2007年06月30日
宮沢さんと政界地獄図
元総理の宮沢喜一さんが亡くなって、その死を惜しむ声が新聞にあふれている。日本の最高指導部と思われる著名な政治家がいち早く弔慰にかけつけ、あるいは惜別の感想を記者に語っている。
大物では中曽根元首相、小泉前、安倍現総理、中川自民党幹事長、河野衆議院議長、古賀、麻生氏ほか各派バツの長、自民党青木参議院会長。野党では小沢一郎民主党代表、元社会党委員長・村山富市元総理、志位和夫共産党委員長、太田昭宏公明党委員長、ほか多数。
まあ、これは死者を哀悼する日本人の伝統的な情緒でもある。儀礼的とはいえ、やはり衆に秀れた巨星だったにちがいない。
皮肉な心で言えば、そんなに立派な政治家なのに、なぜ内閣不信任案を可決して、総理をクビにしたのかと反問したくなる。
◇政治の世界は、鬼が出るか蛇(じゃ)が出るか、わけの分からぬ魔界で、ほとけの出ることはまずない。
からりと晴れることは滅多になく、このごろの梅雨空のようにかりに晴れてもすぐ曇ったり雨が降る。美しい花が咲いたと思っていると、すぐ反転してどす黒い霧がかかる。なぜ、誹謗(ひぼう)したり、おとしめたりするのか。
生きている時間が限られているので、順番が待ち切れず、早く椅子(いす)を回せ、とポストの分捕(ぶんと)り合戦をやる。それが政治家の宿命かもしれない。
◇学者肌で、経済に明るく、国際派、そして護憲の鳩派、人徳円満。こう書けば非の打ちどころなしであるが、宮沢さんをいたむ人々の声を集約すればこうなる。
1993年7月、衆議院はこれほどの巨星を不信任した。
宮沢さんは、ならば国民の声を聞くにしかず、と議会を解散したが、こと、志のようには運ばず、自民党は破れて、非自民勢力が多数を占めるようになった。
◇政治評論は、いろいろな分析をしたが、ぼくはいわゆる55年体制の終止符、政治改革の序幕と結論づけた。
◇これまでは、自民党政権は不死鳥だった。どの内閣が潰れても、行き詰まっても、次の政権は必ず自民党だった。本でいえば表紙を換えただけで、中身は同じだった。
宮沢内閣の崩壊以前にも、自民党政権は全身傷だらけで退場したり、焼けただれるほど火の粉をかぶったこともあったが、不思議にも、別の派バツが浮上して政権を掌握した。
当時の野党だった社会党(現社民)、公明党は、歯ぎしりをしつつも、政権は「取らぬタヌキの皮算用」と諦めていた。諦めたというよりも、それに馴らされてしまった、としか言いようがない。
◇その野党呆けに風穴を開けたのが小沢一郎、羽田孜、武村正義ら自民党離脱組と村山富市社会党、石田公明党(当時)、細川日本新党だった。
この政変は歴史的で、初めて非自民政権の細川内閣、羽田内閣につながった。
◇棚からぼた餅というが、宮沢不信任が、細川護熙総理、武村官房長官、土井たか子衆議院議長を生み、細川辞任後の羽田政権につながった。
次の村山政権は、味方を裏切った社会党が、倒したはずの自民党と野合した結果だが、これに協力した武村さきがけも村山社会党もその後、沈没の運命に泣くことになる。
そして不死鳥の自民は再び蘇る。
2007年06月29日
格安食品の作り方(見聞録)
話題の牛肉偽装のミートホープ社。中国で鳥インフルエンザの流行した時期に価格が暴落した中国産のカモ肉を大量に買い入れ、牛などの挽き肉に混ぜていたことも明らかになった。
しかし、同社に限ったことではない。廃棄寸前のクズ肉をかき集めて、添加物まみれにして作ったミートボールが大ヒット商品になったこともあるし、「プリンハム」と呼ばれる、肉をゼリーで増量した安価なハムが流通したり、果汁100%以外のフルーツジュースは、何らかの液体で「水増し」されている。
◇食品添加物の商社に勤務していた安部司さんの著書「食品の裏側」(東洋経済新報社出版)には食品に関する驚くべきエピソードが綴られている。
ある日、牛の骨から削り取ったクズ肉を使って何か作れないかという相談がメーカーから安部さんに寄せられた。味もなくドロドロで、水っぽく「とても食べられるシロモノではない」。
安部さんの提案で、卵を産まなくなった鶏の肉を加えて増量し、「人造肉」と呼ばれる組織状大豆タンパクを追加。そこにビーフエキス、化学調味料で味付けし、歯ざわりを良くするためラード、加工デンプンを投入。さらに、着色料、保存料、酸化防止剤を投入し、ソースは氷酢酸を薄めたものをカラメルで黒くし、化学調味料を…という具合に、20~30種の添加物を使い、本来、産業廃棄物となるべきクズ肉をミートボールにした。1パック100円弱で売り出したところ、「笑いが止まらない」ほど売れたという。
◇「プリンハム」の製造法も紹介している。100㌔の豚肉の塊に水30㌔を注射して130㌔のハムを作る。そのまま水を入れたのでは肉がグチャグチャになるので、ゼリーを使用する。それを豚肉の塊に注射器で打ち込む。そして添加物で味付けする。
安価な醤油はアミノ酸液をベースにグルタミン酸ナトリウムや甘味料、酸味料、増粘多糖類などを入れて作る。みりんは、シロップを原料に調味料、酸味料で味付けし、カラメル色素で着色。コーヒー用のクリームは、牛乳や生クリームを使うのではなく、油に水を混ぜ、添加物で白く濁らせる。水と油を混ぜるため乳化剤を入れ、着色料と香料で出来上がり。
安部さんが著書で紹介するこれら食品製造の実態は、法律的に許されている。ミートホープとの違いは、原材料名を正しく表示しているか否か、だけではないだろうか。
◇小欄も先日、最近はやりのチルドカップのカフェオレを買ったが、原材料欄には、「コーヒー」「生乳」だけでなく、多くの添加物が記されていて閉口した。
ミートホープ社の社長は、安売り競争が進む業界や、安さを求める消費者も悪いと言ったが、安部さんも「安くて、便利ならばと、何の問題意識も持たずに食品を買う消費者の側にも責任がある」と警鐘を鳴らしている。
今回の偽装事件がなぜ起こったのか。製造業者にモラルの欠片もないことは言うまでもないが、その背景にもう少し関心を持つべきかもしれない。価格だけを基準に「安い、安い」と喜んで食品を買っているのであれば、少なくとも買い物のあり方を変えなければならないのではないだろうか。「安い」「きれい」「長持ちする」には理由があるはずだ。まずは、日ごろから食品の原材料のチェックを心掛けたい。
2007年06月28日
大辞泉編集30年の苦労
もの書きが仕事となっているぼくの場合、命のように大切にしているのが辞書類である。食事が健康を保持し、生命を生かしてくれているように、辞書によって文筆活動が支えられている。食事を当たり前のように思っているわれわれは辞書についても同様に何気なく使っている。
考えてみれば罰当たりである。食べ物がなければ餓死する。辞書がなければ文章が読めぬし、書くこともできない。読み書きは国語の基本だが、それは文化の露払いであり、エンジンでもある。
◇ぼくが愛用している国語辞典は、小学館発行の大辞泉である。
1996年2月号の「文芸春秋」のエッセイ欄に、国語学者・松村明氏が「大辞泉」と30年、というタイトルで、編集上の苦労話を書いている。
このなかで、松村氏は、「30年近い歳月を費して編集に当たってきた大辞泉が昨秋にやっと刊行されるに至った。辞書の作成という仕事にある程度の時間がかかるのはやむを得ないにしても、これほど長い年月を要するとは思っても見ないことであった」、と語っている。
ぼくは、けさ、全くの偶然で、書棚から古い文芸春秋を手にした。表紙に出ている「連合赤軍あさま山荘事件」に興味を覚えたからである。
ところが、それより先に「大辞泉と30年」の松村明氏のエッセイに目が飛び込んだ。ぼくは一読して、辞書編集の苦心と長い歳月の努力の集大成に驚嘆したが、ふと、いまぼくが使っている大辞泉は、何年版だろうか、と急に親近感を覚えて最終ページの発行所欄に目を通した。
そして、ぼくは心に、ある種の快感をかみしめた。「やった」という感じである。
そこには、1995年12月1日、第1版、第1刷発行と印刷されているではないか。
30年の年月をかけた編集が万感の思いをこめて世に出した最初の第1版、第1刷が、いま、ぼくが愛用している大辞泉である、と思えば、わくわくするほど嬉しさがこみあげてくる。
◇ぼくの短歌の教師・石田比呂志先生(牙主宰)は、辞書をひくときは、必要な文字のほか、その文字の出ているページの左右すべてに目を通せ、と教えている。おりおりに見る辞書の多角的活用法である。それを頭に置きながら、松村氏の辞書への苦労話を読むと、頭が下がる。そこには、ひたむきな学者の良心があふれている。
「大辞泉は、現代語を中心にして、上代から近世に至る古語をはじめ、人名、地名、その他の固有名詞や各方面の専門用語など、多くの百科語を含めた、基本的な国語辞典をめざしたものである。総ページ数2900余というのは製本機にかけられるぎりぎりのところである」。
「現代語に関しては、特にていねいに扱い、その語義、用法などはできるだけ細かに記述するように心がけた」。「現代語においても、できるだけ多くの適切な用例を添えて、その語が実際にどのように使われるかが理解できるように配置した」。
◇さて、問題は、現代語であるが、これがなかなか厄介である。大辞泉は明治以降今日に至るまでを現代としているが、中村草田男の俳句ではないが「明治は遠くなりにけり」で、今の学生は明治文学を古文のように難解視している。
大辞泉の用例には、夏目漱石や二葉亭四迷、その他、明治の作家の文章を実例にしているが、すでに死語に近いほど忘れられている用語もある。しかし、言葉は歴史とともに生きているのであり、安易に今の世におもねることなく、先人の秀れた文章や用語はできる限りかみしめて見習ってゆきたい、と思う。
2007年06月27日
許せない偽装ミンチ
もう、メチャクチャでござります。知らぬはめでたい消費者ばかり。
人間さまが、高いお金を支払って、犬か猫並みの餌を食わされ、一部の悪徳業者の私腹ごやしに奉仕していた、という不愉快な事件。
このごろ、繰り返し報道される「ミートホープ」社の牛肉偽装事件。「けしからぬ、けしからぬ」の大合唱するのもよいが、なんで、こんな不正行為が延々24年も前から続いていたのか。その不思議の謎に政治も行政も警察も徹底的なメスを入れなくては国民は承知しまい。
◇ひどい話である。26日の朝日によると、ミート社の素材を使って冷凍のビーフカレーをつくっていた大手の食品会社が10年前の97年、約7000㌔分を、消費者のクレームにより回収した。その費用と処理費542万円をミート社に請求した。牛肉と偽って、ラムのくず肉などを出荷したが、消費者から「変なにおいがする」と苦情が出たのがことの始まり。ミート社は、「従業員の手違い」と説明して保険金を申請、受けとった320万円を賠償にあてた。
これだけでも食品法や保険金詐欺の疑いが濃厚だが、驚くなかれ、ミート社は引き取った冷凍ビーフカレーを廃棄せずにそのまま関連会社を通じて販売した。
◇牛挽き肉に、豚、鶏、カモの引き肉をまぜて牛挽き肉と表示。
外国産の牛肉をまぜながら国産と表示。
牛脂に豚脂を混ぜながら牛脂と表示。
豚挽き肉の原材料に発色のため牛の心臓を混ぜる。
大手の鶏肉卸業者の袋を入手し、別の鶏肉を詰めて販売。
冷凍フライドチキンや冷凍コロッケ、その他の出荷について賞味期限を改ざん。
これらはごく一部だが、農水省の調べで分かった不正販売の実体。しかも驚くべきことは約24年前も前からこういうインチキ商法を始めていたという。
◇国民として許せないのは、ミートホープ社の偽の牛ミンチについて、農水省北海道農政事務所が06年春、同社元役員から内部告発を受けながらなぜか無視していたことである。この元役員はインチキの牛ミンチの実物を持参してまで不正を訴えたが、対応の職員らは質問をするどころか、提示した肉も受け取らず、事実上の門前払いをした。これは実に、ゆゆしき問題である。
農水省の農政事務所は農政全般の行政や指導に当たるのは当然だが、食糧の安全や質、流通などの問題で国民の利益に反するところはないか、など多方面からの職務上の責任を負っているはずである。
「ドロボーが入りましたよ」、「人が殴られていますよ」、との情報でいち早く捜査や検挙に走るのが警察の仕事である。農水省の北海道派遣事務所へ持ちこまれた内部告発の情報を握り潰したことは、この事務所の職員や、えらいさんが、ミートホープ社に不利な働きを出来ない因縁があったのであろうか。
そんなふうに疑うのは国民の常識である。しかも24年も前から、こんなデタラメがまかり通っていたこと。
「安いミンチに文句あるか。スーパーがそれだから特売できるんじゃ。悪いのは消費者じゃ」。ぬけぬけとこんなことをほざいた田中稔社長の腹の中をすっかり聞きたいものだ。
2007年06月26日
年金保険料暗い裏話
年金の台帳がどうなってしまったのか、5000万件もの加入記録が分からなくなっている、と大騒ぎしているが、実は社会保険庁内部では早くからそういういい加減さが分かっていたらしい。
安倍総理は昨年12月ごろ、それを知って、早く解決しろと指示したというが、実際に表立って調査に入ったのは最近のことである。ボヤ程度ですめば、そのうち鎮火するだろうと思ったのかもしれないが、火の手は上がるばかりである。
ぼくの友人が「私も5000万分一人です」と真剣な顔で語った。社保事務所へかけ合ったところ、台帳に載っていず、しかし、保険料を払っていたことが分かり、台帳に復活して載せることが出来た、と語っていた。
◇さて、さて、社会保険庁は困ったものだが、これはもともと厚生労働省の一機関である。元をただせば厚労省の役人の綱紀弛緩である。
世間は今、年金加入者の台帳もれや紛失問題に目を奪われているが、このほかにけしからぬのが社保庁の年金保険料の流用や無駄づかいである。本来、国民の支払う年金保険料は、年金の支払いに使うべきものなのに、それ以外の目的に湯水のごとく費消してきたことに国民は怒らねばならない。
例えば、社会保険事務所の建設やコンピューターシステムの経費、職員の練習用のゴルフボールにまで年金の保険料が使われていた。
さらにひどいのは「福祉の増進」など、いかにももっともらしい口実をつけて、じゃんじゃんと国内あちこちにリゾート施設を設置した。
◇政府が国会で明らかにしたこうしたリゾート施設は「グリーンピア」と呼ばれ、全国で13カ所に建設された。
1980年のグリーンピア大沼(北海道大沼)の213億円を皮切りに、同85年のグリーンピア指宿(鹿児島県指宿市)の208億円に至るまで、13カ所の設備建設投資金は1953億円。
ところが、黒字経営を目論んだはずのこれらがみんな赤字経営で、ぬきさしならぬはめにおち入った。
これ以上、損失を抱えて赤字経営をすれば、それこそ年金会計をおかしくしかねない、との反省から、これを民間か地元の自治団体へ売却処分することにした。その売却代金が、何と建設費のわずか40分の1の格安さ。
これ以外にも近く売却処分が予定されているものに、社会保険センターが50カ所(建設費計642億円)、社会保険健康センター・44カ所、619億円、健康福祉センター・25カ所、1810億円がある。恐らく2束3文、ただに近い値段で払下げするのであろうが、なぜか、こんなふうに、将来売却せねばならないような施設をまるで競争するように、次から次へと全国各地につくってきた。
その資金がみんな社会保険庁の握っている年金保険料である。
◇親方日の丸の典型的な例で、わっしょ、わっしょと建物ばかりを建ててゆく。もちろん、これには土地代も造成費も、設計費も含まれており、社保庁のばらまき事業で、全国の大手、中堅業者がうるおったことはいうまでもない。この建設に関わる業者選定と発注の経緯を調べれば何が出てくるか知れたものではない。
官僚の天下り用のため、仕事を有利に請負わせるような暗躍が皆無とはいえまい。たとえば、公正な入札をしたのか、それとも内々で随意契約をしたのか、あるいは、官僚が主導して、談合落札させたのかもしれぬ。
しかし、なぜか、国会ではこの点の強い、深い追及がなされていない。
◇年金を食いものにした獅子身中の虫を解明してほしいと願うものだが、それにしても、リゾートなどと、いかにも世間受けするかのような名目で、年金保険料の金を湯水の如く使ってきた神経の厚顔、ずぶとさにはあきれてものがいえない。
社会保険庁によると、これまでに国民の年金保険料が年金以外に使われた総額は2005年度末で、なんと、約6兆4000億円にものぼるという。
すでに売却処分されたものを含め、社会保険庁が建設した施設の総額は265施設、約1・4兆円と推定されている。
これらは、国会で民主党議員らが求めた調査で判明したものだが、記憶しておくべきことは、年金福祉施設を運営していた特殊法人は、社保庁や厚生省のOBの天下り先であるということ。
結論をいえば、業者と地元への政治家の顔売り、一つは官僚の天下り用。まさに政・官・業の癒着の構図であり、年金保険料が、文字通り食いものにされてきたのである。
2007年06月25日
戦争の地獄と人肉事件
戦争は地獄である、と人類は永遠に思い続けるであろうか。太平洋戦争が終わって半世紀以上、正確には62年を経過したが、日本人の心の中からだんだん戦争は消えてゆく。
しかし、戦争体験者の数少ない生き残り組の中から、身の毛もよだつ新たな地獄の情報が伝えられる。悲しいことだが戦が生んだ悲劇から目を避けることは許されない。
◇いま、国民の目に衝撃的な地獄絵を見せているのは「文芸春秋」7月号に掲載されているノンフィクション作家・梯(かけはし)久美子さんの「硫黄島戦・栗林兵団のタブー」なる記事である。副見出しは「父島人肉事件の封印を解く」。
この記事の巻頭には、登場する栗林中将やその参謀だった堀江芳孝少佐のほか、殺害されて、その人肉を食われた米軍のヴォーン少尉の写真が出ている。
この手記の説明に「栗林の英雄的奮闘の陰で行われた恐るべき行為。戦場の生と死を問う問題作」とアピールしている。
◇かいつまんでいえば、昭和20年3月17日、硫黄島で最高指揮官・栗林忠道中将が部下たちと最期の盃を交わし、「本17日、夜、総攻撃を決定し、敵を殲滅せんとす」の訣別電報を大本営に打電したそのころ、島から300㌔離れた同兵団下にある父島で、米軍捕虜のヴォーン少尉が殺され、その17日の夜、海軍通信隊長・吉井静雄大佐の命令で、部下たちにその肉がふるまわれた。
人肉の犠牲となった捕虜は他にもある。昭和19年7月から20年2月までの間に父島で捕虜になった米軍は10名で、うち島で8名が処刑され、その8名のうち5名が殺害のあと死体の一部を食べられた。
筆者によると、この事件のことを知る人は少ない。人肉食いというショッキングな行為のため、長くタブー化されてきた。
アメリカでも知られていなかった。犠牲者の遺族に配慮し、米軍が公表を避けたからである。
◇この記事の筆者・梯久美子さんが、人肉事件を知ったのは、彼女の文芸春秋2月号に寄せた「検証・栗林中将 衝撃の最期」を読み、当時の状況を知る元陸軍中尉、当時父島の陸軍通信隊長だった吉岡健児氏からの手紙による。
梯さんの「検証・栗林中将」は昨年秋ごろから流布していた栗林中将の最期に関する同中将の不名誉な流説を検証したもので、その風説の出どころが父島派遣参謀の堀江芳孝少佐だった。堀江少佐は陸大出のエリートで、栗林兵団の最も若い参謀だった。吉岡中尉は、父島の陸軍通信隊長・堀江少佐の直属の部下だった。終戦に至るまで、吉岡氏はごく間近で堀江氏を見てきた。
◇堀江参謀は、昭和19年7月に硫黄島に派遣され、栗林中将と会談した後、派遣参謀として父島の司令部に着任した。
そのとき、司令部の将校を集めて「日本にはもう勝ちはない」といった。堀江は19年夏の時点で、「もうじき戦争は終わる。屈伏だ。仕方がない。来春までもてばいい方だろう」という見通しを栗林中将以外には話さなかった、と彼の著書「闘魂・硫黄島」に書かれているが、吉岡氏は当時、本人から直接聞かされてたと話している。
◇堀江参謀は捕虜の二人の飛行士と壕で起居を共にし、情報入手の名目で、英語を習ったという。
堀江少佐の影響で、吉岡氏ら部下は、捕虜にやさしかったが、師団司令部の立花芳夫中将と大隊長の的場末男少佐は部下に命じて捕虜を殺し、その肉を肴に宴会をしたという。
また、海軍通信隊長の吉井大佐は、堀江参謀の留守中に、その管理下にあった捕虜を貸してくれ、と連行し、これを殺して、部下らに食べさせたという。
◇比島では友軍の死者の肉を食った話が伝えられたが、それは飢餓の屍の行進中だった。
父島の人肉事件は、食糧の十分貯蔵してあった状況下で起きた。
この衝撃的記事は、裁判にも触れ、生き残った人、戦死した人、刑死した人、それぞれの運命についても書いているが、極限の世界に立たされているときの人間の心がリアルに出ていて恐ろしい。
2007年06月24日
老婦ひき逃げ事件と人間の記憶(よもやま)
長浜市で昨年12月に発生した老婦ひき逃げ事件の3回目の公判が13日、大津地裁長浜支部であった。この日は事故処理に携わった救急隊員や警察官の証人尋問が行われ、事故直後の状況が浮き彫りとなった。公判はわずか1時間余りだったが、公判終了後、気になることがあった。
被告人席から出てきた加害者が、傍聴席にいた家族に「あー腰が痛かった」と漏らしたのである。いくら座り心地の悪い木製イスでも、裁かれているのは自分自身。他人ごとのように、漏らした言葉の無責任さ。
◇この裁判は「認知症ドライバー」「事故の逃げ得」な社会問題を映し出している。事件は昨年12月、長浜市内の交差点で、75歳の老婦が運転する車に、自転車で道路を横断していた78歳の女性がはねられ、死亡した。犯人はそのまま逃走したが、警察の懸命の捜査で約2カ月後、逮捕された。
老女は公判で自転車との衝突は認めたが、「女性にケガの様子は無かった。死亡したのは信じられない」と自供。
2回目の公判でも弁護側は「衝突と死因の因果関係は認められない」として、警察や救急隊、目撃者の中学生、現場検証者らの証人尋問を請求。次回公判は夏休み以降にズレ込む予定。
◇この事件の背景には高齢者社会がある。加害者の老婦は一人暮らし。市内の友人から電話で「野菜を取りに来ないか」と言われ、久しぶりに車を運転した。愛車は2000CCの中型車。身長150㌢にも満たない老婦では視界もままならない。娘や息子を頼ったら良かったが、「大丈夫」と思ってハンドルを握ったのが禍の始まりだった。
警察の検証では衝突現場と被害者が倒れていた場所は5㍍離れている。車は被害者をはね上げた後、ボンネットに乗せたまま、しばらく走り道路上に落とした―と推定される。
関係者の証言でも被害者の左側頭部には深い擦過傷があり、流血。意識は無く、胸や腹部にも打撲の跡があったこともわかっている。
◇最近の交通事故の判例をみていると「逃げ得」の感が否めない。公判中の福岡の市職員による飲酒事故は幼い子ども3人が犠牲になったが、被告は「事故は前の車が急ブレーキをかけたため」と危険運転を否認している。被告は事故後、友人に携帯で身代わり運転を依頼したり、水で体内のアルコールを薄める「隠ぺい工作」をしている。
同乗者や目撃者がいない事件の多くは、エンドレステープを流しているかのように、被告は「記憶がない」「忘れた」の繰り返し。
◇今回の事件と飲酒運転の共通点は、酒や認知症で事故に対する加害者意識が薄れていること。人は加齢とともに、物忘れがひどくなる。昔かたぎの「頑固親父」は、他人から忠告をされても、頑固に拒む。何でも邪魔くさがり、物事を早くかたづけようとしたり、自分の都合の良い事だけに耳を傾ける。
しかし、体は昔のように敏感に動かない。視野も狭くなり、昨晩のおかずさえも忘れる。数カ月前の事件のことなんて、覚えていないのは当然で、誰かが入れ知恵すれば「はーそうですか」となる。
◇最近、高速道路を逆走する車が急増。警察庁によると認知症のドライバーは全国で30万人いると推定される。過疎地に住む高齢者は認知症になっても簡単に免許証を手放さない。富山市では高齢者が免許証を返納すると2万円相当の乗り物券を支給。長浜の旧びわ地域や米原の旧近江地域では赤字運行ながら「空気を運ぶ」路線バスを廃止せず、乗り合いタクシーに切り換えることにした。
◇次回、公判ではビデオテープが証拠品として検察側から提出される。近くの店に設置された防犯カメラに事故当時の映像が残っているという。曖昧な人間の記憶ではなく、「真実」を見ていた機械が立証台にあがる。公判は長引く様相で、被害者家族の心中を察すると胸が痛い。
2007年06月22日
暮らしの中にクラシック(見聞録)
先週の土曜日、長浜市八幡東町のソプラノ歌手、程万紫(チェン・ワンジー)さんのリサイタルを名古屋で聴いた。作曲家・三枝成彰さんに絶賛され、請われての公演だけあって、会場には多くのクラシックファンが訪れ、長浜市民や、彼女の通っていた名古屋音大の関係者も数多く見られた。
第1部は歌曲の小品、第2部はオペラの演目からソプラノらしい劇的な曲や、珍しい中国の歌曲。「天使の歌声」と評される程さんの歌声がホールに響き渡り、公演後、拍手が鳴り止まなかった。
小欄は音楽に関してはズブの素人で、古典音楽のひとつであるオペラに関しては無知に等しい。それでも三枝氏を「歌声は神秘的でホールを一瞬にして別世界に変えてしまう」と絶賛せしめたように、彼女の歌声に心を揺さぶられ、貴重な体験をさせて頂いた。
◇中国西安市出身の程さんは芸術一家に生まれ、陜西省歌舞劇院で女優、歌手として活躍していたが、天安門事件後の暗雲立ち込めた情勢から、1991年、バレエ留学していた姉を頼って来日。日本語学校や短大に通いながら、各地のイベントで中国民謡やオペラを披露し、長浜市大宮町でジャズバー「ボン」を営む男性と結婚してからは、子育てや店の手伝いに専念していた。
友人の結婚式で歌声を披露したところ、「才能がもったいない」と言われ、5年ほど前から音楽活動を再開。国内コンクールで優勝するなどして、名古屋音大に編入。往復6時間かけて通い、昨春卒業したばかり。
◇リサイタルの3週間程前に、程さんに取材する機会があった。三枝氏の絶賛するその歌声はどのように培われたのですか、と質問したところ、各地のイベントで中国民謡を歌っているうち正しい発声を身に付け、声も強くなったと説明してくれた。彼女は「生まれ育ったその土地の文化が自分の歌声の栄養になった」と振り返っている。
◇程さんがリサイタルを開いたホールは、「カレーハウスCoCo壱番屋」の創業者・宗次徳二氏が私財28億円を投じて建設した「宗次ホール」。地下鉄・栄駅から徒歩3分ほどの場所にあり、立地が良い。今年3月に開館したばかりで、座席は310席と小規模だが、最高水準の音響設備を備え、客席とステージとの距離も近く、宗次氏いわく「全席が特別席」。
同氏は20代でカレー屋を創業し、妻と二人三脚で全国チェーンに育て上げた。1000店舗達成のめどがついた2002年、会長を退任し、翌年、NPO法人を設立。「暮らしの中にクラシック」をモットーに、地域の人々が音楽に触れる機会と、若い音楽家の発表の場のため、ホール建設を思い立った。その原点は「人を喜ばせたい」との思いで、客商売と共通しているようだ。
ヨーロッパでは地方の小都市にも劇場があり、冬季はオペラやクラシックコンサートがほぼ連日公演されるのが一般的。国民のクラシックへの造詣も深い。それに比べ、日本にはクラシックが入って来て、たかだか100年程。歴史の深さが違うわけだが、宗次ホールでは連日何らかのコンサートを開くことで、ヨーロッパのように生活の一部にクラシックを定着させようとしている。
◇地方に住んでいる我々にとってはクラシックの生演奏を聞く機会は多くない。田舎の文化的環境が都市部に比べ貧弱なのは宿命だが、長浜市では文化拠点の市民会館が老朽化し、市内で活動するバレエ教室などは、発表会をわざわざ彦根市の文化プラザで開催している。長浜の文化的環境の素地をつくるためにも、近い将来、市民会館の建て替えが求められるが、この手の建築物は費用対効果の面からシビアな判断が迫られよう。
クラシックに限らず、「生」の芸術に触れる機会が少ないことは、その文化性を享受できないばかりか、新たなアーティストを生み出す可能性も奪われている気がしてならない。程さんのような歌手が、その歌声を披露できる舞台が長浜にもあれば、と願う。
ちなみに、8月に市民会館で開かれる関フィルのコンサートは、873席のうち9割程度の席が埋まり、間もなくチケット完売の気配。長浜市民のクラシックへの関心、決して低くはない。
2007年06月21日
役人天国と年金問題
この国は役人天国である、とぼくは機会あるごとに叫び続けているが、話を分かりやすく説明すると、役人がぐるになって、特権意識を発揮し、国民の知らぬ間に政治家や業界と癒着し、私利私欲を図る構図がそれである。
役所には、許可権や認可権など規制があるから、これをいいことに国民にふんぞり返り、江戸期の「下にオレー」式の横暴をほしいままにしてきた。
「ワイロ」というのは聞いただけでも吐き気を催すが、この言葉こそ役人天国用に明治以来一貫して通用してきた。
◇役人天国が、平成の今もまかり通っているのは、残念なことだが、国民の民度が低いことの証左でもある。
国民は辛抱強いのか、お人好しなのか、はたまた愚かなのか、政治や行政上に許すべからざる汚点が問題化しても、3日も経たぬうちにけろりと忘れ去られ、いわゆるトカゲの尻尾切り同様、一部の官僚が槍玉に上がって一件落着、天下泰平というのがこれまでの種々の黒い霧事件の結末である。
◇いま問題の年金不安。5000万人もの加入者の台帳がおかしいというこの不安。この仕事に専門に関わっている社会保険庁がどんな仕振りでこれまで対応してきたのか。そもそもまともに、正気の沙汰で取り組んできたのか。限りなき疑問が走る。
社会保険庁の職員は自治労という労組に加入しているが、この組合が保険庁当局と交している労働協約に、1日の勤務時間がうたわれている。
これによると、窓口で端末を操作する職員は職業病予防のため、45分勤務して15分休憩。しかも、1日180分(3時間)以内としている。
これを承認した役所も役所だが、そのくせ、給料は一人前以上要求するのだから、民間経営ならとっくに潰れてしまう。
これがいわゆる役所のなれあい体質で、上級試験組のエリートコースを行く官僚とひらの一般職員が互いの利益のため悪も不合理も目をつむりあうのである。
◇役所のなれあい体質と特権意識からくる驕りは各省庁に深く根ざしており、彼らの利益のために国家財政、国民の税金が無駄づかいされるのである。この無駄づかい、いちいち上げたらきりがないが、お人好しの国民は、とくに疑問を覚えず、かりに疑問を覚えてもそれを政治的に批判する情熱や勇気がない。
◇例えば、こういう問題がある。政府の外郭団体で、国から補助や助成を受けている特殊法人がある。これは、国から金を受けているので、政治献金は禁じられている。
もし禁じなければ、国民の税金を特定の政党や政治家に流用することになる。
しかし、現実にはこういうことがなされており、特殊法人は官僚の天下り先となっている。
極端にいえば天下り用のポストのため特殊法人が生まれたともいえる。そして、各省庁の政策推進のため、天下り組が暗躍するケースもあり、いわば、官僚とOBによる二重行政の弊害さえ指摘されるのである。
不愉快なのは、官僚OBが民間へ渡す事業(仕事)を取り仕切って談合の旗振りをしたり、天下り団体が発注する事業は入札制をやめて随意契約するケースの多いことである。
恩恵を受ける業者とつるむことは容易にうなずけるし、その代償に天下りを受け入れたり、関係する族議員へ政治献金をする。
◇年金の保険料は年金給付のためにこそ支出するべきなのに、社会保険庁がそれ以外に費やした金は、なんと約6兆400億円にものぼるという。こういう親方日の丸の「カネ」に群がってきた政治的巨像の責任を明確にするのが国民に顔を向ける真の政治である。
2007年06月20日
たあいもない話です
人の世は、たあいもないことで劇化する。喜びも悲しみもたあいもないことに起因することがある。
そのたあいもないことに振り回されたり、意味づけすることは、一見、無駄なようでもあるが、実はそれが人生の潤滑油なのである。
19日付の滋賀夕刊に載っているが、長浜市鐘紡町の小宮正春さん宅で幸福の木が珍しく花を咲かせた。
幸福の木に花が咲いた、何かよいことあるかも、と、はしゃぐ気持ちが人生にとっては大事なのだ。それは、お笑いでしかない、たあいもないことだが、その、たあいもないことに喜んだり、涙ぐんだり、希望の灯を灯すのが賢い人の世渡りといえよう。
小宮さんの奧さんは験(げん)を祝って、早速宝くじを買ったというが、当たるか、当たらぬかは二の次である。そういった遊びの部分、心のゆとりが人生に艶と香りをもたらせる。
◇今は自動販売機時代で、いろけがないが、一昔前は、たばこ屋の娘が若い男の話題を誘った。たまたま「たばこ願います」と声をかけると、はーい、と奧から出てきた目の覚めるような美しい娘。その日はルンルン気分で、仕事の能率がはかどったという話。それを聞いて友人のBが翌朝、そのたばこ屋に立つと、はいはいと出てきたのは腰の曲がったおばあさん。
けさはひどいめにあったよ、と笑って茶飲み話にする。これがたあいもない話で、振り返れば、われわれの日常生活はたあいもない話の連続であり、積み重ねである。
◇3人で入ったウドン屋で、注文したドンブリの具がAよりBの方が多かったとか、Cの皿の沢庵が一切れ多いとか、全くもってたあいもない話である。
しかし、食のうらみは恐いというから、たあいもないことと油断していると悲劇の発端となることもある。
ぼくの高校時代のことである。戦後のもののない時代のこと。ある日、友の家に泊めてもらって、翌日、朝食を頂いたが、その時の飯の盛りつけが今に忘れられない。
友人のお父さんが、それぞれの茶碗に飯を盛るのだが、分量を正確にするため、はかりで重さをはかるのである。
友人に弟がいるが、お父さんの後妻の連れ子なので、子供らへの平等意識で、お父さんが苦労して編み出した手であろう。何も親子4人がそうまでしなくても、と思いがちだが、もののないころはそうしたことが感情の激発につながりかねない。
◇たあいもないことの一つに夢見がある。ゆうべ、親戚のおっちゃんがにこにことして出てきやはった。ひょっとすると息子の太郎さんに嫁さんの話が煮えたのかもしれない。
そこで、それならめでたしとばかり、電話を入れると、当のおじさん、飲みすぎてまだ寝ているという。
夢に振り回されるたあいもない話だが、夢にも正夢があるというから、凝り性の人は夢判断のテキストまで買う。
◇人間は弱い生きもので、常に誰かに頼っていないと不安で仕方がない。そこで手っとり早く利用するのが「神さま」であるが、神さまこそいい迷惑で、何から何まで、ご都合宜しきことのみ「お願い」とくる。
神社や寺へ御参りするのは殊勝な心ばえであるが、なかには賽銭に苦労する。こんなときこそ「ぽん」といいカッコして、紙幣を出してもよかろうに、大方は財布の底をさぐりつつ、小さい硬貨、小銭を差し出す。
そのくせ、お願いするのは、交通安全、商売繁盛、家内健康、その他、入学、入試、あれこれ欲深く頼みまいらせる。
たあいもないことよ、と神さまも笑っていらっしゃるが、それでよいのである。この世はみんな宿業を負っているのだ。
2007年06月19日
さわやかな山東演説
18日、長浜で、参議院議員・山東昭子さんの講演を聴いた。
会場の長浜市民交流センターは満員の盛況で、川島信也長浜市長も公務のかたわら駆けつけて、参院選比例区に立つ山東議員に支援の熱辨をおくった。
今回の同議員の講演のテーマは「食育」だった。
食育とは漠然としているが、食が健康を支配し、食が家庭の団欒(らん)と子供の教育に結びつくことの意義は大きい。ある意味では、あすの日本と日本人の将来を考える点で目下の政治と国民生活の最大の課題といってよいかもしれぬ。
◇山東議員は、環境庁政務次官、科学技術庁長官など要職を経て、目下、自民党の両院議員総会長、日本食育を進める会の会長など行動力と政治的信念の熱さは広く知られているが、ぼくが最も評価するのは、利権色のない食育問題に政治生命を託して、さきの国会での食育基本法成立の生みの親となったことである。
◇食の安全、食のもたらす体力づくり、食を通じての文化と伝統など、この方面の課題は多岐にわたるが、例えば、「安全」一つをとらえても、これまでの日本の政治は業界に遠慮してか及び腰であった。
農薬や食品添加物における化学物質の規制にしても欧米よりはるかに遅れている。
こういう安全面における法の切り込みも食育法の大きなテーマである。
その他、家庭における孤食傾向、家族ばらばらの食生活のもたらすひずみ、あるいは、仕事や時間の忙しさがファーストフード依存をうむ。その他、児童の欠食、手作りぬきの外食傾向などのもたらす伝統的食生活の破壊、それに影響される不健康と感謝を忘れた灰色の生活。
学校教育のみならず、社会教育の場における食生活の見直しは、日本人の情緒とも深く関わってゆく。
◇同議員は、国民の覚悟として、これまでは国に依存する被補助、被育成体質だったが、これからは、国民一人一人が攻めの体質に切り換わらねばならぬ。自らの健康、自らの生活を自ら律し、自ら守る。言わば自己防衛的自主的判断と行動が望まれるし、そのことこそ、国民の健康、幸福につながってゆくものであり、地方には地方の風土、美しい環境があり、それを生かし、成果をあげるため政治はあらねばならぬ。
国民のためにならざる天下りや、その受け入れ団体の見直しや整理は当然であり、今こそ民の声が政治に反映すべきときであると、さわやかに訴えたのが印象的だった。
2007年06月18日
ありがたや「父の日」
17日(日)は父の日だった。このごろは妙に照れることがあって、「父の日」も「年寄りの日」もおもはゆくなってしまった。
それどころか、誕生日すら忘れることがしばしばで、迫りくる齢(とし)の証しを避けることができれば、と尻込みするほどである。毎年、父の日は近くに嫁いでいる娘が祝ってくれるが、今年は思いがけず、アメリカにいる娘から宅急便が届いた。鈍感なぼくは、包装紙を見ながら、宛名がぼく宛てになっているにも拘わらず、なぜ荷物が送ってきたのか、見当がつかなかった。
家内が横から「父の日」のプレゼントですよ、というので、初めて、「ああそうか、きょうは父の日だったのか」と合点した。
◇ぼくは日ごろから「欲しいものはなんもない」と言っているので、靴も服もシャツ類も後生大事に古いのをいつまでも使うのが癖になっている。
ちびったのや、よれよれは捨てた方が、と家人はいうが、もったいないので捨て切れない。こういう性分(しょうぶん)は死ぬまで直らぬのかも。
◇ぼくは健康上、甘いものを避けるし、おしゃれや装飾品などに興味もないから、さて、アメリカから何をくれたのか、包装を解きながら子供に返ってわくわく気分だった。
開けてびっくり、玉手箱ではないが、中から粋(いき)なシルクのブリーフが何着か出てきた。色といい、柄といい、仕立てといい、ぼくが常に使っている、いわゆるパンツとは比べものにならぬ高級品である。
うれしさを通り越してニヤニヤ笑うだけである。
◇ぼくのような山家(やまが)おとこはシルクなんて、大事なところが縮み上がるくらい恐れいってしまうかもしれない。
このごろの木綿もんは布地が丈夫なのか、色はあせても何年使ってもさよならする気になれない。見るに見かねて、妻が知らぬ間に捨てて新品を買うこともあるが、それでも木綿の安ものが性に合う。
◇下(した)につけるもの、はくもの一般を「したばき」というが、これは、あいまいな言葉で、下駄も靴も「したばき」で、その対語が上ばき。
ブリーフやパンティーも「したばき」というが、どこが違うのか。その見分け方は発音ではなく、文字にあるからややこしい。
下駄、靴は地面の上で履くから「下履き」。ブリーフ類は穴をあけて通すから「下穿き」。ならば褌(ふんどし)はどうか。辞書には帯とある。
◇ぼくの父は生涯、ふんどし一筋だった。同様に母は腰巻き一筋。母のスカートやズボン姿は一度も見たことがなかった。
時代の変遷といえば変遷だが、今、かえりみて、父の日も母の日もなかったそのころ、ぼくは果たして、親を大切にしただろうか。親に喜ばれるようなことをしただろうか。それを思うと、なんだか申しわけなく、「かんにんやで」とお仏壇に手を合わせて反省するばかりである。
2007年06月16日
官僚の天下りと談合
国土交通省の官僚の綱紀粛正が問われている。全国各地で、同省管轄の事業予算は大きいが、道路にしろ、橋にしろ、川にしろ、港湾にしろ、その事業と予算を執行するのは同省官僚の胸3寸にある。そこに登場するのが国会議員の建設族である。
大林組を筆頭に大手ゼネコンの談合が摘発されているが、これまでの常識である企業側談合ならぬ官僚主導型談合だったことが明るみに出て、政治と行政のゆがみの深さを思わせる。
ある国土交通省本省の課長補佐は、地方の建設局の課長時代、みずから談合の旗を握り、いわゆる天の声を発信していたと答えている。そして本省へ転勤後も影響力を発揮して、同僚と通じて同様に天の声を流して、談合を取り仕切ったことを証言している。彼はその談合について、官僚の「天下り」のためだと語っていた。
つまり、天下りと談合は不離一帯の関係にあることが白日のもとにさらされた。
◇企業と官僚、政治家の癒着で最近注目を浴びているのが「緑資源機構」の談合事件である。
緑資源といえば、これは農林水産省の管轄である。緑は意味が広いが、林野、山林を念頭におけばよい。
これに関わる厖大な予算と事業を本省から委されて、事業を取り仕切っている団体が緑資源機構である。いわば、官僚の天下り団体であり、官僚主導型談合のかくれみの的存在である。
緑資源機構の談合疑惑に公正取引委員会が強制調査をした後、検察の動きが急浮上したとき、農林族の巨頭・松岡利勝農水相が自殺した。その直後、安倍首相は新聞記者の質問に「緑資源の疑惑で、松岡氏周辺に検察の手が回ることはあり得ない」むね答えた。法の捜査に予断を与えかねない不適切発言だったが、果たせるかな大臣の自殺後、検察の緑資源関係捜査は鳴りを沈めた。
松岡前大臣は、緑資源からの受注企業や法人幹部から過去10年間で850万円、これとは別に林道関係9団体から同期間に1億3000万円。このほか選挙区の熊本県内14企業から過去3年間に1300万円の献金を受けている。
こうした族議員の力の背景を頼りに官僚はぬくぬくと天下りし、天下りの協力に対し、仕事を提供するというなれあいの構図がはびこる。
これは、建設族、農林族だけの話ではない。厚生労働、文部科学、財務、通産、防衛、環境、あらゆる行政の中枢部には必ず族議員が影響力を発揮し、官僚と癒着する。
公務員法改正は天下りを規制する厳しい法案だったが、結局、骨抜きになってしまった。これは官僚の反発によるものであり、自民、公明の族議員が官僚の尻押しをしているからである。
◇今、話題の、国家の機密を守り、日本におけるスパイ活動などを看視する公安庁元長官が北朝鮮の朝鮮総連と密着していたり、5000万件以上といわれる年金加入不明事件の当事者が年金関係役所と職員であると批判されたり、介護という福祉事業を食いものにする業者の摘発といい、ただごとならぬ汚れである。
国民はほぞを固めて、来月の参議院選にのぞまねばならぬ。
2007年06月15日
ブログとアナログ(見聞録)
飲酒運転で交通事故を起こしながら現場から逃げたことをインターネットサイトに書き込んだとして、県内の立命館大学の男子学生(19)が、大学や警察から厳重注意を受けていたことが、先日、新聞で報じられた。
この学生、今月6日未明、会員制のサイトに「やっべ~ まぁ、いっか」と題して、「チャリ(自転車)にのった大学生っぽい女の子と衝突した」「飲酒運転ってことを思い返したら、勝ち目ないやんって思った」「まぁでも適当に『あ、ごめーん』って言って逃げちゃった」などと、前日に起こした事故の様子を書き込んだ。
これ見たネットユーザーから批判のメールや電話を受けた大学が調査し、大学生が事実を認めた。県警も事情聴取、実況検分を行ったが、被害届がないことから、立件を見送る方針だという。
未成年の飲酒、事故現場からの逃走だけでなく、その様子を日記として公開するその心理は?
ネットというバーチャル世界での解放感がさせたのか、非日常的な出来事を綴ることで注目を集めたかったのか、いずれにせよ常識を疑う行動だ。
◇インターネットは本当に便利なもので、先日、検索サイト最大手「グーグル」が提供するサービス「グーグル・アース」を使用した。人工衛星からの地表の写真を自由に見られるサービスで、世界中のあらゆる街、山、海、砂漠、自然の数々を見ることができる。例えば、パリやフィレンツェの華やかな通りといった観光地、ナスカの地上絵、イラク戦争で破壊された飛行機の残骸、米ネバダの核実験跡、米国防総省ペンタゴンまで見れてしまう。世界中のあらゆる地域(一部の政治的、軍事的拠点を除く)を、しかも家の屋根の構造や、道路を走る車の形を見分けられる程に詳細に見られるのは、スパイ衛星を操っているかのよう。
◇今回の騒動を起こした男子学生が利用したネット上の日記「ブログ」も便利だ。滋賀夕刊のホームページもブログ形式だし、湖北地域でも多く人が実名、匿名を問わず開設し、その日記を公開している。
小欄も藤井勇治氏、田島一成氏ら国会議員や地元市議といった政治家から、地元の観光、まちづくり、商業関係者のブログなどを拝見する。日々の出来事や心に思ったことを、写真入りで綴ったりしていて、興味深い。
仕事のやり取りもインターネットのメールが主流になり、会わずとも必要な書類や写真が即座に届く。
◇情報の受発信、共有においてインターネットは限りなく人間の利便性に応えてきたが、匿名化ゆえの誹謗中傷、悪質な書き込み、売春の斡旋、殺人依頼など、ネットを媒介とした犯罪も多い。また、そういう悪意的な情報が溢れることで、利用者の正常な感覚が汚染され、善悪の判断を麻痺させている。彦根東高生が殺人予告のイタズラを書き込み、逮捕されたのも数カ月前の話だ。「便利だ」と喜んで使っているうちに、ネットが内包する毒に侵されているようだ。
◇パソコンのキーボードで打ち込んだ文書は、どれだけ整っていても、どれだけ華やかに「デコレーション」してあっても、デジタルの無機質さしかない。人がペンを取って紙に書いた文章は、その文字一つ一つに、アナログの有機質な個性が感じられる。そう思うからこそ、普段からメールを多用する小欄も、遠く離れた友人に用事があるときや、何かのお礼の場合は、わざわざ絵ハガキにメッセージを添えて郵送するように心掛けている。
時々、取材した人や、ちょっとした付き合いの人から直筆の手紙、メッセージをもらうことがあるが、妙に安堵感を覚えたり、その気遣いを嬉しく感じるのは、小欄が古いタイプの人間だからだろうか?
2007年06月14日
年金問題と朝鮮総連
年金というのは掛けた金が老後還ってくるシステムで一種の保険のような自衛的意味を持つ。
厚生年金にしても国民年金にしても法律の定めるところにしたがい、毎年、毎月、掛金を続けるわけだが、それは老後の生活の安定を思い、国を信じるから成り立つのであり、その年金会計をホテルやレジャー施設に投資して、大きな穴を開け、事業の破綻が各地で問題になった。
武士の商法というが、厚生労働省の役人の天下りした外郭団体がゼニもうけにぬかりない業者らと結んで、次々に事業をはたてて、いわば年金というカネのなる木を食い物にした例が全国至るところにある。
◇金のあるところは、蜜を求める蟻(あり)のように、ワルたちの百鬼夜行の舞台となる。今度、表へ出て日本国中が大騒ぎしているのは年金記録のずさんぶりである。
名前が違っていたり、消えていたり、その数が5000万件だとか、それ以上だとか、どちらにしても空いた口がふさがらない。
いずれにしても掛けた人の取り分を次の世代の人の掛金で払うシステムだから、役人の感覚に金銭取引という概念や倫理観がない。
間違っても、それが分かるのは何十年かの後のことであり、そんな遠い先のこと、責任感も義務感もなく、ただただ、毎年毎年集まる厖大な年金資金をどう運用するか。それに頭を働かすのはよいが、先の先まで、経済感覚と使命観で取り組んできたか、どうか、すこぶるあやしい。
この無責任体質こそ前の総理・小泉さんが体を張ってやろうとした公務員改革であり、天下り規制である。
今、自民党が公明党と結んでやろうとしている公務員法改革は、一番大事な官僚の天下りを骨抜きにしてしまった。天下りをさじ加減する別の機関に委ねる案だが、実質の天下りは従前通り大手を振ってまかり通る。
◇官僚の天下りは国家国民を愚弄するものであり、ワルの根源であるが、中には現職中にも国家、国民を忘れてワルと癒着することがある。例えば、13日の各新聞のニュースを見れば国民はだれだって疑問に思うし、腹を立てるにちがいない。
それは、朝鮮総連中央本部(東京)の土地と建物が元公安調査庁長官の緒方重威氏が代表取締役を務める都内の投資顧問会社に売却されていたことである。
土地は約2390平方㍍。建物は鉄筋コンクリート造り地上10階、地下2階、延べ1万1700平方㍍。売り先は「ハーベスト投資顧問」。
この会社は昨年9月に設立したもので、投資顧問や貸金、経営コンサルタントを目的としている。
代表取締役は今年4月19日、東京の文京区に住む男性から緒方氏に代わり、会社所在地も同日、目黒区に住む緒方氏の自宅に移った。
緒方氏は最高検検事、同公安部長を経て93年から2年間、公安調査庁長官を務めた。不可解なのは、北朝鮮の日本大使館といわれる朝鮮総連本部を、北朝鮮などの情報を収集する役所の元最高責任者が、収得していることだ。国家の秘密や防衛、治安問題などで、実にゆゆしき問題であるが、朝鮮総連はこれについてはノーコメント。買い主の元長官は「移転の登記は済ませたが、代金は未払い」と語っているが変な話である。
朝鮮総連を通じて北朝鮮と密着しているのではないかと疑われる緒方元長官だが、こういう人物が各地で検事長をしたり、現在は弁護士だという話だが、素朴な国民感情は到底合点しない。
日本人の拉致問題が未解決のなか、政府が北朝鮮に対して経済制裁を加えていることを緒方氏はどう思っているのか。恐らく総連本部はこの投資顧問会社から、建物を借りて従来通り活動するだろうが、よりによって、公安の元トップが北に手を貸したというこの事実、ことの真相究明と役人の綱紀を追及したい。
2007年06月13日
同和の名刺と金融行政
日本という国は江戸期以来、役人天国といわれてきたが、役人と業者、政治家の癒着、談合体質は平成の今も盛んになるこそすれ、反省し改革されることがない。
日本の行政を事実上左右しているのはまぎれもなく高級官僚だが、なぜか、政治家は役人と業者の癒着、談合体質に刷新のメスを入れようとしない。
その結果、国民の血税である国家予算が無駄に消えたり、国民が被害者となるケースが多い。
◇今月6日、大阪地裁が抵当証券会社「大和都市管財」による巨額詐欺事件に関し、国に対して損害賠償を命じた判決は画期的なものであり、この裁判を通じ、官僚が特定団体の名におびえ、法の運用を曲げていたことが分かり、国民はあらためて問題の重大性を知ったが、不思議なことに報道陣の中にも深く解説し、問題の所在を追及する姿勢の及び腰なる姿が見受けられた。
国会における金融庁追及の動きも極めて低調である。
◇問題の抵当証券会社「大和都市管財」は、国が保証しているから安全などと言って、抵当証券や類似の金融商品を販売し、そのずさんな経営によって2001年に破綻した。元社長の豊永浩被告ら会社幹部が詐欺罪などで起訴され、元社長は懲役12年の実刑判決が確定した。
この詐欺事件の被害は約1万7000人、総額1112億円という。
当時の大蔵省の監督下にあり、厳しい検査や監査がなされているはずなのに、どうして国が賠償命令を受けねばならぬほど当時の近畿財務局は綱紀が弛緩していたのか。
旧大蔵省の金融行政の一端が裁判によって違法ときめつけられたが、近畿財務局の及び腰、問題の先送り、検査の放棄、粉飾決算の見逃しなどは許すことのできない国民への裏切り行為である。
◇朝日新聞7日付けの2面トップ記事は、生々しくも、ある力に、けおされて、業務改善命令を撤回した財務局の実態を浮き彫りにしている。
「ちょっと待て、なんでこんな命令受けねばならないのか」。95年8月21日夕、近畿財務局の会議室に、大和都市管財の豊永浩社長(当時)の声が響いた。
財務局の金融第3課長が社長の前に「業務改善命令書」を置き、「これから命令書を交付します」と、それを読み始めた直後のことだった。
大和都市管財は当時、融資先の関連会社に計73億円の累積損失を抱えていた。「このままでは抵当証券購入者に被害を及ぼすのではないかと懸念している」と課長は処分理由を説明した。
社長は同和団体らしき団体名の入った名刺を差し出した。「組織を挙げて闘う」「局長に会わせろ」「団体を使って行動する」―押し問答を続けた末に社長は席を立って帰った。命令書はそのまま机の上に残された。
財務局は業務命令書を郵送することを検討したが、局長の判断で、そのままにした。その後被害は拡大していった。
昨年8月25日、その法廷に、96~97年に大蔵省銀行局で担当の課長補佐を務めた政府中枢の官僚が証人として立った。
「一つは同和だと言われたのが理由なんですが、財務局は同和だと格好が悪いんで、『カネがある』という説明づけを表向きにはしてきたというように聞いております」。
法廷には大蔵省銀行局の内部文書も提出された。「同和関連団体に属している旨を告げたため、近畿財務局長は命令を撤回してしまった」とある。(7日付け朝日要約)。
2007年06月12日
縁なき衆生は度し難し
「縁なき衆生(しゅじょう)は度(ど)し難し」という。
仏縁のない者は、慈悲深い仏でも救えない、という意味だが、転じて、人の忠告を聞こうともしない者は救いようがない、というたとえに用いる。
縁は仏語で、めぐり合わせ、関係をつくるきっかけ、つながり、かかわりあい、などの意をもつ。
結婚は縁によって結ばれるといい、「縁は異なもの味なもの」といわれてきた。男女の縁はどこで、どう結ばれるやら、全くの不思議、面白いものだ、と昔の人はうまいことをいう。
縁もゆかりもない男女がひとたび結婚すれば親子以上の引力で一体化する。尉(じょう)と姥(うば)に象徴されるように白髪で腰の曲がるまで、仲よく金婚の道をゆくのが理想とされ、比翼連理を誓うのが結婚式である。比翼は比翼鳥のことで、雌雄それぞれが目と翼を一つづつ持ち、二羽が常に一体となって飛ぶという中国の空想上の鳥。連理(れんり)は、一本の木の枝が他の木の枝と連なって木目を通じあっていることをいい、連理の契りから夫婦の間の深い縁をたとえていう。
◇縁は「えにし」であり、手づる、つながりと思えばよい。ある原因、ある条件からある結果を生じる外的条件が縁である。そして、ある結果を生じる内的条件が因である。
仏教では因と縁が相応して万物が生ずると説くが、転じて物事の起源、由来を縁起という。
縁なき衆生は度し難しというが、これはなにも仏法に限らない。このごろは、新聞を見てもテレビを見ても、パソコンで情報を探しても、健康法について百家争鳴の感じだが、どんなによい話を聞いてもそれを信じて実践しなかったら役立つことはない。
◇健康法という注射もなければ、クスリもない。それを説く人の話に納得し、共感するのが縁である。よい縁であったか、なかったか。それは結果を待たねば分からないが、一番大切なことは、自己判断に立って、納得するところがあれば実践することである。先人が実践して病気を克服し、健康と長寿に恵まれたとあれば、その人の実践経験はかなりの部分で説得力がある。その実践の話についてであるが、話の動機が物売りや金もうけにつながっている場合はマユにつばをつけて、一歩後退して、さらに子細に検討すべきであろう。全くの善意で、真実あふれる健康法に触れたなら、自分にあう方法か、どうかを吟味して、まずは実践である。
いかによいと分かっていても、なにもしなければ聞かないのと同様である。
◇タバコはよくない、と分かれば、きっぱり禁煙するのがぼくのいう実践である。
歩くべしといわれて、毎日5000歩を続けることが実践なのである。その他食事のとり方、入浴法、生活の改革、あらゆるところに実践の課題はある。
聞く、見る、の因縁を頂いても、それに反応しなければ、馬の耳に念仏である。
2007年06月11日
6月の深緑に誘われ
ありがたいお天気である。雨上がりの晴れた空はさわやかな碧さで、鳶の舞う位置が一段高い。
暖冬異変など気象の変化が気まぐれなため、よほど用心して、日々の生活や服装に対応してゆかねば体調を損ねやすい。
中国から黄海を越えて、日本の空を黄色く染める黄砂は、普通は春の招かざる使者だが、今年は6月に入って、夏だというのに、第二波の黄砂がやってきた。春霞でもなく、ぼおっと見はるかす山脈がおぼろげだった。その夏の黄砂に便乗するかのように、光化学スモックが、これまた中国から吹いてきた。九州方面はとくにひどいとの情報だったが、それかあらぬか、あちこち、花粉症気味で鼻をつまらせたり、咽喉をやられて困っている人や風邪をこじらせたように難渋している人を見かける。
◇庭に眼をやると、草木はさすがに、季節に敏感である。杉の新芽が黄緑に浮き立つように、鮮やかである。日を返して、はじいているようでもあり、素直にひかりを受け入れて仲間同志が温めあっているふうでもあり、まぶしさを感じるほどである。
このところ、あじさいが急に葉の色、つやを濃くし始めた。早いのは、ぼつぼつ開化し始めたが、これから、雨の刺激を受けるごとに華麗な花まりを見せるにちがいない。
あじさいは、漢字で紫陽花と書く。太陽に向かって紫色に咲くからであろうか。太陽についていえば、ひまわりは、向日葵と書く。日に向って咲く葵(あおい)。ひまわりは辞書にはキク科となっているが、葵は「アオイ科」だから、ちょっと合点がゆかぬが、もののついでにいえば、アオイ科は種類が多い。フヨウ属、アオイ属。木槿(むくげ)もアオイ科である。温帯から熱帯にかけて広く分布し、75万1450種もある、という。
◇あじさいは、咲いているうちに色が変わるので七変化(しちへんげ)、七化け(なたばけ)ともいい、また四葩(よひら)ともいう。花びらのように見える4枚の萼(がく)の中心に細かい粒のような花をつけるので四葩の名がついた。葩は花びらである。
あじさいの花の変化は面白い。咲き始めは白いが、だんだん変化して青、紫などになる。酸性土は青、アルカリ性は赤であるが、ときには赤色から青色になるから不思議である。
色の変化で親しまれるのは酔芙蓉(すいふよう)。秋に咲く芙蓉の一種だが、朝は白いが、夕方から赤くなる。酒に酔っている姿を想起したのか「酔芙蓉」とはふさわしい命名である。
◇健康法の一つに森林浴が言われるが、この季節、6月が一番効果的かもしれない。木々の新緑が深緑になって、果物でいえば緑が熟(う)れてきた感じである。みどりの中身が濃厚というわけ。中身の濃い緑の波動、エネルギーを全身に浴びれば、人の体も心もみどりに洗われるのではないか。
木々のみどりは炭素を吸い、酸素を吐くといわれるが、それ自体、常に地上の空気をきれいにしてくれているのであり、その緑陰を身に浴びれば計算できないプラスアルファの効果があるのだろう。
理屈はともかく、山深く、谷川の清水に触れながら、鴬(うぐいす)の声に耳を傾け、松風の音に汗をぬぐえば、おのずから心のわだかまりが消え、いつ知らず深呼吸して、山の霊気に抱かれる。
木の間から、こぼれくる太陽のひかりが、斑(まだら)模様に山肌を照らし、潅木の緑が眼にしみる。
◇「ありがたい」。生きていて、山野の自然に抱かれるこのつかの間の充足感。木々のみどりの合唱に誘われて、思わず「ありがとう」と声を上げたくなる一瞬でもある。よきかな、6月の空、山。