滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



2008年01月31日

小泉さんと橋下氏と

 30日の時評に「橋下知事と政界再編」という興味あるテーマを取り上げた。
 何か仕掛けでもあるのかと勘ぐる向きがあるかもしれないが、あくまでもぼくの勝手な独断的推測である。しかし、その独断の背景は日本の政治不信と現政局への不満がぼくの心にわだかまっているからである。
 もっと、はっきり言えば、小泉さんの退場で拍子抜けした国民の立場に立って、「新しいリーダー出よ」「真の改革に政治の舵を切りかえよ」と、ぼくが心から望んでいるからである。
◇これまでにも「安心」「安全」「日本の独立と尊厳」を指向して、しばしば政界の再編や強いリーダーの出現が期待されてきた。
 その一人が石原慎太郎東京都知事であるが、残念乍ら彼は年をとりすぎた。気分は高揚していても体力と行動力の上で、明日の日本を背負わせるには酷である。
◇今度当選した橋下徹知事は30代後半の若さであるから、みずみずしい新鮮さがある。25才で弁護士になっているから頭もよく弁舌も達者であり、これまでの実務を通じて社会の裏面にも精通しているはずである。
 若さゆえに、汚れていず理想を追う情熱と行動力は明治維新の吉田松陰や高杉晋作を思わせる。
 彼が大阪府政の抱える長年の赤字体質にどう立ち向かうか。もし彼の言動が選挙当時と選挙後の記者会見で明らかとなったように不退転の根性で岩をも通す馬力だったとしたら、その波乱も大きいが、その影響は想像を越える。
 おそらく立ち往生を強いられる困難が横たわるであろう。その困難を乗り切るには一にも二にも府民の信頼と支持が条件である。いまのところ、府民ばかりでなく、全国から激励と拍手の声援がどよめいている。
 ぼくもまた彼の初心を高く評価し、ゆれることなく、ぶれることなく、晋作、松陰のまこと一筋の実力の知事であってほしいと願っている。
◇彼の当選と府民の声を大切にする態度を考えるとき、ぼくの頭によみがえったのは小泉純一郎さんが初めて自民党総裁に当選し、首相になったときとその後の激しい改革路線の歩みであった。
 小泉さんは「自民党の解党的改革」を振りあげた。解党は潰党、壊党を意味し、自民党にとってはまがまがしい言葉であり、おぞましい発言といえよう。しかし、言わずにおられぬ小泉さんの改革の熱とファイトがあえてそれを言わしめた。全国の党員がそれに共鳴して一つのうねりの如く世論を形成し、結果において、本命の橋龍を粉砕した。
 小泉さんは、その後の政策の基本を派バツの解消と行財政の改革にしぼった。民でやれるものは民でやれ、の大号令のもと党内から上がる猛烈たる反対を押し切って遂に郵政民営化を実現した。さらには道路公団の改革にも手を染めた。
 その間、立ちはだかる党内の反対派に対しては、選挙時の約束に関する国民の支持を背景に「抵抗勢力」と喝破し、あえて耳をかさなかった。
◇その決意と勇気ある実践力は比類なく頼もしかった。彼の如き根性と信念の政治家は、かつては中曽根康弘氏、今は石原東京都知事に見ることが出来るが、小泉さんは志半ばにして党の規約通りに任期を全うして退任した。その引きぎわまでがいさぎよく、さわやかであったが、その結果、日本の政治の不幸が訪れた。
 小泉後継の安倍さんが小泉憎しの派バツがらみの総攻撃を受けて任期途中で退場を迫られた。その退場の舞台裏は滋賀夕刊の28日付記事に出ていたが、要するに派バツの復権だった。このことは改革のゆり戻しを意味するし、インフレ経済への道標でもある。
◇ぼくは、小泉さんの改革へのすさまじい情熱と鉄のような力を、今度の橋下府知事に重ねた。橋下氏がその熱血ぶりをシャープに切れ味鋭く府政に立ち向かえば、当然ながら大きな期待が国民的規模で燃えるにちがいない。
 そのときこそ、北川前三重県知事、東国原宮崎県知事、日本の政治刷新の良識派が政界再編成の軸になるだろう。ならねばならない。【押谷盛利】

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2008年01月30日

橋下知事と政界再編

 暗いニュースが続くなかで、新年一番の明るい話題は大阪府の新しい知事・橋下徹氏(38)の登場である。
 出る、出ないで、ひとときマスコミから叩かれもしたが、候補者難のチャンスを生かしたのか、それとも大阪挽回の起死回生の旗手として神の指名が下されたのか、いずれにしても颯爽と出て、颯爽と当選した。
◇橋下氏は型破りの弁護士としてタレント性を発揮してきたから知名度は抜群であった。
 若さといい、表情といい、行動力といい、そしてラグビーで鍛えた爆発的情熱と鋭い勘で人をひきつける魅力があった。
 自民、公明の両党はいい候補を発掘したものだが、選挙告示の瞬間に勝負ありの感があった。
 民主党は市長選の余勢をかって、次に展開する衆議院選の勝利を目指して独自候補を擁立したが、残念乍ら、両党候補の落差が目立ちすぎた。
 民主党候補の熊谷氏は大学教授で、政策に明るく温厚な人柄で、普通の選挙なら見劣りしない立派な人物であるが、橋下氏と比較すれば余りにも明暗がきわ立った。
 明日の大阪をだれに託すか、困難な府財政をどう建て直すか。それを考えた府民が若さと行動力に掛けたのは至極当然であり、橋下氏の当選は今後の全国の首長選の大きな手がかりになるのではないか。
◇初当選した橋下氏のテレビや新聞における抱負を聞いたが、力強さと頼もしさを感じた。例えば、赤字財政の建て直しはこれまでは府債の発行が常識化されていたが、彼は明確に「ノー」とこれを退け、道はハードだが、やり抜く、やり抜かねばならぬ、と強調した。このためには予算の見直しと大ナタが予想され、彼は人件費カットという聖域にまで臆することなく大胆に切り込んだ。
 しかも、その決意の前提に「これは府民への約束であり、府民が賛成してくれたことである」と府民の声の代弁者であることを自信と誇りをもって高言した。
◇税収や交付金に限界があり、住民の需要に応えて事業を起こすには府県債(借金)やむなしとするのが、地方都市の一般の苦悩であるが、彼の予算方針は極めて単純明快である。
 収入に見合う範囲で支出の予算を計上する、というのがこれである。
 これは当たり前のことであるが、今の世では極めて新鮮に反映するし、この当たり前が現実の府政でどう生かされるか、これは実に大きなかけである。
 おそらく大阪府政は戦後最大の緊張と大激論を重ねるにちがいない。
 それは府民の要望のまとめ役である議会と府政の事務を執行する職員を巻き込んだ史上初の地方自治体の「のるか、そるか」の断崖絶壁の大論戦となるだろう。橋下氏はそれを予期してきっぱり言う。「私は議会となれあいはしない」、「あくまで府民に約束し、府民の支持を得た政策を実行する」。
 「府の職員も破産状況の会社の社員であるとの自覚に立って府政再建に協力してもらわねば」。
◇橋下府政には議会の圧力が予想され、彼の信念と勇気と行動力はそれを吹き飛ばすかもしれないが、一波乱も二波乱も予想される。彼は賢明にもその安全弁対策として、出馬前に自、公両党を根回ししている。福田首相も全面協力を約している。
 橋下氏は大阪府政を突破口に日本の財政の健全化に火をつけるかもしれない。そのとき、政界再編成ののろしが上がるだろう。【押谷盛利】

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2008年01月29日

ピアニスト辻井伸行(見聞録)

 先週の金曜、米原市の県立文産会館でピアニスト辻井伸行さん(19)のクラシック・コンサートが開かれた。
 小欄はクラシック音楽に無知だが、彼は盲目のピアニストとして、幼い頃からテレビ番組で取り上げられていたこともあり、以前から興味があった。
 昨年の秋、デビューアルバムをリリースし、現在、国内ツアーの真っ最中。湖北にもやってくるというので、この機会に是非、彼の生演奏を聴いておきたいと、足を運んだ。
 過去に何度かクラシック・コンサートを鑑賞したことがあったが、彼がピアノを弾く様は他のと違っていた。というのも、まるで音楽という海を泳ぐような、音楽という空を飛ぶような、何とも気持ち良さげな表情で鍵盤を叩くのだ。
◇彼は1988年、東京生まれ。生まれつき目が不自由だったが、音に対する感覚が敏感で、4歳からピアノを習い始めた。7歳で全日本盲学生音楽コンクール器楽部門ピアノの部で1位入賞し、10歳で大阪センチュリー交響楽団と共演し、鮮烈なデビューを飾った。
 12歳でソロ・リサイタルを成功させ、国内で演奏活動を活発化させると同時に、米ニューヨークのカーネギーホール、ロシアのモスクワ音楽院など海外でも活躍。
 2005年、ワルシャワで行われたショパン国際ピアノコンクールに最年少で挑戦し、「批評家賞」を受賞したのは記憶に新しい。
◇目の不自由な音楽愛好家のために点字の楽譜が出版されているが、彼は読むのに時間がかかるという理由で、実際に音を聴いて曲を覚えるという。
 彼の好むショパンは、楽譜通りに弾いただけでは「ショパン」にならない。音にどのように命を吹きこむか、表現力が必要なのだそうだ。
 音楽評論家・道下京子さんは「彼は目が不自由であるが、そのことは彼のキャリアにまったく問題にならないし、逆に彼の生来的な繊細な感性を更に研磨し、私たちには捉えられない音の波動を通して音楽を形成しているように感じられる」と彼を評している。
◇文産会館でのコンサートの曲目はショパン「スケルツォ第2番」、ベートーベン「月光」など。満席の客が見守る中、エスコートの腕に手をかけて登場した彼は、ピアノの前に座り、手で鍵盤の位置を確かめた後、一気に弾き始めた。その音色は優しくて柔らか。
 演奏が終わるたびに立ち上がり、ちょっと恥ずかしそうな、それでいて満足気な笑顔を見せながら、客席にお辞儀をしてみせる。ピアノの縁に手を添え、先ずは正面に、そして、慎重に角度を変えて両翼に向けて。プロ音楽家として新たなスタートを切ったばかりの初々しい姿がそこにあった。
 アンコールの拍手に応え、自作曲「川のささやき」を披露した。彼は、川の流れる音や鳥の声を聴くと、自然に頭の中で音楽が浮かぶといい、この曲も父と散歩中に聞こえてきた川のせせらぎの音をイメージして作曲した。目をつむればその情景が伝わってくる。
◇以前、テレビ番組で「人に感動を与えるピアニストになりたい」と語っていたが、文産会館では涙を浮かべる鑑賞者もいた。彼の更なる飛躍を期待したい。

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2008年01月28日

飲料水と上水道不信

 ゴミ戦争と水騒動対策は刻下の急務であるが政府も地方自治体も案外のんびりしている。政府や自治体はその所管の役所の数を増やせば目先をごま化すことが出来ると考えるのか、問題の発生とともにすぐ役所の機構いじりを考える。
 いま、政府は消費者対策に消費省を考えているが、これは民主党の政策でもあり、一見、進歩的と思われるものの結局、機構いじりの弊を招くがおちである。
 別に新しく消費省などと無駄な役所を設けなくとも総務省、通産省、環境省の中でも充分対応出来るわけで、むしろ大事なのは、現状をつぶさに分析して、消費によるマイナス面と消費生活上の危険や有害性について具体的な規制や処方箋を推進することが大切である。
◇ぼくがしばしば心配している水問題一つを取り上げても消費と如何に多く多彩に関わっているかが分かるはず。
 いま、日本人は毎日の飲み水を何に頼っているか。これ一つをテーマにしても水と消費問題が抜きさしならぬ状況下にあることが知られよう。
 国民の多くは50年前は地下水や河川水など自然の水を飲用にしていたが、以後衛生面と文化生活の上から上水道が普及し、これを飲用としてきた。
 しかし、ここ10年のうちに上水道の飲用を拒否する機運が高まり、最近ではペットボトル入りの水商品が飲用の王座を占めるようになった。
 同時に水道水の浄化剤や浄化設備が要求されるようになった。
◇僅々50年の飲用水の歴史と構造にライトを当てただけでも行政の上で水問題が刻下の大事であることが証明できるといえよう。
 われわれは長い間の慣習で水はタダであるとの観念を抱いてきた。
 この観念を打破したのが上水道だったが、その上水道が今、飲料として国民からソッポを向かれているというのは極めて深刻な問題である。
◇なぜ、上水道が飲料に向かないのか。それは原水、すなわち水源の不信につながる。
 水源の水質が悪化すればするほどそれを浄化するための薬剤使用の量が多くなる。薬剤を多量に使い、より効果的な化学物質を用いれば当然ながら水の味に影響してくる。
 飲料に使う以上、舌の感覚を無視にするわけにはゆかぬ。大都市や水不足地帯の上水道は臭気や塩素の味など拒否反応を受けることになる。
 そこで、飲料用として販売されるペットボトル入りを購入するわけだが、残念ながら高級飲料の感じが否めない。
 いきおい家計を圧迫することになるから、消費者は選択に迷う苦痛を強いられる。
◇では、行政や政治は水問題についてどんな政策を即刻推進すればよいのか。算術ではないが、逆算してゆけば自ら答えは出てくるのではないか。
 先ず、上水道の水をうまくすることである。それは水源地の水を美しくすることである。原水を美しくするには原水を採る山や川や地下を美しくして、水の汚染を一掃することである。
 このことだけでも政治と行政の打つべき手は革命的情熱と勇気を要する。一つは産業廃棄物対策。今一つは河川、野、大地に対する汚染対策と法規違反への罰則強化であろう。
 地下水の汚染は産業廃棄物の埋立や農薬、化学肥料の野放しが原因である。
 河川や野、大地の汚染については、汚物や消費の残り屑、タバコのポイ捨て、空き缶、ペットボトルなどの投げ捨ても加害者であり、この禁止措置には手厳しい処罰を考えねばなるまい。
 産廃は工業と消費に関連する大問題であり、次回に検討する。【押谷盛利】

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2008年01月25日

霊視と視聴者の倫理観(見聞録)

 江原啓之氏なる「スピリチュアル・カウンセラー」が、霊視能力を活用し、テレビ番組で人気を集めている。ところが、先週発行の週刊文春が霊視の矛盾点を指摘し、ちょっとした話題になっている。
 スピリチュアルとは「霊的な」「精神的な」という意味合いで、番組では霊を呼び出したり、守護霊と話し、ゲストに人生相談や自己啓発のためのアドバイスをしている。
 文春が矛盾点を指摘しているのは、昨年12月に放送された番組でのやりとり。ゲストに招いた宝塚出身の女優に、江原氏が亡くなった女優の父親を霊視して、「お父さんは宝塚音楽学校の受験を理解し、見守っていた」などと語った。
 ところが、その後の文春の取材で、亡くなった父親というのは母親の再婚相手で、女優の学生時代に共に暮らしていた実父は現在も生きており、町役場で課長を務めているとのこと。文春は「いつまでこんなインチキを続けるのか」と指摘している。
◇テレビのバラエティ番組は、視聴率を上げるために様々な「工夫」を加える。過去には「前人未踏」「難攻不落の洞窟」「幻の部族に接触」など刺激的な見出しが躍った探検番組が放送されたり、不良がプロボクサーを目指す番組でも登場人物の不良達に台本が渡されていた。
◇どの程度まで「やらせ」や「うそ」が許されるのだろうか。それは視聴者の倫理観次第だそうだ。
 先日、読売テレビキャスター辛坊治郎氏が虎姫で講演した際、「放送法は40年以上変わっていないのに、テレビ番組の放送基準は変わっている。視聴者の倫理観が変化しているからだ」と指摘した。
 昨年、健康番組「発掘あるある大事典」が実験データを捏造して納豆にダイエット効果があると放送したことが問題となったが、辛坊氏は「納豆でダイエットなんて、騙される人が悪い。40年前だったらOKだった」と振り返った。
 加えて辛坊氏は「今、企業のコンプライアンスが言われているが、コンプライアンスとは法令順守の意味ではない」と忠告し、「目の前の客の倫理観、ニーズに従うこと」と話した。
◇テレビ業界は放送法が変わらない中で、視聴者の倫理観を推し量りながら、番組作りの基準を変えてきた。
 なら、視聴者は、バラエティ番組で放送される内容の真贋をどこまで見極めているのだろうか。
◇問題の霊視番組について、テレビ局は「前世や守護霊は現在の科学で証明されたものではない」とテロップを流しているが、この手の番組は、霊界や死後の世界を安易に信じ込ませる効果があるとも指摘されており、霊感商法などの犯罪を誘発させかねない。「ただの娯楽」「ネタでしょ」と楽しんでいる分には問題ないのだろうが…。

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2008年01月24日

土と水の汚染の危険

 23日、守山市内の団地を流れる用水路で、放流中の鯉が大量に死んでいた。500㍍下流で琵琶湖へ注ぐというこの川に何の異変があったのか。調査によると、現場の上流1000㍍に生コン製造工場があり、どうやらその処理施設の排水によるものらしい。鯉の大量死で原因が追及されたが、その毒性が一気に影響したのか、長い時間をかけての中毒死だったのか、問題である。もし長い時間をかけた後の汚染被害であるとしたなら、おそらく琵琶湖を長い間、汚していたことになり、その間、湖魚の健全性をどれだけ傷つけてきたか。それを思うと、たまたま発覚した鯉の死であるが、このような水の汚染は強弱の差はあれ、どこにでもあるのでは、と少々心配になってきた。
◇ぼくは常に思うことだが、世界的規模で進んでいる地球の汚染による将来の不安である。中国の河川の汚染は目をおおうばかりというが、その汚染された水が東シナ海から日本海に流れて、くらげの異常発生や巨大くらげの原因となり、日本の漁業者を困らせている、というニュースをかつて知ったことがある。
 今、世界は、地球温暖化対策をめぐって、石油燃料などエネルギー消費の削減が注目されているが、温暖化による地球破壊と同様にゴミや汚水による地球と生命の危険を深刻に論じ、その対策の実行を決断しなければならないときではないか。
◇水の汚染でショックだったのは熊本の有明海で発生した水俣病であるが、それをきっかけに工場汚染への目が環境行政を生んだことは衆知の事実であり、それと並行して警告されたのは土地を汚す農薬であった。しかし、これは日本の農業との関わりの大きさから、そして、農水、厚労、環境の三つの役所の権限と垣根争いにより、その規制はゆるく、かつ甘い。しかも汚水は最終的には大海へ注ぐので、その犯罪性は薄れ、放置、そして忘れ去られてゆく。
◇例えば、琵琶湖の湖魚であるが、今は漁業で生計が立たなくなったほど漁獲高が激減している。つまり湖魚が異常に減少してしまったのである。それをバカな宣伝に乗って、乱獲や外来魚のせいにするが、湖魚の減少は40年以上も前から始まっており、その原因は一つは工場や家庭排水、今一つは農業排水である。
 これについては、規制や下水道の普及によって一部は回復線上に向かったが、他方で、農業汚水と産業廃棄物汚染が、知らず知らずのうちに地下水と琵琶湖を汚してゆく。いわば時間をかけて、ゆっくり、ゆっくり、湖魚を死滅させ、人間ばかりか、他の生きものまでもが生きにくくなってきた。
◇農薬は病害虫の駆除と除草用に大別されるが、消費行政と生産行政のはざまにあって、その被害や規制があまり話題にならない。それは水俣病と同様、一気に、目に見える形で被害が特定できないからである。
 他方の産業廃棄物はどうか。これとて、生産行政である通産の役所と国民の健康を考える環境の役所とのかねあいによるあいまいさが、的確な政策を邪魔している。
 つまり生産は金もうけにつながり、環境上の規制は景気に作用しかねないからである。
 しかし、人間の健康が大事か、生物が大事か、それともお金が大事か、産業が大事か、この一点を集約して考えれば、だれだって、健康に手を上げる。目に見えて健康被害が出ていないことをいいことに地球を汚しっ放しにしてよいものか。
 ぼくは、目に見えないことをいいことに、といったが、実際は目に見えているのである。病人だらけであり、国民の80%が薬づけである。そればかりか、脳をおかしくして考えられないような暴行や殺人事件がぐんぐん増えているではないか。【押谷盛利】

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2008年01月23日

女の一心岩をも通す

 「念ずれば道開く」と短歌の先生から教えられたことがある。
 道開くの道は、人それぞれの修行の道と考えればよい。仏(ほとけ)の道は仏道であり、茶の修行は茶道、芸事はすべて芸道、衣服に装道、スポーツに剣道、柔道。政治に王道、人間には人倫の道…。
 道開くは言葉を変えれば「花ひらく」「花実る」と考えてもよい。要するに一心に怠ることなく励めば光が見え、思いや願いが実を結ぶという先人の教えである。
 よく似た言葉は他にもある。「女の一心、岩をも通す」はある種のすさまじさを感じさせる。執念(しゅうねん)が深いというか、思う一途さに霊気が籠もるのかもしれない。
 嘉田由紀子知事にも前防衛大臣の小池百合子氏にもそれを感じることが出来る。
◇道開くは「道通じる」に置き換えてもよい。一念をこめてものごとに集中し、ひたすらつとめれば必ず芽は出るし、結果が上首尾という経験則とも言えよう。
 念というのは魂とも呼ぶべき神秘な心の働きである。念力、霊波などの類似語でわかる通り、見えぬ世界である。
 小賢(こざか)しい人間は実証を根拠として、なにごとも計算づくで解こうとし、目に見え、耳に聞こえる形で現さないと納得せぬが、人間の心には不可思議性があり、数学や物理を超えるつかみどころのない作用がある。
◇ぼくの子供のころ、母がよく「見ぬ恋は起こらぬ」と話していた。
 一目見て忘れ得ぬ人がこれである。病気になるほど人を恋うというのはすごい話だが、恐ろしさを秘める。見て、それが心に焼きつき、思う心がしずかに深く募ってゆくのは若い者の純情であり、崇高な心の典型であろう。
 母が「見ぬ恋は起こらぬ」といったのは恋そのものよりも、人間の欲の浅ましさを皮肉に述べたものとぼくは解している。
 例えば人前で、ものをおいしそうに食べれば、それを見た人はとたんにそれを欲しくなる。
 その端的な行動がいわゆる衝動買いである。そうした人間の微妙な心を商売に利用するのがテレビなどのコマーシャルである。有名人や話題のタレントが「うまい」とのどを鳴らせながら菓子や料理の宣伝に乗る。とたんに視聴者の胃が反応し、その商品の売れ行きが急上昇するというのがこれである。
 この商法は一つの流行としてこのごろ各界に花を咲かせている。
 モデル住宅見学会、春もの下見会、試食会、試乗会、なかには景品や食事付きで誘うのもあるが、必ずその成果が目に見えるからである。
◇人は平常、サイフの紐を固く締めていてもひとたび、うまいもの、けなるいものを見せつけられると、無我夢中にそれを食べたくなり、手にしたくなる。
 心は強いが、はかなくも揺れやすい。揺れやすいのは気まぐれな証拠でもあり、うつろい易さ、浮気心である。
◇人の心は移りやすく、揺れやすいので、昔の人は「石の上にも三年」「隣りの芝生はあおく見える」「辛抱は金」などと心の用い方に教訓を含ませた。
 ましてや、道をきわめることは難事中の難事である。道草などしている時間的余裕のあろうはずがない。ただただ一途、ひたむきに一念こめて学び努めなくてはならぬ。
 それを破るのがテレビであり、子を夢中にさせるゲーム機である。【押谷盛利】

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2008年01月22日

小さくなる世界(見聞録)

 21日夜の虎姫町商工会の新春講演会で、読売テレビのキャスター・辛坊治郎氏が、政治や経済、テレビ番組の裏側について興味深い話を披露した。その中で、昨年、同氏が取材に訪れた南アジアの王国、ブータンの話題が印象に残った。
 ヒマラヤの山麓に位置するブータンは1974年まで鎖国を続け、外国文化の流入を拒否してきた世界最後の鎖国国家だった。鎖国時代は近代的経済体制もなく、GDPという指標で経済規模を測定することさえできない南アジアの最貧国だった。
 鎖国ゆえに自国の伝統や文化をそのままに残し、また、国王の方針で、国民の外出には日本の着物に似た民族衣裳の着用を義務付け、建物も伝統に則った建築を強いている。
 近年はこのブータンが注目を浴びている。というのも、法律で喫煙を禁じたり、GDPという経済指標中心の世界と距離を置き、「国民総幸福量(GNH)」という指標で、国民の幸せを導こうとの国策をとっているからだ。
◇辛坊氏の講演で興味深かったのは、西洋文化の流入を拒み、保守色が極端に濃いブータンで、英語教育や情報産業が急激に進展しているとの報告だ。
 鎖国を解除した国王は、このままでは世界から取り残されてしまうと、大改革に打って出た。
 まず、国際標準言語の英語力を養成するため、全小学校にアメリカ、イギリス、オーストラリア人の教師を招き、英語教育を徹底させた。その結果、今では30歳以下の国民のほとんどが英語を話せる。
 実は同国には、20もの言語が混在して国民同士がコミュニケーションを取れないほど複雑な言語体系だが、英語の定着で同国の第一公用語となった。
◇では、その英語能力をヒマラヤの山麓という辺境の地で、どう生かしているのか?
 それは、IT技術による産業振興で、イギリス、オーストラリア、アメリカの企業とインターネットで接続し、各国の企業から仕事を請け負っている。
 辛坊氏の取材によると、例えば銀行の金融商品の斡旋。イギリスの銀行の商品をイギリス人に売り込む仕事なのだが、セールス電話はインターネット網を通してブータンから行っている。
 セールスの電話を受けた当のイギリス人は、まさか電話の向こう側に、ヘッドホンとマイクを付けたブータン人がいるとは夢にも思わないだろう。
 さらに、イギリスで8時間の営業が終われば、今度はアメリカで8時間の営業、そしてその後にオーストラリアで、という具合に、時差を生かして1日3交替制で仕事をするわけ。
◇英語教育が徹底された国民はそういう知的産業で働き、道路工事などの肉体労働はインド人ら出稼ぎ労働者にまかせている。鎖国時代、自給自足の極貧生活だった国民の生活は向上し、国民1人当たりのGDPはインドの3倍にまで成長しているという。
◇近年まで鎖国を続け「秘境」「桃源郷」などと呼ばれたブータンでさえ、英語とIT技術を巧みに駆使してグローバル化の波に乗り遅れまいと、国家計画を改めた。IT技術が世界を確実に小さくしていることを改めて感じた講演だった。

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2008年01月21日

大津市長選の結果論


 注目の大津市長選は20日、投開票され、現職の目片信(まこと)氏が僅少差で再選を果たした。
 この選挙、県庁所在地で、初の女性市長が生まれるのか、関心がもたれていた。しかし、それは選挙戦が終盤に入ってからのことで、マスコミをはじめ一般の市民、県民は目片氏の独走を当然のように考えていた。
 選挙戦の最終日、ぼくは関係者から勝敗の予想を聞かれた。ぼくは迷うことなく、明確に、わずかな票差ながら現職が敗れるであろう、と言い切った。相手は思いもかけぬことを聞くとばかり、びっくりして、なぜ、とその票読みの分析を迫った。
◇ぼくは、対立の黄瀬紀美子氏については全く知らなかったし、名前すら聞いたことがなかった。おそらく大津市民の多くもそうに違いないと思う。言わば無名の新人である。しかも出馬の話が決まったのは告示日の10日前である。それまでは、自民、公明の推す現職の目片氏と共産推せんの新人・井上敏一氏の一騎打ちと予想されていた。この対戦構図では、おのずと勝敗は選挙以前に予想することが出来た。当然ながらマスコミの報道も熱が入らぬし、その関心も全国的な規模には程遠かった。
 ちなみに鎧袖一触(がいしゅう・いっしょく)という言葉がある。鎧(よろい)の袖が一度触れたぐらいで、簡単に敵を打ち負かす意味に用いられる。
 なんぼ知事が応援しようと、候補が女性で、新鮮であろうと、告示直前の出馬表明では、準備不足である。相手は現職であり、県議や衆議院議員も経験しているベテランで、知名度抜群である。問題になるまい。しかも、目片氏には自民、公明の強力なバックがあるにも拘わらず、黄瀬氏には野党が割れて民主と社民と対話の会の支援のみで、共産は早くから独自候補を擁立している。これでは鎧袖一触もいいところであろう、というのが告示当初の見方であった。
◇それが、選挙終盤戦から意外な反響を呼ぶようになった。
 まず、市民の目に映ったのは、黄瀬氏の若さと華やかさであった。黄瀬氏の頭文字の黄とシンボルカラーの黄色が偶然にも光りあう相乗効果を発揮した。
 第2は、嘉田旋風の地鳴りが続いていたことである。それは昨春の県議選と夏の参院選の余波が現実に大津市民や県民に影響していることを実証させた。
 第3は、黄瀬氏が実業家であり、行動力のあるアイデアマン、それに政治家に必要な話術、感性、風貌、たくましさなどがだんだん知られるにしたがって、大津市民に親近感と期待感が高まってきた。
 第4は、大津市政のこれまでの保守性への微妙な反応である。大津市政は、戦後、長く上原茂次、山田耕三郎、山田豊三郎氏など、いずれも多選市長が続き、選挙は独走に近かった。こうした同じ市長の多選化をきらう底流が早くから芽生えていた。これまでは、そうした流れに立ち向かう者がいなかっただけに今回の市長選は新鮮な印象を市民に投げかけた。独走に歯止めをかける候補はいないか、とやきもきしている市民の前に現れたのが黄瀬氏であり、仮りにもう1カ月出馬声明が早く、準備が進んでいれば結果は逆転していたであろう。
◇ぼくが、黄瀬氏が勝つと読んだのは、そうした諸条件を考えての判断であるが、今一つ及ばなかったのは、共産党の候補によって反目片陣営が割れたことによる。これは先の栗東市長選のときもそうだったが、今回も共産推薦の井上氏の1万1847票を加えれば8000票程リードして黄瀬氏が勝利したであろうことは疑いない。【押谷盛利】

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2008年01月19日

長寿とご用済みの自覚

 人生の道程(みちのり)は遠く険しいが、だれもが出発も終点も確認することはできない。
 いつ終点を迎えるのか、それが分かればいいようだが、逆にそれが分かれば味気ない。いつ終末が来るのか分からないから、人は明日へ希望を託し、日々を懸命に生きることになる。
 ただ、比較的確かなことは、中年を過ぎ、老齢化するにしたがって、先が、そう遠くないことを肉体的諸現象で察知できることである。
 予感といってもいいが、そういう予感を淋しいと思い、恐怖を感じる向きは極力それを打ち消す心がまえで行動するしかない。しかし、それはあくまで精神的な強がりの域を出ず、肉体も心も日々に老化の度を深めてゆく。
◇終末へ近づくの予感は、急激なものではなく、ゆきつ、戻りつしながら、なだらかな曲線を画いて確実にその人の全身について回る。その予感はどんなふうに現れるのか。
 自分の体が若いころのように思うように動かないのがそれである。目や耳がうとくなるし、歯も悪くなる。重い物を持つことができなくなるし、長時間の労働や走行は困難になる。とっさの場合の反応が鈍くなるし、記憶力が落ちる。
 進んで目的に立ち向かう意欲、たくましさが欠けてくる。なにをするにも億劫(おっくう)になる。
◇これらはいわゆる老化現象だが、加齢とともにその度が深くなり、生きてはいても人さまの助けに依存する部分が多くなる。
 自らが自らの力で生きてゆくのが生命を持つ動植物の本来の姿である以上、老化によって、自分の力で生きることが困難となれば、それは終末期の近い一つの信号である。その終末期にも個人差があって、寝たきりで十年以上生きる人もあれば、感染症などで急におさらばする人もある。
 いずれにしても、老化現象が強まれば強まるほど、生命力が退化していくことは避けられない。
 生命力の退化が進めばおのずから抵抗に限りがあり、お迎えの車に乗らなくてはならぬ。いや、と打ち消しても確実にお迎えはある。
◇この終末期の予感は厳しく残酷であるが、考え方を変えれば「ご用済み」の免許状をもらって、ほとけの世界行きの準備をしなさいとのお知らせ、予告といえよう。
 大きな力による予告と承知すれば「ありがたや」と感謝して、準備に入ることができるが、とことん予感を拒み続けていると、準備することなく、わけの分からぬうちに泥沼へ引きずり込まれるように、幽明境を異にしなければならぬ。
◇「ご用済み」とは自負心のある人間にとっては屈辱的響きを持つが、それは正確な天地の法則である。生まれて、成長して、人間としての役割分担や、社会への貢献に励み、時の経過とともに生命力が衰えてゆくのは人間の宿命であり、神さまの設計図、天地の法則である。
◇問題は、終末を恐れず、御用済みの免許証をいかに大切に扱うかである。その心の置きどころが高齢化社会を生きる人に問われるのである。
 そういう積極的な心の持ち方を仏教用語で「安心(あんじん)」という。仏法の功徳によって迷いがなくなる安らぎの境地といえよう。
 安心立命(あんじん・りゅうみょう)という言葉もある。人力を尽くして、その身を天命に任せ、どんな場合にも動じないこと、と辞書は説明している。
 結局は心の世界である。ご用済みを自覚して、心の世界に安心を招来する生き方、それが高齢者の救いと幸せにつながるのではないか。【押谷盛利】

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2008年01月18日

国境について考える(見聞録)

 世界のあちこちを旅行していて、そのつど何かと感慨深げになるのは、国境を越える瞬間。
 島国の日本では、飛行機の移動で、いつの間にか国境を越えているが、大陸の国々では、車やバス、列車、または徒歩など、陸路で国境を越えることが多い。
 国境通過は、まず滞在国の移民局で出国手続きをして、国境を越え、渡航先の移民局で入国手続きをするが、パスポートやビザ(入国許可証)のチェックだけでなく、麻薬などの違法所持や、爆発物はないかと、荷物検査もあるのが通例。
 小欄の経験上、日本人へのチェックは甘いが、国際上、何かと課題を抱える国は渡航者の国籍を問わず、審査や荷物検査が厳しい。
 過去にイスラエルを訪れたときは、度重なる荷物チェックだけでなく、渡航目的、宿泊予定のホテルなどを複数の入管職員に延々と質問され、うんざりした。職員が小欄のブーツの底に挟まった小石をピンセットで一つ一つ取り除いてチェックする様子は、テロと隣り合わせのお国柄を代弁していた。
 イランを訪れた時にはイスラエル入国スタンプを隠すためパスポートを新調したが、過去の渡航歴など質問責めにあった。
◇国境管理と出入国管理の厳格さは、その国の防犯、防衛の面からはしごく当然のことだが、国境を無くそうとの動きもある。ヨーロッパ連合(EU)だ。
 十数年前、ヨーロッパ周遊旅行に出掛けた際は、国を移るたびに、出入国審査を受け、パスポートはすぐにスタンプでいっぱいになったものだが、今のヨーロッパでは、国境審査がなくなり移動が容易になったうえ、通貨の統合で両替の手間が省けた。
 しかし、過去のような国境越えの感動は薄れ、同一国内を移動しているような錯覚に陥る。かろうじて言語の違いが国の違いを感じさせてくれる。
◇EUの前身は1951年の「ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体」にさかのぼる。これはフランスや西ドイツなど6カ国が鉄と石炭を国際管理するために始まった。これらの鉱物資源は国境をまたいで分布し、過去に紛争の火種となっていたからだ。
 58年には「ヨーロッパ経済共同体」と「ヨーロッパ原子力共同体」を発足させ、次第に協力分野を増やし、1967年には3共同体をまとめた「ヨーロッパ共同体(EC)」を設立した。徐々に加盟国が増大し、現在は経済だけでなく、政治、軍事などあらゆる分野での統合を目指すEUに進化した。
 現在27カ国が加盟し、EU内ではカネ、モノ、人の移動の自由が保障され、国境でのパスポートチェックや税関が廃止され、統合通貨ユーロは今年で導入9年目。
 ヨーロッパ市場の統合による企業間の競争力強化で、経済成長は著しく、ユーロの価値は上昇。導入当初の1ユーロ100円程度が、現在は160円にまで高まり、世界標準マネーとしての地位を確立した。
◇もともとは、経済分野での共同体を目指したヨーロッパが、なぜ、単一国家的統合を目指しているのだろうか?
 ヨーロッパの歴史は国家間の戦争に明け暮れ、20世紀には2度の大戦で隣国同士が殺し合った。その暗い経験から、再び戦争を起こさないために各国が協調し、平和への道を歩むことを最終目標にしたのだ。
 キリスト教という共通の宗教観はありながらも、言語、通貨をはじめ、文化も風習も異なり、それを統一するのは並大抵のことではない。
 だが、各国首脳は崇高な使命感を持ち、自国の利害にとらわれずヨーロッパ地域の将来を見据え、粘り強い交渉を続け、これまでに各国の経済基盤である通貨を廃止し、国境審査を解消した。
 その先見性と努力を我々も見習うべきだろう。

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2008年01月17日

合併しての損得勘定

 地方自治体の市や町村を合併する話は今に始まったわけではなく、明治この方、ときと状況によって村が町になったり、町が市になったり、そのときのあんばいでAの郡からBの郡への本籍替えすることもあった。
 地形、産業、生活文化、交通、歴史、伝統などいろいろな要素が関連しあって、合理的で都合のいい住民自治体が生まれ育ってきた。
 もちろん、国家という大局から眺めて、政策的な合併もあった。時代の進運、趨勢ともいうべき合併がこれである。
◇市町合併は、いつの場合も賛成派と反対派の動きが出る。明治維新だって、いままでのような「さむらい」の政治による国家をよしとする人もあれば、政権の実態をがらりと変えて選挙による国民代表によって政治をするべきとする二派に分かれた。
 完全なる民主政治に移行するまでには、時間もかかり、道程を踏まねばならなかったが、高い見地から見ればフランス革命のもたらした自由・民主の市民社会システムの政治がベターであったことは内外で証明されている。
◇いつの場合も大事なのはそこに住む人間であり、どんな体制の国がよいのか、どんな形の府県や市町がよいのか、それを近視眼や欲得を捨てて、天の法則とまではゆかなくとも道理にはまった、合理的、進歩的な枠組や組織を考えるのが文明であり、上に立つものの使命と責任である。
◇いま問題の長浜と6町との合併であるが、私的利害に立てば6町長の立場は複雑である。合併すればたちまちお役ご免となって、町長のポストを降ろされてただの市民となる。
 町長といえばその自治体の権力者であり、町の行政の人事や事業、運営などを一手におさめ得る立場である。やり甲斐もあれば尊敬もされる。同時にその町の経営に生命を託するほどの腐心と実践が要求されるし、議会の協力が不可欠である。
◇合併することによって、その地位を失う町長であるから個人の利害得失を考えれば合併しない方が得(とく)かもしれない。
 しかし、6町長はいずれも今こそ合併して、住民の将来に安全と希望の保険をかけるべき、だと踏み切っている。
 逆に自治体の議会の中には一部であるが合併にいちゃもんつけて、できることなら話を潰したいという気持ちのものも見えかくれする。議員は合併すれば、定数が減り、明日の保障がないから、今のままで、ずっと何期も現職でいたいと思うかもしれない。つまり利害得失が頭にあるからで、合併の効果やさきざきの運命、日本の予想される将来図など考えない。
◇議会は三権分立の国家権力の原理から、執行部(市、町長)の独走をチェックし、予算その他を議決する重い責任があるから極めて大事だが、少子高齢化社会と時代の進運に眼を開かねばならない。
 世の中が進み、交通、通信が、発展し、情報化社会に突入した今、これまでのようなおらが市、おらが町の区域に閉じこもって住民の利益や生活を守ってゆくことができるであろうか。その一点を考えただけでも既往の自治体組織の縄張りなどは無益な前世紀の遺物といってもいい。
◇例えば地震や火事を想定しても小さな今までの村や町では施設、設備、機械器具、技術、人員、費用からいって到底対応できるものではない。老人の福祉施設だって同様である。限界集落のおびえに立つ現在であればこそ、行政の枠を拡大して、より多くの人で、困っている人を助けてゆく方策をとるしか方法がない。
 少子高齢化は、子が高齢の親を見ることが出来なくなる社会である。ならば住民の自治組織の枠を広げて、より多くの金と人材を福祉に集約して、この人たちの老後の不安を解消するのが市町のリーダーであり、そういうレベルの上からも合併は避けるべきではないし、ましてや将来の道州制を考えるならば、それに敏感、効率的に対応できる自治体組織を作らねば子や孫に負担と損失をかけ悔いを後々まで残すことになる。【押谷盛利】

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2008年01月16日

議会は合併の先頭に

 地方の市長や議員は政治家と言えるかどうか、怪しいが、政治家というのは国や住民の独立、繁栄に敏感、前向きでなければならぬ。別の言葉でいえば天下の趨勢を正確に把握し、向かうところに誤りがあってはならぬ。
 明治維新前夜に開国と欧米親近策に走った薩長土の下級武士や幕府の勝海舟たちは日本の将来を見据えた秀れた政治家であった。
◇いま、長浜や以北の6町で市町合併が進みつつあり、川島信也市長は信念をもって不退転の決意で合併にのぞんでいる。もともと川島氏は、湖北1市3郡の大同合併論者で、一時は長浜市ほか12町が合併協議のテーブルを囲んだ経緯がある。
 これは長浜市の一部議員と坂田郡の旧近江町を除く3町首長らの背信で潰れたが、結果的には湖北を割る拙劣な合併劇に終わった。その功罪が今改めて問われるが、後発の第2期湖北合併に悔いを残さぬよう正しい判断をするのが、長浜市議会と他の6町議会の責任であろう。
◇いま、日本の政治は地方の分権時代に差しかかっており、遠くない将来、道州制の実現が期待されている。
 天下の趨勢とはこれを指すのであって、いま北川正恭前三重県知事や宮崎県の東国原英夫知事らが中心となり「分権改革連合」が誕生しそうな状勢である。これは年内にも予想される衆院選に向けての勇気ある行動で、これまでの口先だけの官僚主導型地方分権を捨てて、真の意味の地方分権をねらう戦略であり、小さな政府、徹底した行革による官僚政治からの脱皮を目的としており、皮肉にも小泉改革の中心部分でもあった。
 安倍内閣による小泉後継路線は、渡部行革担当相を通じて官僚組織の徹底改革に取り組んだが、自民党の族議員と官僚に反対されてうやむやに終始した。
 道を誤った利権政治のおもむく方向であるが、地方自治体において同じ理由で改革を阻止する動きなしとしない。
◇いま、地方は東京一極集中の犠牲となって、税源は東京にもってゆかれ、産業、人口、交通、学術、文化、医療におけるますますの中央との格差に甘んじなければならなくなった。しかし、少子高齢化の波は音立てて地方を襲うことになり、限界集落など避けて通れぬ社会問題を抱えるようになった。
 こういう国家的困難な状況下にあって地方と中央の格差を是正し、地方の住民の発展、福祉を考えるのは地方の首長や議員の共通の課題であり、それは行政の簡素化と同時に税源の確保、及び効率的運用に革命的発想を伴う。
 当然ながら、機動力のある動き易い自治体、事業の集約的効果や地方の特質を生かした重点的施策など、これまでの総花的投資や中央依存の補助体質から大胆に脱却しなければならぬ。
 その点では、既得権にしがみつく従来型、保守型体質を思いきって切りかえてゆかねばならぬ。
 その先頭に立つのが地方の首長であり、議会である。
◇ぼくが見る限り、湖北地方の首長はそれが分かっているはずであり、とくに今回の1市6町の場合、長浜市長のみならず、伊香の4町長、東浅井の湖北、虎姫の2町長ともに積極的な合併推進論者であり、これらの首長が前回の失敗に顧み、慎重に手続きを踏みながらも、その機運を高めつつあるのは実に賢明で、正しい判断であると思う。
 議会人は、いまさらのように編入だとか、正式な申し入れがどうだとか、まるで他人事のようなことを言う向きもあるが、国家の向う大局を掴みつつ、先ずは自らが住民とその地方自治体のあるべき未来図を画きながら、自ら主導的に合併機運を盛り立ててゆくべきではないか。
 極端にいうと、これからの地方行政は、従来の町や村では用をなさなくなってゆくのだ。そういう時代に対応できる新しい自治体、それが合併の目標である。【押谷盛利】

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2008年01月15日

タイを知るなら三面記事(見聞録)

 毎年、日本や韓国、中国をはじめ、世界各国から観光客、ビジネスマンが訪れるタイ。その国際性から首都バンコクでは、各国出身者向けの新聞や雑誌が発行されている。
 バンコク市内を散策中、偶然、目についたのが「バンコク週報」なる新聞。日付は12月31日~1月6日となっており、どうやら年末に発行されたようだ。
 トップ記事は、12月に行われた下院総選挙の分析記事。タイではタクシン前首相の訪米中に軍事クーデターが発生し、国会正常化のための総選挙が行われたばかり。
 その記事の横には「インド洋大津波から3周年」の見出しで、2004年12月26日のインド洋大津波で甚大な被害を受けたビーチリゾートのプーケットで、日本人らが集まって慰霊祭を行ったことを報じている。
 このほか、年末年始にかけてバンコクのスワンナプーム空港が大混雑する予想報道で、日本人をはじめ多くの観光客が大挙入国するとの情報。
◇1面は政治や時事ネタで落ち着いた内容だったが、特集が興味深かった。年末発行ということで、「タイを知るなら三面記事」と題した特集を組み、2007年の事件をダイジェストで振り返っている。
 例えば、「ネット買春にご用心、会ってみれば100㌔超える超巨体」との見出し。バンコクに住む男性(28)がインターネットで売春情報を検索し、「わくわくしながら相手のアパートに向かった」ところ、目の前に現われたのは巨漢の女性。キャンセルを申し出たところ、殴られて携帯電話を奪われたという。この巨漢女は逮捕されたが、この手の詐欺まがいの売春情報がネット上に溢れ、被害者続出とか。
◇「売春婦に睡眠薬飲まされ瀕死の重症」の見出しの記事では、ビーチリゾートとして知られるパタヤで、インド人旅行者3人が地元の売春婦2人に睡眠薬入りのビールを飲まされ、現金やパスポートなどを奪われた事件を紹介している。
 現地で知り合った女性から睡眠薬を飲まされ、身ぐるみはがれる犯罪は、全世界の観光地で共通する手口。旅行者はそういう出会いに警戒が必要なのだが…。このインド人、意識不明の重症。
 「イスラエル人、子象を『人質』に警官と睨み合い」の記事も、タイのお国柄を代弁してユニーク。レンタカーで車やバイクに衝突する多重事故を起こしたイスラエル人が、逮捕されるのを恐れて、近くの野原に逃走。市民や警察に追われたことから、「たまたま近くにいた」子象(2歳)を「拘束」し、大型ナイフを片手に1時間、警官と睨み合った。容疑者のスキをついて警官が飛びかかり、子象を無事救出したという。
◇ダイジェスト版とはいえ、「売春」や「外国人」などに関わる事件が目に付き、その国際性、風俗などがうかがえる。
 ところで、タイでは年始の2日、プミポン国王の姉、ガラヤニー王女殿下が逝去し、国中が悲しみに包まれた。同国では15日間、喪に服すことになり、黒い衣服に身を包んだバンコク市民の姿が目立った。
 国王一家は国民から絶大な尊敬と信頼を受け、同国を訪れれば、あらゆる場所に肖像画や写真が掲げられていることに気付く。独裁国家にありがちな自己権威の表現ではなく、国民が国王を敬愛し、こぞって掲げるそうだ。
 現地で4年ぶりに再会した友人も、連日、黒い服を着て、王女の死を悼んでいた。
 世界各国の人々の喧騒に包まれ、売春婦やレディボーイが街を闊歩するバンコクにあって、王女の死を悼む姿に、どこか純朴な国民性に触れた気がした。

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2008年01月13日

成人と行く末(よもやま)

 14日は「成人の日」。長浜、東浅井の3市町では13日に成人式が開かれ、長浜市は987人、虎姫町は77人、湖北町では116人が新成人となる。まずは大人の仲間入りをした皆さんにおめでとうと言いたい。
 1月15日が成人の日と定められたのは昭和23年。平成12年からはハッピーマンデー法に基づき、1月の第2月曜に改正された。
 20歳を成人としたのは中国の古書「礼記」にならったとされる。中国では男子の20歳を「弱」といい、元服し冠をつけて成人を祝った。若者のことを「弱冠」と言うのはここからきている。
 江戸時代、武家社会には元服の儀式があり、男子は数えの15。女子も髪上げがあり、早いところは13歳だった。いずれも体の成熟と一致しており、子どもを作れることがひとつの基準であったと考えられる。日本では現在、結婚できる年齢を男子が18、女子が16と決めているのも同様の理由。
 元来、成人というのは一人前という意味。何をもって一人前とするかは時代や民族によって考え方が異なる。古代社会や狩猟民族では戦(いくさ)や狩猟ができるか否かが成人の指標。家族の存続を重視する朝鮮では結婚が成人の指標とされ、30歳でも未婚なら成人として扱われなかった。
 朝鮮の青年は昔、成人しても結婚するまではリボンをつけたお下げ髪(チョンガー)をしていた。独身のことを「チョンガ」と呼ぶのはこの風習に由来している。
 アメリカの成人は高校の卒業。高校までが義務教育のため、卒業すれば進学や就職などで一人暮らしを始めることが多いので、成人の目安となっている。このほか、世界を見渡すと18歳成人国が多い。国立国会図書館の調べでは185カ国のうち、18歳を成人にしているのは実に162カ国、88%におよぶ。サミット参加国で成人年齢が20歳は日本のみ。
◇20歳になると法的に飲酒、喫煙などが可能になるが、実際は規制が甘く、法を守っている人は少ない。飲酒や喫煙が20歳未満だと発育に影響すると言われるが科学的な根拠はないとも言われている。
 成人映画、ビデオは18歳以上。これは性風俗を扱うもので、男性の婚姻年齢が法的に18歳以上ということに由来している。最近は過激な描写の作品などについて「R15」指定という15歳以上限定の映画もある。
 選挙権は20歳からだが、自治体などが行う住民投票で投票権を18歳に引き下げたことがあった。平成15年2月、長浜市議会の合併住民投票は18歳以上を対象とした。当時は「住民投票ブーム」と呼ばれ、競うように「18歳以上」や「永住外国人」に投票権を与えた。長浜でも若い人たちに政治に関心を持ってもらおうと門戸を広げたが、フタを開けると投票率は45・35%。過半数を割り、主催者の思惑を外れ、企画倒れに終わった。
◇今、世の中では「地球温暖化」「汚染」などの環境問題が叫ばれている。また、湖北地域では行財政のスリム化を目指す1市6町合併が焦点となっている。
 これらの問題は先人が将来のことを考え、長期的な政策を行っていれば、ここまで深刻化しなかった。
 工業化による経済の発展は当然、CO2の排出量を増やす。企業が儲かると税収は増え、自治体はカネをばらまき、ハコモノを建てる。
 政治家や財界人は20年、30年後のことなど考えず、なりふりかまわず、私利私欲に走った。その結果が環境破壊や財政危機を招いた。
◇選挙の投票率低下の要因に若者の選挙離れが問われている。棄権した人に取材しても「政治に関心がない」「誰に入れても同じ」との声が返ってくる。
 しかし、これからの日本を変えていくのは若い世代の人たちの力。自覚を新たに、ニュースや新聞に目や耳を傾けてほしい。ほんの小さなことかも知れないが、1人の力でも政治や社会を変えることができるのでは。

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2008年01月11日

働け!マレー人(見聞録)

 年末年始に旅したマレーシアは、これまで訪れた東南アジアの国々と様子が違っていた。というのも、一般的な東南アジアの人種に混ざって、中華系、インド系が目立ち、多民族国家を形成していたからだ。
 マレーシアの人口構成は原住民のマレー系が6割、中華系が3割、インド系が1割を占め、このほか、ごく少数の民族がいる。
 元々はマレー人しか住んでいなかった土地に、イギリス植民地時代、ゴム農場やスズ鉱山で働くため、中国やインドから労働者が移り住み、今の人口構成となった。
◇国教はイスラム教だが、多民族国家ゆえに信仰の自由を認め、中華系の仏教、インド系のヒンズー教、そして、イギリス統治の影響からキリスト教も信仰されている。街中を散策すればモスク、仏教寺院、ヒンズー寺院、キリスト教会など、世界の主要宗教の施設に出会える。
 公用語はマレー語だが、中国系社会では中国語、インド系社会ではタミール語が話され、異民族との意思疎通には英語が用いられている。
◇複数の民族で構成される国家は世界にいくつもあるが、マレーシアの面白いところは、各民族が距離を保ち、融和を図っていないこと。独自の社会を築き、他民族との結婚もごくまれ。それでいて、中東やアフリカのように宗教や民族の違いを理由に争うこともなく、東南アジアの国々の中では一番の安定度を誇っている。
◇短期間の旅行でも気付くのは、それぞれの民族の裕福さ、勤勉さの違い。中華系は商店やレストラン、ホテルなどを経営し、その勤勉さでこの国の経済をリードしている。小欄が宿泊したゲストハウスのオーナーはいずれも中華系だった。
 一方、多数派のマレー系は、元々、農業中心の生活だったことから、商業分野に食い込めていない。さらに、どこかのんびりしていて、中華系に比べると貧困層が多い。
 そして、インド人は商売上手の裕福層から、肉体労働の貧困層までに区別され、移住前のカースト制度を今に残している。
◇民族融和のないまま、平和を維持しているマレーシアだが、実は、過去に大きな民族対立が発生している。
 1965年、独自のネットワークで政治、経済に強い影響力を持つ中華系と、貧困マレー人が衝突したのだ。
 背景には政府の「ブミプトラ政策」なる優遇政策がある。「ブミプトラ」とはマレー語で「大地の子」を意味し、マレー人を指す。要はマレー人の不満を解消するため、何かと優遇しようという政策で、官公庁や企業での雇用、大学の入学にマレー人枠を設けた。このほか、住宅をマレー人に販売する場合は一定割合の値引きを義務付けるなど、露骨な優遇策を取っている。
 この政策は、事実上、政治、経済分野での中華系の締め出しに繋がり、両者の対立を生んだ。その結果、政府に不満を持った中華系がシンガポール島に移り、マレーシアから分離、独立。今の経済大国を築くに至った。
◇マレー人の社会的地位は向上し、国内情勢も安定したものの、新たな課題が発生している。
 というのは、元来のんびりとした気質のマレー人が、この優遇政策にあぐらをかき、怠惰を欲しいままにしているからだ。旅の途中で出会ったペナン島在住の日本人女性も「勤勉な中華系に比べ、マレー人はほんと怠け者」と、うんざり顔。
 さらに、ブミプトラ政策を嫌って優秀な中華、インド系が海外に流出してしまい、大きな知的損失となっている。
◇マレーシアは2020年の先進国入りを目標に掲げているが、直面する課題は、この怠け者をいかに働かせるかだ。そして、目下、その手本を日本に求める「ルック・イースト政策」に取り組んでいる。

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2008年01月10日

山頭火の水の句と仏

 水のことを、あれこれ考えているとき、ふと、降って涌いたように一冊の本が目の前に現れた。
 ぼくの混雑した書斎の一角に塵を被って山積みされている多くの本を、元旦の午前4時までかかって整理しているうちに、現代の念仏者といわれた関谷喜代嗣師(元・知恩院常任布教師)から頂いた「禅と念仏」なる季刊誌5号に射すくめられた。
 なにげなく、ぱらぱらとページを繰っていると「水の旅の山頭火」なる見出しの一文が目に飛びこんだ。
 副見出しが「濁れる水の流れつつ澄む」で、これは山頭火の代表句。著者は龍谷大の朝枝善照師(島根県・浄泉寺住職)。
◇山頭火は種田山頭火といい、尾崎放哉(ほうさい)とともに自由律俳句の奇人・天才として再評価され親しまれている。念のため三省堂の人物辞典で種田山頭火を追ってみる。
 1882年(明治15)~1940(昭和15)、大正、昭和の俳人。山口県出身、早大中退、萩原井泉水に師事。俳誌「層雲」に俳句を発表。1924年仏門に入る。尾崎放哉に傾倒、妻子を捨て庵を結び、また笠と杖で全国を乞食行脚(こつじき・あんぎゃ)し、禅味ある自由律の独自な句を残した。松山市の庵で病死。遺稿集「愚を守る」「あの山越えて」のほか、「其山日記」全4巻、「山頭火著作集」全4巻72年出版。
◇朝枝善照師は早くからの山頭火のファンで、その作品を読み、山頭火について書き、あるいは講演し、その深い洞察の根が正信偈(しょうしんげ)の「帰命無量寿如来、南無不可思議光」にあるのではないか、と思われて、この一文「水の旅山頭火」に没入した。
 朝枝師は文の冒頭に「旅の雲を追い、山中に水を求めた『雲水』の人・種田山頭火。水を敬う詩人に湧き出るばかりの水の名句がある。それらの句によって、いま水を味わう」と記している。
 たまたま同師の浄泉寺に太鼓樓が建立されたので、これを記念してその前庭に山頭火の句碑が建てられた。
 山頭火は「きき水の名人」といわれるくらい水を好み、直観的に各地の名水に親しみ、作品化している。
 水の俳人・山頭火を追ううちにその作品176句を探し当てた浅枝師は、詩人の同人誌「あんじゃり」に「わが心、水の如し」の一文を草するほどに山頭火に傾斜した。門前に建てる句碑である以上、ほっとするような句、浄土真宗のお寺の門前にふさわしいような、やすらかな、み仏につつみこまれるような句を、と選句に苦心した。そして、最初に浮かんだのが「濁れる水の流れつつ澄む」だった。これこそ浄土真宗の風景だと考える。
 山頭火の日記に「拝む心で生き、そして拝む心で私は死なう。そこに無量の生命と光明の世界が私を待っていてくれるだろう(昭和15年9月11日)」。
 この日記から山頭火は正信偈の冒頭の1行2句を知っていたはずと合点しつつ、もう一句「こころおちつけば水の音」に行き当たった。
 浄泉寺の門前には昔ながらの小川に美しい水が流れて、今も水音が聞こえる。この句は心ゆたかに山頭火の最も充実したときの句であり、結局、句碑はこの「こころおちつけば水の音」に決まる。
 そして「濁れる水の流れつつ澄む」はこのタイトルで浅枝師は随筆集を出版した(春秋社刊)。
 ついでながら山頭火の代表的水の俳句を紹介しておく。
 「ここまで来し水飲んで去る」、「へうへうとして水を味ふ」、「落葉するこれから水がうまくなる」、「水音のたえずして御仏とあり」、「飲まずに通れない水がしたたる」、「こんなにうまい水があふれてゐる」、「分け入れば水音」。【押谷盛利】

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2008年01月09日

水を買う時代と地球

 昨年、農水大臣が政治資金問題にからみ、事務所費を追及されたとき「なんとか水を飲んでいる」と答えて一躍、水が桧舞台に登場した。
 「水と空気はただ」という時代を知っているのは昭和1ケタ以前の人かもしれないが、水や空気の変遷にライトを当てるのは新世代を生きるものの覚悟というべきだろう。
 もはや、日本中、水がただと思っている人は1人もいない。水道の蛇口を回せばふんだんに出る水だから、強いて言えばただ感覚と言えぬこともない。使用量に対する料金の低さによる。
 しかし、多くの日本人は水道水との関わりを重視しながらも人それぞれに別途「なにやら水」を飲んでいる。水道水は飲み水用が本来の目的だが、それにケチつけて「なにやら水」をたのみとする流行はただごとではない。
◇水道水にケチをつけるのは、つけられる水にとってはおかど違いであろう。水に言わせれば人間の勝手もいいとこで、人間どもが汚しておいて、それを化学の力で浄化すべく偽の真水に切り換えたにすぎない。汚れた水は化学の力で人間のためにならない物質を除去できるかもしれないが、いかなる天才がいかなる科学技術を駆使しようとも、元の本来の自然水に立ち返ることはない。
 したがって、水道水は「かび臭い」とか「塩素臭い」とか憎まれるが、それはあまりにも表面的な感覚の問題で、水の本質にたち返れば色といい、味といい匂いといい、自然水の持つ浄水の不思議な魅力に比肩すべくもない。
 情緒的にも近づきがたく、感覚的にも相容れず、加えて、実はこれが一番気になるのだが、人間の健康に好ましからざるとなれば、よほどの鈍感者か無抵抗派でない限り、飲み水は「なんとか水」に依存する。
◇ちまたの各種の市販の水は「富士山、「南アルプス」、「高野山」、「大峰山」、「六甲」、「太平洋の海の底」などなど、いろんなところが水源だと宣伝されるが、割り切っていえばすべては「水加工産業」の領域である。
 日本の自然は犯され続けていると心配される反面、まだまだ山野には、先人が生命を託してきた自然水がある。それをいちいち探し出し、汲み帰る、なんていうことは到底できない。
 「やんぬるかな」とお手上げの一歩手前で、水道水を浄化する浄水措置や浄水物質が開発販売されたり、飲料用に酒やビール並みの高価な飲みものとして市販される。もちろん、厚労省の監督や許可など必要な食品行政上の規制や枠もあるだろう。
◇それにしても時代の変化といえばそれまでだが、河川や湖の上に赤潮が発生したり、わけの分からぬ水藻が繁殖したり、水というものの概念というか、目や鼻の感覚がおかしくなってしまった。
 それは、文化が、経済が、自然をおかしくし、そして人間の心や体までもおかしくなり、その終局が地球の破綻(はたん)につながるのだが、それを思えば地球の温暖化の危機回避は新世紀の国際的喫緊事である。
◇過去の日本人は「明鏡止水」「水魚の交わり」などと水を畏敬した。現代人は水の味も空気の味も、食べ物の味さえも忘れてしまった。
 そして恐ろしいことに母の味も忘れてしまった。【押谷盛利】

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2008年01月08日

マレー半島、鉄道の旅(見聞録)

 年末年始の休暇を利用して、東南アジアのマレー半島に出掛けた。旅行者にとって、一度は体験しておきたい、列車を乗り継いでの半島縦走。半島の先端シンガポールを起点にマレー鉄道で北上し、マレーシア国内を通過してタイの首都バンコクまでの約2000㌔を、寄り道しながら1週間。
 このマレー半島は、都市部以外はインフラ整備が遅れ、特に列車は1日に1~3本走る程度。のろのろ運転で、途中、何度も停車するため、移動手段としてはイマイチだが、それでもバス移動に比べると、ゆったりとシートに腰掛け、のんびりと車窓の眺めを楽しめるのが魅力だ。
◇起点のシンガポールは、世界各国からのビジネスマンや観光客で溢れる東南アジア随一の商業都市。シンガポール島をはじめとする63の島からなり、面積はわずか699平方㌔で、東京23区とほぼ同じ。448万人が住み、人口密度は、地中海沿岸のモナコ公国に次いで世界第2位。中華系が75%以上を占める華僑の国だ。1965年にマレーシアから分離、独立して誕生した。
 地下鉄や道路は完璧に整備されている反面、鉄道の駅は一つしかなく、駅舎もこじんまりとしていて、注意しなければうっかり見落としかねない。隣りの駅、ジョホールバルはマレーシア国内のため、シンガポール駅でマレーシアへの入国手続きを済ます。
◇列車はヤシの木など熱帯雨林が広がる半島をのろのろと北上。線路の敷設がイマイチなのだろう。車両の揺れが大きい。隣の乗客によると、マレーシア国内では度々脱線事故が起こるそうだ。
 揺られること10時間ほどでマレーシアの首都クアラルンプールに到着する。マレー語で「泥の川の合流地」の意味を持つこの都市は、イギリス植民地下でスズ鉱山の発掘拠点として栄え、鉱石を川で洗い流し、川が泥水となったことから、この名がついた。
 地元では「KL」の呼び名で親しまれ、約180万人が住んでいる。近年の急速な開発で、高層ビルが相次いで建設され、著しく都市化している。熱帯雨林を切り拓いただけあって、あちこちにその名残りを思わせる巨木が緑を湛えている。
◇KLからマレーシア北西部の交通拠点の町バタワースへ。知名度が低い町だが、沖にはビーチリゾートとして有名なペナン島が浮かんでおり、フェリーで渡った。
 オーストラリアやイギリスからの観光客で賑わうペナン島だが、近年は工業廃水、生活廃水の垂れ流しで水質が悪化し、島内で比較的美しいと言われるビーチも濁っていて泳ぐ気分にはなれない。ビーチボーイによると、フェリーで2時間ほど北上したランカウイ島に観光客が流れているそうだ。
◇ペナン島を後にし、バタワースから再び鉄道でタイの首都バンコクへ。国境を越えると、車窓から時折、田園風景が広がる。途中の駅ではリュックを背負った旅行客や、大きな荷物を抱えた住民が乗り降りする。
 20時間余り揺られて、バンコクに着く。この街、東南アジアの都市の中でも、けた外れの大きさで人口は600万人とも800万人とも言われている。世界中の人々がビジネス、観光で訪れる。チャオプラヤ川沿いに王宮や仏教寺院がたたずみ、郊外には高層ビルが林立。市街地にはショッピングセンターやクラブ、バーが、路地には屋台が並ぶ。その混沌が世界中の旅行者を魅了し続けている。
◇シンガポールからバンコクまで計3本の列車(うち寝台2回)を乗り継ぎ、運賃は日本円にして7300円程度。乗車時間はトータル40時間ほど。
 ちなみに、マレー鉄道には月に数本、「オリエンタル・エクスプレス」と呼ばれる国際列車が走っている。2泊3日でシンガポール―バンコクを走破する。「走るホテル」と言われるほど、豪華な内装と手厚いサービスが売りで、乗車料金は食事込みで1人20万円程度。

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2008年01月07日

北京五輪とエーゲ海

 お正月に降る雨や雪は天からの「お下がり」。言わば神さまが人間や動植物のために降らせて下さった贈り物だというのがぼくの考えだが、水問題で目をパチクリさせるような大きなニュースを二つ提供する。
 神さまへのお供えが「お水」。正月の最初の水を「若水」と呼ぶ尊厳性を胸に置きながら読者と共に今一度、水を考えたい。
◇4日付の読売に「北京の下水処理場、メダカ孵化に異常」というタイトルのショッキングなニュースが出ている。
 今年8月の北京オリンピックを前に何やら不安な水情報だが、まずは同記事の概要について紹介する。
【北京=佐伯記者】北京市内の下水処理場でメダカの卵を孵化させる実験を日中共同で行った結果、環境ホルモンの影響とみられる稚魚の尾の奇形や孵化日数の短縮による死などが起き、孵化の80%に異常があったことが3日、明らかになった。今年8月の北京五輪を前に環境対策を本格化させている中国だが、身近な生活環境に不安が潜んでいることが浮き彫りになった。
◇以上が記事のリード部分であり、以下に詳しく調査の実態や不安の原因について述べている。
 この実験は高度な下水処理技術をもつ三菱電機が大阪大、北京大などと共同で05年から2年間かけて実施した研究の一部。
 実験にメダカを利用したのは汚染への感度が高いとされているからで、メダカの卵に処理水をかけると通常90%とされる孵化率が30~40%に低下した。
 孵化日数も通常10日で孵化するのが5~7日に短縮され、尾の先端が曲がるなどの奇形も確認され、正常な孵化はわずか20%だった。
 原因は従来の下水処理場では除去できないビタミンAの代謝物レチノイン酸と同じ働きをする物質が処理水に含まれていたためという。
 このほか北京市内の主要6カ所の処理場を検査した結果、5カ所でレチノイン酸と同様の働きをする物質の陽性反応が出ており、いずれも工場排水が混入していた。
◇今一つの水情報は季刊誌「禅と念仏」第5号に出ているカキ(牡蠣)養殖者・畠山重篤(はたけやま・しげあつ)さんの話。
 畠山氏は著書「森は海の恋人」で有名な社会的活動家で、朝日森林文化賞を受賞している。彼は「牡蠣の森を慕う会」を結成して気仙沼(岩手県)にそそぐ大川の水源地にミズキの植林を実施して注目を浴びた。
 これが発端となり全国50カ所以上で漁師が木を植えており、九州の有明海のノリ養殖、広島のカキ、熊本の真珠、山形のカキ養殖の団体など多彩な運動となっている。
 その動機は海が汚れてカキの養殖に被害が出たことによる。
◇畠山氏は北海道大学の松永勝彦教授の指導を受けた。そこで初めて、秋の落葉の広葉樹林が海の生物を育てているメカニズムであることを知る。
 その一つが海と森との関係についての刺激的な話。ギリシャのエーゲ海は、まっ青の美しい海であるが、そこには魚がいない。プランクトンがいないからだ。エーゲ海の周囲の山は、はげ山ばかりで森や林がない。エーゲ海のはげ山は昔はナラの木でおおわれていたが、ギリシャ神殿を造るなどしてつぎつぎ伐採した。そのままなら森は復活するが、ギリシャ人はそこを羊などの放牧地にした。結果、山は丸坊主のまま今日に至った。
 森林を切って、はげ山にすると魚が寄りつかなくなる話で、日本でも水を守るため保安林の大切さが強調され、地域によっては森林に絶対に手をつけさせないところもある。
◇この話から、琵琶湖やその他の河川を化学物質で汚さぬことも大事だが、同時に水を美しくする効果、雨水を貯める力を持つ植林政策、ことに魚の寄りつく水のための落葉樹林の育成の重要性を学びたいものである。【押谷盛利】

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2008年01月05日

お降がりとお水のこと

 2日は正月にふさわしく湖北地方はうっすらに雪化粧した。産土(うぶすな)山と仰ぐ伊吹は珍しく全山真白であった。
 雪、清浄、この世の汚濁を払い清めてくれることを念じ、「御降(さが)り」なる言葉を連想した。歳時記に出てくる季語で、正月三が日に降る雨や雪をいう。
 石田波郷の句「御降りの松青うしてあがりけり」は、いかにも正月らしくめでたさが溢れている。前夜からの雨は、今あがったばかりで、その雨に清められたかのように庭の松が見違えるばかりに青々としていることよ、という感動がこめられている。つまり、正月の雨が松の葉を蒼く染め上げた、という御降りへの讃歌である。
◇なぜ、「御降り」と敬語発想の言葉が生まれたのか。
 「おさがり」は「御下がり」とも書く。「兄さんのお下がりでがまんする」と使われるように兄から弟へのこの言葉、神仏のお供えもののおさがりにもとづく。客に出した飲食物のうち手のついていないのもこう呼ぶ。
 古人が正月に降る雨や雪を「御降り」と言ったのは深い意味があり、水に対する古くからの思想をうかがうことが出来よう。これはぼくの独断だが、雨や雪は天から降ってくる、それはとりもなおさず天からの「おさがりもの」に違いない。
 天の神様のおつかいになる水の残りもの。それを地上の人間や動植物に贈りたもうた尊いもの。だから敬って「御(お)」をつけた。
◇われわれの先祖が水をいかに大切にしたかは、毎年3月に行われる奈良・東大寺のお水取(みずとり)で知ることができる。これは修二会(しゆにえ)といわれる厳かな法会(ほうえ)で、本尊の十一面観音への懺悔(ざんげ)と豊作祈願であるが、その最大の山場が「お水取」の行法といえよう。
 3月13日未明、閼伽井屋(あかいや)=仏前に供える水を汲む井戸=から水を汲み上げ本尊に供える。この水は若狭(わかさ)の遠敷(おにゆう)明神から送られると伝えられており、前夜の12日、大きな籠松明(たいまつ)が二月堂の舞台で火花を散らしつつくるくる回るのは実に幻想的で、数万の観光客でにぎわう。
◇水に神秘的な祈りをこめ、不浄を祓(はら)うのは神代の昔からの日本の伝統であり、正月の生活の中にもそれを見ることができる。元旦の早朝に汲む水を「若水(わがみず)」といい、ほかに「初水」「福水」「若井」「若潮」「若潮迎え」ともいう。
 年頭にきれいな水を汲み、まず一番に神さまに供える。この若水で口をすすぎ、雑煮などの料理に用い、福茶を沸かす。若水を汲みにゆくことが「若水迎え」であり、水を入れる桶が「若水桶」。九州では元旦早く、年男が海水を汲んで神に供える。これが「若潮」「若潮迎え」である。若水迎えは年男の役目とされており、水神に餅や米を備えて水を汲む。
◇さて、その大切な水の現代的意義について環境面と健康面から大きくクローズアップされてきた。経済の高度成長の副産物として水の汚染が警告され始めたのは1960年代後半からであるが、鈍感な日本人は「水は流れる」「流れる水は清浄である」との固定観念にとらわれて水質汚濁を見逃してきた。水質の汚れが環境のみならず、人間の健康をむしばむことを知ったのは大きなショックだった。それが現代の水産業の興隆の端緒になったのは皮肉であるが、毎日消費する水、人間の身体の70%を占める水について、思いを新たにしたいものである。【押谷盛利】

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2008年01月01日

おめでとうの詮索小話

 「明けまして、おめでとうございます」。
 「裏山にまずものを言う大旦(あした)」、これは杉本雷造の俳句である。
 元日は、お元日、日の始め、鶏日(けいじつ)。元日の朝は元朝(がんちょう)、元旦、大旦(おおあした)、鶏旦、歳旦という。
 昔の人は、三が日といって、一日、二日、三日を正月とした。その他にも七日正月、小正月(15日)、女正月(めしょうがつ)、二十日(はつか)正月などと祝った。
◇正月は「おめでとうございます」の挨拶で始まる。家で屠蘇酒と雑煮で元旦を祝うときも父親の発声で「おめでとうございます」と声をかわすのが普通で、一歩家を出て道で人に会えば、「おめでとう」と辞儀するのが常識的なエチケットである。
◇「おめでとう」は、めでたいですね、と相手を祝福する呼びかけだが、同時に、自祝でもあり、自ら襟を正して新しい年への自意識を深める。
◇正月がなぜめでたいのか、去年の末から1日、日が経ったにすぎないのではないか、と理屈をいう人もある。正月の「今日」がめでたいのなら、大歳の昨日もめでたいはずじゃないか、という。これは正論である。
◇めでたいのは一年が過ぎて、新しい年を迎えたからである。
 古い年に、なり代わって新しい年を、無事に元気よく迎えることができ、一つ加齢したことの慶祝の挨拶と思えばよい。
◇だれがこんな挨拶を発案したのか、その起源を詮索し、考えるのも楽しいだろうが、そんなことに脳味噌を使うのはもったいないという人もあるだろう。
 単純に言えば「めでたい」は「芽が出たわい」という感嘆と喜びの声である。
 現代人は「種から芽の出るのは当たり前」と気にも止めぬが、古代人にとっては芽が出るのは不思議であり、驚きであった。
 今から5000年~1万年前の昔、縄文時代の食べ物は自然のものを採取しただけで、弥生以降のように人為的に種を播いて稲作をしたり、野菜や果物を作ることを知らなかった。そういう古代の人があるとき発見した「芽の出た」喜びは今でいう大ニュースであった。
 弥生時代になって播いた籾が芽を出し、早苗がぐんぐん伸びて穂が出ることを知った喜びはたとえようもなかった。この結果、翌年のために種を保存することを学び、食生活を計画的に調整する知恵が身についた。
 人類が種から芽の出ることを知ったのは何万年、何十万年もの昔からだろうが、それが農業に生かされ始めたのは1万年くらい前ではなかろうか。
◇日本には遅れて米作が導入されたが、それによる縄文から弥生期への文化の移行は革命的な出来事といっていい。
 おそらく「芽が出たわよ」「よかったね、おれのうちでも芽が出たよ」と大騒ぎしつつ農業が日一日と進んでいったにちがいない。
 その時代は文字がなかったから詩や文章に喜びを表わすことはできなかったが、ものは言えたし、言葉があったから感嘆の声をあげたり、歌ったりしたことであろう。
 それは気勢のようなものでもあり、祈りや、じゅもん、戯(ざ)れ歌、鼻歌、あるいはそれに合わせて手拍子をまじえての踊りなど突然、口に出た素朴な喜びと感動が短調なリズムとなって歌ったのが歌謡の始まりではなかろうか。
◇そう考えれば「芽が出たわい」「芽が出たわい」と肩を組んで喜びあったのはうなづけるし、そういう過程を踏んで後々の民謡や祝(ほ)ぎ歌などが自然発生的に生まれたと考えられる。
 例えば嫁入り歌に「よめ入りなーえ、嫁よ…」、「めでたなーえ嫁よ」、「めでたなーえ、めでたよ、鶴が御門に巣をかけるよ」などと歌った。
◇話を戻すと、古代人間の革命的な喜びが1年の始まりの合い言葉の挨拶になり、歴史的、伝統的に慣習化されたのではないか。これはぼくの独断であるが、なんでも、いい方向、いい意味でとらえるのが幸せの秘訣でもある。

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