、地方格差が垣間見れた。
 東北の学生アルバイトは時給昼間600円、夜は1000円程度。キャバ嬢だと1500円までになるが、東京(六本木)では時給5000円が最低。時給1万円以上もざらで、東北のキャバ嬢1日分の給料が東京の1時間分に相当する。
 番組では両者の暮らしぶりを比較していたが、青森の娘(20)はアパート(1K12畳)暮らしで家賃3万7000円。自炊しながら地味な生活をしていたが、東京のトップクラスの店に勤務するキャバ嬢(24)は、月21万円のマンション(1LDK20畳)に住み、うち一室は物置に。部屋内やクローゼットには値札が付いたままの新品の洋服が無造作に山積みされていた。
 番組の中で東京のキャバ嬢が「(東京へ)出てくればいいじゃん」と言うと、秋田は「東京はおっかねえ。空気が違う。コロッケの臭い(油臭い)がして、鼻毛が伸びる」とあっさり断った。
 秋田の娘らの実家は皆、農家。客からの貢ぎ物もユニークで「トラクター」「米120㌔」「ジャガイモ」など現物支給。見た目はド派手だが、彼女たちの素朴な答えに思わず、顔が緩んでしまった。
 人間は金があれば贅沢に。貧乏であれば、それなりに質素な生活をする。身の丈に合わない無理な生活をすれば、どこかで歯車が狂ってしまう。そんなことをふと、思ってしまった。 
◇同じテレビの話題をもうひとつ。先日、滋賀夕刊で長浜の雑貨店が製造販売しているシルクボール(繭)が脚光を浴びていることを紹介した。そのきっかけはあるバラエティ番組だった。
 雑貨店は数年前、あるおじいさんからこの繭をみやげで売ってみないか、と薦められた。毎日、ドウランを塗る京都の舞妓さんが化粧を落としても皆、肌がきれいだという。なぜか?舞妓さんは化粧落としにシルクボールを使用しているからである。繭に含まれる天然タンパク質は保湿、美白などの効果があり、髪の毛の50分の1の太さのため、細かい毛穴の汚れをかき出すという。
 やがておじいさんは引退することになり、親しくしていた雑貨店にシルクボールの販売権を譲った。
 しかし、店頭に並べた商品は一向に減らず、店主も繭を倉庫に片付けようとした矢先の朝だった。突然、問屋からシルクボールの大量注文が入った。
 聞くと、カリスマ美容研究家のIKKO(イッコー)さんが「美顔に良い。愛用している」とテレビのバラエティ番組で紹介したらしい。翌日の朝から問屋のファクスは鳴りっぱなし。インターネットでは常連だった電気製品を抜いて3日連続、ヒット商品第1位にランキング。卸の雑貨店には1日数千、数万個の注文が入り出した。
 店では当初、店員らがシルクボールの加工をしていたが、追いつかず内職を急きょ雇うことに。その数は70人を超えたが、それでも注文に応じきれない状態が続いている。
 番組ではIKKOさんが店の名前や商品名は一切、PRしていない。雑貨店は「お客さんたちはインターネットで調べたらしいが、それにしてもマスコミの影響はすごい」と嬉しい悲鳴をあげていた。
 人生どこで何が転ぶか、わからない。「運命」や「宿命」というものをこの2つの番組を通して感じた。

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2008年03月07日

みずすましのメッセージ(見聞録)

 長浜市内の小学生が水生生物調査隊「みずすまし」を結成して、21年目。地域を流れる川で水生生物や水質を調査し続けている。
 川遊びを楽しみながら、そこに生息する生き物を調べることによって、身近な川の実態を知り、自然環境に関心を持ってもらおうと市の呼びかけで始まった取り組み。
 毎年、小学4~6年生を対象に隊員を公募し、これまでに延べ2430人が隊員となった。
 今年度は新たに浅井、びわ地域の小学校にも活動の輪が広がり、上流から下流に至るまでの河川の姿が明らかになった。
◇この調査は採取した生物の種類によって水の清濁を4段階で判別する。例えば、カワゲラ、トビゲラ、サワガニは「きれい」、シジミは「少し汚れている」、ヒルやミズムシは「汚れている」、イトミミズは「大変汚れている」といった具合。
 結果は、▽草野川上流(高山キャンプ場付近)=きれい▽内保町内の生活用水路=少し汚れている▽十一川(南田附町)=少し汚れている▽鬼川(神照小東側)、口分田町の川=汚れている▽大井川(北小南側)=きれい・少し汚れている▽十一川(北星高校付近)=汚れている。
 下流ほど水質が悪化していることが、そこに生息する生物の種類からも分かった。
◇調査報告書に寄せられた隊員の声を紹介すると―。
 十一川下流を調査した長浜小の隊員は「びんやおかしのかすなどのごみがたくさんある」「川底の石や水をにおうと臭い」と川の汚れを実感。生物採取では「ザリガニやヒル、ミズムシといった汚い川に住んでいる生きものが見つかった」「アユが多く見られたがほとんどが死骸だった」との結果で、COD(化学的酸素要求量)の測定でも水質汚染が確認された。「これからはごみ拾いをして、ポイ捨てせず、捨てようとする人を注意します」「みんな人間が捨てたものだと思うからちょっと悲しくなりました」との感想を寄せている。
 他校の隊員は「ガラスの破片や空き缶など危険なものもたくさんあります。人が川にごみを捨てることをやめ、いつまでもきれいで安全で、生きものがいっぱい住める大井川であって欲しい」(長浜北小、大井川)。
 「川だけでなくほかの場所の環境も守っていかなくてはいけない」(神照小、鬼川など)。
 「川の生き物にとって住みやすい環境が残っている。これからも魚やサワガニなどが安心して住める川を残すため、何をすべきか考えなければ」(南郷里小、十一川)。
 「いろんな生き物が一生懸命に生きているのでびっくりした」「川を汚しているのは人間。ごみや汚い水を捨てるけど、それは生物にとってひどいことなんだなと思いました」(湯田小、生活用水路)。
 「いろいろな水生生物や魚が見られて、すっごく楽しかった」(上草野小、草野川上流)。
◇調査隊活動の狙いは、子ども達に自然環境を守る意識を醸成することだが、この報告書を読んでいると、川を汚してきた大人達に「川を、自然を大切にして下さい」と訴える子ども達からのメッセージとも受け取れた。

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2008年03月06日

せんたくと政界再編成

 衆議院では与党が絶対多数、参議院では野党が多数。政府提案の法案が衆議院で可決しても参議院で否決されることもあり、いわゆる「ねじれ現象」で、政治の渋滞を心配する声もある。
 他方、与党のワンサイドゲームに待ったがかかり、国民のこれまでのもやもやした気分が晴れて、政治の透明化と民主化が進むとして歓迎の声も強い。
◇問題は政党という枠にこだわらず、国益と国民の立場から真摯に政策や国事に取り組むことであるが、民主政治が政党政治である以上、国会議員の脱政党化を要求するのはナンセンスである。
 したがって、国民は常に現政権に向かって賛成か、反対かの批判意識を持ち、その気持ちを代弁する政党を支持してゆくのが常道であり、国政が難局や岐路に立つとき、その信、不信、政策を国民に問うのは当然である。政府に対する信、不信、推進しようとする政策への賛否を国民に問うのが解散・総選挙である。
◇今の国会がねじれ国会といわれるのは、3年前の9月に国民の表明した小泉内閣支持の総選挙の結果と、昨年7月に同じく国民の審判した参議院選の安倍内閣不信によるものである。
 だから今後の政治は一刻も早く衆議院を解散して、ねじれ解消のため国民の声を仰ぐことである。
◇ところが、衆議院解散近しの声とともに、このところ急に政局再編への遠大な波がうねりを高くし始めた。
 一つは、北川正恭前三重県知事や宮崎県の東国原英夫知事らが音頭をとって組織した国民運動組織「地域・生活者起点で日本を洗濯(選択)する国民連合」。今一つは、これに連帯して超党派で政策論争を活発化させようとする自民、民主両党を中心とする衆参議員中心の「せんたく議員連合」である。
 この「せんたく議員連合」には自民党から51人、民主党から47人、公明党8人、国民新党1人、計107人が参加して3日旗揚げした。
 自民党の中には、河村建夫元文科相、中谷元元防衛庁長官、石原信晃前政調会長、元大臣、その他大臣経験者では菅義偉、保岡興治、塩崎恭久氏ら。有名人では園田博之、小渕優子、片山さつき、橋本聖子、野田聖子、河野太郎氏ら。
 民主党からは岡田克也、前原誠司の元、前党代表のほか、野田佳彦元国対委員長、論客枝野幸男、玄葉光一郎、松本剛明前政調会長。滋賀県の林久美子氏も名を連ねている。
◇北川正恭氏については早くから次期総理待望論の候補の一人であり、民主党から入っている大物は反小沢代表の色彩が強いから、ねじれ国会解消をうたいつつ政界再編成の時限爆弾になるのでは、と興味ありげに期待する向きもある。
 いずれにしても与野党が激突している国会風景の中で、議員連合の参加メンバーがにこにこと同志の如く同じテーブルについている事実は時期が時期だけに物騒な動きとして注目される。
◇ところで、北川正恭氏らの立ち上げた「せんたくする国民連合」の命名の面白さである。だれが考えたのか知らないが、なかなかユーモラスで面白い。せんたくは洗濯に通じるが、「洗濯」は大賛成である。わが滋賀県からは嘉田知事も参加したが大いによろしい。国の台所も地方の台所も徹底的に洗濯して、きれいにして納税者たる国民が安心して任せられる政治をやってもらいたい。【押谷盛利】

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2008年03月05日

リズムと雛祭りの歌

 日本語の難しさの一つに敬語表現がある。他家を訪問したとき、玄関口で「私は○○ですが、ご主人さんはいらっしゃいますか、ちょっとお願いがありまして、うかがいしました」。と自分を名乗り、訪問の要件を伝えるのが普通だが、この場合、ご主人さまの「ご」や「いらっしゃいますか」が敬語表現である。
 これは電話でも同様で、「もしもし、Aさんですか。こちら県の土木課ですが、社長さんにお願いします」、「はい、おりますが、少々お待ち下さい」、「せっかくですが、ただ今、外出しておりますので」などと応えるのが一般のやりとりである。「お願いします」、「お待ち下さい」が敬語である。
 答える側が「ご主人は出かけております」、「お父さんは外出中です」などと自分の家族に「ご」や「お」はつけない。同様に「ただ今、社長さんは出かけていらっしゃいます」と、敬語では答えない。
 用件を聞く場合も「ご用件は何でしょうか」、「よろしければおうかがいしておきますが」と自分については謙遜語、相手に対しては丁寧語、尊敬語を用いる。
◇人間は社会的動物である以上、他人と没交渉というわけにはゆかない。
 朝起きてから夜寝るまで、家族をはじめ、いろいろな人に会い、話す。それが広い意味でのコミュニケーションであり、その仲立ちをするのが言葉であるから、言葉づかいは大事である。
 夫婦の仲でさえ「親しき仲にも礼儀あり」といわれるくらいであるから、一歩外へ出れば、上司、先輩、同僚、友人、その他不特定の人と話す機会が多い。話の仕方によっては、失礼だとか、感じのよい人だとか、相手に印象を与える。言葉が仕事の第一線に立つ人、たとえば受付の人、商店の店員、セール業等の人は客との言葉づかいが売り上げや業績に関わることもある。
 近年、商工会議所や企業などが実施する接遇教育などは経営のプラス効果を重視するからである。窓口は必ずしも受付ばかりではなく、電話口の応対でも、その企業や団体の印象に関わってくる。
◇案外知られていないのは敬語のほかに言葉のリズムである。
 たまたま3月3日は雛祭りであるから、有名な「うれしいひな祭り」の歌詞を参考に取り上げる。
 これは1936年(昭11)、サトウハチロー作詞である。
①あかりをつけましょ ぼんぼりに お花をあげましょ 桃の花 五人ばやしの 笛太鼓 今日はたのしい ひな祭り
②お内裏様と おひな様 二人ならんで すまし顔 お嫁にいらした 姉様に よく似た官女の 白い顔
③金のびょうぶに うつる灯を かすかにゆする 春の風 すこし白酒 めされたか あかいお顔の 右大臣
④着物をきかえて 帯しめて 今日はわたしも はれ姿 春のやよいの このよき日 なによりうれしい ひな祭り
 「お花」、「お内裏様」、「おひな様」、「お嫁」、「お顔」は美称や敬語。
 「お嫁にいらした」の「いらした」は「いかれた」、「お嫁入りされた」の意で姉に対するていねいなもの言い。
 ③の「白酒をめされたか」は「召し上げられた」の意で敬語表現。
 ②の官女は「白い顔」、③の右大臣は「あかいお顔」。官女は仕える女官であり、右大臣はその上司であるから、「お顔」とした。
 この歌詞をあえて取り上げたのは、一節一節にこころよいリズム感があることで、そのリズム感は日本語の特徴である7・5調のしらべで一貫していることである。
 短歌や俳句が、7・5調であるのは知られているが、日本語の演説や会話、その文章にもリズム感があり、それが読むとき、聞くとき、こころよく読み手、聞き手に伝わるのである。
 話をするときは長年の訓練で無意識のうちにリズムよく発音する人がある。
 例えば経験豊富な政治家や僧侶、弁護士などの演説、説教などがそうである。
 文章の場合、とくに小説やエッセイについては意識的に心がける人もあるはず。ぼくの文章を分かりやすいといわれることがあるが、それはリズムを意識して執筆していることによるのであろうか。
 リズムがよいか、どうかは音読、もしくは黙読すればおのずと分かる。
 芭蕉は、できた句をさらに磨き上げるため口の中で繰り返し吟味せよといった。「言葉を千編、口の中で転がすように」と大変厳しい指導をしたが、これは一つには的確な表現をするため徹底的に言葉を推敲せよとの意味もあるが、聞く側、読む側にこころよく響くかどうか、いわゆるリズムにこだわることを強調した教えであろうかと思う。【押谷盛利】

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2008年03月04日

旅行ガイドに見る長浜(見聞録)

 長浜市は先日、平成30年度を目標にした観光戦略を打ち出し、その中で東アジア地域をターゲットにした外国人旅行客の誘致にも力を入れることを明記した。
 日本に訪れる外国人旅行客はガイドブックで日本のあれこれを調査しているだろうが、滋賀や長浜はどのように紹介されているのだろうか。
 英語旅行ガイドで世界1のシェアを占める「ロンリープラネット(以下ロンプラ)」は、その詳細な内容から、バックパッカー(リュックを背負った旅行者)からはバイブルともてはやされているが、その日本版をのぞいた。
◇ロンプラはA5判よりやや小さく、日本版は812ページからなる。モノクロ一部カラーで、情報の多くを文章のみで記している。
 滋賀県は「KANSAI」コーナーのほんの4ページ。京都に60ページを割いているのに比べると寂しい限りだが、外国人旅行者向けだけに妥当だろう。
 滋賀の説明は、「京都から東山を越えたところにあり、日本最大の湖、琵琶湖を抱え、京都から簡単に日帰り旅行できる」などとある。主な観光地として、三井寺、日吉大社、比良山、石山寺のほか、甲賀市のミホミュージアム、彦根城などを紹介している。
◇長浜は滋賀県覧の一番最後に登場する。
 駅の東に古い町家や蔵が並び、趣きのある店に改装されている建物もある。特にこの一帯はガラスで有名で、高品質で興味深い作品があるのでお土産のチェックを。古い建物の中にはレストランに改装されているところもある―。
 長浜の観光地はこんな具合に紹介されていた。
 長浜を代表する伝統行事として曳山祭りが取り上げられ、衣裳に身を包んだ子ども達が、精巧な装飾を施した曳山舞台で狂言を披露するので、4月14日から16日に訪れた際は要チェック、とある。
 宿泊所は「国民宿舎豊公荘」、食事は「とらや食堂」と「中島屋食堂」を取り上げている。このガイドブックは、気安い旅行者に重宝されていることから、安くて旅情を楽しめる選定になっているようだ。少し贅沢したい旅行者のために、「長浜浪漫ビール」も取り上げている。
◇ガイドブックの巻末には日本の風習や言語などの情報を収録している。
 日本語は重要なフレーズ(述語)を会話の最後に持って来るのが特徴で、また、ひらがな、カタカナ、漢字、ローマ字が混在し、「世界で最も複雑」な筆記体系。もし日本語を真剣に習いたいなら数年は滞在する必要があると説いている。
 今回参考にしたガイドブックは2005年版だが、年始に最新号を立ち読みしたときは、長浜のページで、親子丼で有名な「鳥喜多」を紹介していた。連日、大行列ができる同店はいよいよ全国区ならぬ「世界区」にまで踊り出たと、嬉しく思ったが、よくよく見ると「喜」と表記するべき漢字が「善」と誤植され、「鳥善多」となっていた。読みは「torikita(トリキタ)」となっていたのだが、外国人編集者には違いの見極めは難しかったようだ。

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2008年03月03日

日本語に真向う姿勢

 英語教育の重要さをいう声は聞くが、肝心の日本語について、国語力の強化を主張する声が少ない。
 笑い話に「イギリスでは小学生でも英語がばりばりだ」とあるように、日本人は子供のころから日本語がうまい。当たり前の話で、これを母国語と呼ぶ。母親のおなかの中から聞き、生まれてこのかた耳に入る言葉がすべて日本語だから上手下手はともかく、日本語なしでは生きてゆけぬ。
 しかし、日常使う生活用語だけの知識では、難しい文献や新聞、雑誌を読むのに不自由するし、手紙や文章などを書いたり、人前で話をするのに自信を欠くことがある。
 したがって、最低必要な漢字や送りがなの知識、簡単な文法力は身につけておかなくてはならぬ。義務教育の小、中学校の国語課程は、そうした日本人の必要な国語力を修得することにしているが、それがどの程度理解されているかが問題なのである。
◇日本語で面倒なのは、敬語表現であるが、これがなおざりになると、表記上ばかりでなく、日常の生活用語の中で混乱や失敗をおかすことになる。
 例えば、人を接待して、食事を差し上げることがある。こんなときの招待状は「粗飯を差し上げたい」となるが、招かれた人は、当日の挨拶に「このたびは粗飯のお招きにあずかり」とは言わぬ。
 あるいは宴会の始めの挨拶は「粗酒粗肴ですが…」という。決して粗末な酒や料理を用意しているわけではないが、自分のことを謙遜していう「へりくだり」語である。
◇昔の武士は、自分のことを拙者といった。つまらぬ男、という意味である。今は手紙などで「小生」とか「小子」と書くが、つまらぬ人間です、というへりくだりの言葉である。
 時評子は、自分のことを当初は「わたし」と書いたが、時期は忘れたけれど大分前から「ぼく」に統一している。最初は読者からいろいろ言われたが、遂にこれで押し切った。
 「ぼく」は漢字で僕と書く。三省堂の漢和辞典によると、ボク①召使、使用人、男の召使、罪人の子で召使にされたもの②御者、車馬を取り扱う人③自己の謙遜④日本語では、同等ならびに同等以下の人に対する自称(元来、男が言うことば)⑤かくす。と説明している。
 日本の小説や論文で登場している「僕」は④の意味であり、同等ならびに同等以下の人に対する自称と思って頂いていい。ただし、同等以下という思いはなく、すべての読者を同等視しての一人称である。
 なにも「僕」にこだわることなく「私」でもよいではないか。むしろ、その方が当たりがいいのでは、と思う人も多いのではないか。しかし、なぜか男言葉の魅力というのか、多少荒っぽい感じはするが、正直な心、親しみの心、上にへつらわず、かといって、読者におもねることをもしない、という言論人、執筆者のプライドのようなものをそこにこめている、と思って頂ければ幸いである。
◇さて、手紙だが明治、大正のころは「拝啓、陳者(のむれば)」と書く一つの手法があった。拝啓の続きに時候のことなどを書き、いよいよ本題(用件)に入るときの冒頭に「陳者」と書く。「さて」「つきましては」「申し上げることは」、の意味である。
 ぼくは親父の手紙を見て、陳者が読めないから「ちんしゃ」と一人合点していた、意味は「さて」と承知していた。陳は①ならべる②つらなる③のべる、申し立てるの意味があり、陳者は「のむれば」と読む。とてもいい言葉で、使用したいのだが、大辞泉には載っていない。消えた日本語の一例である。
◇このごろは、ケータイやパソコン文化の影響で、辞書を引くことが面倒になり、文字を書く習慣がなくなった。そこで、もの忘れというか、漢字が書けなくなった。頭の体操から言えば決していい傾向だとは思われぬ。あたらめて、日本語に真向う姿勢を強調したい。【押谷盛利】

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2008年03月01日

味噌汁とマージャン

 環境は人を変えるという。文科省の大臣や学校の校長さん、あるいはお寺の坊さんの説教ではないが、人が生まれるためには、そして立派に成長するには環境がいかに大切であるかは、みんな耳がタコになるほど聞いているはずである。
 聞いても、知っても、それを生活に役立てるべく実践しなくてはなにもならない。
 今も昔も難しいのは聞くことよりも実践である。
◇ぼくは友人や後輩たちからなぜゴルフをやらないのか、と不思議がられることがある。なぜ、といっても特別な理由があるわけではない。世(よ)盛り(世帯盛り)のころは暮らしに追われ生活に追われて、ゴルフに使うおカネもなければプレーする時間的余裕もなかった。いわば貧乏という環境がぼくをゴルフから遠ざけた。
 しかし、それを今、ぼくは後悔していない。ゴルフに使うカネや時間を他の趣味に回すことが出来るし、歩け歩けの運動なら、毎日の散歩や年に何回かの山歩きなどでカバーできているはず。
◇ぼくはまた友人や何かの飲み会でマージャンに誘われるけれども「できませんので」と、これまた恥さらしの無趣味で仲間外れになってしまう。
 学生のころ、先輩や仲間が夜遅くまでパイをごろごろと音立て遊んでいたが、ぼくは自分の部屋に籠もって読書したり、宿題に取り組んでいた。
 マージャンに興味がなかったわけではないが、昼はアルバイトの仕事、夜は学校へと、両道の難行は若さとは言え、時間のやりくりに青息吐息であった。
 時間に追われる忙しい生活は、電車の待ち時間にも読書、電車に乗っても読書、といった調子だから、ゆっくりと映画を見るゆとりさえなかった。
 夜、昼、働き通しであるから病気をしているヒマもなかったのか、今から思えば健康という賞をもらっていたのかもしれない。日曜と休日が最高の楽しみだったが、その休日も洗濯が待っている。冬の冷え切った水道水でごしごしと洗濯板を使っていると、指の先が縮んでしまって感覚が麻痺してしまう。
 クリーニングに出すカネもなければ湯を使うゆとりもない。ひっそりと風呂屋でパンツを洗うのが、貧乏学生の悲しい知恵であった。
◇そのころぼくは、朝は飯屋に通った。熱い味噌汁と干しイワシや野菜煮、漬物。昼は勤めていた会社の食堂で。夜は食堂のおばさんの好意で昼の残りを頂いて早々と学校へすべり込んだ。
 ぼくは運がよいのか、ぜいたくは出来なかったが、食べ物はいつも腹いっぱい恵まれた。そのせいか、どうか、食べ物に好き嫌いせず、常に手を合わせて感謝するのが習慣となっている。
 そして、常に思うことは、このご飯が、このおかずがぼくの肉体や血をつくって、ぼくに働く力を与えてくれるのだ、との自覚であった。
 だから、ぼくは食べものを粗末にするのは大嫌いであり、イワシなどは大きくても頭から尾まで、まるっぽはらわたも骨も食べてしまう。大アユでもそうである。
 毎朝365日、朝飯に味噌汁を欠かしたことはないが、これは学生時代の飯屋感覚が今に続いているからであろう。
 高校(定時制)2年生のとき、国語の広幡先生が俳句を作れと皆に指示した。今も忘れないその時のぼくの哀れな一句がこれである。
 「味噌汁をもう一杯欲しい雪の朝」。
 そのころぼくは大阪市立の扇町学生寮に入っていた。一杯きりでお代わりは出来なかった。そんな味噌汁の俳句を何十年もの後々まで覚えているのだから「食べもののうらみは恐い」。
◇このごろは使い捨て、食い捨て。ゴミの山が社会問題化しているが、もったいないから残してはいかん、といくら口を酸っぱくしても消費は美徳の変な環境になじんでしまったから家庭でも飲食店でも生ゴミの山である。
◇若いころのぼくの環境で、もう一つ得(とく)したのは勝負ごと、かけごとに手を出さなくなったことである。これも時間とカネに尽きるが、競馬、競輪はもちろんのこと、パチンコはやらないし、宝くじなどには全く興味がない。
 出来の悪い人間像だと自嘲したくなるが、墓場から父や母が眺めて結構結構と笑ってくれていると思うのが一つのやすらぎである。【押谷盛利】

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