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合併しての損得勘定

 地方自治体の市や町村を合併する話は今に始まったわけではなく、明治この方、ときと状況によって村が町になったり、町が市になったり、そのときのあんばいでAの郡からBの郡への本籍替えすることもあった。
 地形、産業、生活文化、交通、歴史、伝統などいろいろな要素が関連しあって、合理的で都合のいい住民自治体が生まれ育ってきた。
 もちろん、国家という大局から眺めて、政策的な合併もあった。時代の進運、趨勢ともいうべき合併がこれである。
◇市町合併は、いつの場合も賛成派と反対派の動きが出る。明治維新だって、いままでのような「さむらい」の政治による国家をよしとする人もあれば、政権の実態をがらりと変えて選挙による国民代表によって政治をするべきとする二派に分かれた。
 完全なる民主政治に移行するまでには、時間もかかり、道程を踏まねばならなかったが、高い見地から見ればフランス革命のもたらした自由・民主の市民社会システムの政治がベターであったことは内外で証明されている。
◇いつの場合も大事なのはそこに住む人間であり、どんな体制の国がよいのか、どんな形の府県や市町がよいのか、それを近視眼や欲得を捨てて、天の法則とまではゆかなくとも道理にはまった、合理的、進歩的な枠組や組織を考えるのが文明であり、上に立つものの使命と責任である。
◇いま問題の長浜と6町との合併であるが、私的利害に立てば6町長の立場は複雑である。合併すればたちまちお役ご免となって、町長のポストを降ろされてただの市民となる。
 町長といえばその自治体の権力者であり、町の行政の人事や事業、運営などを一手におさめ得る立場である。やり甲斐もあれば尊敬もされる。同時にその町の経営に生命を託するほどの腐心と実践が要求されるし、議会の協力が不可欠である。
◇合併することによって、その地位を失う町長であるから個人の利害得失を考えれば合併しない方が得(とく)かもしれない。
 しかし、6町長はいずれも今こそ合併して、住民の将来に安全と希望の保険をかけるべき、だと踏み切っている。
 逆に自治体の議会の中には一部であるが合併にいちゃもんつけて、できることなら話を潰したいという気持ちのものも見えかくれする。議員は合併すれば、定数が減り、明日の保障がないから、今のままで、ずっと何期も現職でいたいと思うかもしれない。つまり利害得失が頭にあるからで、合併の効果やさきざきの運命、日本の予想される将来図など考えない。
◇議会は三権分立の国家権力の原理から、執行部(市、町長)の独走をチェックし、予算その他を議決する重い責任があるから極めて大事だが、少子高齢化社会と時代の進運に眼を開かねばならない。
 世の中が進み、交通、通信が、発展し、情報化社会に突入した今、これまでのようなおらが市、おらが町の区域に閉じこもって住民の利益や生活を守ってゆくことができるであろうか。その一点を考えただけでも既往の自治体組織の縄張りなどは無益な前世紀の遺物といってもいい。
◇例えば地震や火事を想定しても小さな今までの村や町では施設、設備、機械器具、技術、人員、費用からいって到底対応できるものではない。老人の福祉施設だって同様である。限界集落のおびえに立つ現在であればこそ、行政の枠を拡大して、より多くの人で、困っている人を助けてゆく方策をとるしか方法がない。
 少子高齢化は、子が高齢の親を見ることが出来なくなる社会である。ならば住民の自治組織の枠を広げて、より多くの金と人材を福祉に集約して、この人たちの老後の不安を解消するのが市町のリーダーであり、そういうレベルの上からも合併は避けるべきではないし、ましてや将来の道州制を考えるならば、それに敏感、効率的に対応できる自治体組織を作らねば子や孫に負担と損失をかけ悔いを後々まで残すことになる。【押谷盛利】

2008年01月17日 13:49 |


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