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政治は国民のためか

 政治は国民のためのものである、といえば、そんなことは分かっているとだれもがいうが、実はそうなっていないのである。
 政治は政治家のためのものである、というのが正解である。その証拠に二世議員、三世議員がごろごろしている。
 東京の石原知事は二人の息子が衆議院議員である。衆院議長の河野洋平さんには太郎という長男がいて衆議院議員である。河野さんの父親は中曽根さん(元首相)の親分で一郎といった。
 いまの福田首相もその前の安倍さんも、そしてもう一つ前の小泉さんも父か祖父が政治家だった。
◇政治家を世襲するのは卑近な言葉でいえば割りがよいからである。株に投資するのはその会社の配当が目的であるが、このごろは「お金」本位に相場を張って、その売り買いでもうけようとするのが普通になったが、どの株がもうかるかを考えるのは、社会へ出た息子をどの方面へ進ませればもうかるのか、割りが合うのかを考えるのと似ている。
◇世襲議員が多いということは他の仕事よりも分がよいことを意味するが、そうともなれば、政治家たるもの、口では国民のため、世のため、人のためとはいうが本心はわが身のためである。
◇わが身がかわいいからものごとの本質について、深く鋭く研究し、切り込むことをしない。おおかたは官僚の使い古した資料や、もっともらしい学者の説を借りてその場、その場でお茶を濁しているだけである。日本の将来を見据えて命がけで政策に取り組むというような殊勝な心がけの政治家は微々たる数である。
◇総論はこれくらいにして各論の一部を問題にしよう。
 いま、日本中に吹き荒れている中国輸入の冷凍ギョーザ事件。
 「即時輸入禁止すべきだ」と明快に言ったのは麻生前幹事長だけである。岐阜の郵政造反の野田聖子議員は得たりとばかり「消費者省を」と行政の複雑化を称えている。
 国民の消費に関する行政を消費者庁にしようと、消費者省にしようと、そんなことで危険な食品やインチキ食品がなくなるわけではなく、政治の根本が国民生活と天地自然の法則にたち返らねばならぬ。
◇早い話、政府や政治家、評論家は「日本は食糧の自給率が39%」だとほざいている。それほど食糧がないのなら、なぜ減反政策を続けてコメの生産を抑えているのか。
 自給率が低いといいながら、なぜ畑の中で大根や白菜を潰させているのか。良田を潰してろくでもない建物を建設して、あげくの果ては赤字で二束三文で売却するという下等な政策を推進してきたのか。みんな「金のため」、票のためで、国民の明日のことなど何一つ考えやしない。
◇中国へ、中国へと草木もなびく政治家の姿はそこに何が隠されているのか。あちらからものが安く買える。こちらの物も買ってくれる。
 国家のために命を捧げた靖国のことなど考えるのはバカの骨頂とばかり、先方の顔色をうかがって中国詣りをする日本の政治家のバカさ加減に腹が立つが、彼らは日本の将来や国民の幸福なんかに関心はない。あるのは「金」と「選挙」だけである。
 そういうフヌケを持つから今回のようなギョーザ事件が発生しても毅然たる政府の発信が生まれないのである。
 先方からマスコミが悪いとか、毒物は日本へ上陸してからではないか、と手前勝手な話を聞いてもそれに反発しないのである。
 そんなことよりも、国民の台所に関する猛反省を促し、目下、日本中にはびこりまくっている偽食料品の征伐から始めるのがよい。
◇お茶を飲んでも本ものにはお目にかかれず、お菓子を始め一切の加工食品は工業製品としては流通できようが国民の健康推進や安全上には首をかしげたくなるものが山とある。
 とりあえずは、日本の田畑、海、河川、山から獲れた農作物、水産物を愛用し、これに化学薬品を使わないこと。
 外国からの食品輸入は厳格な検査と原料、品質の実態を正しく消費者に知らせること。
 そして、日本で作れる食料品の増産と消費に力を入れること。【押谷盛利】

2008年02月06日 13:49 |


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