大津市長選の結果論
注目の大津市長選は20日、投開票され、現職の目片信(まこと)氏が僅少差で再選を果たした。
この選挙、県庁所在地で、初の女性市長が生まれるのか、関心がもたれていた。しかし、それは選挙戦が終盤に入ってからのことで、マスコミをはじめ一般の市民、県民は目片氏の独走を当然のように考えていた。
選挙戦の最終日、ぼくは関係者から勝敗の予想を聞かれた。ぼくは迷うことなく、明確に、わずかな票差ながら現職が敗れるであろう、と言い切った。相手は思いもかけぬことを聞くとばかり、びっくりして、なぜ、とその票読みの分析を迫った。
◇ぼくは、対立の黄瀬紀美子氏については全く知らなかったし、名前すら聞いたことがなかった。おそらく大津市民の多くもそうに違いないと思う。言わば無名の新人である。しかも出馬の話が決まったのは告示日の10日前である。それまでは、自民、公明の推す現職の目片氏と共産推せんの新人・井上敏一氏の一騎打ちと予想されていた。この対戦構図では、おのずと勝敗は選挙以前に予想することが出来た。当然ながらマスコミの報道も熱が入らぬし、その関心も全国的な規模には程遠かった。
ちなみに鎧袖一触(がいしゅう・いっしょく)という言葉がある。鎧(よろい)の袖が一度触れたぐらいで、簡単に敵を打ち負かす意味に用いられる。
なんぼ知事が応援しようと、候補が女性で、新鮮であろうと、告示直前の出馬表明では、準備不足である。相手は現職であり、県議や衆議院議員も経験しているベテランで、知名度抜群である。問題になるまい。しかも、目片氏には自民、公明の強力なバックがあるにも拘わらず、黄瀬氏には野党が割れて民主と社民と対話の会の支援のみで、共産は早くから独自候補を擁立している。これでは鎧袖一触もいいところであろう、というのが告示当初の見方であった。
◇それが、選挙終盤戦から意外な反響を呼ぶようになった。
まず、市民の目に映ったのは、黄瀬氏の若さと華やかさであった。黄瀬氏の頭文字の黄とシンボルカラーの黄色が偶然にも光りあう相乗効果を発揮した。
第2は、嘉田旋風の地鳴りが続いていたことである。それは昨春の県議選と夏の参院選の余波が現実に大津市民や県民に影響していることを実証させた。
第3は、黄瀬氏が実業家であり、行動力のあるアイデアマン、それに政治家に必要な話術、感性、風貌、たくましさなどがだんだん知られるにしたがって、大津市民に親近感と期待感が高まってきた。
第4は、大津市政のこれまでの保守性への微妙な反応である。大津市政は、戦後、長く上原茂次、山田耕三郎、山田豊三郎氏など、いずれも多選市長が続き、選挙は独走に近かった。こうした同じ市長の多選化をきらう底流が早くから芽生えていた。これまでは、そうした流れに立ち向かう者がいなかっただけに今回の市長選は新鮮な印象を市民に投げかけた。独走に歯止めをかける候補はいないか、とやきもきしている市民の前に現れたのが黄瀬氏であり、仮りにもう1カ月出馬声明が早く、準備が進んでいれば結果は逆転していたであろう。
◇ぼくが、黄瀬氏が勝つと読んだのは、そうした諸条件を考えての判断であるが、今一つ及ばなかったのは、共産党の候補によって反目片陣営が割れたことによる。これは先の栗東市長選のときもそうだったが、今回も共産推薦の井上氏の1万1847票を加えれば8000票程リードして黄瀬氏が勝利したであろうことは疑いない。【押谷盛利】
2008年01月21日 14:02 | パーマリンク
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