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人はなぜ化粧するのか

 人はなぜ化粧をするのであろうか。昔の人を知るよすがに埴輪(はにわ)を参考にすることがある。
 多くは古墳から発掘されたものだが、土で造った素焼きで、弥生時代を背景にしている。
 飾りものや遊具めいたものもあり、馬や犬の姿、人間を現したものもある。人間の場合、女性は胸を大きくしており、耳飾りをつけたものもある。女性の胸は今も昔も女性美の象徴だった。
 文芸春秋3月号に平成19年度下半期の芥川賞の受賞作品が載っているが、なかなか面白い。作者の川上未映子さんは、31歳という若さ。
 歌手のかたわら小説も書くという多彩な才能を持ち、なかなかの美人でもある。当選した小説の題名が「乳と卵」で、題名から想像するだけでも何か、女でなければ分からぬ闇か夢がありそうである。
◇この小説に登場する巻子は10年前、男と別れ、この男との間に生まれた娘・緑子と同居している。スーパーの事務や工場のパート、レジ打ちの梱包など、いろいろ仕事をするが、その程度では生活が厳しく、いつの間にかスナックに勤めるようになる。その巻子母子がある日、妹を頼って東京に出てくる。話というのは巻子の豊胸手術のことであり、彼女はあらゆる出版物や情報をたよりに豊胸手術にのめり込んでいるが、まだ現実に手術するに至らず、入念に名医を探索中というふれこみ。
 まあ、小説の筋書きや話の内容はたあいのない、ありふれた女の世界だが、スナック勤めの巻子の並々ならぬ豊胸の手術願望が、女盛りのかなしみと憂いを表白しているようで、ぼくはそこに女性の性の本質を垣間見る思いで、ふっと埴輪の女性像を取り上げる気になった。
◇それは一口でいえば女のおっぱいである。女のおっぱいを女性の象徴として大きく取り上げた古墳時代の先人の思いも当今の女性の気持ちも質的には同じであることがうかがえて、いまさらながら真理は一つと妙な結論に至り、あげくの果ては、女性の化粧へ関心が広がってゆく。
 化粧は必ずしも女性専科ではなく、これもまた古代にさかのぼるが、中国の紀元前の古書によると、むかし昔の日本人は顔にいれずみをしていたと書いている。おそらく南方から渡ってきた先人の格好から判断したのであろうが、日本人の原人は北京系のものもあればアイヌ系、モンゴル系もあり、どれもがいれずみをしていたわけではない。
 いれずみでいえば、これは一種の化粧であり、ことに男は強さを象徴させたのかもしれない。遠い話はともかく、平安朝以降、女性は身だしなみに厳しく、長い髪やふっくらとしたお多福顔にあこがれた。
◇女性にとっては髪と胸はいのちともいえよう。胸は見せるわけにはゆかぬが髪は特別に大切にした。
 イスラム教系の女性が布で顔をかくすのは家族以外の男性に顔をさらさないという民族の伝統だが、これは顔がその人のすべてという程のプライドと自負があるからで、別の言葉でいえば将来の夫のために身も心も新鮮であるという証(あかし)であろう。
◇化粧するのは美しくありたいとの念力の自然の姿であり、逆にいえば化粧によって人間は汚れやゆがみをただそうとするわけで、それは単に顔に化粧品を塗ったり、髪を洗うだけでなく、下着から上着、装飾品、香水など身につけるすべてに飾る意識が働いている。
 その自己愛の極みともいえる飾る意識が人間そのものの外形を変える手術にまでつき進んだのが現代の悲劇である。
 顔や体はメスで変えられても心はメスやクスリで変えることはできない。心が変わらねば他の一切の化粧は生かされぬ。化粧品屋や美容師、エステの先生はそれは言わない。【押谷盛利】

2008年02月27日 16:00 |


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