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占いは祈り、人間の弱さ

 ちかごろテレビで人気のある番組は主婦層や若ものをねらう占いコーナーである。
 一口に占いといっても手相、人相、姓名判断、霊視霊感、占筮(せんぜい)、筆跡、写真などの手段は多岐にわたる。
 そのうちでも目下、話題性の高いのは、細木数子、江原啓之氏が双璧であろう。
 細木さんは筮竹(ぜいちく)を基本とする星占いだが、江原さんは霊視による霊界通信とも呼ぶべき領域である。
 このほか、神さま、仏さまにお祈りし、いわゆる神がかり状になって、霊界からの声を伝えるものやコックリさんといわれる民間信仰もある。
◇占いをする人を占い師と呼ぶ。
 占い師は、今に始まったものではなく、日本の古代史に登場する卑弥呼(ひみこ)も特殊な能力を持っていたと推察される。彼女は3世紀ごろの邪馬台(やまたい)国の女王で30余国を統治し、239年に魏の明帝に朝貢し、「親魏倭王」の称号と金印を受けたとされる。女性の卑弥呼が30余国を支配したという権力の主体は、神がかりからくる判断力と予知力の神秘性によるもの、とぼくは考える。
 つまり、農作物の豊凶や隣国との争いの勝敗、天気予報、人の運命などを予知する能力を持っており、その力が人徳となり、遂には邪馬台国の女王となって、日本の草創期に活躍する。従って出自は神に仕える巫女(みこ)ではないか、と思われる。
◇ぼくは、占いの最初は「祈り」である、と考える。例えば、わが子が病気になり、薬石効なく、だんだん容態が悪化する。母親は、自分の命に代えても子を助けたいと必死の思いで祈る。その祈りが「すがり」となって、「まじない」、「祈祷(きとう)」、「茶断ち」、「滝行(たきぎょう)」、さらには占い師の門を訪う。
 人間は、弱くて、非力。無常の波に翻弄(ほんろう)されるから、常に目に見えぬ不思議な力を畏敬し、その力に頼ろう、救われようと思う。そこに素朴な宗教的情操が生まれ、また占いに自分の運命を見出そうとする。
◇占いを信じる、信じないは人の自由であるし、否定する人もあれば肯定する人もある。
 もし、自分の人生が、あらかじめ設定されたものと思えば、これほど味気ないものはない。自分の主体性、主体的意志を放って、占いに傾注するとすれば結果が凶と出た場合の悲劇が怖い。
 所詮はわが人生であり、一切の責めは自らが負うべきであり、もし、占いなどに意味を求めようとするならば、よき人生のプラスになるよう参考の域に留めるべきであろう。
 細木さんや江原さんは、常に先祖を大切にしよう、先祖あっての自分である、ことを強調されているが、これは占いというよりも、人生の常識であり、教訓である。
 そういう教訓として、こうした番組に心をただすことができればその人は幸せである。さらに幸せなのは、なんの心配も恐れも悩みもなく、毎日を希望と充足に満ちて暮らす人である。

2008年02月28日 14:09 |


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