区長の引き継ぎ異変
いまの時期は町々、村々の区の総会や役員交替期になっている。
区は行政組織の末端であり、どの地域にも伝統や慣習があり、地区住民の参加と協力で円満な自治が続いている。
末端自治体の長は、江戸時代は庄屋といったが、明治の市町村制改革で、村が生まれ、戸長(村長)制が実施された。
現在の区は、明治以前は独立した自治区で、三ツ矢村、国友村、大路村、野瀬村、酢村、難波村など合併前の村と同じ組織になっていた。その名残りが今も続いて、各区ともそれぞれ固有に自治区を運営している。
◇いまは市街地は自治会長と呼ぶが、農村部は区長という。ところによっては区長のほか総代という役職を設けている。
◇ところで、区長(自治会長)のほか、三役など役員の仕事が煩瑣で、面倒なため、なり手がなくなって困っているところが現れ始めた。戦前の区長は格式があり、権威があったが、戦後は民主的改革が進み、そのポストは大衆化された。
しかし、それでも昭和の終わりごろまでは、地域の栄光ある奉仕的立場が区民の尊敬と信頼を受け、選挙その他で重みを見せていた。
ところが、昭和の終わりごろから平成になって、自治会長や区長、その他の役職を選任するのに一苦労するようになった。
一つには、区民がそれぞれの仕事に多忙を極め、一年間といえども仕事に穴をあけることが困難になった。
二つには、区民の区長や役員に対する感謝の心が薄らいで、いわゆる協力態勢が薄くなった。
三つには、人口動態の変化で、若者や中堅者が村を出たため、老人や独居家庭が多くなって、役職に就くことが困難になった。
その結果、役員をする人が固定化し、かりに一期を終えても、再任、再々任を余儀なくされたり、ある期間、まぬがれてもいつかまたポストが回ってくる。
区の仕事、町内の仕事だから、役得のあるはずがなく、「役損」ではつまらぬ、と役をしたがらなくなった。選挙で決めても引き受けぬこともあって、自治会によっては頭を痛めているのが現状である。
◇各地、各市で自治会長の手当や報酬に差はあるが、議員のような好待遇は望むべくもなく、いわゆるボランティアである。ボランティアなるがゆえに区民が協力して盛り上げるのが理想だが、これが困ったことに区民の自治意識が稀薄になって、会費を払うだけで、企画した事業などへの協力がない。
区長は、区民の利害の先頭に立ってのコミュニケーションづくりや、行政の下達的仕事をこなしたり、交通、防犯、教育、福祉などに多忙な日々を送らねばならず、ときには行政の忠実な下働き役に徹っせねばならぬ。また自治会長といっても市街地と農村部では職務の内容に違いがあり、農村部は戸数も多いが、事務量が多岐にわたり、昔からの伝統行事、それに神社、仏閣の維持管理、河川や山林の管理などもあり、たいていの人が悲鳴を上げる。
このさい、末端行政の事務の簡素化を考え、本来の住民自治に切り換えてゆくことが望ましいのではないか。
2007年02月20日 15:03 | パーマリンク
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