忠太郎の命名と由来
番場の忠太郎ゆかりの「親探し子探し地蔵」は、米原市番場の蓮華寺境内に建てられているが、その由来を知る人は少ない。
同寺の執事・中川信幸さんの話によると、長谷川伸がかけ出しのころ、中山道を旅していて、当時の蓮華寺の和尚に親切なもてなしを受けた。そのときの嬉しさが忠太郎の生まれ故郷を番場にした因縁だという。
この話の信憑(しんぴょう)性は昭和30年ごろにさかのぼる。
当時、タクシーの運転手をしていた鳥居本(彦根市)の清長さんが、長谷川伸を彦根から蓮華寺へ乗せたことがあった。その車中での話。
「先生、なんで、忠太郎の故郷がこの番場なのですか」。
「それはネー、わしがまだ、かけ出しのころ、この中山道を旅したんや。そして、この蓮華寺に立ち寄ったとき、和尚さんに昼食をご馳走になり、親切にして頂いたんだよ。あのとき、私は腹ぺこで、倒れそうなくらいやった。あのときの昼飯の味が忘れられなかったから、番場を忠太郎の生誕地にしたんだよ」。
中川執事は、今も参詣者にこの話をされ、人の世の情の大切さ、不思議さがこんな形で蓮華寺と忠太郎地蔵に関わっていることに多くの感動を与えている。
◇忠太郎地蔵の建立・開眼(かいげん)法要は昭和33年8月3日行われた。
来年で50年になるが、そのとき、「滋賀日日新聞」記者として取材したぼくは、親しく長谷川伸さんとそのお弟子さんたちに会うことが出来、その記憶は今も鮮明である。
お弟子の一人に、村上元三さんがおられた。どこの新聞か忘れたが、当時「加藤清正」の小説を執筆されていたので、あらためて長谷川伸という老作家の大家ぶりに圧倒されたことである。
◇ぼくはそのとき、長谷川さんに、主人公の番場忠太郎命名の由来を聞いた。
長谷川さんは、ごく気楽に、決して高ぶったり、もったいぶることなく、「そりゃ君い、主人公の名前と、出生地選びは苦労するんだよ。主人公は親に生き別れのやくざ渡世人だから名前もそれにふさわしい呼びやすさや、覚えやすさが大事なんで、あれこれ考えた末、なんとなく忠太郎となった。
さて、姓をどうするか。日本国民から愛読されるために地名と姓を一体化し、どこを主人公の生誕地にするか。それでネ、陸軍の参謀地図を取り出して、昔風でありながら、発音しやすくて、名前の忠太郎と不離不即の地名をつぎから次へと探し出した。
宿場でなければならぬから地図の上で、これらを点検し、鳥居本、摺斜峠、番場、醒井、柏原と日本の中央部分を眺めたとき、ひらめく如く、番場(ばんば)に目が射すくまれた。『番場の忠太郎』、よしっ、これにしようと、きめたのが出発点です」。
ぼくはこのとき、小説家というのはものすごく想像力を働かせるものだ、そして、名前一つにも、そこまで凝るのかと感心したことだった。
2007年02月28日 14:52 | パーマリンク
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