新記録の正月初詣で
警察庁が調べた正月三が日の神社・仏閣の初詣では9795万人で過去最高であることが分かった。昨年よりも422万人多く、この調子が続くと来年の正月は1億人を突破することになりそう。
結構なことである。酒やテレビにうつつをぬかしているより、神社や寺で心を洗われ、新しい年の決意を誓い、家族や身の幸せを祈ることは尊い。
◇今年は1日が最高の日和に恵まれたほか、2日、3日と好天が続いたので、初詣での条件は上々だった。
これからお賽銭の勘定だが、たくさんのアルバイトを雇ってお金を数えねばならぬところもあり、まあ、ひらたく言えば、笑いのとまらぬ「ほくほく景気」であろう。
◇仏教のなかでも、とりわけ門信徒の多いのは「浄土真宗」であるが、その開山・親鸞の教えがご文章(お文)に集約されている。
そのなかには何回となく、雑行(ぞうぎょう)を捨てて、一心一向に阿弥陀仏を頼め。頼むものは皆救われる、とだれにも分かるようにやさしく説得している。100万の仏教書を読んでも信心の心がなければ救われない、と、これが鎌倉期以後、日本の広範な大衆の心をとらえた。
このお文の中に繰り返し述べているのが「雑行」であり、「もろもろの雑行」とも表現している。他宗、他派への遠慮もあって、抽象的な言葉づかいとなっているが、要するに他の神社や仏閣に参詣したり、特別な行(ぎょう)や戒律などに心をとらわれるな、ということである。
◇これは、どの宗教でも共通していることで「横道するな」ということ。
創価学会では他宗をすべて「邪宗」と退けている。極端なのは地蔵盆への参詣をも拒否する。
神道のなかには仏壇を神棚に切りかえることもある。
世界の宗教ではキリスト教、イスラム教、仏教が最も多くの信者を持ち、かつ、国際的に広く分布しているが、いずれも厳しい教理のもと伝統を継承している。
しかし、いま、世界から復興が注目されているイラクは、イスラム教国家でありながら、その宗教の二つの流派、スンニ派とシーア派が敵(かたき)のように対立抗争している。
◇その点、穏やかなのは仏教であるが、それでも浄土宗や真宗が広がり始めた当初は法敵として、法然や親鸞が比叡山や奈良の興福寺の強圧のもと、当時の政権による島流しなどの迫害を受けた。
法華経の日蓮の場合も同様で、逮捕されて、打ち首寸前の危難に会っている。
神さま、仏さまは、すべてを愛し、一切にあわれみの光を与えているのに、その教えにひざまずく弟子や信者たちが、教理の解釈をめぐって争ったり、戒律や人事、その他の紛争が戦争にまでつき進んだ不幸は歴史の証明するところである。
◇「心」の救いを求め、愛を説く宗教人たちが、立場や教理にこだわって、憎み、そしり、傷つけあうのは、もとに戻れば、神や仏を冒涜(ぼうとく)する行為といえる。
それを思うと、1億人もの国民が、日本国中の寺や神社に、たとい物見遊山的といえども初詣でするのはすばらしいことではないか。日本は神仏も応よう。国民も応ようというべきか。
2007年01月06日 13:53 | パーマリンク
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