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女の一心岩をも通す

 「念ずれば道開く」と短歌の先生から教えられたことがある。
 道開くの道は、人それぞれの修行の道と考えればよい。仏(ほとけ)の道は仏道であり、茶の修行は茶道、芸事はすべて芸道、衣服に装道、スポーツに剣道、柔道。政治に王道、人間には人倫の道…。
 道開くは言葉を変えれば「花ひらく」「花実る」と考えてもよい。要するに一心に怠ることなく励めば光が見え、思いや願いが実を結ぶという先人の教えである。
 よく似た言葉は他にもある。「女の一心、岩をも通す」はある種のすさまじさを感じさせる。執念(しゅうねん)が深いというか、思う一途さに霊気が籠もるのかもしれない。
 嘉田由紀子知事にも前防衛大臣の小池百合子氏にもそれを感じることが出来る。
◇道開くは「道通じる」に置き換えてもよい。一念をこめてものごとに集中し、ひたすらつとめれば必ず芽は出るし、結果が上首尾という経験則とも言えよう。
 念というのは魂とも呼ぶべき神秘な心の働きである。念力、霊波などの類似語でわかる通り、見えぬ世界である。
 小賢(こざか)しい人間は実証を根拠として、なにごとも計算づくで解こうとし、目に見え、耳に聞こえる形で現さないと納得せぬが、人間の心には不可思議性があり、数学や物理を超えるつかみどころのない作用がある。
◇ぼくの子供のころ、母がよく「見ぬ恋は起こらぬ」と話していた。
 一目見て忘れ得ぬ人がこれである。病気になるほど人を恋うというのはすごい話だが、恐ろしさを秘める。見て、それが心に焼きつき、思う心がしずかに深く募ってゆくのは若い者の純情であり、崇高な心の典型であろう。
 母が「見ぬ恋は起こらぬ」といったのは恋そのものよりも、人間の欲の浅ましさを皮肉に述べたものとぼくは解している。
 例えば人前で、ものをおいしそうに食べれば、それを見た人はとたんにそれを欲しくなる。
 その端的な行動がいわゆる衝動買いである。そうした人間の微妙な心を商売に利用するのがテレビなどのコマーシャルである。有名人や話題のタレントが「うまい」とのどを鳴らせながら菓子や料理の宣伝に乗る。とたんに視聴者の胃が反応し、その商品の売れ行きが急上昇するというのがこれである。
 この商法は一つの流行としてこのごろ各界に花を咲かせている。
 モデル住宅見学会、春もの下見会、試食会、試乗会、なかには景品や食事付きで誘うのもあるが、必ずその成果が目に見えるからである。
◇人は平常、サイフの紐を固く締めていてもひとたび、うまいもの、けなるいものを見せつけられると、無我夢中にそれを食べたくなり、手にしたくなる。
 心は強いが、はかなくも揺れやすい。揺れやすいのは気まぐれな証拠でもあり、うつろい易さ、浮気心である。
◇人の心は移りやすく、揺れやすいので、昔の人は「石の上にも三年」「隣りの芝生はあおく見える」「辛抱は金」などと心の用い方に教訓を含ませた。
 ましてや、道をきわめることは難事中の難事である。道草などしている時間的余裕のあろうはずがない。ただただ一途、ひたむきに一念こめて学び努めなくてはならぬ。
 それを破るのがテレビであり、子を夢中にさせるゲーム機である。【押谷盛利】

2008年01月23日 13:35 |


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