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雪の多賀大社で結婚式

 人生は何のへちまと思えどもぶらりとしては暮らされもせず。
 昨17日、わが社の記者Y君が結婚したので、他の同僚らと晴れの祝宴に出席した。
 雪の降りつもる多賀大社の宮は粛々として清浄の気があふれていた。
 披露宴の上席雛壇は雛祭りの前奏曲よろしく、まさに美男美女の好カップルだった。
 多賀の宮は、日本の産土神の元祖といえる。伊勢の天照大神の親さまであるいざなぎ、いざなみの両大神を御祀りしているのだから、言葉を変えれば日本人の古里のみやしろである。
◇新郎新婦の入場は、荘重な雅楽を先頭に、さながら昔むかしの宮殿におけるやんごとなき皇子皇女の、あるいは平安期における大宮人の華麗な華燭の典を思わせて、参会者一同感激と興奮のるつぼに酔った。
 セレモニーが順調に進むうち、このごろのしきたりである夫婦の最初の仕事とされるケーキ割を迎えた。
 多賀の宮はこれまた一般の三層高層の高々とそびえる巨大なケーキに代わり、ずんぐりと大きな扁平の丸々とした真白い餅に見立てた饅頭であった。新夫婦がナイフをおろすと中から小さな饅頭が出てくる。たくさんの饅頭がしつらえてあり、これは意義深い夫婦の契りの愛の結晶を象徴したものであろうか。
 餅は夫婦2人が心を込めて愛し愛された結婚後の最初の仕事を思わせるし、中の小さい饅頭は二人の愛が見事に子を宿したと理解することができよう。
◇祝宴に先立ち両家の来賓からそれぞれ挨拶があり、ぼくは新郎の上司として冒頭に指名されるという光栄に浴した。
 ぼくはこの日の朝の大雪に触れ、「めでたい」と称えた。雪は天の神さまの祭りごとのお下がりであり、神さまの頂きもの。しかも清浄として真白くすべてのけがれを祓(はら)い清めてくれる。
 雪国に雪の降らざるは好ましからず。雪降るなかに晴れの結婚の儀が行われたというこの事実こそ、二人の将来の幸せを約束づける神さまの御意志であろうと祝福した。
 そして、ぼくは新聞記者生活なる仕事の特異性にふれ、朝、昼、夜、心の休まる刻がないが、家庭こそ心のオアシスであり、家庭の女房の心をこめた手料理に心を引かれるのが働く男の家庭人の側面である、といい、「働け、働け、働くのが男」、「お帰りといつもにこやかにやさしく迎える愛の巣が妻の命」と激励した。
◇Y君は、まじめで、がんばり屋だから将来が楽しみだが、当世の若い者の中には、楽(らく)してお金をもうけたいという、なまくら根性、あるいは、世の中って、なんとかなるさ・・・という甘い考えのものもある。その点、神社で行う本当の神前式は夫婦の門出に魂を入れるのに最高ではないか、と思った次第。【押谷盛利】

2008年02月18日 13:35 |


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