滋賀夕刊新聞社は滋賀県長浜を中心に政治、経済、文化の情報をお届けする新聞です。



鳥のさえずりと春愁

 書見していると、突然、猫の騒々しい声が耳をつく。赤ちゃんの鳴き声かと思うほどだが、濁音が不快感を誘って、しばらく声の止むのを待つ。
 猫の交尾期によるもので、春情止みがたく、飼い主も手のつけようがない。3日ほど家出して、体に傷を負いながら帰ってくるのもいる。
 俳句の世界では、「猫の恋」と美化しているが、猫に限らず、春先はすべての生物の目覚め始める季節である。
◇春の季語に「囀(さえずり)」がある。繁殖期の鳥の雄の縄張宣言と、雌への呼びかけを兼ねた鳴き声をいう。神社の森などに小鳥たちが楽しそうにさえずっているのを聞くのは春のウォーキングの醍醐味である。
 鳥の中では鴉(からす)の恋が華麗である。仕切りというか、婚前の間合いというか、二羽がそれぞれ一体化するには随分時間をかける。さながらデートを楽しむように、こちらの電柱からあちらの電柱へ。さらに遠く民家の建物の屋根に飛び、そこからまた畑の木の梢へ。そんなふうなデートを繰り返しつつ、情感を高めていくところが雀などの交尾と大違いである。
 しかも、互いに近づいた瞬間、くちばしを交わしつつ、心変わりのないのを確かめているのは、かなりなレベルの求愛活動といえる。
 野鳥で人の心を浮き浮きさせるのは鴬(うぐいす)である。春の初めはまだ鳴き声が幼稚だが、彼岸すぎから調子よく鳴く。
 鴬の谷渡りは有名だが、あれは交尾期の愛の信号である。春の登山の楽しみは鴬を初め小鳥たちのにぎやかな鳴き声に出会えることである。
 俳句の世界は小動物たちへの目がやさしい。季語に「鳥交(さか)る」、「鳥つるむ」、「はらみ鳥」、「鳥の恋」などがある。
◇春は身心躍動の季節でありながら、人間の心が暗く憂鬱になることがある。プロ野球のオープン戦や東京での3万人マラソンなどを見ていると、つい浮かれ気分になりがちだが、にも拘わらず歳時記には「春愁」が載っている。
 春愁とは、春になって心が重く、沈みがちになる気分のことで、春先の憂鬱をいう。
 冬籠もりから開放されて、ぱっと明るい日射しを受けるため気分転換がうまく働かないことによるものなのか、あるいは天地をいろどる環境が華やかで活気に満ち溢れてくるため、その雰囲気になじめないことにも原因があるのだろう。
◇われわれは、幸せにも梅が咲けば梅見を喜び、桜の季節になれば花見に心を騒がせる。蝶を見ても鳥の声を聞いてもすべて人間の心が癒される。
 自然が季節の動きを通じて人間の心を豊かにしてくれると思えば、雪であろうと、寒風であろうと、有り難く受け入れられるが、そうしたおおらかな心をなくして、愚痴や不満を心に抱けば、この世は「もの憂い」娑婆と映るだろう。
 われわれの日常語のなかで、隣人をあわれみ同情するとき、「あそこの家も憂いことね」、「憂いこっちゃ、あの子は」という。
 病人が快方に向かわず、困っている家への同情や不良じみて世間から冷たい目で見られている少年たちを噂していうことばだが、人間、「憂い心」と無縁の人は一人もいないだろう。
 自分の暮らしのなかで、光りを温め、憂き心を鎮め、消す努力が望まれるが、そのためにはどんな生活を送ればよいか。
 友人との交際、趣味、何かの創造や研究。旅行、観劇、その他の気分転換などが望ましいが、とりわけ大事なことは自然と親しむことであろう。

2007年02月19日 17:28 |


このエントリーのトラックバックURL:
http://www.shigayukan.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/203

過去の時評


  • 1月 26日(金)  【グラスギャラリー・マヌー】
     ガラスのお雛様展(~3月4日)
  • 2月 10日(土)  【大通寺】
     馬酔木展(2月10日~)
長浜市
長浜市議会
長浜観光協会